来世で会いましょう


 カーテンを勢いよく開くと、そこには男がベッドに背筋よく座っていた。
「うおあぁぁぁ!」
 俺は驚いた拍子に自分の足に足を引っ掛け壮大に尻餅をついた。俺も驚いたが、相手はもっと驚いている。
 人だ・・・・・・。
 人だと認識すると恥ずかしさが込み上げてくる。素早く立ち上がり、パンパンとハーフパンツについた埃を払った。俺は咳払いをし、男を値踏みするように上から下まで盗み見る。暗い茶色のショートボブに女のように大きな目。瞳も髪の毛同様、薄い茶色だ。大きな目は月明かりを映していてキラキラと光っている。まるでビー玉のようだ。通った鼻筋に小さな鼻。これまた女のように厚めの唇は何か塗っているのだろうか。異様に綺麗なピンクだ。肌も白い・・・・・・いや、青白い。言うなれば中性的な顔だ。
 それより気になったのは男の格好だ。半袖のカッターシャツに灰色のスラックス。真っ先に浮かんだのは「なんで?」だ。今はどこの学校も夏休みのはずだ。
 制服姿で肝試しに来たのか? 一人で?
考えを巡らせながらも俺の視線は胸ポケットの菱形(ひしがた)のバッチに注がれていた。中心には一文字『心』と書かれている。これは、心明高等学校の校章バッチだ。色は・・・・・・青。
 俺が通っている心明高等学校には色違いの校章バッチがある。形はみんな同じ菱形だが色が学年ごとにわけられている。三年は緑で、二年は赤。そして一年は青だ。目の前にいる男は心明高等学校の一年。つまり俺の後輩にあたる。俺は肩の力が一気に抜け、安堵のため息をついた。
 一人で肝試しとかメンタル強すぎだろと頭をぐしゃぐしゃと掻き乱す。
「お前も肝試しか? そこら辺に使い捨ての注射器とか落ちてたから危ねぇぞ。ベッドだって埃まみれだ。安易に座るな」
「・・・・・・・・・・・・」
 後輩と思われる男は無言のまま、大きな瞳で俺を見つめていた。口をもごもごさせてるあたり、何か話そうとしているのだろうが口をなかなか開かない。しばらく待ってみたものの、ただ俺を凝視しているだけだ。
「無視かよ・・・・・・」
 痺れを切らしポツリと溢れた言葉に男は明確に反応した。
「お、俺が視えるの?」
「は?」
 想像もしてなかった言葉に素っ頓狂(すっとんきょう)な声が出る。
「・・・・・・心高(しんこう)の一年だろ?」
 俺は相手の質問をさりげなくスルーし、質問に質問で返す。
 胸ポケットのバッチを指差すと、男は立ち上がり大きく頷いた。立ち上がると小柄さが際立(きわだ)つ。身長も多分俺より十センチは差がある。童顔(どうがん)のせいか中学生にも見える。
「俺、心高の二年。てか、なんで夏休みなのに制服で来てんだよ」
 男は大きな目を瞬かせると何かに納得をしたかのように頷いた。
「あー、だから最近来る人が多かったんだ・・・・・・」
 話が噛み合わない。俺は眉間に皺を寄せ怪訝な顔で見つめるも病院を出るよう促した。
「無理だよ。多分俺はここから出られない」
 眉間の皺がより一層深くなる。
 ―――なんなんだコイツは・・・・・・。
 カアァァッと頭に血が上っていくのが感じ取れた。イラついている事を見せつけるように大きなため息を吐く。
「さっきから何言ってんだよお前。幽霊ごっこか? なら別の所で一人でやれ。今はここから出る。色んな物が落ちてて危ねぇって言ってんだろ」
「だから、それが無理なんだって」
「チッ。意味分かんねぇ・・・・・・。とりあえす行くぞ」
 これ以上コイツと話してたら頭がおかしくなりそうだ。だけど、ここに一人で置いていくのも(はばか)れた。俺は意味の分からない男の腕を掴もうと手を伸ばした。が、スルリと(くう)を切った。
「・・・・・・は?」
 思わず自分の手を見る。俺、今掴んだよな?
「だから言ったじゃん。無理だよって」
 頭が混乱してきた。いや、今のはコイツが素早く腕を引いたのかもしれない。もう一度掴もうと手を伸ばした瞬間、男は言った。
「だって、俺・・・・・・」
 
 ―――幽霊だから。

 俺は目を見開き、瞬きを数回した。
 今なんて言った? 『幽霊』って言ったのか?
「ゆう・・・・・・れい・・・・・・?」
「うん」
 俺は幽霊だと名乗る男の頭の天辺から足の爪先まで不躾ながら舐めるように見つめた。どこからどう見ても人間だ。
「つっ・・・・・・つまんねー冗談! 幽霊ならなんで透けてねぇんだよ」
 なんて悪趣味な後輩だ。こんな場所で「自分は幽霊だ」だなんて・・・・・・。言って良い冗談と悪い冗談がある。
「さぁ? 透けてる人もいるよ。別棟の病室にいる女の人は足が透けてるし、下半身丸々透けてる人もいる」
「だから! そういう冗談つまんねぇから!」
 動揺を隠すためか声が大きくなる。俺はもう一度、男の腕を掴もうと手を伸ばす。―――が、嫌でも確信してしまった。男の前腕の中に、俺の手が入り込んでいる。目の前の光景が信じられず、手を動かす。冷たい。俺は手を引っ込め後ずさった。
「信じた? 多分俺、地縛霊なのかなぁ。この病院から出られないと思う」
「・・・・・・っ」
 男は淡々と間延びした声で恐ろしいことを言う。
 幽霊? そんなものいるはずがない。
口の中はカラカラで上手く声が出ない。こんなにはっきり見えるのに幽霊? そんな馬鹿な事あるか? 幽霊は透けてるもんだろ。
「あ、怖がらないで。何もしないから。俺は雨宮律(あめみやりつ)
 よろしくと差し出された色白の手を見つめる。
「あっ。触れないんだった」
 雨宮律と名乗った後輩は手を引っ込め笑う。頭がぐわんっと大きく揺れた。
 やべぇ・・・・・・頭クラクラしてきた。
 幽霊と認識してから心拍数が異常に上がっている。自分の耳にまでドクンッドクンッと聞こえるほどだ。変な汗はかいてるし、呼吸もしづらい・・・・・・。
「あっ・・・・・・」
 ヤバいッと思った時にはもう遅かった。目の前がキラキラと光り、直後に暗幕が下りた。

「あ! 起きた!」
 目を開けると、先輩達が俺を見下ろしていた。
 此処は・・・・・・?
 硬いコンクリートの上。後頭部に感じる柔らかな感触は折り畳まれたスポーツタオルだろう。辺りを目だけで見ると、そこは廃病院の入り口だと分かった。
「良かったー! なかなか戻ってこないと思って見に行ったらぶっ倒れてんだもん」
「海斗が写真を送ってくれてたからすぐ何処にいるか分かったよ。置いてってゴメン」
 司先輩と颯斗先輩は心配そうに、そして申し訳なさそうに謝罪をした。大智先輩も謝りしつつ「頭とか打ってないか?」と心配そうに俺を見つめている。三人の後ろには司先輩のお兄さんが困った顔をして俺を見ていた。
「司が悪かったな。怖いなら行かなきゃ良いのにって言ったのに「最後の思い出を~」とか騒いでてさ。まさか後輩置いて帰ってくるとは思わなかったわ」
 俺は片手を上げ、「大丈夫です」と小さな声で喋る。今は腕を上げるのも喋るのもしんどい。
「俺の車広いから横になってなよ。まだ動けないだろ」
 確かに身体中が鉛のように重い。
「ありがとうございます」
 俺はお礼を言い、再び目で辺りを見渡す。そこにはもう雨宮律という幽霊はいなかった。
 夢だったのか? それとも幻覚?
 俺はしばらく横になった後、司先輩と大智先輩に肩を貸してもらい、お兄さんのミニバンに乗り込んだ。俺は男だけど車には興味がない。走ってる車がどこの物なのかも分からないが、お兄さんが乗っている車が良い物なのはなんとなく分かる。
「ありがとうございます」
 俺はミニバンのサードシートに横になる。セカンドシートには颯斗先輩と大智先輩が乗り、助手席に司先輩。運転席には司先輩のお兄さんが乗り込んだ。
「海斗くん、気分悪くなったらいつでも言ってね」
 運転席から聞こえてくるお兄さんの声に再びお礼を言うと、エンジンがかかり車が動き出した。俺は全身で揺れを感じながら瞼を閉じる。
 雨宮律・・・・・・。夢にしては異様にリアルで鮮明だったな。てか俺、集中治療室で寝てたのか? 睡眠はちゃんと取ってるはずなんだけど。俺はもう一度、雨宮律の顔を思い浮かべた。あの大きな目にふっくらとしたピンク色の唇。・・・・・・可愛かったな。
 ・・・・・・・・・・・・って、可愛いってなんだよ。しかも男の幽霊相手に!
「大丈夫?」
 視線を感じる。きっと颯斗先輩と大智先輩がちょこちょこ振り返っては様子を見てくれているのだろう。
「大丈夫です。ありが・・・・・・」
 目を開けると、そこには雨宮律がいた。
「うっ!」
 思わず叫びそうになり口を開けた瞬間、雨宮律は左手の人差し指を立て、「しーっ!」と遮る。右手は口を覆うように被されているが感触はない。ただ、ひんやりとした冷気のようなものだけを感じる。俺は前にいる颯斗先輩と大智先輩の後頭部を見る。車内には陽気な洋楽が流れている。ゴクリッと唾を嚥下(えんか)すると声を潜めて律という幽霊に話しかけてみる。
「な、なんでここにいるんだよっ」
「急に倒れたから心配で着いてきちゃった。俺は君に触れないから・・・・・・。でも友達がすぐ来てくれて良かった」
「着いてきちゃったって・・・・・・。出れたのかよ。しきりに『無理だ』って言ってたじゃねぇか」
「うん! 今まで自分は地縛霊だと思ってたから・・・・・・そもそも彼処(あそこ)から出ようって頭がなかったんだよね。でも、出れた!」
「・・・・・・俺はお前に()かれたの?」
「まさかっ!」
 驚いたような顔をする相手にホッと胸を撫で下ろす。
「俺、雨宮律」
「さっき聞いた」
「あ、覚えてくれてたんだ。君は?」
「・・・・・・久瀬海斗」
 自分の名前を幽霊に教えるのは正直、嫌だった。教えたら憑かれそうだったからだ。だけど、さっきの反応からして俺に取り憑くつもりはないらしい。今はあの反応を信じよう。
「海斗。良い名前だね」
「どうも」
「海斗、家に着くまで寝てたら? 身体辛いでしょ?」
 随分気が利く幽霊だな、と頷き、俺は無言のまま再度瞼を閉じた。てか、いきなり呼び捨てかよ。

「―――と、海斗!」
 目を薄ら開けるとセカンドシートから大智先輩が身を乗り出し俺の名前を呼んでいた。どうやら寝ていたらしい。俺は窓ガラスに目をやる。自分の部屋の窓が見える。どうやら家に着いたようだ。
 俺はゆっくりと半身を起こす。随分寝たような気がするが、まだ身体が鉛のように重い。足許には律が眉を八の字に歪めて心配そうにこちらを見ていた。やっぱり夢じゃなかったのか、と思った。
「大丈夫か? 身体辛かったら部屋まで送ってこうか?」
 片手を上げ「大丈夫です。ありがとうございます」と、丁寧に断りを入れた。本当は部屋まで肩を貸してほしかったが、これ以上迷惑はかけられない。俺は律の傍に置いてあるボディーバッグを取り、肩にかけると車をゆっくりと降りる。何故か律まで俺に続いて降りてきた。その姿を見て、幽霊って意外と普通に降りるんだな等と思った。
「今日は悪かったな。お疲れ、ゆっくり休めよ」
 司先輩がサイドウィンドウから手を出し俺の腕辺りをポンポン叩いた。後ろでは颯斗先輩と大智先輩が各々「今日は本当にごめん!」とか「またLIME(ライム)送るわ」と口々に喋っている。俺は司先輩のお兄さんに「今日はありがとうございました」と、頭を下げると家の中に入っていった。日付が変わった家の中はあの廃病院のように静かで暗かった。リビングの電気も点いていない。両親はもう既に寝ているのだろう。俺は重い身体を()()るように自分の部屋がある階段を上った。ミシッ・・・・・・ミシッ・・・・・・と床が微かに軋む音の中、後ろを着いてきている律の足音は一切しなかった。
 部屋に入ると俺はベッドにダイブした。身体が重い。今はそれしか考えられない。髪に手を伸ばし固められた毛先を摘まむ。風呂に入ってワックスを落とさないと。このまま寝たら枕も汚れるだろうし、髪もベタつく。腕に力を込め半身を起こそうとするがすぐに倒れてしまう。朝の事を考えると憂鬱(ゆううつ)だが、しょうがない。風呂は諦めよう。
 そんなことを考えながら天井を見上げていると、律が顔を覗いてきた。大きな目と視線が合う。何故だろう。気を失うほど怖かったのに、今は不思議と怖くはないし、疑ってもいない。
 ―――コイツは正真正銘の幽霊なのだ。
俺以外、誰にも見えていなかった。だって普通、人一人増えたら気付くだろう。(うめ)き声をあげ、もう一度腕に力を込め身体を起こした。息を吐き、壁に凭れる。
「・・・・・・言いたくなかったら言わなくていいんだけど・・・・・・。なんで死んだんだ? 病気・・・・・・とか?」
 不謹慎な質問だと思う。幽霊・・・・・・律を傷付けるかもしれない。でも自分勝手な好奇心のせいか知りたかった。
「ううん。病気じゃない」
 あっさりと答える律に安堵する。不快になっても不思議ではない質問だ。俺だったら多分答えて・・・・・・いや、もう既に吹っ切れているのかもしれない。
「・・・・・・じゃあ、事故?」
「違う。自殺」
 今、涼しい顔で凄いことを言わなかったか? 俺は詰まった息を吐き出すように小さく「自殺?」と返していた。
「心明高校で自殺あったの知らない? 当時よくニュースになってたんじゃないかな?」
「し、知らない」
 厳密に言うと少しだけ知っている。何年か前、心明高校で男子生徒が屋上から飛び降り自殺をしたとか・・・・・・。俺の記憶が正しければ当時の俺は小学校低学年のはずだ。あとは中学生の時、進路希望の話で持ち切りになった時期に少し話題になったくらいで特に気にもしてなかったし、ましてや小学校低学年の頃の話だ。自分の小学校生活もろくに覚えてないヤツが詳細を知る訳がない。
 律はベッドの横の壁に凭れ、俯いた。
「自殺したの。夏休み明けに。俺いじめられてたから・・・・・・。辛くて、逃げたくて。親に迷惑かけたくなかったし・・・・・・。あの時はもう常に無気力状態でさ。得意だった数学も計算が出来なくなってて、気付いたら屋上にいた。で、そのまま・・・・・・目が覚めたらあの病院の集中治療室にいたんだ。・・・・・・両親が泣いてた。俺はそれを傍で見てた」
 あまりの生々しい話に呼吸をするのを忘れてしまう。
「ごめん」
 俺は律から視線を逸らし謝罪をした。嫌な事を思い出させてしまったという自責の念が心に棘のように刺さる。
「あっ、気にしないで。俺はもう気にしてないし。むしろ今は聞いてもらいたい。この七年、あの病院に肝試しに来る人は沢山いたけど、誰一人、俺の事視えてなかったんだよ。海斗が初めて」
 律は嬉しそうに俺の顔を見て笑う。
 あの廃墟にずっと一人。だとしたら、あの噛み合わない会話も反応も納得出来る。
 今まで誰にも視えていなかったのに突然視える奴が現れた。・・・・・・そりゃあ嬉しいわな。
「歳いくつ? バッチからして十五、六だろ?」
「うん、生きてた時はね。・・・・・・今も生きてたら・・・・・・あれ? 今何年?」
「二○二六年」
 天を仰ぎ黙り込む。唇が微かに動いているから計算をしているのかもしれない。
「・・・・・・俺が死んだのが二○一九年で、七年前だから・・・・・・今は二十二歳だ! 今年の十月で二十三歳!」
 白い歯を見せ、ピースを向けてくる。
「二十二⁉ 俺より年上じゃねぇか!」
「そうだよ? 七年前だもん。当然でしょ」
 ふんっと鼻を鳴らして笑う。馬鹿にされてる気分だ。
律は気付いたように態度を一変させ「そろそろ寝なよ」とまた睡眠を促してきた。
「まだ完全に体調良くなったわけじゃないんでしょ?」
「まぁ、そうだな。まだ身体が重い」
 言われるがまま大人しく横になりダウンケットを身体にかける。なんだか、熱を出して親に寝るように言われたから仕方がなく寝る子供のような気分だ。ベッドボードに手を伸ばし、クーラーのリモコンを手探りで探した。部屋の中は昼間同様、暑いから冷房を点けないと熱中症になる。冷えすぎないように冷房を二十六度で点けた。ダウンケットを掛け直そうとしたら隣に律が横になっていた。
「・・・・・・何してんの」
 律は子供のように楽しそうに笑うと「俺も寝る」と言った。
「幽霊って寝るの?」
「さぁ? 寝ないんじゃない? 俺は寝なかったし・・・・・・。ていうか目を閉じても眠れなかった。だから多分幽霊は寝ない」
「じゃあ、意味ないんじゃ・・・・・・」
「無いよ。でも・・・・・・」

 ―――人肌恋しいんだ。