「じゃ、じゃあ、まずは記念写真を撮りましょう・・・・・・」
不安定な足場に三脚を置き、三脚アダプターというスマホ等を設置するための補助具にタイマーを設定したスマホを装着する。
シャッターボタンを押すと、ピロンと、この場の雰囲気には似つかわしくない明るい音が辺りに鳴り響いた。カウントが始まると大智先輩が小走りで俺の隣に来て控えめなピースをする。背景はもちろん廃病院の入り口だ。
―――カシャッ。
「どう? な、なんか映ってる?」
一台の小さなスマホを四人で囲む。フラッシュを焚いたせいか何も映ってなくても自分達の顔で怖さが倍増している。
先輩達、全員顔引き攣ってるし・・・・・・。
怖いのを隠せていない先輩達の表情に俺は思わず口許が緩んだ。
「先輩達、めっちゃ顔強張ってるじゃないですか」
「久し振りなんだからしょうがないだろー! しかもたったの四人だし!」
「なら、行くのやめます?」
「ここまで来て引くわけないだろ」
「ですよねぇ~」
強がってはいるが三脚を畳む手は小刻みに震えている。それがまた可笑しくて俺は声を押し殺しながら笑った。
俺は怖い物は好きだけど、百パーセント幽霊がいるとは思っていない。夏にやる心霊番組もほとんどがヤラセだと思っている。だって映像に映ってる幽霊って大体みんなどこか似ている気がする。髪が長い女の幽霊とか・・・・・・典型的すぎるだろ。なんでショートカットや髪を縛った幽霊はいないんだよ。・・・・・・まぁ、ヤラセでも面白ければ俺は構わないんだけど。
「よしっ、じゃあ行くぞ!」
恐怖を吹き飛ばすように司先輩はライトが点いたスマホを持った右手を高々と上げた。
「なんで?」
俺の後ろには三人の先輩が密着するようにいた。颯斗先輩なんか俺の腕を掴んで離さない。
「普通、先輩が先陣きりません?」
「いや、お前が照明担当だから」
「照明担当って・・・・・・。司先輩もスマホで照らしてるじゃないですか」
「お、俺は足許を照らしつつ、カメラも回してんの!」
「カメラ回したらライトは消えますけどね」
心霊スポットに行こう、と意気込んでいた時はてっきり心霊スポット慣れしているのかと思ったけど、自分が思っていたより先輩達は怖がりだったらしい。ため息をつき「行きますよ」と荒れた廃病院の中に足を踏み入れた。
「今のスマホって、懐中電灯並みに明るいですよね」
俺は周りを照らしながら言う。天井が所々剥がれていて危なっかしい。
「なんでお前はそんなに余裕なのよ!」
腕を掴んで離さない颯斗先輩は俺の腕を玩具のように振り回す。
「俺、別に怖くないんで」
「その余裕たっぷりな顔、腹立つー!」
「あっはっはっ!」
院内に入ると、すぐに広いロビーが姿を現した。
ロビー一面を覆いつくすように張り巡らされた大きな窓ガラスは割れ床一面に散乱し、かっては綺麗に並べられていたであろう沢山の長椅子が無造作に置かれていた。俺は想像を膨らます。旧心明病院は元は六階建ての大きな病院だ。噂よると別棟もあるらしい。きっと多くの人が利用していたに違いない。それが閉院して、たった十五年でこの荒れようだ。謎の書類は所々に散らばり、壁には落書きまでされている。
こういうのって誰が窓を割ったり、椅子を動かしたりしてんのかな・・・・・・。
罰当たりな奴と思ったが無許可で侵入している俺達もそいつらと何も変わらないのかもしれない・・・・・・。無許可?
「そういえば司先輩、ここの所有者の人にはどうやって許可取ったんですか?」
「は? 所有者?」
キョトンとした顔で司先輩は首を傾げた。可愛くはない。
俺はロビー全体にスマホの明かりを彷徨わせ、何もないことを確認するとロビー内ある受付・・・・・・。「入退受付」と書かれたカウンター内に入る。中には何台物のパソコンが置かれていた。他は荒れているのにパソコンだけは律儀に並んでいる。これだけでも十分不気味だ。足許を見ると個人情報が書かれているであろう書類を踏んでいた。小さく「やべっ」と声を漏らすと足を退かす。
隣では歩みを止めない俺に連れられてきた颯斗先輩が恐怖に慄きながらもスマホで写真をカシャッカシャッと忙しなく撮っていた。
「所有者って何よー?」
カウンターで頬杖をつき、こちらにカメラを向けている司先輩が間延びした声で問いかける。大きなハンディカメラに目が奪われた。
「あれ。なんですかその高そうなカメラ。さっき持ってましたっけ?」
これ? と先輩は嫌な笑みを浮かべ自慢するようにカメラを見せびらかす。
「兄貴に借りた。赤外線照射型」
「赤外線照・・・・・・? よく知りませんが暗い中でも撮れるやつですよね。よく心霊番組とかで使われてる」
「そうそう」
「なら高いでしょう。壊したらお兄さんに殺されますよ」
「まぁー、壊したら殺されますね。バイト代貯めて買ったって言ってたから」
「ご愁傷様です」
「いや、まだ壊してねぇし!」
二人でロビー内に響くほどの大声で笑うと、本題を思い出し「うぅんッ!」と咳払いをした。
「話を戻しますけど所有者は所有者です。空き家や廃墟にも建物の所有者がいるじゃないですか」
「そんなん知らん」
今初めて『所有者』という言葉を知りました。とでもいうように目を瞬かせる。
「知らんって・・・・・・。それじゃあ俺達、不法侵入してるじゃないですか」
「んな大袈裟な・・・・・・大丈夫だって。配信者だって全員が全員許可取ってないだろ。俺達みたいな高校生が肝試しで来ても所有者の事なんて頭にねぇよ。それに此処、山の中だぞ。所有者がいてもバレないっしょ」
「そういう問題じゃ・・・・・・っ」
正直、それを言われてしまうと何も言えない。先輩の言うように許可を取らず無断で敷地内に入り撮影をしている配信者もいるだろう。現に動画配信サイトで廃墟を探索していたら警察がやってきた―――なんて展開はよく見る。学生なら尚更、自分達が不法侵入しているかもしれないなんて考えないだろう。
それに先輩の言うとおり、ここは山の中に位置する。二十分、車を走らせても民家一つ顔を出さない。たとえ管理者がいても警備をしっかりしていないと警察も来ないだろう。
「じゃ、じゃあさ。さっさと見て回って車に戻ろう。司のお兄さん待たせてるし」
俺は頭を抱えた。
そうだ。この廃病院に来られたのは司先輩の二つ上のお兄さんが車を出してくれたからだ。
「まぁ、そうっすね。早く見て回って・・・・・・って、あれ? 大智先輩は?」
「え?」と、司先輩と颯斗先輩の声が重なる。カメラ担当の大智先輩がいない。
「え? き、き、消えた?」
ここに来る前から軽く怖がっていた颯斗先輩は遂に恐怖がピークに達したのか軽いパニック状態に陥っている。腕を掴んでいる手に力が込められていくのが半袖から露わになった腕に伝わってくる。
「ま、まさかぁー! そ、そこら辺にいんだろー。おーい、大智ー!」
平静を装っているが司先輩の声は軽く震えていた。大智先輩の名前を呼ぶ声は病院内に不気味なほどによく響いた。ライトを辺りに彷徨わせながら同じように名前を呼ぶも返事がない。
まさか本当に消えた? そんな事を考えているとロビーの端にある階段からタンッタンッと軽快な足音がし反射的に全員が振り返った。
「ご、ごめん! 二階行ってた」
階段の踊り場から行方不明になっていた大智先輩が顔を覗かせる。心なしか声が震えているように感じる。
ったく・・・・・・ビビらせやがって。すぐ近くにいるじゃねぇか。
流石の俺も冷や汗をかいたが、隣にいる颯斗先輩は怒りの形相で踊り場で手を振る大智先輩を睨んでいた。
颯斗先輩はオカ研内では『オカン』と言われるほど面倒見が良く、心配性だ。短時間とはいえさぞかし心配したのだろう。
「なんでそんな所にいんだよ。一人で二階に行くとかチャレンジャーかよ!」
司先輩は恐怖を消し去ろうとするように明るい声で大智先輩のいる階段を段飛ばしで上っていく。俺と腕にしがみついて離れない颯斗先輩も司先輩を追いかけるように階段を上る。ひとまず胸を撫で下ろす。これで本当に行方不明になったら洒落にならない。
「勝手に離れるなよ。心配するだろ」
険を含む声で颯斗先輩が言う。ぼすっと尻を蹴り上げる姿に俺は苦笑した。多分、颯斗先輩は怒らせたら一番怖い。
「痛てっ! 違う違う。二階から・・・・・・二階からなんか音がしたんだよ」
音・・・・・・?
「よくある古い建物から鳴る音・・・・・とかじゃなくてですか?」
「あれは主に木造住宅とかだろ。コンクリでも鳴るの?」
俺は「さぁ?」と、肩を竦めた。建築には詳しくないから正直分からない。でも人がいなくてこの荒れようだ。何かしらの音が鳴ってもなんら不思議ではない。
「俺、見に行ってきましょーか?」
怖くはない。ただ飽きてきたのと軽い好奇心と二階がどうなっているか―――。いろんな思いが綯い交ぜになり気付いたら口から出ていた。多分、スリルを味わいたかったのだと思う。
「なら、俺も行く」
控えめに手をあげた司先輩に驚いた。
「えっ、先輩怖いんじゃ・・・・・・?」
「ま、まぁ、怖いけどさぁー。なんか映るかもしれないじゃん?」
司先輩は何かと撮れ高にこだわる。
「将来、日本中の心霊スポットを巡り、動画にしたい」つまり、心霊配信者になりたいと声を大にして言っていたのを思い出した。この怖がりようでは無理そうではあるけれど。すると、颯斗先輩も「じゃあ俺も行く」と、これまた控えめに手をあげた。一番脅えていたのに意外と精神面は強いのかと思ったが、大方この場で一人置いて行かれたくないのだろう。
結局、全員で二階を見に行く事になった。
「おー、すげぇ。ゲームの世界みてぇ」
二階に上がるとL字の長い通路が姿を現した。左右に伸びる通路の窓ガラスはロビー同様割れていて、月明かり差し込んでいた。またそれが廃墟という場所を現実とは逸脱した幻想的な雰囲気を漂わせていた。
「海斗。お前本当に怖くないんだな」
カメラを俺に向けながら大智先輩は言った。俺はニッと笑い「全然怖くないっす」とカメラに向かってピースをする。隣では相変わらず俺の腕にしがみついた颯斗先輩が無我夢中で四方八方写真を撮っていた。
「二階って色んな科があるんだな。ほら、あそこに眼科があって奥に耳鼻科がある」
「耳鼻科あったんだ。司が行きたいって言ってた病棟は別棟にあるみたいよ。案内板にあった」
階段付近を見ると案内板が設置されていた。大きな病院には大抵迷わないように案内板が所々に設置されている。それはどこの病院も同じだろう。案内板の前に立ち、ライトをあてる。数年経っているわりに状態も文字もはっきりと読み取れる。
「二階には眼科、耳鼻科、小児科、整形外科、形成外科・・・・・・。颯斗先輩が言ったとおり、別棟に病棟があるみたいですね。この病院、思ってたよりかなり広いんじゃないんですか?」
「えー。俺、病棟見たい。別棟まで遠いかな?」
唇を尖らし、案内板を眺める司先輩は病棟への行き方を探していた。
「そう言えばさっき、『音がした』って言ってましたけど大智先輩って霊感とかあるんですか?」
壁に凭れ掛かっていた大智先輩は、顔が青白く見えた。
「霊感なんてねぇよ。あったら堪ったもんじゃねぇ」
「さっきは何が聞こえたんですか? 声とか?」
揶揄うように俺は口角を上げ、円を書くように大智先輩の周りをライトで囲むように照らす。
「バッカ! 声なんて聞こえたら猛ダッシュで逃げるわ! ・・・・・・てかライト鬱陶しい!」
それは確かにそう。
声なんて聞こえたら俺でも逃げるし幽霊の存在も信じるだろう。いや、信じざるを得ない。
「とにかく! なんか聞こえたんだよ。声でもないし・・・・・・なんて言うか・・・・・・」
警戒をするように辺りを見渡す先輩は嘘をついているようには見えなかった。本当に何かに怯えているようだ。
────パキッ。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「⁉」
ガラスを踏んだような音が聞こえた直後、颯斗先輩が普段とは似つかない甲高い悲鳴をあげて走り出した。その悲鳴につられるように各々が悲鳴をあげながら階段を駆け下りて行った。カシャンッと誰かのスマホが落ちるのがスローモーションで見えた。
「マジか・・・・・・」
後輩の俺を置いて我先にとみんな逃げやがった。
俺はしばらく呆然とし足許に目をやる。割れたガラスが所狭しと散乱している。それらを軽く足で踏み鳴らすとと先程聞こえた『パキッ』という音が鳴った。
「はぁ・・・・・・。いくらなんでもビビりすぎだろ」
腰を屈め、落ちたスマホを拾い上げる。黒一色のスマホカバー。日本語で相棒、または親友を意味する『Buddies』という文字が白字で大きく書かれた英単語。それらを見る限り司先輩のだろう。ロック画面から懐中電灯のマークを押し、点けっぱなしのライトを消した。
・・・・・・・・・・・・戻るか。
踵を返した瞬間、ほんのりと良い匂いが鼻腔を突いた。同時に口から白い息も吐き出された。二階は一階に比べたら少し寒い。寒いというか涼しい。けど涼しいだけだ。震えるほど寒いわけじゃない。それに今は夏だ。業務用冷凍庫にでも閉じ込められない限り、この真夏に白い息など出るはずがない。
良い匂いにつられ振り返る。勿論、そこには何もないし誰もいない。ただ長い廊下が左右に伸びているだけだ。俺は好奇心が勝ってしまい自分のスマホからオカ研メンバー専用のグループチャットを開いた。
海斗:先輩達、ビビりすぎww
海斗:司先輩、スマホ落としましたよ。画面は割れてないんで安心して下さい。
海斗:俺もうちょっと中、見て回ってから戻ります。
海斗:[スタンプ]
カッカッカッ、シュポン! 連続でメッセージを送る度、軽快な音が鳴る。既読はすぐには付かなかったが、俺は「よしっ!」と自分に活を入れるとパスコード画面を開いた途端に消えたライトをもう一度点ける。左手には司先輩のスマホが握られている。パスコードが分からないため開くことは出来ないがロック画面からカメラのマークを押し、動画を回す。最近のスマホは便利でハンディカメラにも劣らず暗い中でも勝手に明度を上げ、明るくしてくれる。
俺は通路を真っ直ぐ歩き出した。
左側の割れた窓に慎重に近付き、下を覗く。そこには長方形の庭らしき空間があった。いや、見る限り出入り口はないから庭ではないのだろう。長く伸びた雑草が生い茂る中心部に謎の形をしたオブジェクトが寂しく鎮座している。顔を上げると少し離れた真正面に同じ通路が見えた。てっきりL字型の建物かと思ったが違うらしい。どちらかというと長方形の形をしている。対面の壁に待合室が見えた。多分、壁側に色々な科が配置されているのだろう。俺は顔を引っ込め再び歩き出す。
窓に目をやると、かろうじてヒビだけで済んでいる一枚の窓ガラスに自分の姿がぼんやりと映った。
黒髪にハードワックスで固められた髪。スパイシーショートヘアというらしい。・・・・・・とはいっても襟足は長め。両耳に目立たない程度に付けられたピアス。三白眼につり目。またこのつり目が厄介で、昔から何もしていないのに『睨まれた』などと言いがかりをつけられる。俺が一番良く思わない部位。怖がられているせいか友達と呼べる人はオカ研の先輩達と声をかけてくれるクラスメイト数人。基本は目が合うとすぐ逸らされる。目付きの悪さで友達が少ないとか悲惨すぎるだろと自虐的に嗤う。
右側の壁には眼科や耳鼻科、口腔外科などがあった。なかには科が書かれたパネルの文字が綺麗に消えていて何科かも分からない場所もあった。俺は診察室などには入らず適当にカメラを回し、待合室を撮影する。そしてまた歩き出す。その繰り返しだ。
一度足を止め、検索サイトを開いた。旧心明病院は謎に包まれてはいるがエリアマップは公開されている。画像を拡大し、病棟までの行き方を調べる。・・・・・・にしても、さっきから仄かに香るこの匂いはなんだろうか? 嫌な匂いではない。むしろ良い匂いだから余計に不気味だ。誰かいるのだろうか? 顔を上げ、サイトを閉じた。俺は病棟に行くのを止め、この匂いがどこから漂ってくるのかを確かめることにした。
ホームレスの人とかいたらどうしよう。見つかったら怒られるかな。
一抹の不安も抱きつつ、鼻を鳴らし匂いの出所を探す。
匂いを辿り、どれくらい歩いただろう。段々と奥に導かれている気がする。月明かりが差し込む窓は無くなり、辺りは黒一色の暗闇だ。暗闇の中はスマホの明かりだけでは心許ない。恐怖が募っていく。恐怖心と戦いながら進んでいくと、俺は一面ガラス張りのスライド式ドアの前に辿り着いた。壁に埋め込まれたパネルには『集中治療室(Intensive Care Unit)』と書かれていた。
「集中治療室・・・・・・」
匂いはこの奥から漏れていた。俺はフラッシュを焚き、集中治療室のドアを写真に収めた。そして再びオカ研のグループチャットを開く。返信が来ていた。
司先輩:スマホ回収サンキュー! ないって気付いた時マジ焦ったわ。
颯斗先輩:海斗、置いてってゴメンー(涙)
大智先輩:ヤバいと思ったらすぐ戻ってこいよ。それか電話。
司先輩:病棟行くなら、俺のスマホカメラでの撮影ヨロピクー☆
お気楽で良いもんだと俺は返信を返す。
海斗:スマホで撮影させてもらってます(笑)でも病棟に行くのはやめました。なんか匂いがするんですよね。辿ってったら集中治療室に辿り着きました。
海斗:(写真添付)
俺はスマホの右斜めに表示された時間を見た。
二十三時四十二分―――。しばらく考え、再び文字を打つ。
海斗:日付変わる前には戻ります。戻らなかったら死んだと思って下さい(笑)
俺は小さく笑うとグループチャットを閉じた。
「よしっ。ちゃちゃっと見て帰りますか」
淡々と喋ってはいるが、身体は正直でドクンドクンと心臓が早鐘を打ち、呼吸が浅くなっていた。俺は深呼吸をし、気付いたように先程送った写真を見た。やはりフラッシュを焚いて撮ると不気味さが増す。
「ん?」
俺は写真を拡大した。辺り一面に霊魂―――つまりオーブらしき物が飛んでいた。一気に肌が粟立つ。
「い、いやいや。ただの埃だろ。うん、埃・・・・・・」
自分に言い聞かせるように何度も脳内で「埃」を連呼する。
・・・・・・戻るか? 一瞬、頭の中で引き返す選択肢が出てきた。しかし気になっていた匂いの出所は間違いなく、この集中治療室からだった。俺は唾を飲み込み、意を決して中に入る。
「さっむ!」
あまりの寒さに俺は自分の身体を抱いた。持っているスマホも気にせず腕を摩る。吐く息は白さを増し、また匂いも濃くなっていた。ゆっくりと歩を進める。長い通路の少し先には光が差し込んでいた。多分、窓があるのだろう。
集中治療室は状態があまり芳しくない患者さんが入るイメージが強かったため、衛生面的に窓はないかと思っていた。俺は怖さというより寒さに震えながら通路を進んだ。
すぐに病室は顔を出した。学校の教室を三つほど並べた広さがある。思った通り窓もあった。窓の方に頭が向くようにいくつものベッドが等間隔に並んでいる。俺は折りたたみ式のドアを開け中に入る。窓ガラスが全て割れているからか、明かりが無くてもはっきりと見える。沢山のベッドに、使い道が分からない医療機器が無造作に散在していた。俺はライトを消し、写真を数枚適当に撮る。撮った写真を見返せば、無数のオーブが写っていた。悪寒が走り後ずさる。その拍子に何かを蹴った。見れば針がついたままの注射器だった。
「危なっ・・・・・・」
注射器と距離を取る。多分、いや、高確率で使用済み注射器だ。違う意味での危なさを感じ、集中治療室を出ようとしたが撮れ高を気にする司先輩の顔が頭を過る。俺は頭を掻きカメラを構える。その場でゆっくり横に横にと一回転する。並んだベッドを映している時、一箇所だけベッドカーテンがきっちりと閉められている事に気付いた。他のベッドカーテンは中途半端に開いているか、破れているか、そもそもカーテンがない所もある。
俺はチラとカメラ越しにカーテンの下の隙間に目をやった。・・・・・・足がある。
目を強く瞑り、もう一度見てみる。・・・・・・やはり足がある。革靴か? 焦げ茶色の靴が見える。目を細めじっくりと凝視する。・・・・・・ローファー? 俺が学校に行く時に履いているローファーによく似ている。構えていたカメラを下ろすと足はまだいた。
「人?」心の中で呟いたつもりが口から溢れていた。俺は忍び足で近付き、おそるおそるカーテンに手を伸ばす。
―――シャッ!
