アイドルの君へ伝えたいことー配信アイドルの僕が、本物のアイドルに恋をした—


 ある日、校内で廊下を歩いていたら、女子同士が話をしていた。

「大学にさ、緑髪の男性いるじゃん」

「ああ、いるね」

「地元でアイドルやってるんだって」

「へぇ。でもさ、アイドルやるなら、東京でやる方がいいよね。地元でやって売れるはずないじゃん」

「まぁ、そうだよね。顔は良いし、話はしたいよね。見るだけでいい。目の保養だわ」

 女子同士で話が終わったのを見計らい、廊下の隅っこに隠れた。

 俺は悔しかった。

 ファンの子もそう思っているのか。

 地元では活躍できない。

 東京に行った方が売れると。

 俺自身を馬鹿にされるのはいいが、アイドル自体を馬鹿にされるのが悔しかった。

 俺は唇を噛みしめて、感情を押し殺した。

 確かにそうかもしれない。

 それでも、俺は地元のアイドルをするのが夢だった。

 誰の声も誰の視線も誰の耳も信じられなくなった。

 ファンもそう思ってるんじゃないかって。

 俺は自称アイドルの千世としてではなく、心理学の授業の時から出会った悠生としてではない。

 悠生のことを認識したのは、ほんの一瞬のことだったんだ。

 俺しか覚えていない。

 ほんの一瞬の出来事。

 一瞬のことが俺のターニングポイント。

 悠生。

 話さなくちゃいけない。

「あれ? 英くんじゃん。どうしたの?」

 前の席にいたクルクルと巻き髪をした女子が頬杖をついて、おねだりするように俺に声を掛けてきた。

「いや……あのさ、いつもあそこの席にいる男子いるじゃん。その子知らない?」

 ドア前に立っていた俺はいつも悠生が座ってる席を指でさして、女子に聞いた。

 すると、女子は指で髪をクルクルして、俺にめんどくさそうに言う。

「ああ、最近英くんと一緒にいる子ね。あの子、見かけてないよ。いつも英くんより先にいるのにね」

 女子は興味がなくなったのか俺からスマホに顔を向けていた。

 悠生がいない。

 いつも、授業には必ず出席している。

 具合でも悪いのか、いや…それもあり得るかもしれない。

 電話してみるか…いや、思い当たるところがある。

 俺は心理学の授業を放り投げて、俺はまた駆けだした。

「悠生」

 行く場所は決まっている。

 みんながよく使うカフェ。

 静かな空間とはかけ離れていて、人がにぎわっている所である。

 場所は二つ駅を乗り継いでから、少し離れたところにある。

 コンビニや和菓子屋・ミニシアターが近くにあり、その中に人気カフェがある。

 カフェのドアを開けると、会計スペースに店員がいた。

 ドアから遠く離れたところから店員がなにか作業をしながら、いらっしゃいませと声のトーンを上げて接客した。

「すいません。ちょっと、人探していて」

 俺は軽く頭を下げて、奥にあるカフェスペースへと歩き出す。

 そこには、思っていた通り、悠生が窓の近くにある一人掛けの椅子に座っていた。

 ちらほらと人はいた。

 勉強している人、友達と楽しそうに話している人、カップルでイチャイチャしている人がいた。

 その中に一人佇んで、何もしないでコーヒーを口に含ませていた。

 寂しくて今にも欠けそうな広い背中に俺は思わず抱きしめたくなった。

 その衝動を握り拳を作り、「悠生」と大きい声で叫ぶ。

 その大きい声にカフェにいた全員、俺の方を顔に向けた。

「悠生!」

「え?」

 悠生は声をする方に後ろを振り向き、目を丸くしていた。

「なんでいんの」

 悠生は呆然と座ったまま、か細い声で俺に言う。

「なんでだと思う?」

 俺は悠生にさらに問いかけた。

「…わかんない」

 悠生は俺の方をまっすぐに見つめて言う。

「悠生と会ったのって、ここなんだよ」

 俺は優しく悠生に伝える。

 その言葉に悠生は唖然として、固まった。

「え? いや…え?」

 なにか話したそうに口をモゴモゴして、動揺を隠せないでいた。

「ここだと、人目があるから。場所変えよう」

 俺は提案すると、悠生は首で頷いた。

 悠生は両手に鞄を持ち、忍びのように足音立てずに歩き出した。

 女子同士での話し声が聞こえてきた。

「なになに、喧嘩?」

 女子はもう一人の女子の前で、「ねぇねぇ」と手で伝えて、話しかけた。

「さぁ」

 興味なさそうにもう一人の女子は返事をしていた。

 女子同士の話し声に聞き耳を立てて、カフェを後にした。

「ちょっと、走るよ」

 俺は悠生の手首を掴んで、走り出す。

「な、なに急に」

 悠生が急に走り出す俺に話しかける。

「…着いたら、分かるよ」

 俺は悠生に顔を向けてから、ニヤリと笑いかけた。

 まっすぐな道に男二人が走っている。

 歩道を通る人は何事かとちらり見ると、知らないふりをして歩いていた。

 いろんな人を見ながら、俺は目的地へと向かった。

 何分間か走ったら、着いた。

 そこは小さいカフェだった。

 先ほどの系列店のカフェで、こじんまりとした場所だ。

 外にはテラスがあり、カフェの中でも飲めるようだけど、俺たちはテラスで注文して飲んだ。

「それで、なんでいたの? あそこに」

 悠生は注文したブラックコーヒーを一口飲み、低い声で静かに俺に言った。

「あそこで会ったんだ。俺と悠生。授業で会う前にあそこで。覚えてない?」

 俺は悠生と同じブラックコーヒーが入っているコップを握りしめて、目を合わせ微笑む。

「…会ってた? 前に?」

 悠生は思考を巡らせて、思い出そうとしていた。

 それでも分からなくて、悠生は顎を手に付けて考え込む。

 その姿に俺は一瞬下を向いてから、顔を上げた。

「あそこでね、悠生に会ったんだよ。話してはないけどね。ほんの一瞬のこと。それはね…」

 俺はブラックコーヒーのコップを握ったまま、思い出しながら話をする。

 あの時、俺はあのカフェで会えてなかったら、俺が俺でなかった。

 行く当てもないのにぶらりと歩いて、人がやたらいたので興味本位でカフェに入った。

 何かを飲みたい訳でもなく、ただ人がいるところにいないと自分が自分じゃなくなる感覚があった。

 一人でいると余計に落ち込んでしまう。

 カフェの会計スペースに行き、適当にコーヒーとサンドウィッチを頼んだ。

 注文品を受け取り、カフェスペースで座れそうなところを見渡す。

 うーん、座るところない。

 どうしようかな。

 どこも座る場所がないな。

 そう思った時、女性が立ち上がった。

 ここに座ろうと思った時、女性がなにか落としたので、俺は拾った。

「あ、落としましたよ」

 俺が落としたものを拾うと、女性は涙を流していた。

「え? どうしたんですか?」

 俺は泣いている女性に聞き返す。

「な、なんでアイドルって裏切るんですか。私、好きだったのに」

 女性が落としたものを見たら、KPOPのアイドルグループのタオルだった。

 好きだったんだな。

 アイドルが結婚とかしたのかな。

「…好きだったんですね」

 俺は想いをくみ取りながら、繰り返し言葉にする。

「…はい、好きだったんです」

 人前で泣くほど、好きってすごいな。