来世で会いましょう


「これミレモール?」
 駐輪場に自転車を()め、先に降りていた律がミレモールを見上げ指差す。
「うん。来たことあるんだろ?」
「あるけど・・・・・・。こんなに大きかったっけ?」
「あー、何回か増築繰り返してたからな」
「ああ・・・・・・」
 大きく変貌を遂げたミレモールに律は呆気(あっけ)にとられているらしい。律が生きていた令和元年の時は俺が覚えている限り、もう少し小さかった気がする。ここまでデカくはなかったはずだ。俺は「置いてくぞ」と声をかけ先に進む。後ろから「あっ、待って」と声が聞こえ律が隣に来る。
 モール内は夏休みという事もあり想像以上に混んでいた。今からこの人混みの中を歩き回るのかと思うと憂鬱だったが、律を楽しませたかった俺はそんな気持ちを心の奥底に仕舞(しま)った。どこから行こうかと迷っていると律は華麗に人を掻き分け前へ前へと進んでいた。
「ちょちょちょっ!」
 俺は慌てて律を追いかけ手首を掴む。見る限りかなりテンションが上がっているようだった。俺は辺りを見回し人気がない場所に連れて行くと振り返り律を見る。「何?」とでも言いたそうなキョトンとした顔にやられそうな自分がいる。
 この顔、弱いんだよなぁ俺。
「いいか? 手を繋いで行こう。絶対に離すなよ。迷子になられたら困る」
「ま、迷子って・・・・・・。俺、小学生じゃないんだけど」
「ミレモールは三階まであるし、縦にも横にも長い。はぐれたら探すのに一苦労なんだよ。律、お前スマホ持ってないだろ。それとも迷子の放送でも流してもらうか? 『雨宮律くん、十五歳を探しています』って」
「・・・・・・・・・・・・」
 その光景が頭に浮かんだのか律は苦虫をかみ潰したような渋い顔をした。
「わ、分かった」
 小さく頷くと律は俺の手を取り、握った。すると表情は一変し笑顔で「どこから行く?」と尋ねてきた。

 さっきも言ったがミレモールは縦にも横にも広い。じっくり一店舗ずつ見ていたら日が暮れるだろう。
とりあえず律が興味を示した店に片っ端から入っていった。
「この服、海斗に似合いそう」と指差したTシャツは一万五千円で、値段を見た俺達は無言で店を出た。去り際、店名を見ると有名なブランド店で肝が冷えた。Tシャツ如きであんなに高いのかと。ブランドに興味がない俺には良さが分からない。
 次はモール内にある映画館に立ち寄った。何かを観るわけじゃない。何が上映されているか見るだけだ。劇場ロビーの売店には沢山の小さな子供連れの家族や学生、カップルがいた。世界的に有名なアニメが現在上映中だから大半の人がそのアニメを見に来ているのかもしれない。律はアニメは見るらしいがそこまで興味がないらしい。まぁ、小説の方を圧倒的に(たしな)んでいるから納得だ。「そそる物がないなぁ」なんてぼやきながら映画館を出た。
 長い通路を手を繋いで歩いていると「端から見たら俺達も恋人同士に見えるのかな」などとすれ違うカップルを見る度に思った。律がどう思っているか分からなかったが俺はそう思われたいと感じた。なんでだろうな?
「あー! グルニエだ! 俺の時はなかった!」
「グルニエ? ―――あっ!」
『グルニエ』という店を見つけた瞬間、律はもの凄い力で俺を引っ張り、走り、店内に入っていった。
 店内は海を連想させる白と水色で色が統一された涼しげな内装だった。グルニエは確か文房具やコスメ、キャラクター雑貨などが数多く置いてある店のはずだ。主に女性に人気な店で、店内にいる人もほとんどが女の人ばかりだった。
 律を見るとボディミストがずらりと並んだ棚を目を輝かせて見ていた。
 そう言えば香り系が好きって言ってたな。実際、コイツも良い匂いがするし。俺は軽く腰を屈め、ボディミストを見る。・・・・・・どれも同じに見える。取りあえず、律が身につけていたというサボンの香りを片っ端から手に取っては嗅いでいった。
「あっ。これ律と同じ匂いがする」
「どれどれ? あっ、これ俺が使ってたやつ。パッケージが新しくなってる!」
ミレモールに来てから律のテンションは驚くほど上がっていた。 楽しそうな顔を見ているとこちらまで楽しくなってくるし、なにより嬉しかった。俺はこっそり律愛用のボディミストを取ると背中で隠す。「俺、ノートきれてたから買いに行ってくるわ。此処にいろよ」と念を押すように言うと聞いてるのか聞いていないのか分からないふわふわした「はぁい」が返ってきた。目線は未だにボディミストの棚に釘付けだ。俺はチラチラと律を確認しながらレジに行く。
「すいません。これプレゼント用でお願いします」
 ショートボブの黒髪の女性店員は笑顔で「プレゼント用にしますとラッピング代で百円かかりますが宜しいでしょうか?」と訊かれ「大丈夫です」と頷いた。すると目の前にファイルを出された。
「ラッピングの柄はどれにいたしましょうか?」
 柄って自分で選ぶのか? と、俺は戸惑った。あまり人にプレゼントなどした事がない俺はラッピング袋の柄を選ぶこともほぼ初めてと言っていい。。父の日や母の日にはちゃんと両親にプレゼントを渡してはいるがラッピングまではしてもらっていなかった。理由は簡単。金を浮かせるため。たまにしてもらう事もあったが基本、店のロゴ入りで大きさが違う紙袋にするか袋にするかの程度だった。
 俺はファイルの中に入った紙に見入る。水玉模様やギンガムチェック、無地。・・・・・・色まである。ありすぎて何を選べば良いか分からない。必死に頭を回転させる。無地の淡いピンク色を見た時、ふっとクラスの女子の会話が頭を過った。
『ねね。ホワイトデーのお返しのお菓子に意味があるって言うじゃん?』
『あぁ。クッキーだと『友達でいましょう』とかいうやつ?』
『そうそう。ラッピング袋にも意味があるんだって。赤とかは見て分かる愛とかなんだけど、ピンクは恋心とか白は純粋とか意味が沢山あるんだって』
『へぇー。ラッピング袋にも色々あるんだ・・・・・・。てかそれ絶対ラッピング関係ないでしょ。ようは色でしょ色』
『ムード()っ!』
 俺は気付けば無地の淡いピンク色を指差していた。
「こちらですね。五分ほどお時間いただきますが大丈夫でしょうか?」
「はい、大丈夫です」
 俺は店員から番号が書かれた小さな札を貰い、手の中に隠すように握りしめた。律は未だにボディミストの棚にいる。俺は怪しまれないようにノートを見に行った。プレゼントは明日渡す予定だった。喜んでくれるか不安だけど・・・・・・。

 プレゼントを受け取り、俺達は本屋に足を運んだ。
 確か今日は漫画の新刊は出ていない。流し見るように漫画の新刊コーナーを横切ると小説の新刊コーナーに行った。
「あっ。中野(なかの)ヒカルさんだ」
「中野ヒカル? 誰それ? 有名な作家さん?」
 律は驚いたようにこちらを振り向くと「知らないの⁉」と声を上げた。俺はビックリして目を瞬かせる。
「賞も何回も取ってる有名な人だよ! たまにテレビにも出てたりしてる! 俺が一番好きな作家さん! 家にほぼ全部ある」
「ほ、ほぉ~・・・・・・」あまりの圧に俺はたじろぐ。そんなに有名な作家さんなのかと律の熱弁を聞くと納得せざるを得ない。俺はチラッと中野ヒカルという人の新刊小説『アナタだけを信じていました』を見る。表紙は鼻から下しか写ってない黒髪ロングヘアの女の人が白いワンピースらしき物を着て涙を流していた。帯には『五百六十ページの大作長編ホラーミステリー! 最後の五ページ。貴方は驚きを隠せない』と書いてあった。俺は内容よりも本の厚さに引いた。こんな厚い小説を読む人がこの世にいるのか、と。まぁ、いるか。目の前に。俺はその小説を取ると中野ヒカルの過去の作品も見に行った。
「えっ。海斗読むの?」
「読まねぇよ。俺は小説初心者だぞ。こんな分厚い本、途中まで読んで投げ出すのがオチだ。お前が読むの。読みたいんだろ? 物が持てるようになったんだ。ページだって捲れる。よく分からねぇけど好きな作家はファンとしてはチェックしておきたいもんだろ」
「な、なにそれ。・・・・・・格好いいじゃんか」
「お? 惚れた? 素直にどーぞ律くん。『海斗、大好き』はい、どーぞ!」
 俺は調子に乗り、当初訊かれていた『俺に一目惚れした?』の仕返しを今してやった。・・・・・・・・・・・・てか内心、言われたい。
「ななななんで、そうなんのっ!」
 恥ずかしさで身体を震わす律の周りの本がパタパタと小さく動き出し、俺は焦り制止にかかった。
「ストップ律! ここミレモール。人が沢山いるから!」
『人が沢山いる』という言葉に反応した律は落ち着こうと深呼吸をする。しばらくすると頬の赤らみもいつもの白い肌に戻り、律の周辺の本も動きが止まっていた。
 中野ヒカルはこの七年で四冊ものの本を出していた。そしてそれはどれも分厚い。俺は新刊を含めた五冊を購入した。約五千円。バイト禁止のお小遣い制の高校生にはなかなか痛い出費だが律が喜んでくれるならそれで良かった。律は申し訳なさそうに「ありがとう」とお礼を口にした。俺は微笑み、「どういたしまして」と頭に手を置いた。

 俺達は映画館に引き返し、映画館に隣接するゲームセンターに立ち寄った。律は俺の手を引き、ミニクレーンゲームの前まで行く。
「見て、ポン太!」
 筐体(きょうたい)の中には俺の抱き枕になっているポン太が小さなマスコットとなって二つ置かれていた。表情が一つ一つ違う。威嚇するポン太に笑顔のポン太だ。
「これ二つとも取ろう! お(そろ)い」
「はいはい。両替してくるから待ってろ」
 クレーンゲームなんて何年ぶりだろうか。正直、取れるかどうかも分からない物に金をかけないタイプの俺にはクレーンゲームの良さや楽しさは理解しがたかったが、たまにはこういう物に散財(さんざい)するのも良い刺激なるのかもしれないと思った。それに律とのお揃いの物のポン太も欲しかった。
 戻ると『一Play 百円』と書かれた投入口に百円玉を五枚入れた。辺りを見回す。思ったより人が少ない。
「律、やってみろよ。今なら出来るだろ」
「い、良いの? 海斗のお金・・・・・・。さっきも本、沢山買ってもらったのに」
「いいから」
 再度促すと律は頷き、左矢印が書かれているボタンを押す。クレーンがスーッと左側に動いた。どうやら笑顔ポン太を先に取るようだ。・・・・・・なんだかクレーンが笑顔ポン太を通り過ぎているような・・・・・・。
「左に行きすぎじゃね?」
 俺が指摘すると律は謎のドヤ顔を決め「まっ、見てなさいよ」と自信たっぷりに言ってみせた。次に上矢印が書かれているボタンを押す。やはり笑顔ポン太から少し上に行きすぎている。下に下がるクレーンを律は真剣に見つめ、半分まで下りてきた所で「ここだ!」と、丸が書いてある三つ目のボタンを押し、降下していくクレーンを停止させる。中途半端な高さで停まったクレーンのアームが蜘蛛(クモ)の足のように開く。すると三つある内の一つのアームがマスコットのストラップに入り込みポン太を持ち上げた。上に上がっていったクレーンは少し揺れ、アームが開いたがポン太は落ちず、そのまま落し口に運んでいき落とした。筐体が七色に光り軽快な音楽が流れる。
「ほら、取れた」
「え、凄ッ! 一発じゃん。クレーンゲーム得意なん?」
「従兄弟のお兄さんがね、クレーンゲーム大好きで会う度にゲームセンターに連れて行ってくれてコツとかよく教えてくれたんだ。まぁ、毎回上手くいくわけじゃないんだけど・・・・・・。お店によってアームの強さも違うし」
「アームの強さ?」
「うん。お店によって違うんだよ。アームの力が弱いと凄くお金持ってかれるから止めた方がいい・・・・・・よっ!」
 すると再び筐体は七色に光り、軽快な音楽が流れた。律はいつの間にか威嚇ポン太も見事に獲得した。威嚇ポン太は三百円かかったが安く取れた方だ。
「あと二百円残ってるけど・・・・・・どうする?」
「どうするって?」
「先に何百円かお金を入れて、途中で景品が取れても残りのお金は返してくれないんだよ。店員さんに言えば他の台で料金分やらせてもらえるけど」
 俺は左右の手に収まった威嚇ポン太と笑顔ポン太を見つめ首を横に振った。
「いや、これだけで良い。あとは適当にやっちゃって」
 そう? と首を傾げた律は空になった筐体の中でクレーンを二回動かした。

「あー! 楽しかった!」
 一通りモール内を回った俺達はフードコートで食事を摂り、ミレモールを出た。大勢いる中、一人でフードコートを利用するのは多少の気まずさもあったが今の俺には周りに見えなくても律がいる。俺にはちゃんと見えてる。
 俺は取ってもらった威嚇ポン太を律に見せる。
「これ、律な」
「えっ。こっちの笑顔ポン太じゃなくて?」
「このポン太、恥ずかしがって拗ねてる時の律に似てる」
「えー?」
 律は眉間に皺を寄せ、威嚇ポン太をまじまじと見つめる。そういう所が似てるんだよなと俺は心の中で笑った。


「海斗! お昼食べてないじゃない!」
 帰りはあの看板がある通りを避けて帰った。あの道は色んな場所に行くのに近道だからよく利用していたが律が「しばらくは止めといた方が良いよ。あの人、海斗に霊感があるの薄々気付いてるみたいだから」と、怖いことをさらっと言うもんだから通りたくても怖くて通れない。
「聞いてるの⁉」
 母さんの高い声に遠くに行っていた意識が引き戻される。目の前には白米となめこの味噌汁に生姜焼き、フルーツの盛り合わせが置かれていた。風呂は帰ってきてすぐに済ませた。
「ごめん。急に友達に呼び出されてさー。昼飯はミレモールで食べたから大丈夫。あと風呂掃除忘れた」
「知ってるわよ! ・・・・・・まぁ食べたならいいけど。夏休みだからって羽目外しすぎじゃない? 朝なんか昼まで寝てるのか知らないけど用意しておいても全然食べてないじゃない」
「次からはちゃんと食べまーす」
 俺はパンッと手を合わせ「いただきます」というかけ声と共に白米を口いっぱいに頬張った。
「まったく・・・・・・。でも最近楽しそうね」
「ん?」
「今までの休みなんて、あんた部屋に引きこもって勉強するか漫画読むか動画見るかばっかだったじゃない」
「んー。・・・・・・確かに?」
 目の前の空席に目をやる。父さんは今日は帰りが遅いようだ。母さんを見ると味噌汁を(すす)っている。
 確かに今までは遊ぶような相手なんていなかったからな。俺は律の顔を頭に思い浮かべる。
「何笑ってるの?」
「え、俺今笑ってた?」
「うん。気持ち悪い笑顔だった」

 俺は自分の部屋の前に立つ。
明日あの場所でプレゼントを渡す。そして―――。俺の心臓は高鳴っていた。今まで誰かと一緒にいた事なんてなかった。ましてや、ミレモールに行くなど過去の自分は想像もしていなかっただろう。そして幽霊が視えるようになって、その幽霊に恋をするなど誰が想像できるんだ。・・・・・・そう。
 ―――俺は人生で初めて恋をした。

 月明かりが射し込む部屋の中、シングルベッドで二人で寝ることが当たり前になっていた。律が華奢(きゃしゃ)だからか窮屈(きゅうくつ)さは感じなかった。カーテンの隙間から射し込む月明かりが律の顔を照らしている。律はよく月明かりに照らされる。その度に俺は綺麗だなと何回も思う。手を伸ばし髪に触れる。寝てないのは分かってる。
「なぁ、律」
「んー?」
 律は大きな目を開ける。睫毛が長いから月明かりで肌に睫毛の影が落ちていた。
「学校が始まる前に一回、学校に行こう」
 えっ、と小さな声が聞こえた。分かっている。いくらリストに書いたとしても嫌な思いをした場所に行くのには抵抗があるだろう。律が学校に行きたいと言ったのは・・・・・・多分、前に進むためだ。始業式の日に行くのも良いが、人が多い。きっと嫌な思い出が一気に蘇るだろう。なら、夏休み中の人が少ない時に一度行っておきたい。律の顔は不安に歪められていた。俺はダウンケットの中で律の手を握る。
「大丈夫、俺がいるから。今日みたいに手を繋いで行こう」
 握り返してくる手に力が込められる。静寂に包まれた部屋の中でダウンケットが擦られる音だけが大きく聞こえた。
「・・・・・・分かった。海斗がいてくれるなら行く」
 俺は小さく頷き、律を静かに抱き寄せた。