「何これ」
風呂に入ってさっぱりした俺は、冷蔵庫に入れておいた白い箱を持ちだした。それを円卓テーブルに置き、律に開けて見せた。出たきたのは約十二センチの小さなホールケーキだった。チョコで作られた誕生日プレートには『Happy Birthday! 海斗&律』と書いてある。
「かなり早いけどさ、一緒に誕生日祝いたくて。俺も律に祝ってもらいたかったから『海斗&律』」
話ながら俺は一と七、一と六のナンバーキャンドルをケーキに立てる。
「・・・・・・千七百十六って見える」
「それはもうギネスブックに載る歳だろ」
次に俺はクッキーの袋を律に見せ、中からお化けの形を象ったクッキーとクリスマスツリーの形を象ったクッキーを取りだし誕生日プレートを左右から挟むように置いた。
「ハロウィンとクリスマス生まれだから、お化けとクリスマスツリーな」
「・・・・・・よくあったね。まだ八月なのに」
「去年の」
「去年の⁉ 腐って―――」
「ねぇわ! クッキーの賞味期限は長いんだよ!」
相変わらずの貶しっぷりだ。俺は部屋の電気を消し、ライターでロウソクに火をつけた。バースデーソングとか恥ずかしすぎるが俺は歌おうと律の顔を見た。
―――泣いていた。律はポロポロと涙を流していた。ロウソクの火で照らされた涙がキラキラと光り、頬を伝っていた。
「どうした?」
俺は律の肩を抱く。律は涙を流したまま、俺の首に腕を回し抱きついてきた。普段自分からしてこないぶん、嬉しかったが驚きの方が大きかった。俺はそっと律の背中に手を回し抱き締め返した。
「ありがとう、海斗。本当にありがとう・・・・・・」
「うん」
身体を離し、俺はいつかの律がしてくれたように指で涙を拭った。俺達は何も言わず、まるでそれが自然の流れかのようにキスを交わした。
律はケーキを見ると「イチゴ、綺麗」と呟いた。
「いつの間に買ったの?」
「予約した。普通に買いに行ったらバレそうだったし。取りに行く時はバレるんじゃないかってヒヤヒヤしたけど・・・・・・律、小説を読むのに夢中だったから家を抜け出すの楽勝だったな」
「俺、イチゴのケーキ大好き」
「マジ? 良かった。チョコレートケーキとかチーズケーキの方が好きだったらどうしようかと思った」
俺達はロウソクからとろりと蝋が垂れ始めていることに気付くと、ほぼ同時にロウソクを吹き消した。暗くなった部屋に俺と律の笑い声が響く。
「誕生日おめでとう、海斗」
「誕生日おめでとう。律」
俺達はしばらくカーペットの上で互いを抱き締めあった。心地が良い。凄く穏やかだ。
「じゃあ、あとは俺の代わりにちゃんとケーキ食べてね」
「・・・・・・お前、やっぱいい性格してるよな」
流石に一人で二人、四人用のホールケーキは食べれないので残りは父さんと母さんに「友達の誕生日会で残りを貰った」と嘘をつき食べてもらった。
―――八月二十一日、金曜日。
この日、朝から律はそわそわと落ち着きがなかった。俺が目を覚ました時には既に隣におず、勉強机として使っている白い長方形の机に置かれた卓上カレンダーを至近距離で凝視していた。
俺が学校に行く準備をしている時も部屋中を歩き回ったり、やっぱり卓上カレンダーと睨めっこをしていた。
今日、八月二十一日は高校の始業式であり律の命日でもあった。
「家にいるか?」
あまりにも落ち着きがない律を見て声をかける。この間は夏休み中であり校舎内に学生はほとんどいなかった。けれど今日は違う。全校生徒が登校してくるのだ。律にはまだ少しハードルが高いのかもしれない。
「ううん。行く。この間行ったから大丈夫どと思う。それに・・・・・・俺には海斗がいるから」
ふっくらした唇が左右に持ち上がる。微笑を湛える度、妖艶に映るから心臓に悪い。
「ま、まぁ、半日だからな。すぐ終わるよ」
「うん」
玄関でローファーを履き、トントンと爪先を三和土で軽く鳴らし足に慣らす。玄関にいる俺に気付いた母さんが出てきて「今日も暑いから水分は忘れないように」と言った。夏の暑さが年々上昇してから、この言葉がお決まりになっていた。学校も今や始業式は体育館ではなくクーラーが設備された教室でリモートによりおこなわれる。勿論、途中で水分補給をするのも今じゃ当たり前だ。俺は麦茶の入った水筒を掲げて見せる。母さんが大きく頷き「いってらっしゃい」と手を振ったので俺は微笑み「いってきます」と返した。
心校は俺が暮らしている上山天神内にある。近いから歩いても行けるが、この暑さだ。歩いて登校したら確実に熱中症になるし朝から汗臭くなる。だから俺は入学してから、夏は一度も徒歩で登下校をしたことがない。涼しくなり始めた秋や冬は徒歩で行く。寒いから身体を温めるにはちょうど良いのだ。
高校に近付くにつれ、学生が増えていく。
正門を取り抜ける頃には周りは、当たり前だが登校中の学生だらけになった。律が未だにそわそわしているのが背中越しに分かる。駐輪場に入ると「あっ」と律が声を上げた。俺も「ん?」と声を上げる。少し先に誰かがいる。
「海、久し振りー!」
大きく手を振るのはオカ研部長の司先輩だった。海にでも行ってきたのだろうか、こんがりと肌が焼けている。司先輩の隣には大智先輩と颯斗先輩も「久し振りー」と手を振っていた。俺は自転車から降りると「オカ研先輩ズが揃ってどうしたんっすか」と訊いた。
「海斗を待ってたんだよ。てかLIME送るの忘れてた」
「司が、海斗が廃病院で撮った動画について訊きたい事があるんだってさ」
「訊きたいこと?」俺は首を傾げた。一度顔を見たことがあるからか律はオカ研のメンバーは大丈夫そうだった。静かに俺の隣にいて会話を一緒に聞いている。
「そうそう。この動画なんだけどさ」
「司先輩、焼けましたね。海にでも行きました?」
「行ったー! すんげぇ混んでてよぉ・・・・・・じゃなくてコレ!」
ずいっと目の前にスマホを近付けられ、反射で頭が少し後ろに下がった。俺はスマホを受け取ると再生ボタンを押した。
映し出されたのは、あの廃病院だった。画面が暗く、ライトの光しかはっきりと見えない。目を細めて見る。長い通路が映し出されていた。そのうち、月明かりが見えてくる。すると瞬時に画面が左側を向く。一つの教室がいくつも並べられたような広い部屋が映し出される。沢山のベッドに、用途の分からない医療機器。
―――これは、律と初めて会った場所・・・・・・集中治療室だ。
『うおあぁぁぁ!』
ベッドカーテンを開き、俺の悲鳴が流れた。そうだ。この時にはもう既に俺には律が視えていて、急に現れたものだから悲鳴をあげたんだ。俺には動画内に映る律が視えている。だけど先輩達には律が視えないから、多分オーブとして見えているのかもしれない。そのまま俺が一人で喋りだす映像が流れる。俺は懐かしむように動画に見入っていた。
「これ・・・・・・誰と喋ってたん?」
司先輩は俺の顔を興奮気味に見てくる。
「いや、これは・・・・・・その・・・・・・」
律の事を言うつもりはない。なんと言ってやり過ごそうか頭を捻って考えていると、律が手を伸ばしスマホに手を翳した。すると映像がザザザッと音を鳴らし砂嵐が流れた。
「えっ⁉ 何々⁉」
ビビりな颯斗先輩は近くにいた大智先輩の後ろに隠れ顔だけ覗かせた。
「こ、壊れた?」
「えぇ⁉ まだ買ったばっかだぞ⁉ しかも新機種!」
数秒画面が乱れると、また長い通路が映し出された。大智先輩が手を伸ばし再生ボタンを押すと、さっきと全く変わらない映像が流れていた・・・・・・が、俺と律の会話の部分だけが綺麗に消えていた。俺は律を見る。
「出会いは俺達だけの秘密」
唇に人差し指を当て、さらりと恥ずかしい事を言い放つ律は何回でも言うが可愛かった。
「やっぱりあの病院ヤバかったんだよぉ。写真もオーブばっか写ってたしさぁ~」
「そうなんすか?」
「うん。ロビーも二階もオーブだらけ。・・・・・・あっ、後で送る。その動画も供養してもらった方が良いんじゃない?」
「・・・・・・お祓いとかも行った方が良いのかな?」
太陽が煌々と辺り一面を照らしていて明るいのに、心なしかここだけどんよりと暗かった。俺は「まっ大丈夫ですよ。また部活始まったら話しましょう」と言うと先輩達は頷き、下駄箱で解散となった。
「えっ⁉ なんて?」
俺は律の言葉に驚き、聞き返した。
「だから始業式の間、暇だから校内見て回ってくる。校長先生の話長いし」
瞬きを数回する。まさかの急成長だ。オカ研の先輩達は一度だけ面識があったから平気だったようだが、まさか校舎を一人で見て回るなんて・・・・・・。
「駄目?」
「いや、良いけど・・・・・・大丈夫か?」
俺は律の顔を不安げに見つめる。朝のようなそわそわしたような感じは今はもうない。けど、心配なものは心配だ。
「大丈夫。始業式はリモートなんでしょ? みんな教室にいるし」
「それはそうだけど・・・・・・」
言われてみれば、始業式は暑さの都合上教室内でリモートでおこなう。トイレにや具合が悪くならない限り、廊下には教員しか出ないだろう。俺は頷き「分かった」と了承した。
「なら、いってきますのキスを・・・・・・」
―――ボフッ!
顔面に直撃してきたのはリュックに付けていた笑顔ポン太だった。俺はズルリと落ちるポン太を手で受け止めると「ポン太を投げないの!」と子供を叱りつける母親ような口調で言った。
「スケベな事を考えてる海斗が悪い」
そう言うと律は身を翻し廊下を歩いて行った。
「昨日キスしたくせに」
俺は律を見送ると三階にある自分の教室に入っていった。教室内は喧騒にまみれていた。四方八方から「久し振り」「夏休み何してた?」「今日も暑いね~」等と様々な会話が聞こえた。俺の席は窓際の一番後ろの端っこだ。寝ていてもバレない席、日差し当たってが気持ちいい席、などと言われているが実際は寝てたらバレるし、今の時期の日差しは死ぬほど熱い。席に座ると俺の前の席の前田円が「おはよう」と声をかけてきた。
「おはよう」
前田は唯一俺に話しかけてくれるクラスメイトの一人だ。「まどか」という可愛い名前とは裏腹に柔道部に所属しているゴリゴリの武闘派だ。顔も凜々しく漢の中の漢って感じで体躯もよく羨ましい。
「夏休み、何処か行った?」
細い目をさらに細くしにっこりと笑いかけてくる姿はまるでマスコットキャラクターのようだ。現に前田はクラスメイトに人気で老若男女問わずみんなに優しい。かなりの力持ちで先生にも頼りにされている。どんな育てられ方をしたらこんな優しいやつが育つのだろうと話す度に考えさせられる。
「んー。あ、花之岡花火大会に行った」
「えっ⁉ 人凄かったでしょ」
「あぁ。テレビでよく見る都会の通勤ラッシュみたいだったよ」
「あはは。分かりやすい例え」
夏休みにあった事を互いに話していると前の方のドアから担任の篠田由紀子が入ってきた。
篠田は手を叩き「みんな、おはよう! 今日から二学期だからね。気を引き締めるように!」と一番後ろの俺の席まで届く甲高い声で叫ぶように喋った。俺は毎回思う。篠田は絶対学生時代、応援団をやっていたなっと。
篠田はシャーッと天井からプロジェクタースクリーンを突っ張り棒で下ろすとあらかじめ用意されていたパソコンを操作し始めた。そろそろ始業式が始まるなと察した俺と前田は「今回も校長先生の話、長いのかな~」と笑いながら椅子に座り直した。俺は机のフックに引っ掛けていたリュックから水筒を取り出すと麦茶を一口飲んだ。
『皆さん、おはようございます。夏休みが明け、こうして皆さんの元気な姿を見ることができ、本当に嬉しく思います。今年の夏も例年と引き続き記録的な猛暑が続きましたが皆さん、大きな事故や怪我もなく―――』
元気な姿? リモートで全学年の生徒の元気な姿が見えるわけないだろと俺は鼻で笑った。ふぁっと欠伸が出る。
チラと周辺に視線を走らせると、みな各々好き放題していた。コソコソと隣や後ろのヤツと話す者、欠伸をする者、文房具を弄っている者、机の下でスマホを弄る者、さまざまだ。篠田は真剣に校長の話を聞いているようで後ろで繰り広げられている自由時間に気付いていない。
俺は窓の外を見た。太陽は煌々と輝き、空には雲一つない。ミーンミーンと忙しく鳴く蝉の声がただでさえ高い気温を上げているように聞こえ不快だった。
八月二十一日・・・・・・。始業式であり律の命日。外を眺めながらそんなの事を考えていると律の両親が頭を過った。顔は勿論見たことがない。けど今でも命日になると律を思い涙を流しているかもしれない。そう考えたらいたたまれない気持ちになった。
「ただいま」
声がし、振り返ると律が立っていた。俺はニッと口角を上げると篠田を一瞥してスマホのメモを開いた。
『おかえり。どうだった?』
律はスマホを覗き混むように画面を見ると「うん、大丈夫だった」と答えた。
「海斗と一回来たからかな。何処に行っても平気だった。って言っても全く平気なわけじゃないけどね。流石に自分の教室には入れなかった」
『そっか。けど一人で学校内を歩き回ったんだ。百点満点』
「あはは。俺もそう思う。また一つクリア出来た。ありがとう」
俺は頷くと緩慢な動きでノートを取り出した。ページを数枚捲り『心明高校に行く』と書かれた部分に青インクで書かれた三角の上から赤インクで花丸を大きく書いた。
律のやりたい事は残り一つ・・・・・・。
『両親に会いにいく』
俺はノートに書かれた文字を見つめた。残り、あと一つ。
律との別れが近付いてきている―――。一つだけ丸が付けられていないリストを見ると嫌でも実感させられた。
自分の字を眺めていると律がいない事に気付いた。教室内を見渡すと教壇の上に立って教師のようにクラスメイトの顔を一人一人見ていた。何をしてるんだ? そう思った時、律が大声を出した。
「みんな、見る目ないね!」
俺は驚き、反射的に辺りを見回したが誰も反応はしていなかった。律はそのまま机と机の間を歩きながら喋り続ける。
「本当に見る目がない! 海斗は凄く変態だし、すぐ俺の匂いを嗅いでこようとしてくる。キスも迫ってくるド変態だけど―――」
俺は心の中で「やめてくれー! 何やってんだアイツ!」と、恥ずかしさのあまり机に突っ伏す。これは拷問か何かか? みんなに聞こえてないと分かっていても恥ずかしくて堪らない。
「だけど最高の彼氏! だから今更海斗の良さに気付いても渡さないからな! 海斗も俺以外見るの禁止! 重たくても知らない!」
嬉しくて堪らない。恥ずかしくて堪らない。けど、なにもそんな大声で叫ばなくても・・・・・・。
律は俺の元にやってくるとニヤニヤと俺を見ていた。
「耳まで真っ赤。してやったり~! 屋上ではあんな事言ったけど、本気で俺以外の人、見るの禁止! 海斗は俺の永遠の恋人だから」
「・・・・・・・・・・・・知ってるわアホ」
揺れていた気持ちがより一層大きく揺さぶられた。
あーあ・・・・・・。やっぱり離れたくねぇな・・・・・・。
