***
俺はその日、気分よく校内を歩き回った。
「未練があるなら聞きますよー」
なんて軽い気持ちで、浮遊霊に声をかけたんだ。最初は、よかった。階段に座っていたおばあさん。体育館の裏にいた小学生。職員室の前で、うろうろしていたサラリーマン。
それぞれの話をきちんと聞いてやり、願いを叶えて送り出す。数珠はちゃんと光るし、俺が作った道を歩いて浮遊霊たちも成仏していく。
(……いける。俺、普通に霊能者できてるじゃん!)
そんなふうに、思い始めた頃だった。
「……ん?」
――気づいた。妙に視線が多い感じがする。廊下の角や階段の踊り場に、教室の窓。あちこちに、誰かが必ず立っている。しかも、メガネ越しでも分かるくらいって……。
「……あれ?」
俺は立ち止まった。よく見ると、全部が幽霊だった。一人や二人じゃない。五人、いや十人……いいや、もっといる。
「……え?」
大勢の浮遊霊に囲まれている現状を目の当たりにして、ぞわっと背中に寒気が走る。
そのうちの一人が言った。
(あの子だ)
別の声がすぐ傍で聞こえる。
(さっき浄霊してた)
さらに別の声まで。
(未練、聞いてくれるらしい)
(助けてくれる)
(あの子なら)
(あの子なら)
(あの子なら)
「ちょ、ちょっと待って!」
一歩後ろへ下がる。すると一歩、近づいてくる。
「いやいやいや!」
さらに下がる。また、近づく。気づけば、廊下の奥だけじゃなくて、階段からもどんどん集まってきていた。
古い制服の女子。腕のない男。顔の半分が焼けた人。いろんな霊が、俺をまじまじと見ている。
「ま、待ってくれ!」
どんどん増えていく浮遊霊の数に、声が震えてしまった。
「一人ずつ! 順番だから!」
そう言っても――実際誰も止まらない。
(私の話を聞いて)
(先に私)
(助けて)
(帰れない)
(苦しい)
(見えるんだろ)
(見えるんだろ)
(見えるんだろ)
「うわああああああ!」
(私の指輪が――)
(息子に謝りたい)
(まだ死にたくなかった)
(寒い)
(痛い)
(私を見て)
(順番って何)
(ねぇ聞いて)
(お願い)
(お願い)
(お願い――)
声がどんどん重なって、頭の奥で増幅する。頭蓋の内側を直接かき回されるような、不快な響き。それらを聞いているだけで吐き気がした。
視界の端で、自分の頭を持った女が笑っている。俺の行く手を阻もうと、床を這う子どもが足首を掴もうとする。天井には、逆さまに張り付いた男がいた。
俺は走った。もう無理だと悟った。完全にキャパオーバーだった。廊下を全力で走る。後ろから、ずるずると足音が追いかけてきた。振り向くと――大量の浮遊霊があとをついてくる。
「無理無理無理無理!」
慌てて階段を駆け下りる。上靴のまま昇降口を飛び出し、校門を全速力で走り抜けた。背中が重い・頭が痛い・吐きそうの三重苦! 気づいたときには、家の玄関を叩いていた。
「母さぁぁぁん!!」
ドアが大きく開いて、母さんが玄関に出たその瞬間だった。俺の後ろについてきていた無数の浮遊霊が、一斉に道を開けた。
ざわ……と空気が揺れる。見えない圧――母さんの赤い瞳が、静かに光る。
「うるさいね」
たった一言。それだけで、たくさんの霊が一斉にひれ伏した。そんな状況下で、母さんは俺を見るなり――。
「アハハハハハハ!!」
指を差しながら爆笑した。
「おかえり! よく帰ってこれたね!」
「笑うな……頼むから助けてくれ……」
体が鉛のように重い。頭はガンガン痛むし、吐き気までしている。俺を見下ろした母さんは、呆れた表情で言った。
「自分の力量も分からず、手当たり次第に突っ込むからそうなるんだって」
「……じゃあ、どうすればよかったんだよ」
「修行あるのみ!」
その一言だった。
――その夜。浄霊が無事に終わり、部屋に戻った。制服を着替えようと、クローゼットを開けた瞬間。
「○×△☆♯♭●□▲★※!」
目の前にあるものを視て、思わず悲鳴らしきものをあげた。クローゼットの中にあるべき物じゃないモノが、にたぁ……と気持ち悪い笑みを浮かべてこっちを見ている。
そこには――血まみれの落ち武者が立っていた。しかも、自分の首を抱えて。
(……褒美に、やろう……)
なぜか抱えた首が口を開く。
あまりの恐怖にその場で固まっていたら、落ち武者が持っていた首がぼとっと床に落ちて、俺の足元にころころ転がり、すぐ傍で止まった。こっちを見る片目だけ、ぎょろりと動く。
(受け取れ……)
「ひぃぃぃぃ!! いりませんっ!!!」
こうして俺は、泣きながら母さんのところへ逃げ込んだ。
ちなみに、後で分かったことだが――この落ち武者は、母さんが仕込んだ修行用トラップだった。
曰く。
「霊能者は、いつでも油断するなってことだ!」
母さん……鬼かよ。
俺はその日、気分よく校内を歩き回った。
「未練があるなら聞きますよー」
なんて軽い気持ちで、浮遊霊に声をかけたんだ。最初は、よかった。階段に座っていたおばあさん。体育館の裏にいた小学生。職員室の前で、うろうろしていたサラリーマン。
それぞれの話をきちんと聞いてやり、願いを叶えて送り出す。数珠はちゃんと光るし、俺が作った道を歩いて浮遊霊たちも成仏していく。
(……いける。俺、普通に霊能者できてるじゃん!)
そんなふうに、思い始めた頃だった。
「……ん?」
――気づいた。妙に視線が多い感じがする。廊下の角や階段の踊り場に、教室の窓。あちこちに、誰かが必ず立っている。しかも、メガネ越しでも分かるくらいって……。
「……あれ?」
俺は立ち止まった。よく見ると、全部が幽霊だった。一人や二人じゃない。五人、いや十人……いいや、もっといる。
「……え?」
大勢の浮遊霊に囲まれている現状を目の当たりにして、ぞわっと背中に寒気が走る。
そのうちの一人が言った。
(あの子だ)
別の声がすぐ傍で聞こえる。
(さっき浄霊してた)
さらに別の声まで。
(未練、聞いてくれるらしい)
(助けてくれる)
(あの子なら)
(あの子なら)
(あの子なら)
「ちょ、ちょっと待って!」
一歩後ろへ下がる。すると一歩、近づいてくる。
「いやいやいや!」
さらに下がる。また、近づく。気づけば、廊下の奥だけじゃなくて、階段からもどんどん集まってきていた。
古い制服の女子。腕のない男。顔の半分が焼けた人。いろんな霊が、俺をまじまじと見ている。
「ま、待ってくれ!」
どんどん増えていく浮遊霊の数に、声が震えてしまった。
「一人ずつ! 順番だから!」
そう言っても――実際誰も止まらない。
(私の話を聞いて)
(先に私)
(助けて)
(帰れない)
(苦しい)
(見えるんだろ)
(見えるんだろ)
(見えるんだろ)
「うわああああああ!」
(私の指輪が――)
(息子に謝りたい)
(まだ死にたくなかった)
(寒い)
(痛い)
(私を見て)
(順番って何)
(ねぇ聞いて)
(お願い)
(お願い)
(お願い――)
声がどんどん重なって、頭の奥で増幅する。頭蓋の内側を直接かき回されるような、不快な響き。それらを聞いているだけで吐き気がした。
視界の端で、自分の頭を持った女が笑っている。俺の行く手を阻もうと、床を這う子どもが足首を掴もうとする。天井には、逆さまに張り付いた男がいた。
俺は走った。もう無理だと悟った。完全にキャパオーバーだった。廊下を全力で走る。後ろから、ずるずると足音が追いかけてきた。振り向くと――大量の浮遊霊があとをついてくる。
「無理無理無理無理!」
慌てて階段を駆け下りる。上靴のまま昇降口を飛び出し、校門を全速力で走り抜けた。背中が重い・頭が痛い・吐きそうの三重苦! 気づいたときには、家の玄関を叩いていた。
「母さぁぁぁん!!」
ドアが大きく開いて、母さんが玄関に出たその瞬間だった。俺の後ろについてきていた無数の浮遊霊が、一斉に道を開けた。
ざわ……と空気が揺れる。見えない圧――母さんの赤い瞳が、静かに光る。
「うるさいね」
たった一言。それだけで、たくさんの霊が一斉にひれ伏した。そんな状況下で、母さんは俺を見るなり――。
「アハハハハハハ!!」
指を差しながら爆笑した。
「おかえり! よく帰ってこれたね!」
「笑うな……頼むから助けてくれ……」
体が鉛のように重い。頭はガンガン痛むし、吐き気までしている。俺を見下ろした母さんは、呆れた表情で言った。
「自分の力量も分からず、手当たり次第に突っ込むからそうなるんだって」
「……じゃあ、どうすればよかったんだよ」
「修行あるのみ!」
その一言だった。
――その夜。浄霊が無事に終わり、部屋に戻った。制服を着替えようと、クローゼットを開けた瞬間。
「○×△☆♯♭●□▲★※!」
目の前にあるものを視て、思わず悲鳴らしきものをあげた。クローゼットの中にあるべき物じゃないモノが、にたぁ……と気持ち悪い笑みを浮かべてこっちを見ている。
そこには――血まみれの落ち武者が立っていた。しかも、自分の首を抱えて。
(……褒美に、やろう……)
なぜか抱えた首が口を開く。
あまりの恐怖にその場で固まっていたら、落ち武者が持っていた首がぼとっと床に落ちて、俺の足元にころころ転がり、すぐ傍で止まった。こっちを見る片目だけ、ぎょろりと動く。
(受け取れ……)
「ひぃぃぃぃ!! いりませんっ!!!」
こうして俺は、泣きながら母さんのところへ逃げ込んだ。
ちなみに、後で分かったことだが――この落ち武者は、母さんが仕込んだ修行用トラップだった。
曰く。
「霊能者は、いつでも油断するなってことだ!」
母さん……鬼かよ。
