*
「帰ったよ。長谷川くん」
城内さんはレッスンを終えた俺に話しかけてきた。
「いちいち、報告しなくていいよ」
俺はレッスンが終わったので、鞄にタオルをしまった。
「知りたかったんじゃないの。長谷川くん帰ったか心配だったんでしょ。分かってるよ。
レッスンだってあまり集中できてなかったじゃないか」
城内さんは俺の肩をポンと叩いて、俺の様子を窺うように言う。
「本当、そう思う。全然集中できてなかったよ」
辻村が靴を履き替えて、トントンとつま先を地面に蹴り、真顔で言う。
「ほんとだよね。バレバレだよ。ねぇ、友達なんだよね」
柚元が胡坐をかいたまま、スマホを片手に持ち聞いてきた。
「そうだよ。なんで?」
「恋してる感じだった」
柔宮がぽつりと呟き、壁に寄りかかり、目を瞑っていた。
「はぁ? そんなんじゃないよ。なに言ってんだよ、柔宮」
俺は柔宮の顔を向けて、思わず反論した。
「橙羽。顔赤い」
固蔵はプロテインを飲み干したのか、プハァと息を吐いて、俺の様子を口にした。
「なぁっ…固蔵まで。違うって」
俺は完全に否定した。
でも、何とも言えないほどの感情が押し寄せる。
友達と言っていいのか分からないけど。
話したい、この人を知りたいというのは俺が理想とするアイドル像だからではないのか。
「橙羽は、長谷川くんのこと好きだと思うよ。俺そういうのなんとなく分かるんだ。みんなもそう思わない?」
辻村はたまに確信をつくような言葉を突いてくる。
そう言われると、自分の想いが揺らぐ。
「まぁ、確かにね。でも、配信アプリの自称アイドル千世なんだね。やっぱり、自己分析はさすがだよね」
柚元はスマホを手提げ鞄に入れて、思い出したかのように頷いていた。
そう、悠生のことは事前に配信アプリの自称アイドル千世をしていることを伝えていた。
悠生に話す前から、メンバーや城内さんに話をしていた。
大学で千世を見つけた時は、メンバーにはよかったなと励ましの声が挙がった。
それと同時に、城内さんから言われた。
次会う時に、レッスン場に連れてきてと。
それが今日のことだ。
悠生には申し訳ないが、俺も悠生に見てほしかった。
メンバーと城内さんに会って、自称アイドル千世から見たアイドル像がどう目で映るか聞きたかった。
「好きなのかな、俺」
俺は独り言のように呟き、悠生の顔が浮かぶ。
「でもさ、橙羽はさ、どっちが好きなの?」
柔宮は突然、目を見開き、俺に問いかける。
「え?」
俺はその問いかけに目を丸くした。
「だってさ、橙羽は配信アプリの自称アイドル千世が好きなんだよね。じゃあ、長谷川悠生のことはどう思ってるの?」
柔宮は淡々と俺に質問してくる。
辻村と違って、言葉を選んで言うタイプだ。
この時ばかりは、言葉を選ぶことなく、はっきり聞いてきた。
多分、俺の気持ちの迷いを率直に言葉にした方がいいと思ったからだろう。
「…どっちも俺は好きだよ」
俺はアイドルも悠生も好きだ。
それは今の本当の気持ち。
「じゃあ、悠生の良いところ、言えるの?」
また、柔宮は俺に言う。
他のメンバーは、ああ、こうなったら止めるのは難しいねと潜めた声で言う。
柔宮はなにかあれば、尋問のように問い詰めてくる。
前も固蔵が遅刻してきた時もそうだった。
これは長時間バトルとなるのだろう。
「言えるよ。悠生は優しいし、とにかく真面目で興味持ったことはすぐ取り組む。自分のことはネガティブだけど、実は意思が強い。他人に興味ないふりして、意外に人を見てる。アイドル千世になるために、努力と勉強は惜しまない。そういうところがいい。これでいいか?」
「ふーん、そっか。今言ったこと、長谷川くんに伝えたら。多分、彼悩んでると思うよ」
柔宮は人を見る目が優れている。
初対面で会ったばかりなのに、何か抱えているものなどオーラで分かるらしい。
「悩んでる? 悠生が」
「うん。ってか、みんな気づいてるよ。見て分からなかった? 長谷川くん、僕らのこと見てって言われて、悩んでたでしょ。長谷川くんなのか? 自称アイドル千世視点なのかで。そりゃ、一般人がアドバイスとか言われたら、僕が言っていいのかなってなるし。そこはちゃんと言うんだよ。いい?」
柔宮は立ち上がり、俺のところまで来た。
俺を目で訴えてくる。
メンバーでも柔宮の目を見ると、なにも言い返せなくなる。
俺が気づけなかっただけで、悠生の表情は今思えば曇っていたように見えた。
俺が分からなかっただけで。
俺はそこまで人の気持ちを読み解くことができない。
その悔しさで、俺は唇を噛みしめる。
「…はぁ。好きなら、ちゃんと言いなよ。長谷川くんは、自分を押し殺すタイプでしょ」
柔宮はにこりと唇の端だけを少し吊り上げてから言うことを言って、部屋から出て行った。
「橙羽。気にすんな」
「固蔵。シャツ。ボタンずれてる」
「あ、ありがとう」
固蔵はシャツのボタンをずれていたのが分かると、すぐ直していた。
俺の背中を叩いて帰っていった。
「言葉足らずなところは前から変わりないね。橙羽。じゃあ、また」
辻村は財布を持つ手でバイバイと手を振って帰った。
「橙羽。気負いせずにやりなね。じゃあ」
柚元は優しく慰めるかのように言い捨て、帰っていった。
俺は一人取り残された。
立ち尽くした俺はここにいた時の悠生の表情を思い出す。
目を泳がしていたり、メンバーを見て輝かしい目をしていたり、楽しそうに話す悠生がいた。
話して間もない悠生のことは、分かっていると俺自身、どこかで自負をしていた。
まだまだ、俺は知らない。悠生を。
自称アイドル千世を見ていたからか、悠生のことをきちんと見ようとしていなかったのかもしれない。
柔宮の言う通りだ。
柔宮に言い返さないのは、俺が図星だからだ。
「はぁぁ、俺なにやってんだよ」
髪をかき分けて、ため息を吐く。
俺はメンバーと話す中で、気づいた。
俺、自称アイドルの千世を推していて、友達になれたと思って、とにかく話して会えるだけで笑みが零れ落ちる。
ずっと口角が上がりっぱなし。
悠生と会ってから、ずっと悠生のことを考えている。
「ほんと、好きなんだ。はあ」
俺はもうこの好きを恋愛としての好きと認めるしかない。
いつの間にこんなに?
俺もこんな思いが強く抱くなんて、始めてだ。
鞄からスマホを取り出して、俺は悠生に連絡する。
今日のお礼と次会えるのはいつかを聞こう。
返事がきたら、電話でもしようかな。
悠生に連絡し終えたら、俺は部屋を出た。
ビルにはあまり人がいなかった。
確か、今日イベントがあるって言ってたな。
それで人がいないのか。
いつの間にか城内さんもいなくなってたし。
今日は帰って、千世の配信を見るつもりだった。
けれど、画面越しじゃ足りない。
スマホを握りしめたまま、俺は駅へ向かって走り出した。
会いたい、今すぐ。
千世じゃない。
――悠生に。
「帰ったよ。長谷川くん」
城内さんはレッスンを終えた俺に話しかけてきた。
「いちいち、報告しなくていいよ」
俺はレッスンが終わったので、鞄にタオルをしまった。
「知りたかったんじゃないの。長谷川くん帰ったか心配だったんでしょ。分かってるよ。
レッスンだってあまり集中できてなかったじゃないか」
城内さんは俺の肩をポンと叩いて、俺の様子を窺うように言う。
「本当、そう思う。全然集中できてなかったよ」
辻村が靴を履き替えて、トントンとつま先を地面に蹴り、真顔で言う。
「ほんとだよね。バレバレだよ。ねぇ、友達なんだよね」
柚元が胡坐をかいたまま、スマホを片手に持ち聞いてきた。
「そうだよ。なんで?」
「恋してる感じだった」
柔宮がぽつりと呟き、壁に寄りかかり、目を瞑っていた。
「はぁ? そんなんじゃないよ。なに言ってんだよ、柔宮」
俺は柔宮の顔を向けて、思わず反論した。
「橙羽。顔赤い」
固蔵はプロテインを飲み干したのか、プハァと息を吐いて、俺の様子を口にした。
「なぁっ…固蔵まで。違うって」
俺は完全に否定した。
でも、何とも言えないほどの感情が押し寄せる。
友達と言っていいのか分からないけど。
話したい、この人を知りたいというのは俺が理想とするアイドル像だからではないのか。
「橙羽は、長谷川くんのこと好きだと思うよ。俺そういうのなんとなく分かるんだ。みんなもそう思わない?」
辻村はたまに確信をつくような言葉を突いてくる。
そう言われると、自分の想いが揺らぐ。
「まぁ、確かにね。でも、配信アプリの自称アイドル千世なんだね。やっぱり、自己分析はさすがだよね」
柚元はスマホを手提げ鞄に入れて、思い出したかのように頷いていた。
そう、悠生のことは事前に配信アプリの自称アイドル千世をしていることを伝えていた。
悠生に話す前から、メンバーや城内さんに話をしていた。
大学で千世を見つけた時は、メンバーにはよかったなと励ましの声が挙がった。
それと同時に、城内さんから言われた。
次会う時に、レッスン場に連れてきてと。
それが今日のことだ。
悠生には申し訳ないが、俺も悠生に見てほしかった。
メンバーと城内さんに会って、自称アイドル千世から見たアイドル像がどう目で映るか聞きたかった。
「好きなのかな、俺」
俺は独り言のように呟き、悠生の顔が浮かぶ。
「でもさ、橙羽はさ、どっちが好きなの?」
柔宮は突然、目を見開き、俺に問いかける。
「え?」
俺はその問いかけに目を丸くした。
「だってさ、橙羽は配信アプリの自称アイドル千世が好きなんだよね。じゃあ、長谷川悠生のことはどう思ってるの?」
柔宮は淡々と俺に質問してくる。
辻村と違って、言葉を選んで言うタイプだ。
この時ばかりは、言葉を選ぶことなく、はっきり聞いてきた。
多分、俺の気持ちの迷いを率直に言葉にした方がいいと思ったからだろう。
「…どっちも俺は好きだよ」
俺はアイドルも悠生も好きだ。
それは今の本当の気持ち。
「じゃあ、悠生の良いところ、言えるの?」
また、柔宮は俺に言う。
他のメンバーは、ああ、こうなったら止めるのは難しいねと潜めた声で言う。
柔宮はなにかあれば、尋問のように問い詰めてくる。
前も固蔵が遅刻してきた時もそうだった。
これは長時間バトルとなるのだろう。
「言えるよ。悠生は優しいし、とにかく真面目で興味持ったことはすぐ取り組む。自分のことはネガティブだけど、実は意思が強い。他人に興味ないふりして、意外に人を見てる。アイドル千世になるために、努力と勉強は惜しまない。そういうところがいい。これでいいか?」
「ふーん、そっか。今言ったこと、長谷川くんに伝えたら。多分、彼悩んでると思うよ」
柔宮は人を見る目が優れている。
初対面で会ったばかりなのに、何か抱えているものなどオーラで分かるらしい。
「悩んでる? 悠生が」
「うん。ってか、みんな気づいてるよ。見て分からなかった? 長谷川くん、僕らのこと見てって言われて、悩んでたでしょ。長谷川くんなのか? 自称アイドル千世視点なのかで。そりゃ、一般人がアドバイスとか言われたら、僕が言っていいのかなってなるし。そこはちゃんと言うんだよ。いい?」
柔宮は立ち上がり、俺のところまで来た。
俺を目で訴えてくる。
メンバーでも柔宮の目を見ると、なにも言い返せなくなる。
俺が気づけなかっただけで、悠生の表情は今思えば曇っていたように見えた。
俺が分からなかっただけで。
俺はそこまで人の気持ちを読み解くことができない。
その悔しさで、俺は唇を噛みしめる。
「…はぁ。好きなら、ちゃんと言いなよ。長谷川くんは、自分を押し殺すタイプでしょ」
柔宮はにこりと唇の端だけを少し吊り上げてから言うことを言って、部屋から出て行った。
「橙羽。気にすんな」
「固蔵。シャツ。ボタンずれてる」
「あ、ありがとう」
固蔵はシャツのボタンをずれていたのが分かると、すぐ直していた。
俺の背中を叩いて帰っていった。
「言葉足らずなところは前から変わりないね。橙羽。じゃあ、また」
辻村は財布を持つ手でバイバイと手を振って帰った。
「橙羽。気負いせずにやりなね。じゃあ」
柚元は優しく慰めるかのように言い捨て、帰っていった。
俺は一人取り残された。
立ち尽くした俺はここにいた時の悠生の表情を思い出す。
目を泳がしていたり、メンバーを見て輝かしい目をしていたり、楽しそうに話す悠生がいた。
話して間もない悠生のことは、分かっていると俺自身、どこかで自負をしていた。
まだまだ、俺は知らない。悠生を。
自称アイドル千世を見ていたからか、悠生のことをきちんと見ようとしていなかったのかもしれない。
柔宮の言う通りだ。
柔宮に言い返さないのは、俺が図星だからだ。
「はぁぁ、俺なにやってんだよ」
髪をかき分けて、ため息を吐く。
俺はメンバーと話す中で、気づいた。
俺、自称アイドルの千世を推していて、友達になれたと思って、とにかく話して会えるだけで笑みが零れ落ちる。
ずっと口角が上がりっぱなし。
悠生と会ってから、ずっと悠生のことを考えている。
「ほんと、好きなんだ。はあ」
俺はもうこの好きを恋愛としての好きと認めるしかない。
いつの間にこんなに?
俺もこんな思いが強く抱くなんて、始めてだ。
鞄からスマホを取り出して、俺は悠生に連絡する。
今日のお礼と次会えるのはいつかを聞こう。
返事がきたら、電話でもしようかな。
悠生に連絡し終えたら、俺は部屋を出た。
ビルにはあまり人がいなかった。
確か、今日イベントがあるって言ってたな。
それで人がいないのか。
いつの間にか城内さんもいなくなってたし。
今日は帰って、千世の配信を見るつもりだった。
けれど、画面越しじゃ足りない。
スマホを握りしめたまま、俺は駅へ向かって走り出した。
会いたい、今すぐ。
千世じゃない。
――悠生に。



