また少し進んだところで、空気が変わった。
冷たい、というのとも違う。
ひたすらに重い。
息を吸うたび、口から気道、肺の奥にかけて薄い膜が張るような不快な感覚。
和未の足が止まる。
同時に縁雅も歩みを止めた。
「――見たか」
また振り返らないまま縁雅に聞かれる。
その問いが自分に向けられたものだと和未の迷う余地はなかった。
「……まだ、断片です」
和未は答える。
立ち止まったら、自分の呼吸がだいぶ乱れていることに改めて気がついた。
呼吸を整えながら、周囲を見る。
木々の間に差し込む陽光が、ここだけ薄い。
霧があるわけでもないのに、色が白けて見える。
「でも、近いようにも思います……」
「何が」
今度は後ろの涼成から声が飛ぶ。
和未は言葉を探した。
「……大きく、歪みの、ようなものが……」
幼子のように拙い言葉だった。
それでも続ける。
「今まで、感じたこともないくらい、もっと深くて……」
和未の声はひきつっていた。
口にするだけで怖気立ち心臓が縮むような不快感が湧き上がる。
涼成からの返事はない。
否定こそしてこないが、無条件に納得もしていないようだ。
「それほどの強大な何かが感知にはかからず、結界でも拾えない……か」
「……そう、ですね」
和未の説明は弱い。
それは本人も自覚していた。
和未の見えたものも朧気で、実体が掴めていない。
それでも間違いなく和未は感知している。
不吉で、忌まわしい何かを。
「――進む」
縁雅は止まる気はないようだ。
再び和未は縁雅の背を追う。
(縁雅様は少しも私を疑わない)
やはり縁雅は他の人たちとは違う。
確証がなくても進むけれども無謀ではない。
見えていないものの重さを、見えていないまま量っている。
(だから私の言葉を受け止めてくれている……)
森はさらに深くなった。
光は減り、湿り気が増す。
どこかで水音がするが、流れは見えない。
生き物の気配は、完全に消失している。
まるで、この世から3人だけが切り離されたようだった。
(ここはただの森じゃない……)
何かに支配されている。
その時、和未の視界が揺れた。
今までより深く、長く、意識ごと全てが引き込まれるように。
(暗い……)
時間帯がわからない。
光そのものが弱々しく届かないのかもしれない。
常人では到達できないような森の奥深い領域。
そこにひっそりと何かがある。
建物だ。
どこか歪な社。
どうやって、こんな場所に社を建てることが出来たのか。
確かに建物なのに、輪郭が曖昧だ。
輪郭が曖昧なのではなく、黒い瘴気が内側から溢れ出していて、ぼやかしてしまっているのかとも感じる。
異様なほど濃い瘴気がこの社の内側に留まっていた。
何も見えない。
言葉もはっきりとした形もない。
――けれど、確かに存在している。
内側から外側に出たい明確な意思すら伝わってくる。
解放されたいと。
広がりたいと。
異形の妖の枠には収まらない。
比べようがないほどに強大無比な何かが。
(今まで感じたこともないくらいに怖い……)
視界が戻ってくる。
和未が崩れそうになった瞬間、縁雅に支えられた。
見上げると、すぐ近くに縁雅の非の打ち所のない美貌がある。
縁雅本人は、まるで距離の近さを意識していないようだった。
「……また見たのか?」
縁雅に低い声で問われ、和未は浅く頷く。
「……建物みたいなものが……この先に……あります」
和未が指さした森の奥を目線で辿り、涼成が眉を寄せる。
「建物?」
「社……に似てます。でも……普通じゃないです」
縁雅の死の場面の兆視で見た社と同一だっただろうかと和未は考えた。
それでも一致しているのか判然としない。
濃度が密な黒い瘴気が覆い隠すように全ての輪郭をあやふやにしていたからだ。
「まさか禍津日神の……封印の社か……。この森の可能性が高いことは掴んでいたが……」
「断定はできない」
涼成の推察を縁雅が遮った。
短く、けれど強く。
――禍津日神……。
知らない者はいない古代の大妖。
この世界の滅亡の象徴。
社に封印されているが、その場所は知られていない。
隠し通す必要があるほど、禍津日神の復活はこの世の終末と同義語だ。
和未は縁雅と涼成のやり取りを見ていた。
縁雅は知っている。
けれど、決めつけない。
見えていない部分を、そのまま事実として残している。
和未の中に残っていた感覚が、はっきりと形になった。
「……わかりません……」
和未の桃色の唇から声が放たれる。
二人の視線が向いた。
「社の中に何がいるのか、はっきりはわかりません……でも……大きくて恐ろしい何かが確実に息づいています……」
冷たい、というのとも違う。
ひたすらに重い。
息を吸うたび、口から気道、肺の奥にかけて薄い膜が張るような不快な感覚。
和未の足が止まる。
同時に縁雅も歩みを止めた。
「――見たか」
また振り返らないまま縁雅に聞かれる。
その問いが自分に向けられたものだと和未の迷う余地はなかった。
「……まだ、断片です」
和未は答える。
立ち止まったら、自分の呼吸がだいぶ乱れていることに改めて気がついた。
呼吸を整えながら、周囲を見る。
木々の間に差し込む陽光が、ここだけ薄い。
霧があるわけでもないのに、色が白けて見える。
「でも、近いようにも思います……」
「何が」
今度は後ろの涼成から声が飛ぶ。
和未は言葉を探した。
「……大きく、歪みの、ようなものが……」
幼子のように拙い言葉だった。
それでも続ける。
「今まで、感じたこともないくらい、もっと深くて……」
和未の声はひきつっていた。
口にするだけで怖気立ち心臓が縮むような不快感が湧き上がる。
涼成からの返事はない。
否定こそしてこないが、無条件に納得もしていないようだ。
「それほどの強大な何かが感知にはかからず、結界でも拾えない……か」
「……そう、ですね」
和未の説明は弱い。
それは本人も自覚していた。
和未の見えたものも朧気で、実体が掴めていない。
それでも間違いなく和未は感知している。
不吉で、忌まわしい何かを。
「――進む」
縁雅は止まる気はないようだ。
再び和未は縁雅の背を追う。
(縁雅様は少しも私を疑わない)
やはり縁雅は他の人たちとは違う。
確証がなくても進むけれども無謀ではない。
見えていないものの重さを、見えていないまま量っている。
(だから私の言葉を受け止めてくれている……)
森はさらに深くなった。
光は減り、湿り気が増す。
どこかで水音がするが、流れは見えない。
生き物の気配は、完全に消失している。
まるで、この世から3人だけが切り離されたようだった。
(ここはただの森じゃない……)
何かに支配されている。
その時、和未の視界が揺れた。
今までより深く、長く、意識ごと全てが引き込まれるように。
(暗い……)
時間帯がわからない。
光そのものが弱々しく届かないのかもしれない。
常人では到達できないような森の奥深い領域。
そこにひっそりと何かがある。
建物だ。
どこか歪な社。
どうやって、こんな場所に社を建てることが出来たのか。
確かに建物なのに、輪郭が曖昧だ。
輪郭が曖昧なのではなく、黒い瘴気が内側から溢れ出していて、ぼやかしてしまっているのかとも感じる。
異様なほど濃い瘴気がこの社の内側に留まっていた。
何も見えない。
言葉もはっきりとした形もない。
――けれど、確かに存在している。
内側から外側に出たい明確な意思すら伝わってくる。
解放されたいと。
広がりたいと。
異形の妖の枠には収まらない。
比べようがないほどに強大無比な何かが。
(今まで感じたこともないくらいに怖い……)
視界が戻ってくる。
和未が崩れそうになった瞬間、縁雅に支えられた。
見上げると、すぐ近くに縁雅の非の打ち所のない美貌がある。
縁雅本人は、まるで距離の近さを意識していないようだった。
「……また見たのか?」
縁雅に低い声で問われ、和未は浅く頷く。
「……建物みたいなものが……この先に……あります」
和未が指さした森の奥を目線で辿り、涼成が眉を寄せる。
「建物?」
「社……に似てます。でも……普通じゃないです」
縁雅の死の場面の兆視で見た社と同一だっただろうかと和未は考えた。
それでも一致しているのか判然としない。
濃度が密な黒い瘴気が覆い隠すように全ての輪郭をあやふやにしていたからだ。
「まさか禍津日神の……封印の社か……。この森の可能性が高いことは掴んでいたが……」
「断定はできない」
涼成の推察を縁雅が遮った。
短く、けれど強く。
――禍津日神……。
知らない者はいない古代の大妖。
この世界の滅亡の象徴。
社に封印されているが、その場所は知られていない。
隠し通す必要があるほど、禍津日神の復活はこの世の終末と同義語だ。
和未は縁雅と涼成のやり取りを見ていた。
縁雅は知っている。
けれど、決めつけない。
見えていない部分を、そのまま事実として残している。
和未の中に残っていた感覚が、はっきりと形になった。
「……わかりません……」
和未の桃色の唇から声が放たれる。
二人の視線が向いた。
「社の中に何がいるのか、はっきりはわかりません……でも……大きくて恐ろしい何かが確実に息づいています……」



