体力もいるし、心は好きなアイドルで埋まるって本当に好きじゃないとできない。
俺は女性に共感しそうになり、慰めようと言葉にしようとした。
口を開けた瞬間、男が誰に言うわけでもなく、俺たちをちらりと見て小声で言う。
「みんな、人間なんだから。好きになる時もあるし、嫌いになる時もあるよ」
今でも鮮明に覚えている。
俺と女性の横を通り過ぎて、蔑む目でもなく、ただ純粋に見ていた。
その言葉に俺は男の方へ振り向いた。
振り向いたら、男はもういなくなっていた。
顔も分からない。
ただ、この声だけで俺は救われた。
そう、人間なんだよ、みんな。
叶わない夢。
地元でアイドルをやるのは、全国には行けない。
そう、思い込んでいるだけ。
できない訳ではない。
校内の女子同士の話でモヤモヤしていた俺はその言葉で落ち込んだ心は消えていった。
「じゃあ、これで」
女性に声を掛けて、その場を立ち去った。
外に出て、男がいるか確認をしたがやはりいなかった。
「…やっぱ、いないよな」
俺はため息を吐いてから、目を瞑って息を吸った。
前を向き直して、俺はまた歩き出せたんだ。
「…悠生。これが俺のすべて。どう? 聞いて」
俺は固まっている悠生に聞く。
聞こえていないのか、俺は悠生を呼ぶ。
「悠生」
「悠生!」
俺は少し大きい声で呼んだ。
「あ、なに?」
「なにじゃないよ。話、聞いてたよね?」
俺はまた悠生に声を掛ける。
「…聞いてた。そっか……」
悠生はなにかを考えているのか、黙って首だけ頷き続けていた。
「あのさ…黙ってると分からないんだけど」
俺は悠生の顔を覗き込む。
覗くと、悠生の顔は頬が赤く染まっていた。
「え? 照れてんの」
「…っ…うるさい。そうだよ! そんな前からだと思わないし。なんか頭の整理がつかないんだよ」
悠生は頭を両手でぐちゃぐちゃにして、コーヒーを一気に飲み干した。
「そっか…まぁ、そうだよね」
俺は下を向いて、悠生にばれないようにこっそりと微笑んだ。
テラス席には俺たち以外にも数人いた。
数人は特に騒ぐことなく、静かにゆっくり過ごしていた。
俺たちもその一部に入っているのだろう。
「でも、僕嬉しかった。自分の言葉でそんなに変わるなんて思いもしなかったから。驚いたんだ」
悠生は嬉しそうに俺を見つめて、笑った。
「まぁ、そうだよね。急にだとね。俺…レッスン場見に行ったときから思ってたんだ。やっぱり、俺悠生が必要なんだって」
俺は頬杖をついて、悠生の口元についている水滴を手で拭った。
「なっ…なにしてんの!」
悠生は顔を手で覆い、照れくさそうにした。
その姿を見て、もっとからかいたくなった。
「そんなこと言わないでよ。ねぇねぇ、俺のこと見てよ」
俺は前屈みになり、ニヤリと笑いかける。
悠生はまた頬を赤らめせて、目を泳がせていた。
どう反応すればいいか分からないのか、悠生は言葉に詰まっていた。
これはからかいすぎたか。
いや、そんなのでね。
と思っていると、
悠生は「急にゴメン。…用思い出したから帰るね」と早口で下を俯いたまま言い、去っていた。
「え? いや、待って。え!」
俺は引き止めようとしたけど、一歩遅かった。
やってしまったか……
いやいや…でも、嫌だったのかな。
嫌われた? え?
嫌われたくないのに……
「ああっ」
俺はコーヒーを片手で強く握りしめたまま、顔を伏せようとしたら、コップが傾き、ひっくり返ってしまった。
残っていたコーヒーが零れてしまった。
「ああ、もう!」
俺はカップを投げ捨てようとしたが、現実に押し戻されてやめた。
「……あとで、連絡するか」
もうこれ以上、悠生には嫌われたくないのに。
俺はカフェの店内に入り、コップを返却台に返した。



