俺に「好き」って言わせたい一軍男子が面倒くさい

翌日、教室に入ると先に来ていた倉沢多岐(くらさわたき)が、オレを視線で追ってくる。

教卓の前を通り過ぎ、多岐の視線を意識して、ゆっくりと教室の一番後ろ、窓際の自分の席についた。

授業中も、やや斜め前の多岐が、時折オレを物言いたげにちらちらと振り返る。どうやら授業にも身が入らないくらい、昨日のことで頭がいっぱいらしい。

そうだよ、そうやってオレも多岐のことで頭がいっぱいだったんだから、多岐もオレのことでいっぱいになってくれないと、バランス
が取れない。ずっと前から見つめて来たんだから、オレは、多岐を。





◇◇◇◇◇





昼休みの始まりのチャイムが鳴った。

ふわふわの茶髪の前髪をピンでポンパにあげた片瀬が、オレの席に近づいてくる。

「なあ、放課後、またバスケの練習すんの? 倉沢、大丈夫かな?」

多岐のほうを目だけで示して、小声でオレに聞いてくる。

「あぁ、それならオレが、ちょっと話してくるわ。天気もいいし、昼飯がてら特別教室棟の横の温室に行ってくる」

「わかった、なんかあった呼びに行くー」

間延びした片瀬の返事が、多岐の席に動き始めたオレの背を追ってくる。

多岐は出席番号が近い小原裕貴と昼飯をとろうと、机を近づけていたが、オレが多岐の前に立つと表情を硬くさせて見上げて来た。

「体育祭の練習のことで、話があるんだけど」

多岐と一緒にいた小原がなぜか「ヒィッ……!」とオレに怯えた。かまわずに多岐に声をかける。

「ちょっと温室で昼飯食いながら話そう」

あんなに午前中の授業でオレのことを気にしていたくせに、多岐は絶望的に顔を伏せて、頷く。

オレに連れられて教室を出ていく多岐に、小原が「生きて帰ってこいよ」と小さく手を振って見送っていた。





◇◇◇◇◇





特別教室棟の横の温室は、熱帯の植物や蘭が育てられていて、色とりどりの花を咲かせている。蘭の香りが、温室の硝子扉を開けた瞬間から鼻孔をくすぐる。

特別教室棟自体もあまり生徒が利用しないが、この温室はいつ来ても生徒は見かけない。穴場スポットだ。秘密の話をするには、ちょうどいい。

「きの……」
「昨日のことだけど」

緊張した面持ちの多岐の言葉を遮って、オレは先に口にする。

「病院、行ってきた?」

意外だと言うように、多岐の瞳が見開かれる。それから、とても嫌そうに頷く。オレと同じ空気を吸うのさえ、嫌そうな雰囲気を出してくる。

「どうだった?」

「なにも問題ない、って」

「そう。なら良かった」

オレは多岐の様子をあえて無視して、温室内のベンチに座り、隣りを手でとんとんと叩いて、多岐に座るよう促す。

渋々、多岐がオレに従って隣に座るが、なるべく離れたいのか、ベンチの端っこに小さくなっている。

オレは今朝、登校中に買ってきたベーカリーのランチパックの紙袋を開けて、食べ始める。多岐はいつまでも弁当を開かない。

「昼休み、終わっちゃうよ?」

「わかってるよ!」

ツンツンしている多岐の反応も、オレが引き出したものだと思うと、顔が緩みそうになる。

「多岐の弁当、うまそう。唐揚げ!」

「全体的に茶色くて彩りないから、うまそうもなにもないって」

そう言って多岐は、自分の弁当の唐揚げのひとつをオレのランチパックの中に、放り込んできた。

「食えよ」

「いいの?」

さっきまであんなに嫌そうだったのに、唐揚げくれるとか、天使なの?いまも、物凄く嫌そうな顔してるけど。

オレは唐揚げをつまんで口に入れた。

「うまー!これ、おばさんの唐揚げの味!懐かしいなー!」

「壱村って、本当に俺と昔、関わりあったのか……?」

やっぱり忘れてるんだな、オレはよく覚えてるけど。

「その質問、すっげーぇ、イライラする。思い出してくれるまで、オレからは教えない」

きっぱりと断ると、多岐はそれ以上つっこんではこない。

オレはシャツの襟元から、昨日、多岐から取り上げた、小さな鍵型チャームのペンダントを、身につけているのを見せた。

「壱村!それ……!返せ!」

チャームの部分をつまんで
「多岐の大切にしていたもの、オレがつけてもいいよね」と、オレはにこやかに笑って言うと、こっちに手を伸ばして、取り返そうとしてくる多岐の手を掴む。

「返してあげてもいいけど、条件がある」

ぐっと多岐の手を離さないように、オレは力を込める。真剣に多岐の顔に近づいて、声をひそめた。

「多岐が、オレに、心から、本気で『好き』って言ってたくれたら、返してあげる」

オレの真剣さに、肩を跳ねさせて、多岐が掴まれた手を引こうとしたが、まだ離さない。

「言っておくけど、毎日『好き』って言ってね」

「その『好き』が本気かどうかは、誰が判断するんだよ?」

「オレが判断する」

またしても多岐が、心底、嫌そうな顔になる。だが、逡巡するように視線を温室で咲き乱れる蘭に、目が泳ぐのを見逃さず、オレは続ける。

「このまま、オレのものにしてもいいんだよ?」

「なにを……」

これ以上、多岐を怯えさせないように、オレは掴んでいた多岐の手を、ぱっと離す。

「ペンダントを、だよ」

温室は心地よい陽射しのはずなのに、戸惑う多岐の揺れる視線に、体が熱くなる。気持ちが溢れてしまいそうだ。

多岐はやがて、迷う表情が消え、腹を決めたように、オレを見据えた。

「わかった、それでペンダントを返してくれるなら、条件をのむ」

潔ささえ感じる多岐の口調に、オレは昔を思い出して、目を閉じる。

それから、見据えてくる多岐を正面から捉えるために、瞼を開く。ゾクゾクする気持ちを抑えて、オレは微笑む。

「じゃあ、今日から始めるね。とりあえず、登下校は一緒にしようね。オレのマンション、多岐んちの近所だから」

多岐がまた絶望した顔になって、頷く。オレは、多岐が一度約束したことは破らないことを、知っている。





◇◇◇◇◇





「それじゃ、放課後はまた、バスケの練習ね」

予鈴が鳴って、オレたちは教室に戻り、席につく前に多岐に告げた。





◇◇◇◇◇





体育館に行くとバスケ部の先輩から「昨日、倒れたりして騒ぎが大きくなってこっちも迷惑だから、おまえら、中庭の屋外コートを使え」と一方的に言い渡された。多岐の脳震盪を心配するくらいの言葉をかけろよ。先輩でなければ毒づいてしまうところだった。

仕方なく屋外のバスケコートを使うことにする。

屋外のバスケコートは一面しかなく、高さ1.5メートル程度の木材の壁で仕切られていた。上部は金網である。

オレは多岐と動き回らずに、パスの練習をすることにした。

茶髪の片瀬と、黒髪短髪の長身の伏見、中肉中背のストレート黒髪の影森が、片側のゴール前で、1on2で実践形式の練習を始める。

「俺、みんなの足引っ張ると思う、バスケ未経験者だし」

オレにパスを出しながら、多岐が申し訳なさそうに言う。

「試合中に、多岐にパスが来たら、すぐ誰かに回していい。とりあえずボールに慣れよう」

オレが言うと、やけに素直に頷いた。こんなところも、いい。





◇◇◇◇◇





一時間ほどの練習で切り上げることにした。

「オレ、今日から多岐と一緒に帰るから」

そう言って多岐の腕を取ると、なぜか「おー……」と片瀬、伏見、影森が感心した声をあげた。

「なんだよ」

聞き返したオレに影森がクールに「やっと進展したのか」と小声で呟く。

影森秋哉(かげっもりあきや)は、オレが小4で転校するまで小学校が同じだった。つまり多岐とも同じ小・中学校である。多岐は、影森を知らないし覚えていないようだが。

その分、影森はオレの長い片想いと、多岐をどう想っているのかも、理解している。

「じゃ、帰ろっか、多岐」

他の三人の目が気になるのか、多岐が不満そうにオレを見上げてくるが、かまわずに下校した。





◇◇◇◇◇





夕陽が沈みかけた空が、オレンジ色で眩しい。多岐の横顔を照らしている。

なるべくゆっくり歩を進める。多岐の家までの道を、ふたりでいられる時間を惜しむように、ゆっくりと。

懐かしい家並みの通りを行くと、やがて見えてくる多岐の家。門の前で立ち止まる。

「で、約束の言葉。今日から『好き』って言ってくれるんでしょ?」

オレは多岐に尋ねる。すると多岐は、眉間に皺を寄せて、注射をする前みたいな顔つきになる。

「わかった、言う」

すぅ……っと多岐が息を吸い込む。

「好きだ!」

まるで親の仇に言うような口調に、オレは笑いがこみ上げてきた。

「ぜんっぜん、ダメ。そんなんじゃ、ダァメ!」

「なんだよ、言わせておいて! じゃ、お手本見せてみろ!」

「いいよ」

オレは多岐の耳元に身をかがめて、唇を寄せた。多岐の耳に毒を流し込むように、小さな声で囁く。

「好きだ……」

多岐が慌てて、自分の耳を手覆い隠す。オレを見上げて、真っ赤な顔で、オレの体を突き飛ばした。

「本気かと思われるから、そういうのはやめろ!」

「だって、お手本見せろ、って言ったのは多岐じゃない」

「うるせぇ。じゃあな」

多岐が自宅の門扉と玄関ドアを乱暴に開けて、逃げるように去って行く。

本気、だったんだけどなぁ。

多岐の反応が初々しくて、不意にこみ上げてくる壊してしまいたい気持ちと、大事に囲い込みたい気持ちが、せめぎ合う。

いつ多岐は気づくだろうか、もうオレの手の内にいることに。

薄闇になり始めた空に、街路灯が灯る道を、多岐の家から離れるのも名残惜しくて、そっと振り返った。

多岐の部屋に明かりが灯るのを見届けて、ここから数分のところにあるオレのマンションへと、足を向けた。





◇◇◇◇◇