孤高の鬼神は、嘘つき巫女だけを信じている

「……また感覚か?」
「はい」
「もう一度、確認の意味で同じものを見れたりするのか?」

 涼成に問われて、和未は言葉を詰まらせる。
 兆視は意図して使えない。
 自分で未来を選んで見ることができない。
 いつ発動するのかは和未自身にもわからないのだ。
 同じように見て、同じように辿れるか、保証できなかった。

「……断言はできません」

 和未は素直に答える。
 ”嘘つき巫女”と外聞の悪い和未だが、嘘をついたり、自分を実力以上に大きく見せたりすることを避ける控えめな性格をしていた。
 涼成は唇を結んだまま、考え込んでいる様子でいる。
 採用するか、根拠がないと切るか。

「そのまま使う」

 縁雅が告げる。
 短く、決定だけを落とす揺るぎのない声色。

「いや、縁雅様。さすがに採用するには漠然としすぎているかと」
「――問題ない」

 縁雅は即答だった。

「――当たれば最短だ」 

 縁雅は一拍の間を置いて続ける。

「無視する理由がない」

 涼成は少しの間、沈黙を保持した後、軽く息を吐いた。

「承知いたしました」

 討伐軍の方向性はこうして決まるのだと和未は理解してきていた。
 最終的な判断は総大将の縁雅によってくだされる。
 決断が大きいほど責任感を伴い、腹を括る大きな覚悟が必要にも関わらず、縁雅は平然とそれをやってのけていた。
 無謀でも闇雲でもなく、全てを逃げずに受け止めているように和未には見える。

(縁雅様は私の言葉を拾ってくれる……)

 説明が足りなくても、根拠がなくても、縁雅は和未の言葉をそのまま受け止めていた。
 それがどれだけ和未にとって心強いことか。
 仮に和未以外の兆視巫女に対しても縁雅がそうするのかはわからない。

(けれど、私が軽く扱われていないことは、はっきりわかる……)
 
「朝廷に上申する」  

 涼成が地図を畳みながら言った。

「昨日の異形の出現、結界の異常、そして今回の探索結果。全て上への報せが必要なものだ」

 討伐軍は妖に対抗するための国家直属の武力組織。
 涼成の判断は当然のことだった。

「必然的に巫女庁にも回る」

 空気が、わずかに張ったように和未には思えた。
 討伐軍が妖との戦闘を担当している一方で、巫女庁は妖からの防衛を役割としている。
 どちらも欠くことの出来ない組織であり、巫女庁にも情報が届くのは必然だった。
 
(この規模の異常だったら、報告が上がる前に巫女庁でも感知しているはず……)

 何かしらの次の動きが巫女庁でもあることは和未にも読めていた。

「――和未」
「は、はい……」

 縁雅に名を呼ばれ、少し戸惑ったのが和未の声に現れてしまう。
 
(名だけを縁雅様に呼ばれたのは初めてじゃないかしら……)

 和未は耳が紅くなっているのが自分でもわかった。

「――他に何かあるか?」
 
 縁雅からは型通りの問いが向けられる。

「……ありません……」

 和未は縁雅の期待に応えられない自分を口惜しく思う。

「見えても……断片が多くて……」
「――構わない」

 縁雅がはっきりと言い切る。

「――俺が繋げる」

 和未は思わず息を呑んだ。
 縁雅が繋げる。
 和未が見たものを受け止め、縁雅が未来を変える。
 その前提が当たり前だと縁雅に信頼を置かれていた。

(少し……怖い……)

 縁雅の期待に応えられるだけの自分なのだろうか。
 やはり”嘘つき巫女”だと縁雅の信頼を裏切らないだろうか。
 今まで身に受けてきた周囲の嘲笑が思い出されて和未の心を怯ませる。
 でも同時に相反するように安心もしていた。
 初めての感覚に気づきかけて、和未は瞼を伏せた。
 まだこの感情に名前をつけられない。
 つけてはいけない気がしていた。

「――無理はするなよ」

 縁雅が低い美声で伝える。
 それだけ。
 和未の透けるように白い滑らかな頬が赤くなる。
 
「……はい」

 短い返事以外にどう言葉を続けたらいいのか和未は惑った。
 そのやり取りを涼成は一番近くで見守っていた。
 何も言わない。
 ただ、ほんの一瞬だけ視線を細めて、すぐに元に戻る。
 和未は気づかない。
 縁雅も気にしていない。
 けれども二人だけに流れる他者が入り込めない空気を見逃せるほど、浅いものではなかった。
 夜営地に、再び静けさが戻る。
 結界は維持されている。
 外からの侵入もない。
 表面上は、何も変わっていなくても外では確実に何かが動いていた。
 森の奥深くのまだ踏み込めていない未開の場所。

(何が待ち受けているのかしら……)

 和未は森の奥をもう一度見つめた。
 通り抜ける風。
 予測不能な未来。
 世界が、わずかに歪んでいる。
 その感覚だけが、消えない。
 そして、その歪みとの対峙が避けられないであろうことは和未も気づいていた。