来世で会いましょう


 久し振りにカッターシャツに袖を通す。クーラーが効いている部屋に置いていたからかひんやりと冷たくて最高だ。これが数分後には汗まみれになるのかと思うと今からうんざりする。胸ポケットに付いた校章バッジを俺は指差す。
「赤」
 赤は二年の色だ。律が付けている校章バッジは青。一年の色だ。
 何かを悟った律は顔を(しか)める。
「だから?」
「俺先輩。お前は後輩」
「年齢は俺が上だし!」
 律がパチンッと指を鳴らすとバッジが弾かれたようにベッドの上に飛んでいく。
「取んなし! 若々しくて良いじゃないですか」
 俺はバッジを拾うと胸ポケットに付け直す。超能力のようなものを手にした律は厄介だ。本音を言ってしまえば触れられるようになったのは俺にとっては良い事だけど。それはきっと律にとってもだ。俺とは別の意味で、だろうけど。
「よぉし、行きますか!」
 手を差し出すと律は少し渋った。やっぱりまだ学校に行く事に抵抗があるようだ。俺は律の手を握る。
「大丈夫、俺がいる。離れないから」
「・・・・・・・・・・・・うん」

 俺達は自転車で学校に向かった。
 あの庭の霊道の事と看板の出来事から、色んな場所で霊を視かけるようになった。普通の霊と悪霊の違いも分かるようになった。分かったとしても対処は出来ない。視えていると相手に分かったら憑いてくるようなのでなるべく視界に入れないように過ごした。
 霊道の霊は、ただ真っ直ぐにお墓に向かって歩いているだけのようなので、たまにこっそりと様子を伺う。子供、大人、お年寄り・・・・・・老若男女問わず、ただひたすら真っ直ぐに歩いている。いい気分ではないが害はないようなので気にしない事にした。
 そんな事を考えていたら学校に着いた。腹に回された腕に力がこもっていくのが分かる。
 学校内にある駐輪所には沢山の自転車があった。多分、部活動で学校に来ている生徒の物だろう。遠くから吹奏楽部が何かの曲を練習している楽器の音が聞こえる。野球部のかけ声も聞こえる。自転車を降りると律の手を握る。
「大丈夫」
 俺は力強く言う。律は頷くと自転車から降りた。手を繋ぎながら、ゆっくりと昇降口に向かって歩く。家を出てから律の顔は険しいままだった。行きたい。行きたくない。大丈夫、怖くない。大丈夫じゃない。怖い。きっと色々な感情が綯い交ぜになっているのだろう。
 昇降口を潜るとスチール製の下駄箱を横切る。上履きは持って帰ってしまったので靴下のまま歩く事にした。どうせ靴下なんか普通に過ごしててもすぐに汚れる。
「ちょっと図書室寄ってもいい? 開いてるか分からないけど」
 律は小さく頷いた。幽霊だから元から顔色は青白かったが今日は余計に青白く感じる。
 ゆっくりと階段を二人で上っていく。
「なんにも変わってない」
「学校なんてそうそう変わらないだろ」
 俺は努めて明るく振る舞った。
 図書室の前まで行くと引き手に手をかける。左に引くとすんなりとドアは開いた。中に入ると誰もいないようだった。そりゃあそうか。今、学校にいるのは運動部と文化部の生徒と少数の教師だけだ。校内をうろちょろしているのなんて俺達だけだろう。俺は近くの椅子を引く。
「律。俺ちょっと調べたいことがあるから此処にいて。気になる本があったら読んでていいから」
「分かった」
 律は真っ直ぐにミステリー小説が並んでいる本棚に向かって行った。俺はその隙に図書室の隅にある様々な資料が置かれている棚を目指した。そこには過去に心明高等学校を卒業した卒業生達の卒業アルバムが年ごとに並べられている。今から七年前―――。今は二〇二六年。律が亡くなった年は・・・・・・。俺は頭の中で暗算をする。二○一九年・・・・・・それから三年。
「二〇二一年だ」
 本棚に目をやると、すぐに二〇二一年の卒業アルバムは見つかった。俺は棚の隙間から律を見る。まだミステリー小説の棚を眺めていた。俺は気付かれる前にと急いでアルバムを取り出し、ページを捲った。何枚か捲った卒業生の集合写真に律の姿はなかった。この写真が撮られた時には律はもうすでに亡くなっている。いなくて当然だった。そこで俺は改めて気付いた。
 そうだ。これは卒業生・・・・・・。つまりアルバムにいる卒業生は三年。律が亡くなって二年が経っている。俺は聞いた事があった。在籍中に何かしらで亡くなった場合、卒業アルバムの写真は遺族の意向次第だと・・・・・・。現に俺も小学校五年生の時に不慮の事故で同級生を亡くした。関わりは無かったが驚いたのを今でも覚えている。六年になり卒業を迎え、卒業アルバムが配られた日、その生徒の写真は載っていなかったし、みんなその子の事を忘れていた。・・・・・・これも家族の意向だったのかもしれない。念のため、全クラスのページを見たがやはり律はいなかった。しかし、俺はある男の名前が目に入った。
 ―――本木拓也。
「・・・・・・本木拓也」
 ぼそっと名前を復唱する。どこかで聞いた事のある名前だ。
『本木拓也に会いに行く』
 目を見開き、俺は名前の上の顔写真を見つめた。
 コイツが本木拓也。律の初恋相手。律を死に追いやった奴。
卒業アルバムを持つ手に力が込められる。普通だ。普通の男だ。写真で見る限り、ずば抜けて格好いいわけでもない。たとえ有名人になったとして、道ですれ違ったとしても気付かないだろう。それぐらい普通の・・・・・・どこにでもいる男だった。
「なんで、こんなクソ野郎なんかを・・・・・・っ」
 俺は無意識に下唇を噛みしめていた。コイツさえいなければ律は今でも生きていた。大学か専門学校に行っていたかもしれない。もしかしたらどこかで就職をしていたかもしれない。こんな田舎を出て都会に行き、恋人が出来て笑っていたかもしれない―――。心の中が怒りや憎しみでドロドロッとした何かが(うごめ)いている。その反面、コイツがいたから俺は律に出会えたという(いや)しい考えが頭の中に浮かんでくる。最低だ。最悪だ。俺は拳で自分の頭を何度も何度も叩いた。勢いに任せて壁に叩きつけてやろうとした卒業アルバムをすんでの所で堪える。目頭が熱くなり鼻の奥がツンッとした。口を腕で押さえ、俺は静かに泣いた。
 許せなかった。本木拓也という男を。そして(よこしま)な気持ちを抱いてしまった自分を。
「律」
「あ、用事は済んだ?」
 俺は短く「済んだ」と答えると、律の手を握った。
「行こう」

 次に俺達は最上階の階段の踊り場に来た。目の前にはスチール製の鉄扉。この先は屋上だ。律が飛び降りた場所。
取っ手には鎖が巻かれ南京錠がされていた。俺はその場にしゃがむと南京錠を掴み、上下左右にと乱暴に動かした。辺りに金属音がぶつかりあう音が激しく響く。
「な、何してんの?」
 律の顔は強張っていた。律にとって、この学校には良い思い出はないだろう。特に教室や屋上は。俺は律の声を無視しガシャンガシャンと南京錠を揺さぶり続けた。しばらくすると何かの弾みでU字型の金具部分が外れた。
「この南京錠、古いんだよ。ちょっと揺らせば何かの弾みですぐ外れる。まぁ、音が凄いからこういう時にしか出来ないんだけど」
 俺は南京錠を取ると取っ手に巻かれた鎖をジャラジャラと外した。それらを持ってきたリュックと共に隅に置くと取っ手に手をかける。
「律。大丈夫だから。俺にチャンスをくれ」
 律は言っている意味が分からないという風に首を傾げるも手を握る力は今までで一番強くなっていた。鉄扉を押し開けると隙間からもわりとした熱を帯びた風が吹き込んできた。俺は屋上に足を踏み入れる。
「あ。―――っ! 熱ッ! 熱ッ!」
 靴下で歩いてきた事をすっかり忘れていた。夏休みだからと上履きを持って帰り、面倒くさいからと、下駄箱の隅にある来客用のスリッパに目もくれなかった。太陽の日差しをじかに受けていた屋上のコンクリートは熱砂の如く熱かった。
 右足を掴み左足でぴょんぴょん飛ぶ俺の姿に律は噴き出した。
「あっはははは! この暑さの中、靴下で行くからっ。ぷっ・・・・・・あははは! ス、スリッパ持ってこようか?」
「あっちぃ・・・・・・。頼めますかぁ?」
「大丈夫。場所は分かるから・・・・・・ぶふっ」
 律はスキップをするように階段を下りていく。学校に着いてから俯いたり、険しい顔しか見ていなかったから、嬉しさが心の中を満たしていく。繋いでた手も離れ、一人でスリッパを取りに行っている。俺は顔が自然に笑顔が溢れるも、同時に羞恥が襲ってきた。俺の足で少しでも笑って緊張が(ほど)けたのは良いが・・・・・・。
「カッコわりぃー!!」

 ぱんっと小さな音を立て、茶色い来客用のスリッパが目の前に置かれた。律は未だに笑っている。
「どーぞ」
「アリガトウゴザイマス。・・・・・・誰かに見つからなかったか?」
「あー。女の先生が廊下を歩いてたくらいかな」
「見つからなかったなら良かった。見つかったら学校に怖い話が新たに出来る。スリッパの」
「それはそれで面白いかも。昼に浮かぶスリッパ・・・・・・みたいな?」
 俺は「そうそう」と笑いながらスリッパを履く。
「じゃあ、もう一回行こう」
「うん」
 うんっと返事をした律の声は先程とは打って変わり、今日一番明るい・・・・・・いつもの律の声だった。 
 鉄扉を再び開けると熱風が身体を包み込む。屋上に出ると直射日光が頭にじかに当たり髪が燃えそうだ。俺と律はもう手を繋いでいなかった。少しは学校への恐怖が和らいだのだろうか? それなら俺は嬉しい。足を焼いた事も無駄にはならない。
「フェンスがある」
 律はフェンスの方まで歩くと網に手をかけカシャンと音を鳴らした。
「俺が飛び降りた時はなかった。あの南京錠もね。俺が飛び降りたからかな?」
 数歩後ろに下がり、自分よりはるかに高いフェンスを見上げた。
「・・・・・・・・・・・・」
 何て声をかけたら良いのか分からなかった。それでも俺は覚悟を決め、口を開いた。
「こんな所に連れてきてごめん。でも言いたい事があったんだ、此処(ここ)で」
 不思議そうに振り返る律に俺は真っ直ぐと見つめた。

 口の中はカラカラだ。なのに何故か口内に唾が分泌されていく。少しでも喉を潤わそうと嚥下するも全然潤わない。汗が額を伝い、コンクリートにパタッと落ちる。
「・・・・・・律が好きです。俺と付き合ってください」
 人生で一度も告白なんてしたことがない。
 告白の仕方に絶対正解なんてない。でも間違ってないだろうか? と自問自答してしまう。
「なっ、何言ってんの海斗。気持ちは凄く嬉しいけど・・・・・・。俺は死んでるんだよ」
 そう言うだろうと思った。俺が律の立場でも同じ事を言っただろう。
「・・・・・・久瀬海斗。十六歳。心明高校二年三組」
「え?」
 突然始まった自己紹介に目を丸くする。
「誕生日はクリスマスの十二月二十五日。血液型はO型。小学校は心明北小(しんみょうきたしょう)。小学五年の時に同級生数名にいじめられた。理由は『目付きが気に入らないから』今考えると本当にしょうもない理由だよな。でも、それでも毎日が辛くて不登校になった」
 律は口を噤み、黙って聞いていた。
「けど北小の先生は優しい先生達ばかりだったから、ちょこちょこプリントを持っては家に来てくれた。『学校に来い』って言われるかと思ってたから最初は先生と会うことを拒んだ。だけど、いざ会ったら本当に普通の話しかしてこなかった。けど先生はその裏でちゃんと動いてくれてた。俺をいじめてた奴らに話を聞いたり、話の場をつくってくれた。先生はどっちの肩をもつわけでもなく相手の話も俺の話も平等に聞いてくれた。だから俺はまた登校が出来るようになった。嫌がらせもなくなった。でもそれは小学校の時だけだった。中学に入ったら、また同じ奴らにいじめられた。教科書を隠されたり、ノートをゴミ箱に捨てられたり、しまいにはそこら辺で摘んだ花を机に置かれた。さすがに精神的に来て不登校になったし、行けるようになっても保健室登校。ちなみにこの時の理由も『目付きが気に入らなかったから』。あと多分、小学校の時の事を根に持ってたと思う。いじめは主に中一の時が酷かった。同じクラスだったから。二年になってからはクラスが変わっていじめは無くなったけど、その頃には人と関わるのが怖くなってて中学時代はほとんど保健室登校だった。体調が良いときだけクラスで授業を受けた。高校は行きたくなかった。また何かされるんじゃないかと思って。けど行っておいた方が良いと思ったから、この心校に入った。いじめはないけど多分怖がられてる。入学して一年以上経つけど、友達と呼べるやつはオカ研の先輩達ぐらい。だけど普通に話しかけてくれるクラスメイトもいるから、小中に比べたら断然楽」
 俺はここまで口を止めずに話した。一回でも口を閉じたら話せなくなると思ったからだ。俺は再び唾を飲み込み、口を開く。
「・・・・・・・・・・・七月二十五日。俺はオカ研の先輩達と廃病院に行った。そこで雨宮律を名乗る幽霊に出会った。しかもこれが男か? って疑っちまうくらい綺麗な顔をしててさ。しかもこれまたまさかの同じ高校で・・・・・・死因は自殺。正直、可哀想だと思った。だから雨宮律を成仏させてやろうと、やりたい事リストに協力した。最初は同情から。でも律と過ごしているうちに楽しくて仕方がなかった。友達ってこんな感じなんかなって思った。それと同時に俺の気持ちも変わってきた。律を揶揄った時の反応とか、嬉しそうに笑う顔とか、顔を真っ赤にして怒る姿とか・・・・・・。全部、全部全部可愛いなって思った。愛おしいと思った。―――これが恋なんだって気付いた」
 言葉が詰まる。意思とは関係なく涙が溢れて止まらない。律はそっと頬に手を添え、親指で溢れ出る涙を拭ってくれた。
「ずっと・・・・・・ずっと一緒にいたいって思った。成仏してほしくないって、思った。でも律には悪霊になってほしくない。―――ここに呼んだのは塗り替えたかったから。屋上は律にとって嫌な場所だと思ったから少しでも良い場所にしたかった。・・・・・・ごめん」
 俺は頭を下げた。唇が震える。言おうかどうしようか迷ったが、好きな人に隠し事をしたくなかった。しかし今から話す事に恐怖を覚えた。律に嫌われるかもしれないからだ。嗚咽が口から漏れ、口許を手で覆うもおさまらない。それでも話さなきゃいけない。
「さ、さっき、図書室に行った時・・・・・・」
「卒業アルバム見てたんでしょ?」
 顔を上げると律は嬉しそうに・・・・・・でもどこか悲しそうに微笑を湛え俺を見つめていた。
「気付いてたのか?」
「当たり前。俺だってここの在校生だったんだから、どこに何があるかは覚えてる。図書室はよく利用してたし・・・・・・。海斗が見てた棚は主に歴史関連の棚。しかも奥の棚は昔の卒業アルバムが置いてある場所だったからすぐに分かった。あ、俺を探してるんだなって」
「・・・・・・・・・・・・」
「いなかったでしょ? ・・・・・・・・・・・・卒業アルバムに写真を載せるかどうするかは学校から話はきてたんだよ。俺はあの時には既に廃病院にいたけど、不思議と耳に神経を研ぎ澄ませば声が聴こえた。色んな人のね。写真が載っていなかったのは父さんと母さんが断ったから。最初、学校と教育委員会は「いじめはなかった」って隠蔽(いんぺい)しようとしてたから・・・・・・。けど、後から証言してくれたクラスメイトが数人いたらしくて、アンケートでも複数人が答えてくれたんだって。学校は掌返しのように「いじめはあったと確認しました」とか言っちゃってさ。そんな隠蔽体質の学校の卒業アルバムなんかに父さんと母さんは俺の写真を載せたくなかったみたい。俺もそれで良いと思ってる」
 やっぱり家族が断っていたのかと納得する。いじめがあったのに保身に走った学校と教育委員会・・・・・・。最近ではよく聞く話だ。その度、コイツらは何のためにこの仕事に就いたんだろうと考えさせられる。俺が親でもそんな学校の卒業アルバムに自分の子供の写真は載せないだろうなっと思った。ましてや自分の子供をいじめた奴は成長して、笑顔で載っているのだから。
「あと、本木拓也って奴も見た。マジでそこら辺にいる普通の奴。なんでこんな奴好きになったんだと思った。でも・・・・・・」
 唇の震えが一層強くなる。悲しさや怒りからではない。―――変わらず恐怖から来ているものだ。
「でも、コイツがいたから俺は律に会えたんだって、最低なこと思った。ごめん・・・・・・ごめんなさい」
 俺はさっきよりも深々と頭を下げた。その間も涙は溢れ出てコンクリートの床にいくつもの水玉模様をつくった。
「はぁ・・・・・・・・・・・・最低。本当に最低じゃん!」
 槍のように律の言葉が心に突き刺さる。でも間違ってない。正論だ。
 俺は頭を上げれなかった。律の顔を見るのが怖かった。すると突然、視界いっぱいに律の顔が見えた。
「うわぁ。顔、ぐしゃぐしゃ」
 律はしゃがみ込み、上目遣いで俺をニヤニヤとした顔で見ていた。俺は顔を上げ、腕で涙を乱暴に拭った。
「怒ってないよ。俺がもし海斗の立場だったら、きっと同じ事思ってるから。ありがとう、本音を言ってくれて。勇気いったでしょ」
 場を和まそうとしてくれているのか律はケラケラと笑いながら、また俺の目から流れ出る涙を指で優しく拭ってくれた。
「死んだ事に後悔はしてないよ。・・・・・・あっ。さすがに父さんと母さんが泣いてるのを見た時は後悔したけど・・・・・・。でもあの時の俺は親に心配かけたくなくて、周りも見えなくなってた。冷静になって考えたら相談するより死なれた方が辛いのにね」
 空を見上げて話す律の顔は悲しげだった。俺はその表情でさえも尊いものを感じた。律はこちらを見ると、ふうっと息を吐き出した。「はい! ちゃんと立つ!」俺は急な命令に驚きつつ、教官に従う下っ端の兵士のようにピシッと姿勢良く立つ。
「・・・・・・・・・・・・雨宮律。十五歳。生きてたら二十二歳。心明高校一年二組。誕生日は海斗とは真逆のハロウィンの日、十月三十一日」
 律はお化けでも表すように両手を肩の位置まで上げると手を脱力させる。 
「命日は八月二十一日。夏休み明けの始業式の日に、この屋上から飛び降りた。血液型は同じくO型。小学校は心明南小学校。それなりに友達もいたし、多分世間でいうごく一般的な普通の小学生。中学生になって恋愛対象が同性だって気付いた。けど、誰かに言うつもりはなかった。多様性多様性っていうけど、そんなのテレビの中だけ。身近じゃ多様性なんて通じなかった。・・・・・・そんなの分かってたのに、俺は拓也を好きになった。拓也とは家が近くて、小学校の頃から一緒にいたから、もしかしたら気付かなかっただけで小学生の時から意識はしていたのかもね。仲が良かったから、告白した。アイツは女好きだったから答えは分かってたけど気持ちを伝えられないのが苦しかったから。告白した時はさすがに戸惑ってたけど「これからも変わらず友達でいよう」って言われた。俺はその言葉を信じた。でもゲイってバレたらいじめられるかもしれないと思ったから「告白した事は秘密にしてほしい」って、念を押して言った。「言わない」って・・・・・・。誰にも言わないって約束したのに。次の日、学校に行ったら・・・・・・クラス中に話が広まってて・・・・・・それで」
 ―――カシャンカシャンカシャン。
 俺は近くで鳴る音で我に返り、辺りを見回す。屋上を囲むように張り巡らされたフェンスが音を立て揺れていた。俺は後先考えず、律を抱き寄せていた。
「もう、言わなくていい!」
 身体が震えている。嗚咽が漏れ、鼻を啜る音も聞こえる。律は俺と同じように泣いていた。背中に回された手はカッターシャツを左右に引き裂かれるんじゃないかってほど強く握られている。ずっと我慢していたんだ。
「し、し、死んだ後、ずっとあの廃病院にいた。さ、寂しかったけど他の人もいたから、寂しさも薄れてきてたのに・・・・・・。みんな、みんな、悪霊になっていって怖かった。お、俺もなるんじゃないかって。そん、そんな時、海斗達が来た。海斗が俺の事を視えてるって分かった時、利用してやろうって思った。俺が成仏するために使ってやろうって。でも海斗はなんだかんだグチグチ言いながらも、いつも真剣に話を聞いてくれて、暗くならないように場を和ませてくれて、笑わせてくれて・・・・・・。気付いたら好きになってた。でも俺は幽霊だから。そのうち消えるからっ。その時、海斗を悲しませたくないって思ってたのにっ。なんで俺の事なんか好きになるんだよ! ずっと心の中にしまっておこうと思ったのに・・・・・・。好きなんて言われたら離れたくなくなるじゃんか!」
 腕の中で暴れる律を抑える。華奢なくせに想像以上に力は強い。俺は改めて男なんだなと当たり前のことを実感する。
 ―――ビキッ! 
「⁉」
 また音がしたと思い、振り返り見たらコンクリートにヒビが入っていた。
 さすがにヤバい。そう思った。律は色々な事が出来るようになった。今なら俺を突き飛ばすくらい出来るだろう。それをしないのはまだ理性があるからだ。
「律! 落ち着け、落ち着けって! 俺はお前が死んでようが生きてようが好きなんだよ! 悪霊にはさせない。ちゃんと成仏させる。・・・・・・そりゃあ成仏したら寂しいけどっ。最高じゃん! 俺達、最初で最後の初恋で恋人同士なんだぜ⁉」
 自分でも何言ってるのか分からなかった。ただ暴れる律を抑え込むのに必死だった。ピタリと律の動きが止まった。
「・・・・・・最初で最後? 何言ってんの? 海斗には未来があるんだから他に好きな人をつくりなよ!」
 それに俺は最初じゃないし・・・・・・っと小さく呟く。頭の中で満面の笑みを見せる本木拓也の顔写真が浮かび、すぐに霧散させる。
「あんなクソな奴、初恋に入んねぇよ! 律の初恋は俺で良い。最後の恋人も俺で良い。俺はお前以上に良い奴がこれから現れるとは思えねぇよ! 良いじゃねぇか! 俺は一生、お前を想い続けて、お前は一生、俺を想い続ける。俺の人生なんだ! 誰を想おうが勝手だろ! 今世では無理でも―――来世ではずっと一緒にいよう!」
『律の初恋は俺で良い。最後の恋人も俺で良い』
 自分で言っておきながら、なんて傲慢なんだと、こんな状況でも頭は冷静だった。

 俺達は貯水タンクで出来た陰に避難する。二人同時に尻餅をつくように座った。
「あちぃー・・・・・・」
 手を扇のようにしてパタパタと扇ぐ。
「・・・・・・暴れてごめん。まさか告られるとは思ってなくて、パニクった」
「あははっ。良いよ別に。そりゃあパニックにもなるわな。俺達の恋愛は普通じゃねぇし・・・・・・。普通じゃないからこそ得られるものもあると思う。で、返事は? 俺、人生で初めて告ったんだけど」
 律は正座をし、軽く頭を下げた。
「・・・・・・・・・・・・よ、よろしくお願いします」
 俺は律に見えないようにガッツポーズをした。
 ヤバい、顔がニヤける。俺は律との距離を縮めるように少しずつ近寄り、肩を掴んだ。こちらを上目遣いで見る律に目を閉じ顔を近付ける。
「ぶっ!」
 ゴスッと音がし目を開ける。何か見えない壁に当たった気がする。
 まるでRPGでマップ外に行こうとした時に見えない壁に(はば)まれ行けないような感じだ。
「早い! 不純!」
 眉をつり上げ、律が声を大にして言う。
「はぁ⁉ 今そういう雰囲気だったろ⁉ 高校生男児の性欲なめんな!」
「俺も高校生男児だよ! 付き合って一日目でキスとかないから!」
 もごもごと口を動かし「不純」や「早すぎる」と連呼する律の頬は紅潮(こうちょう)していた。
「ははーん。恥ずかしいんだ。手も繋いで抱き締めあって、家では一緒に寝てるのにキスは駄目とか律ちゃんはピュアですねぇ~。本当はしたいくせに」
「~っ! うるさい!」
 バッ! っと、目の前に手が現れる。すると一瞬で後ろに弾き飛ばされた。とはいっても加減はしてくれているようなので顔が上を向いたくらいだが。波動挙(はどうけん)かよ。
「てめぇ、律ぅ。恋人を突き飛ばすなボケ!」
「ボケはそっち・・・・・・。うわっ! こっち来んな変態!」
 俺達はそのまま屋上を走り回った。途中、ヒビの入ったコンクリートを気にしていたが「年に何回か点検の人が来るんじゃね?」と後ろから抱き締めフォローしたら、悲鳴をあげられた。本当、初心なヤツ。

 一度、三階に下り手洗い場の水をがぶ飲みした。愛用の水筒も忘れたし、いつものスポドリも忘れた。屋上の暑さを完全になめていた。屋上に続く階段の踊り場に戻ると放置してあったリュックから淡いピンク色の袋を取り出し渡した。
「はい、プレゼント」
「プレゼント?」
 不思議そうに受け取り、まじまじと見た後、赤いリボンを解き中身を取りだした。
「あっ、俺の好きなボディミスト!」
「愛用してたって言ってたから・・・・・・代わり映えしねぇーと思うけど・・・・・・」
 律は子供のように忙しなく箱を開けている。テープで止められている部分を丁寧に剥がそうとしている様子を見て几帳面だなと思った。取り出すと大きな目でボディミストを見ている。俺はその様子を無性に写真で撮りたくなり、スマホを撮りだし写るか写らないか分からない律を撮った。―――カシャッ!
「ありがとう。凄い嬉しい! プレゼントとか、家族と身内にしか貰った事ないから・・・・・・って何撮ってるの?」
「いや、写るのかなぁって思って・・・・・・あっ!」
 写真を確認すると、まるで律がちゃんとそこに存在している事を示すようかのように綺麗に律の姿が写っていた。
「う、写ってる!」
「そりゃあ写るよ。見えるのは海斗にだけだけどね」
「他の奴には?」
「多分、オーブとして見えるんじゃないかな。・・・・・・ね、つけてみてもいい?」
 待ちきれないというようにボディミストを見せつけてくる。俺はそんな可愛い恋人を撮りながら「いいよ」と返事を返す。撮りだしたら止まらない。兎に角律を撮りたくて何回もシャッターボタンを押しては、内カメにし二人での写真も撮った。
 律は「取り過ぎ」と言いながら、パカッとボディミストの蓋を取るとまず手首に噴きかけ、耳の裏につける。まるで香水をつけているかのようだ。
「どう? 良い匂いする?」
 俺はニヤリと口角を上げると耳許に鼻を近付け匂いを嗅ぐ。
 ・・・・・・あれ? てっきりまた弾き飛ばされると思っていたのに何も起こらない。チラと様子を伺う。すると律はスンッとした顔で俺を見ていた。
「ずっと思ってたんだけどさ。海斗って匂いフェチってやつ?」
「あ? なんで?」
「だってよく嗅ごうとしてくるから・・・・・・。そうなのかなぁって」
 俺はこれ見よがしに大きくため息をつく。
「俺はお前の匂いが好きなの。他の匂いには興味は無い。あとボディミストより律の方が良い匂い―――ぐぉっ!」
 思っていたとおり俺は弾き飛ばされた。けどまさか今だとは思っていなかったから上手く構えが取れず見事に後ろに倒れた。
「やっぱり変態じゃん」
「変態で結構!」
 俺は開き直り、その場で大の字に手足を伸ばした。幸せだ。律もそう思っていてくれたら嬉しいなと頬をほんのり赤らめている相手を見つめた。