アイドルの君へ伝えたいことー配信アイドルの僕が、本物のアイドルに恋をした—

 
「今から、空いてる? 話したいんだけど」

 英橙羽はニコッと歯を見せて笑った。

 本当に僕と話したいんだ。

 向かい合って、僕は思った。

 英橙羽からの心の想いが伝わってくる。

「…空いてる」

 僕は俯いて、英橙羽の顔をちらりと見る。

 英橙羽と初めて話すのに、不信感は感じられない。

「じゃあ、決まり! 俺、午後からはレッスンなのでそれまでならオッケー。千世さんは?」

 光が差し込んだように、パァッと表情が明るくなった。

 英橙羽は両手を上げて、嬉しさを爆発していた。

「…本当の僕の名前…あるんだけど…」

 僕はリュックの持ち手をまた強く握りしめて、下を向きながら小さい声で発する。

「ああ、そうだね。長谷川悠生(はせがわ はるき)くんだよね?」

 英橙羽は首を傾げて、柔らかく笑う。

 僕の名前、知ってたんだ。

 あえて、配信者でのニックネームを言ったのか。

「…っ…知ってたんだ、名前」

 僕はちらりと英橙羽の目を見据える。

「…もちろん、知ってるよ」

 英橙羽は頭に手をつけて、神妙な顔をして言う。

 まさか、僕を知っている人がいるとは思わず固まった。

「おーい、聞いてる?」
 
 僕の顔の前に手をあおいで、前かがみで聞いてきた。

 顔の近さに、僕は驚き、後ずさりした。

「……あ、うん」

「じゃあ、行こう。あ、大学の近くに美味しいカフェあるからそこでいい?」

 英橙羽はよし! 行こう! と張り切った様子で足取り軽く歩き出す。

 それを見て僕は頷き、足を踏み出した。

 大学からカフェまでは五分くらいで着くところにあった。

 歩きながら、僕と英橙羽は雑談せずにカフェに向かうため黙って歩いた。

カフェに着くと、ゆっくりとドアを開けた。

「いらっしゃいませ。お好きな席にお座りください」

「はい。ありがとうございます。じゃあ、あそこに座る?」

 英橙羽は窓際の席を指さした。

 窓際の席には、なぜか狸のぬいぐるみが何体もきれいに並んでいた。

 なんか不気味だな。

 まだ昼間なのに日差しがあまり出ていなかった。

 それもあってカフェの中は少し暗くて、電球が差し込むだけだった。

「うん、座ろう」

 僕たちは二人席で向かいって座った。

「なにしようかな」

 テーブルに置かれていたメニュー表を手にして、ぺらぺらと英橙羽はページをめくる。

「…ここのおすすめってなんだろうね」

 僕はぽつりと独り言のように呟く。

「ああ、そうだね。店員さんに聞いてみようか。すいません、お聞きしたいことあるんですけど」

 近くにいた店員さんに手を挙げて、尋ねた。

「…なんでしょうか?」

「こちらのお店でおすすめなメニューとかありますか?」

「でしたら、これはどうですかね。新作のパフェができたんです。さくらんぼ味があるんです」

 店員さんは軽く頷いてから、提案した。

 さくらんぼ味か。

 今は六月。

 大連休が終わり、ようやく新生活に慣れてきた時期だ。

 新作パフェでお客を売り込み、食べてほしいのだろう。

 カフェの経済状況を頭の中で僕は考えていたときには、英橙羽と店員さんのやりとりが終わっていた。

「あ、なんか考え込んでたから。おすすめなもの頼んじゃったよ。よかった?」

 英橙羽は頬杖をつけて、心配そうに僕を見つめていた。

「…あ、大丈夫。ありがとう」

 店員さんが置いた水を手に取り、一口ゆっくりと飲む。

「…あのさ、名前で呼んでよ?」

「え?」

 急なお願いに僕は目を見開く。

 グラスを口から離して、英橙羽の顔が目に映る。

「…だって、自己紹介したのに呼んでくれないから」

 英橙羽はすねたのか、ムスッと唇を尖がらせていた。

 カフェの中にいるお客は僕たちだけだった。

 まだ昼食前だからか、お客はいない。

 僕たちの声だけが響き渡り、なんだかくすぐったい。

「…呼んでって。僕たち、今日初めて会ったばかりだよね? 急に名前を呼び捨てにするのはちょっと…」

 僕は英橙羽がタメ口で話をするので、ついタメ口になっていた。

「……まぁ、そっか。俺的には初めてじゃないんだけどな」

「え? なんて」

 英橙羽の声が小さすぎて、聞きとれなかった。

 僕は聞き返した。

「なんでもない。まぁ、英って呼んで。それなら、呼べるでしょ?」

 首を傾げて、どう? と僕に訊いてくる。 

 それなら、呼べる。

「…うん、呼べる。英くん?」

 僕は英くんの顔に目を向ける。

「…おおっ…あの千世から…うぅ…奇跡…」

 両手を握りしめて下を向き、英くんは唇をかみしめていた。

「えっーと…喜んでるの?」

「もちろん。喜んでるに決まってんじゃん。こんな奇跡あっていいのかなって…あの千世に俺の名前を呼ばれる日がくるなんて。あ、今日は千世から名を呼ばれた記念日にしよう」

 嬉しそうに鞄からスマホを取り出して、カレンダーに入力していた。

 そんなに笑みを浮かべるほどの嬉しさなのか。

 この僕に…なんで?

「…あのさ、僕、配信で自称アイドルの千世している。でも、英くんみたいな本当のアイドルではない。そんな僕になんでそんな尊敬する眼差しで見てくるの?」

 下を向いたまま、僕は英くんに問いかける。

 なんで? なんで? という疑問が頭から離れられない。

「…確かに、俺はアイドルだよ。俺まだまだなんだよ。悠生は俺のこと知らないと思うけど、地元アイドルで歌を歌って、全国進出を目指してる。メイク・演技・ダンスといろんなことを今学んでる。それでたまたま配信アプリを開いたら、千世がいた。歌・ダンスとかもさ、必死で練習したんでしょ。うまいし、好きなこと語るときのあの笑みがいい。逆に俺、千世でかなり学んでより自分らしいアイドル像が出来たから。感謝してるの。これで、俺の尊敬ぶりが分かったよね?」

 そんな早口で言われると、本当に尊敬しているのは伝わる。

 一気に話す英くんは興奮気味で目を輝かせていた。

 前のめりで伝えているときの彼は本当に好きだと感じる。

 でも、僕は自信がない。

 今、言われたことにも嘘だと思ってしまう。

 本当だって分かっているのに、余計に僕は信じられなくなる。

「…うーん…」

 僕は腕を組んで、首を傾げる。

「…説明しても分からないなら、これから、話していくから。それで俺がどれだけ配信見てるか教える。あと、俺のアイドル姿も絶対好きになってもらうから。覚悟しておいて」

英くんはにこりと口角を上げて、窓の外を眺めていた。

 足を組んで、窓の外を見つめている英くんの横顔はアイドルそのものだ。

 緑色髪が電灯に照らされて、鼻筋が通っていて、大きな瞳に目を奪われる。

「どうしたの? 黙って」

 僕が見ているのが分かったのか、僕の方に顔を向けた。

「…いや…なんでもない」

 僕はまた水を手に取り、少し口に含んだ。

「お待たせしました。こちら、さくらんぼパフェです」

 店員さんがさくらんぼパフェ二つ運んできた。

 それから、僕と英くんはパフェを食べながら、美味しいねと言い合い、それぞれお会計を済ませてカフェを出た。

「また、あ、連絡先教えて」

 英くんはスマホを鞄から出して、LINEのQRコードを出す。

 僕は少し戸惑いながらも、英くんのQRコードを読み取った。

「ありがとう。じゃあ、また連絡する。本当に今日ありがとう」

 僕はカフェの前にいたので、英くんは手を振って、レッスンに行った。

 僕は英くんの背中を最後まで見届けた。

 今日は濃厚な一日だった。

 連絡先は交換したが、連絡は来ないだろう。

 これで、二人で会うのは最後だ。

 僕のことなんて、本当はただの大学生としか思われていない。

 配信アプリで自称アイドルの千世だからと言って、尊敬をしている訳がない。

 プラスな感情からマイナスな感情へと引き戻された。

 僕は大学に戻って、午後の講義の準備をするために自分のロッカーに行った。

 僕が大学に戻る姿を英くんは見ていたとは知らなかった。