さぁ、翔べ!

「「私の声が届きますよに〜〜」」
最後はきっちり伸ばす。

あたりに拍手が響き渡る。


最後に一礼をして、ステージを降りる。

あの時のみんなの表情は忘れられない。

祝福の嵐で囲まれ、私は幸せの絶頂にいた。



「素晴らしい結果だったよ!審査員の皆さんもとっても賞賛していた。みんな、よく頑張った!」
合唱部顧問の飯田先生にそう言われ、私たちの気持ちはふわふわとしていた。
女子5人、男子4人の人数の少ない部活だが、歌の実力は確かにあった。全員が毎日必死に練習をした結果だ。
「愛菜ちゃんの声、やっぱすごいよ〜!」
そう声をかけてきたのは同じ部活の響。
「ありがとう!響も上手いよ!」
私たちはそうやってお互いを褒めあっていた。すると、空気が少しピリつくのがわかる。その空気の中心に立っているのは、飯田先生だった。私はおそるおそる、
「先生…?」
と声をかける。すると、先生は意を決したかのように、こちらに視線を向けた。
「一週間後…ちょうど修了式の一週間前だね、話がある」
先生のその声はすごく怖かった。
(嫌な予感…)
私は先生の言葉に肩を震わせた。

「先生、何の話したいんだろう?」
合唱コンクールの次の日、私たちは部室にいた。いつものルーティーンで練習を開始していた。
響のぽつんと言った問いに、全員が反応する。誰もが触れたくない話題に触れたというような、複雑な顔をしていた。
「あー……」
みんな考えていることは私と同じなのだろうか。
「ん……」
静寂が部室に訪れる。上手い結果も出せず、県のコンクールにはいけなかった。それに対するショックよりも、別の何かが静寂を支配している気がする。
すると、部屋にノックの音が響き渡る。扉があき、そこには先生がいた。
「先…生」
私がかろうじて声を出す。すると、空気はさらに重くなったように感じる。
「実はね……伝えないといけないことがあるの……」
いつもの輝いている飯田先生の笑顔がほとんどない。
(なんだろう…。先生が顧問を外れる…とか?)
私は1番可能性が高いことを脳内から消して、他のことを考え始めた。仕方ない。想像したくなかった。
周りを見ると、響の顔もこわばっている。やっぱりみんな同じようなことを想像しているのだろう。
(嫌だなぁ…)
高校一年生になって、この部活に入って、私はこの部活を心の拠り所と思っていた。温かい言葉をたくさんもらって、時には揉めて、時には笑い合って、時には泣いて……。
ここには私の高一の幸せがたくさん詰まっていると思っている。私はこの部活が、この部員が大好きだ。
「先生も全力で止めようとしたの……。だけど………。この合唱部は…廃部になります………」
先生が嗚咽を漏らし始める。すると、先生の悲しみが伝染して、私たちも涙を流す。
(どうして神様は最悪の可能性を前に出すのかなぁ……)
私の目からは滝のように涙が出てくる。みんなと過ごした楽しい思い出が廃部と共に消えてしまう。
「先生っ…それはどうにかできないんですか…?」
両目を涙でいっぱいにしてそう聞く響。
どうして私の部活が消されてしまうのだろう。確かに小さい部活だったが、楽しみはたくさんあった。
「どうにもできない……ごめんね……」
先生が悲しみの声をあげて言う。
私も涙がさらに溢れてくる。胸が悲しみでいっぱいで苦しい。
「もう愛菜ちゃんと歌えない……?」
「響…」
響も目にいっぱいの涙を溜めている。
「今日で…合唱部は解散っ……!」
先生がそう宣言すると同時に、全員が大声をあげて泣き出した。

さようなら!合唱部のみんな!さようなら!私の楽しかった青春…!!

(どうして…)
今までもっとできたことがあっただろうと後悔も湧き出てくる。練習をしなかったのも先生と話してばかりだったことも……。
もっと練習していれば、最後のコンクールで優勝できたかもしれないのに…。
「愛菜ちゃん…がんばろうね……」
何に対してのがんばろうなのかは私にも響にもわからなかった。これから新しい部活も決めないといけないので、それに対するがんばろうだろうか。にしても、今日で最後の部活ということが、すごく悲しい。私は私なりにこの部活に熱意を注いできたから。
ステージに立って歌った時の快感、まだ忘れられない。
審査員の真剣な瞳。心に深く刻まれている。
歌い終わった後の歓声、拍手、笑顔。いまだに鮮明に思い出すことができる。
(こんなに…全力で楽しんだ部活だったのに…)
楽しい日々はもう終わってしまった。
私はこれからやらなければならないことがたくさんある。
新しい部活決め、部活紹介ポスターの制作停止など……。
くよくよしている暇はないのだ。あっという間に新しい一年生が入ってくる。
「皆さんにメッセージカードを渡しておくね」
突然、飯田先生がそう言った。先生は一人一人に手渡しでメッセージカードを渡している。
「はい、藤咲さん。あなたのこと、教えやすくていい子だなって思ってたのよ」
先生にそう言われて私は頬が赤くなった。先生にもらった、メッセージカードを読もうとして、封筒を開ける。すると、中には2枚の紙があった。
一枚目を開くと、字がびっしり買いてあった。今までの思い出を綴ったものだった。
2枚目には私への想いが書かれていた。
特に私は2枚目の方に注意を向けた。

『藤咲さん
合唱部の練習はほぼ毎回来て、いち早く練習を開始している姿がとても嬉しかったです。人数も少なくて、大した強豪校ではないのに、合唱に必死に向き合ってくれていて、私は毎回感動していました。笠谷響さんとも少し違う練習方法で、あそこまで上手くなれたことは凄いと思う。だから色々な人に誇って欲しいです。さて、前置きが長くなりました。これからは、藤咲さんの将来についての話をします。……』

私はそこまで読んで、頬が赤くなる。先生がこんなふうにたくさん誉めてくれるのは珍しいことだからだ。
しかし、手紙の先へ目をやって、よろこびは消えた。そこには先生からの厳しいメッセージがいくつも並べられていたのだ。例えば、人とうまく協力できていないとか、謙遜しすぎということで気に食わない生徒もいるんだとか。
(自分で変えていくしかない…)
私は心の中で決意した。

次の日
「愛菜ちゃん!どうする…?新しい部活」
私は今の所、気になっている部活がなかったので、「ごめん、入らないかな」
と送る。すると、響はニコッと笑って、私の手を掴んできた。
「私はね…バスケ部に入ろうかなって思ってる!」
意外にも大好きだった響があっさりした反応の響に驚きをかくせなかった。あんなに合唱部が大好きだった響がこんなことを言うなんて。そして同時に寂しさと悲しさと、ほんの少しの怒りを感じてしまった。
どうしてそんな風に思い出を忘れられるのだろうか。一週間もたっていない。昨日の話だというのに。そんな感じの悲しさと寂しさ。
そして、どうして次の日にそんなことを言ってくるのかという怒りが湧いてきた。私だって本来、こんな話このタイミングでしたいわけじゃない。むしろしたくない。だが、響が話題に上げてきたので話しているだけなのだ。
(自分の思ってること一つも言えないなんて……)
これじゃただの臆病者じゃない…と心の中で呟く。
今、私の中にある怒りは何に対するものだろう?
響に対して?合唱部がなくなったことに対して?無くした先生たちに対して?
私の怒りの矛先はどれも違う。
「響……ごめん。バスケ部でも頑張って…!」
私が精一杯の笑みを浮かべて言う。すると、響は
「がんばるね!愛菜ちゃんも早く部活が見つかるといいね!」
と言ってさっていった。
(響……)
合唱に夢中で全力だった響はもういない。今あったのは新しい部活である"バスケ部"に吸い込まれていきそうになっている響だ。あんなの、響じゃない。
「はぁ……」
私の悲しみと苦しみと怒りが混じったため息は跡形もなく空気に溶け込んでいった。

「えー皆さん、春休みも元気に過ごしてください」
廃部の知らせを聞いてから今日、修了式のときまでに部活を決めるつもりだったが決められなかった。
響はあの後、すぐに入部届を書いて出したらしく、今ではすっかりバスケ部の一員だ。コミュニケーション能力の高い響のことだから、友達と仲良くやっているのだろう。
一方で私は…
(春休み終わったら2年生なのに……)
今日までずっと新しい部活のことで悩んでいた。
ものごとをすっぱり決められる響と違って、私は優柔不断なのだ。
「はぁ……」
今日も重いため息が口から流れる。すると、スマホの通知が鳴った。誰からかと思えば響からだった。
[愛菜ちゃん、春休み遊ぼ!◯月××日に駅でどう?]
部活が廃部になってからほとんど響と話していなかった。だから、突然のメッセージに驚いた。
それに、心の中で少し響のことを軽蔑していた一面があったから。
(どうしよう…)
響はきっと、私に軽蔑されているなんて知らないだろう。
[おっけー]
私はそう一言送った。送られてきたメッセージを見て、喜んでいる響の顔が思い浮かぶ。
もしかしたら私は響を騙してしまっているのかもしれない。
(もう…どうすれば……)
響と遊びに行くのを楽しみにしている自分と、響を裏切り者として見てしまっている自分がいる。
私はそこで考えるのをやめた。

「愛菜ちゃん〜!」
駅に着くと、すでに響がいて、手を振ってきた。私は響を見て即座に、
「可愛くなった?前も可愛かったけど」
と聞いた。後から考えると結構失礼な質問だと思う。すると、響はニコッと笑って、
「美容に気をつけて、メイクもしてるからね!」
と答えてくれた。
「じゃあ、おすすめのメイク、教えてくれない?!」
私がずいっと詰め寄ると、響は大きく頷いてくれた。すると、響は駅の中を案内し始めた。私自身、駅に来ることは滅多にないので、案内してくれて嬉しい。
「ここのお店、優勝レベル!」
響がそう言ったお店は明らかに女子ウケが良さそうな可愛いお店だった。
「ここにコスメたくさんあるから、全部教えるわ!」
響は優しかった。あんなに響に会うのを怖がっていた私と違って。
(やっぱ、楽しむべきだよね…!)
私は心の中でそう割り切った。優しくしてくれている響にも失礼になっちゃうだろうし、と。
私は響といる時間を存分に楽しんだ。部活の話とかは後でもできるだろうと。

「はぁ〜爆買いしちゃった…」
そう、ため息を漏らしているのは、響だ。私も私で結構買っているが。
響の横顔を見つめる。私は響の笑顔が好きだ。
でも、今の私は………………
「響、合唱部のことを忘れたの……?」
心の内をぶつけた。今まで心の奥を渦巻いていた言葉を。
「忘れるわけないじゃん……なんでそんなこと言うの?」
響が少しつらそうな顔をして私を見つめた。
「だって…部活も決まっていない私に次の日にバスケ部に入ったことを楽しそうに言ったじゃん……」
私もまたつらそうな表情になっているのだろう。
「それに…私がつらいの知ってるくせに…!最低だよ…」
私が喉の奥を絞りだすようにそういうと、響は涙を浮かべ始めた。
「愛菜ちゃん…そんなこと思ってたの……?」
そう言われてドキッとする。
(しまった……言うつもりのないことまで……)
「裏でそんなこと思ってたなんて最低。バスケ部に誘おうと思ってたのに……」
すると、響は踵を返して去っていった。
「響……」
私が名前を呼ぶと響は少し涙を浮かべて、こちらを振り返った。
「さよなら……」

この日、私は部活に誘おうとしてくれた友達と大切な友達の信用の二つを失った。