紡がれる力 ―霊を宿す少年―

***
 俺はその日、校内をくまなく歩き回った。

「未練があるなら聞きますよー」

 なんて軽い気持ちで、浮遊霊に声をかけたんだ。最初は、よかった。階段に座っていたおばあさん。体育館の裏にいた小学生。職員室の前で、うろうろしていたサラリーマン。

 それぞれの話をきちんと聞いてやり、願いを叶えて送り出す。数珠はちゃんと光るし、俺が作った道を歩いて浮遊霊たちも成仏していく。

(……いける。俺、普通に霊能者できてるじゃん!)

 そんなふうに、思い始めた頃だった。

「……ん?」

 ――気づいた。妙に視線が多い感じがする。廊下の角や階段の踊り場に、教室の窓。あちこちに、誰かが必ず立っている。しかも、メガネ越しでも分かるくらいって……。

「……あれ?」

 俺は立ち止まった。よく見ると、全部が幽霊だった。一人や二人じゃない。五人、いや十人……いいや、もっといる。

「……え?」

 大勢の浮遊霊に囲まれている現状を目の当たりにして、ぞわっと背中に寒気が走る。

 そのうちの一人が言った。

(あの子だ)

 別の声がすぐ傍で聞こえる。

(さっき浄霊してた)

 さらに別の声まで。

(未練、聞いてくれるらしい)
(助けてくれる)
(あの子なら)
(あの子なら)
(あの子なら)

「ちょ、ちょっと待って!」

 一歩後ろへ下がる。すると一歩、近づいてくる。

「いやいやいや!」

 さらに下がる。また、近づく。気づけば、廊下の奥だけじゃなくて、階段からもどんどん集まってきていた。

 古い制服の女子。腕のない男。顔の半分が焼けた人。いろんな霊が、俺をまじまじと見ている。

「ま、待ってくれ!」

 どんどん増えていく浮遊霊の数に、声が震えてしまった。

「一人ずつ! 順番だから!」

 そう言っても――実際誰も止まらない。

(私の話を聞いて)
(先に私)
(助けて)
(帰れない)
(苦しい)
(見えるんだろ)
(見えるんだろ)
(見えるんだろ)

「うわああああああ!」

 俺は走った。もう無理だと悟った。完全にキャパオーバーだった。廊下を全力で走る。後ろから、ずるずると足音が追いかけてきた。振り向くと――大量の浮遊霊があとをついてくる。

「無理無理無理無理!」

 慌てて階段を駆け下りる。そこから玄関を飛び出し、校門を全速力で走り抜けた。

 背中が重い・頭が痛い・吐きそうの三重苦! 気づいたときには、家の玄関を叩いていた。

「母さぁぁぁん!!」

 ドアが大きく開く。家に帰ると、なぜか母さんが玄関で待っていた。そして俺を見るなり――。

「アハハハハハハ!!」

 指を差しながら爆笑した。

「おかえり! よく帰ってこれたね!」
「笑うな……頼むから助けてくれ……」

 体が鉛のように重い。頭はガンガン痛むし、吐き気までしている。俺を見下ろした母さんは、呆れた表情で言った。

「自分の力量も分からず、手当たり次第に突っ込むからそうなるんだ」
「……じゃあ、どうすればよかったんだよ」
「修行あるのみ!」

 その一言だった。

 ――その夜。浄霊が無事に終わり、部屋に戻った。制服を着替えようと、クローゼットを開けた瞬間。

「○×△☆♯♭●□▲★※!」

 目の前にあるものを視て、思わず悲鳴らしきものをあげた。クローゼットの中にあるべき物じゃないモノが、にたぁ……と気持ち悪い笑みを浮かべてこっちを見ている。

 そこには――血まみれの落ち武者が立っていた。しかも、自分の首を抱えて。

(……褒美に、やろう……)

「いりませんっ!!!」

 こうして俺は、泣きながら母さんのところへ逃げ込んだ。

 ちなみに、後で分かったことだが――この落ち武者は、母さんが仕込んだ修行用トラップだった。

 曰く。

「霊能者は、いつでも油断するなってことだ!」

 母さん……鬼かよ。