紡がれる力 ―霊を宿す少年―

 いつから、母さんが見ていたのか分からない。校庭のフェンスにもたれかかり、こっちをじっと眺める。

「な、なんでここに……」
「文化祭だろ」

 母さんは、やけにあっさり言った。

「保護者が来ちゃいけないのかい?」

(いや、来てもいいけど。よりにもよって、今かよ――)

 俺が言葉に詰まっていると、母さんはゆっくり近づいてきた。そして、じっと俺の顔を見る。

「……へぇ」

 そして、見るからに嫌な感じで微笑んだ。

「なるほどね」

 この一言でどうにも嫌な予感がしたので、顔を歪ませながら後退りをする。

「な、なにが」
「別に……」

 母さんは肩をすくめたと思ったら突然、俺の額をぺしんと叩いた。

「いっ!」
「バカ息子」

 いつも以上に、軽口を言う。

「まったく。変なの連れてるもんだね」

 心臓が止まりそうになった。

「な、何を言って――」
「そこのアンタ」

 母さんは、俺の顔を見たまま言った。

「いつまで、人の息子の体に入り込んでるつもりだい?」

 俺の中で、博仁が小さく笑った。

(すごいな)

 感心したように呟く。

(この人、僕のことが視えてる)

 俺は頭を抱えた。

「母さん……」
「何だい」
「頼むから」

 小声で言う。

「騒がないでくれ」
「騒いでないよ」

 母さんは平然としながら、ぐっと顔を近づけてきた。見慣れた黒い瞳で、俺を覗き込む。いや、俺の奥を見ている感じが伝わってきた。

「ふーん」

 じっくりと観察するような視線。数秒後、母さんはにやりと笑った。

「なるほど」
「何がだよ」
「悪霊じゃないね」

 俺の奥を視た感想を、あっさり告げる。

「しっかし、ロクでもない霊だね」
(ひどい言われようだな)

 博仁が楽しそうに言った。

「……こっちにも聞こえてるよ」

 母さんがぼそっと返す。

(おや)

 少し驚いた声をあげた博仁。

(会話もできるんだ)
「そりゃそうだろ」

 母さんは胸の前で腕を組み、バカにするように鼻で笑う。

「誰の息子だと思ってる」

 俺は思わず叫んだ。

「ちょっと待て!」

 二人の会話が普通に成立してるのが怖い。

「母さん!」
「なんだい」
「どうにかしてくれ!」

 俺は自分の胸を指差した。

「こいつ、出ていかないんだよ!」

 母さんは一瞬黙った数秒後に、大きな声で爆笑した。

「アハハハハハハ!」
「笑うな!」
「だってお前」

 腹を抱えている。

「封印されてた霊を自分で解いて、そのまま憑かれてるんだろ?」

 涙を拭きながら言う。

「それって、バカすぎるじゃないか!」
「俺だって、好きでやったんじゃない!」
「はいはい」

 母さんは笑いながら手を振る。そして俺の頭をぽんと叩いた。

「まあ安心しな」
「え?」
「そいつ」

 母さんは言った。

「今すぐ暴れるタイプじゃない」
(鋭いね)

 博仁がくすっと笑う。

「でも」

 母さんの目が、少しだけ鋭くなる。

「変なことしたら――」

 次の瞬間、空気が一瞬で冷えた。ぞくり、と背筋が震える。母さんの霊力だ。さっき俺が浄霊したときより、何倍も濃い。

「即座に祓う」

 静かな声。でも、冗談じゃない。その圧に、博仁が一瞬だけ黙った。

(……怖い人だな)

 なぜか、少し楽しそうに言う。

(でも安心したよ)
「何がだい」
(優斗がこの家で育った理由が分かった)

 母さんはふっと笑った。

「そりゃどうも」

 そして俺の背中を叩く。

「ほら帰るよ」
「え?」
「文化祭は終わりだろ」

 俺は呆然とした。

「ちょっと待て」
「何だい」
「こいつ」

 自分の胸を指して訊ねた。

「どうすんの」

 母さんは歩きながら言った。

「決まってるだろ」
「え?」
「家に連れてく」

 振り向きざま、にやっと笑う。

「一応、詳しい話を聞かないとね」

 そう言って、先に歩き出した母さん。俺は天を仰いだ。

(最悪すぎる――) 

こうして俺の体に幽霊を住まわせたまま、家族会議が開かれることになった。