僕は授業を終えて、使ったテキストとルーズリーフを鞄にしまった。
すると、僕の後ろに気配を感じたので振り返った。
そこには、緑色髪の男性が立っていた。
な、なにをしてるんだ。
もう、授業終わってるから帰ればいいのに。
僕は軽く礼をしてから、両手にリュックを持ち、立ち上がり帰ろうとした。
その時、緑色髪の男が「待って!」と大きな声で僕を呼び止めた。
一瞬肩をビクッとしてから、僕のことじゃないと思い、歩き始めた。
「今、歩き始めた君のことだよ。眼鏡をかけている君のこと」
緑色髪の男は僕にそう言った。
僕……のこと?
恐る恐る、僕は後ろを振り返る。
「……っ……」
「えーと、そんな怖がらないでよ。俺のことって、知らない?」
え? 知らないけど。
なんかの有名人とかなの?
分からない。
僕は言葉を発さず、ゆっくりと頷く。
「マジか。俺、結構有名人だと思ってたのに。じゃあ改めて、挨拶するね。俺、英橙羽(はやぶさとわ)です。
大学に通いながら、アイドルしています。よろしく」
英橙羽は僕に手を差し出した。
手を上に掲げて、はいと握手を求めてきた。
「……っ…よろしく」
下を俯いて目を合わさず、握手を交わした。
「聞きたいことあるんだけど、今から時間ある?」
「え?」
「俺、あんたのファンなんだよね」
「ファン? 僕、アイドルみたいなことしてませんよ」
僕はリュックを背中に背負い、急にファンと言われて戸惑う。
英橙羽は「へぇ」と顎に手を付けて言う。
「俺、アイドルなんて一言も言ってないよ。やっぱり、君、千世(ちせ)くんだよね?」
思わず、僕は目を見開いた。
なんで、僕の自称アイドルの名前を知ってるの?
僕はリュックの持ち手を強く握りしめて、その場から逃げた。
配信アプリでやっている僕のニックネームを知っているなんて、また僕は笑われる。
そんな世界は、もう見たくない。
早足で階段を降りる。
「…ちょっと、待って!」
英橙羽は足が速いのか、もう僕のところまでたどり着いた。
「…僕のこと、誰かに言いふらすんですよね。やめてください!」
僕は目を泳がせて、強く言い放つ。
「えーと、なんか勘違いしてない? 俺、ファンって言ったよね。俺、配信見て、勇気づ
けられたんだよね。だから、話したくて。それだけ。馬鹿にしたり、笑ったりしない。俺
は尊敬している」
階段を降りてから、英橙羽は僕と向かい合う。
僕のことを見下さずに、ただ尊敬の眼差しで見てきた。
まばたきもできないほどの熱量だった。
「…あ、うん」
僕はその熱量を浴びて、息が詰まりそうになった。
返事だけで、精一杯だった。
それほど僕は英橙羽の言葉に感化された。



