アイドルの君へ伝えたいことー配信アイドルの僕が、本物のアイドルに恋をした—

 明日の朝、お風呂入ろう。僕は目を閉じて、夢の世界へと入っていく。

 スマホの目覚まし音で、僕は上半身を起こす。

「…今何時だ?」

 僕はスマホを触り、重い瞼をうっすらと開くと、ちょうど十時だった。

 え? 待ち合わせ十一時だよね。

「ヤバい、ヤバい。急いで、お風呂入ろう」

 僕は寝坊してしまった。

 急いで身支度を整えて、服を選ぶ。

 服、どうしようかな。

 シンプルコーデ、それか少し色味がついた服にする?

 こんな悩んでいる時間はないが、悩んでしまう。

「うーん、こっちかな。無難にこっちにしよう」

 悩んだ挙句、僕はシンプルコーデにした。

 黒のスウェトパンツに、青シャツを着た。

 指にシルバー二つの指輪をして、鏡で見て、髪にワックスをつけてほぐした。

 クマもコンシーラーで隠したし、ばっちりメイクをして、小さめな黒鞄を持った。

 左手首にしている時計を見たら、十時四十分だった。

「もう、行かなくちゃ」

 僕は靴を履いて、急いで駆けた。

 家から中華料理屋までは、意外に道のりがあった。

 地下鉄を乗り継いで、バスに乗ってからそこから十分ほどだった。

 これは間に合わない。

 駅前に着いたら、英くんに連絡をした。

“ゴメン。寝坊して遅刻する。待たせて悪い”
と走りながら、打ちこんだ。

 急いで、地下鉄に乗り込む。

 座る場所がなく、数人立っていた。

 僕も立って、ズボンに入れていたスマホを取り出す。

 英くんからは返信はきていない。

 まだ見てないのかな。

 英くんの画面をタップすると、まだ既読になっていなかった。

 まだ見ていないのかな。

 一時の不安を感じながらも、目的地へ向かうために移動した。

「…えーと…ここかな」

 僕は目的地周辺まで来たので、英くんにメッセージを送った。

 顔を上げると、そこには英くんがいた。

「英くん? なんで?」

 僕は目を見張り、英くんに駆け寄る。

「…サプライズ。道迷わなかった? 大丈夫?」

 英くんはスマホを持った手で僕を振って、心配そうに僕の顔色を窺う。

「だ、大丈夫?」 

 僕が遅刻してきたことには怒らないのか。

「うん。大丈夫。遅れてゴメン」

 返事をした後、僕は謝った。

 英くんは柔らかな表情を浮かべて、微笑んでいた。

「ちゃんと来てくれてありがとう」

 僕に怒りもせずに、ただ来てくれたことに感謝を伝えていた。

「なんで何も聞かないの」

 僕は優しく接する英くんに疑問だった。

 待ち合わせ時間を過ぎて来た僕に、普通は何か言うに決まっているのに言わない。

「聞いたよ、寝坊したって」

「それも待ち合わせしてたのに、なんで? ってならないの?」

 僕の問いかけに首を左右に振る。

「ならない。まぁ、昨日遅くまで配信やってたら眠くなるし、仕方ないんじゃない。逆にもっと時間遅い方がよかった?」

 こんな優しかったっけ、英くんって。

 僕に甘すぎじゃない。

「いや、この時間でよかった」

「そう、ならよかった。じゃあ、お店に行こう」

 英くんは優しく僕の手を取り、お店までゆっくりと歩き始める。

 ギュッと握られた手は温かくて、英くんは僕の方を向いて、にこりと笑いかけてきた。

 手だけでも分かる英くんの心の深さや温もりが僕の心の奥まで伝わってくる。

「…英くん、手離しても大丈夫じゃないかな」

 僕は前にいる英くんに尋ねる。

 うん? と首を傾げてから、僕の目を見据える。

「…ほんとに離してもいいの?」

 英くんの問いかけに僕は何も声が出せなかった。

「え? あ…いや…」

 なんで僕、断らなかったんだろう。

 断れたはずなのに、言葉が出ない。

 僕は少し口を開けたまま、目を泳がせた。

 英くんの眼差しがいつもよりもキラキラした星のように輝いていた。

 前まで普通に話して、自称アイドル千世として気に入ってくれて、僕としても見てくれることに嬉しさでいっぱいだった。

 その嬉しさが視点を変えて、一番輝く星になっていた。

 いつの間にか、僕の心は英くんが染み付いて離れられない。

「あと、もう少しだから。ねぇ?」

 英くんは僕の手をまた握り直して、口角を上げた。

「…うん」

 僕は恥ずかしくなり、下を向いたまま返事をした。

 数分後

「いらっしゃいませ。あ、お二人様ですね。
 こちらです」

 中華料理屋のドアを開けると、若い女性店員が案内してくれた。

「ありがとうございます」

 英くんは笑みを浮かべて、女性店員に言う。

 その笑みに女性店員は頬を赤らませていた。

 イケメンだし、高身長だし、優しいもんな。

 こんなの放っておく訳がない。

「混んでるね、やっぱり」

 英くんは椅子に腰かけて、頬杖をつき、店内を見渡していた。

 僕はその様子を真正面でただ見ていた。 

 このポジションにいていいのかさえ、申し訳なくなった。 

 周りの客は男性が多くいたが、女子大学生数人がいて、英くんに熱い視線を送っていた。

 その視線に気づいた英くんは営業スマイルを送り、軽く手を振っていた。

 女子大生数人は小声でキャーと歓声を浴びてから、少し落ち着いてから注文した商品を食べていた。

 僕を見る時間が惜しいほどに、女子大学生数人が英くんの顔を見ている姿に僕はフッと思った。

 僕と話している英くんがどう思われているのか気になった。

 変に思われてる?

 そう思っているなら、英くんのアイドルとしてのイメージが壊れてしまう。

「……悠生? どうしたの? 注文なにする?」

 メニュー表を持ったまま、英くんは下を向いている僕を覗き込む。

「大丈夫。僕、これ頼みたい」

 英くんが持っていたメニュー表を見てから、頼みたい商品を指でさした。

「…あ、うん」

 英くんは僕の言動を不思議そうに思いながらも、返事をした。

 先ほどの女性店員に注文を頼んでから、僕の言動におかしいと気づき、英くんは声を掛けた。

「悠生。ほんとどうしたの?」

 英くんは僕の顔をじっくり観察して、僕をうかがう。

「……なんでもないよ」

 僕は重い心の宝石があるのか取れなくて、取りたいのに取り出せない。

「はぁ。じゃあ、なんでそんな顔してんの」

「どういう顔?」

 僕は少し顔を上げて、聞いた。

「…いてもいいのかな? って感じ?」

 英くんはうーんと考えながらも、口にした。

「そっか」

 僕はポツリと呟いたあと、頼まれた商品がきた。

 二人は会話もせずに、黙々と中華丼を食べ続けた。

 英くんは僕が返事をしても、何も言ってこなかった。

 僕のこと呆れたのかな。

 中華丼を食べながら、ちらりと英くんを見たけど、無表情で特になにも思ってなさそうだった。

 お会計を支払ってから、二人は外に出た。