孤高の鬼神は、嘘つき巫女だけを信じている

「今の異形の妖。中位なんて強さじゃなかったぞ」
 
 最初に口を開いたのは玄信だった。
 和未が討伐軍に合流して初めて対峙した妖は雑妖(ぞうよう)
 獣型が多く本能のままに人を襲うだけの低位の妖。
 妖の大部分は雑妖が占める。
 そして、先ほど縁雅が討伐した異形の妖は中位。
 人型で知性を持ち、人間の隙をついて見えないまま影のように侵入し、結界の綻びを探るように滲み込んでくる。
 討伐には難儀を極める厄介な妖である。

「確かに中位の力量では収まりきらないな」

 涼成が呟く。
 その声音は低く、抑えられていた。
 それは平静だからではない。
 感情を押し込めた時の硬質な響き。
 実際に異形の妖を討伐したのは縁雅の圧倒的な力に頼るところで、涼成は見ていることしか出来なかった自分に歯噛みしていた。
 結界巫女たちの詠唱に触れてなお異形の妖の瘴気が残っている。
 それほどまでに尾を引く脅威であった。
 
「最上位に及ばずとも近い……」

 涼成が続ける。
 その言葉に何人かの兵が身を固くした。
 最上位の妖――それは封印されている禍津日神に他ならない。
 名前を出すことすら(はばか)られる人々を絶望に落とし込む災厄級の唯一無二の存在。
 太古、瑞國を滅ぼしかけ、先人たちの手によって社へと封印されている。
 あの異形の妖が現れた瞬間、この場にいた全員が感じていたのだ。
 ――ただの異形ではないと。
 和未は静かに玄信と涼成の会話を聞いていた。
 頭で理解する前に感覚が先に答えを出している。
 あれは、もっと大きな何かに近かった。
 どこまでも深い闇に。
 想像を超える重い災いに。
 その感覚は繰り返し見てきた縁雅の死の兆視と同じところへ繋がっていくように思えた。

(でも、確実に未来は変わることがある……)

 その時、視界が転換するような感覚に和未は襲われた。
 ほんの一瞬だけ。
 それでも胸の奥が強く揺さぶられるようで和未の呼吸は乱れていた。

「――また見えたか?」

 距離が離れている縁雅に問いかけられる。
 いつの間にか和未に気づいていた。
 涼成も玄信も、兵たちも二人に注視している。

「ここは……このままだと崩れます」

 和未の言葉に周囲の空気がひりついたのがわかる。

「具体的に言えるか?」
「……はい。火の位置が悪くて、影が重なって結界が薄くなります……」
「続けろ」
「それと……外周が……ひとつ空きやすい場所があって……」

 和未は慎重に単語を選びながら、暗がりを指差した。

「そこが……」

 涼成が周囲を確認する。
 兵の配置。
 結界の重なり。
 和未が伝えているように僅かな隙があった。
 それは隙と呼べるのかわからないほどの小さな綻び。
 通常なら問題にしない程度。
 ――しかし……。

「変えろ」

 低い命令とともに縁雅が立ち上がった。

「承知いたしました」
 
 涼成は縁雅に答えると、指示をとばす。

「火を二つ、移動せよ。間隔を詰める。それから外周は三歩内側へ。死角を徹底的に無くせ」

 涼成の指示に兵が動く。
 結界巫女も詠唱を切らさないまま位置を調整した。
 和未の言葉を受けて夜営の陣が、組み替えられていく。
 その様子を和未はじっと見つめていた。
 風が通る位置。
 火の影が落ちる角度。
 兵の配置。
 結界巫女の2人の間隔。  
 そのすべてが、少しずつ変わり、未来が形を変えようとしている。

(それでも油断はできない……)

 和未の元に涼成が近づいてきた。  
 本能的に和未は身構える。
 視界の端に涼成は立ち止まり無言で和未を見下ろした。
 相変わらずの厳しい表情。
 けれど、その下に潜むものは先ほどまでと同じではなかった。

「結城和未」
「……はい」
 
 涼成に名を呼ばれ、顔を上げる。

「先ほどの位置、どうやって見たんだ」 

 詰問というより、確認に近い(とげ)のない声音だった。
 和未は少しだけ戸惑った。
 どう答えても、きっと不足が出る。
 未来は見えても、それがどう見えるのか兆視を言葉で説明したことがない。

「……断片が……目というよりは頭に映って……」

 自分でもたどたどしいと和未は思った。

「全容が見えるわけではないのですが……気配や位置……あとは風とか感覚とか……」

 言葉を選ぶ。
 失敗して、もう一度、涼成に曖昧だと切り捨てられるのが怖かった。

「重なる時が、ありまして……」
「重なる?」
「少し先が今と……同じ場所に」

 自分で言っていても、これでは理解できないと和未は思った。
 でも、これ以上に説明のしようが見つからない。

「……だから、先ほどの妖の核などが見えたのかもしれません」