俺に「好き」って言わせたい一軍男子が面倒くさい

視線を感じて、振り返る。

まただ。目立つピンク髪の壱村当麻(いちむらとうま)が、教室のうしろの窓際で、キラキラした一軍のやつらと、談笑していた。

あ、やばい、目が合ってしまった。

「どうした、倉沢?」

俺が急に振り返ったからか、不思議そうに弁当を食べる手を止めた小原悠希(こはらゆうき)が、尋ねてくる。

「あぁ、何の話してたんたっけ?」

俺は小原に聞き返す。

「だから、体育祭は、どの種目で出ようか? って話だよ」

高校生の最初のクラスイベントである体育祭は、「さつき祭」と呼ばれ、この日に告白すると好きな人と付き合える、というジンクスがあるらしい。

まあ、我々、凡人には縁のないジンクスだけど。

恋愛なんて、壱村たちみたいなキラキラしたやつらの特権だろう。

「さつき祭かー、俺、足はあんまり早くないからなー、球技だったらなんでもいいかな」

小原の話に答えると

「僕も陸上以外だったら、なんでもいいわー」

と、やる気のない返事をする。

「6限のホームルームのときまでに決めておけ、って言われても、消去法でいくとサッカーか、バスケ? バレーはキツそう」

俺が言うと小原は

「バレーは無理。僕もバスケかサッカーだな」

昼休みは小原と、そんな話をしてダラダラと過ごした。



◇◇◇◇♢



「なんでこうなった……?」

俺は呆然していた。

ホームルームで体育祭の種目決めは、早いもの勝ちになると予想した俺は、黒板に書かれた『バスケ』の下に、倉沢、と書きに行った。

あとから壱村が俺の名前の下に自分の名前を書いた。

壱村に続き一軍の連中がバスケの下に名前を書いてしまったため、早々にバスケのメンバーが決まってしまった。

「俺以外、バスケメンバーは一軍……!」

目立ちたくないのに、目立ってしまった。

こんなはずではなかったのに。

壱村が俺の机の前にやってきた。間近て見ると見上げるほどの身長差の壱村がにこやかに言う。

「よろしくな、倉沢多岐(くらさわたき)

差し出された手に、俺は渋々、握手する。つか、なんで俺のフルネーム覚えてるんだ?

壱村と会話したのは、これが初めてだ。

「多岐って呼んでいい?」

馴れ馴れしいな!と内心ツッコミつつ、これも渋々、頷く。

「良かった、じゃあ、多岐。これから体育館で練習しようか」

は?体育祭なんて、練習なしで臨むものだろ!

と、これも内心で毒づきなからも、壱村に引っ張っられながら、体育館へと俺は、連れ去られた。



♢♢♢♢♢


俺は、いつも鍵型の小さいチャームのペンダントを身につけている。これは『約束の印の鍵』だと、あの子がくれた。

普段はシャツの中に入れて隠しているけど、運動するときに制服のズボンのポケットの中に仕舞っている。

壱村は本格的なバスケの練習を所望していて、ジャージに着替えた。

体育館はバスケ部がすでにコートを使用していたので、第二コートで練習をする。

「基本的な動作の確認だけ、まずはする」

やけに、はりきっている壱村が仕切っている。

「パス回しで、一周」

教室では話したこともない一軍のやつらと、なんのコミュニケーションもしていない状態での、体育館でパス回し一周は、なんて孤独なんだ!

早く帰りたい。まじで帰りたい。帰りたさすぎて震える。

クラスでグループが違うと、改めての自己紹介も必要なんじゃないか?

それを飛ばして、いきなりバスケの練習とか、なんの地獄だ。

俺は以外の四人は楽しそうだ。楽しそうだな、おまえら!

帰宅部を甘く見るなよ、一周しただけで、もう足が縺れそうなんだよ……!

「多岐!危ない!」

壱村の声と、俺の顔にボールが直撃したのは、同時だった。一軍の、確か片瀬ってやつの投げたボールが、俺の鼻に当たり、俺はその場で倒れた。

鼻が折れたかと思う。それくらい痛いし、鼻血も出てる。

壱村が慌てて近づいてきた。片瀬も倒れた俺に謝っている。一軍の他のやつが「保健医呼んでくる!」と体育館を走り出ていく。



◇◇◇◇◇


気を失っていたらしく、気がついたら保健室のベッドの上だった。

目を覚ました俺の前に、制服に着替えた壱村の綺麗に整った顔が、心配そうに歪められて覗き込んでいた。

いや、めっちゃ顔近いな!

「制服と鞄、ここに持ってきたから」

そう言って、あからさまにほっとした壱村が、保健医を呼ぶ。

「鼻血は止まったけど、脳震盪(のうしんとう)みたいだから、一応、病院に行ってね」

「あ、オレが家まで送って行きます」

壱村が勝手に家までついてくることになった。

「着替えるから、カーテンの外に出てて」

俺が壱村に伝えると、すんなり出ていく。制服に着替えて、カーテンを開けると壱村は、まだどこか心配している様子だった。



◇◇◇◇◇



「なぜこうなった?」

俺の鞄を持ってくれながら、隣りを歩く壱村を見上げて、俺は本日二度目の呟きを口にしていた。

「なぜ、って多岐が心配だから、こうして家まで送ってるんだけど?」

クラスでキラキラの輝きを放っていた笑顔を、壱村が俺に向けてくる。

「いちいち眩しいな、腹立つわ」

小声で言ったはずなのに、壱村は笑顔のまま俺の顔を覗き込む。

「ん? なにが眩しいって?」

顔、近い!

「壱村は距離感バグってる」

「そお?」

「そうだよ、そんなに俺たち、親しくないだろ」

俺が言うと、壱村は目を大きく見開いたあと、少し傷ついたように表情に陰りを浮かべた。ちょっとだけ俺の中に罪悪感
が湧く。

「これから……」

壱村が俺の二の腕を掴んだ。そんなに強い力じゃないのに、俺は立ち止まり、壱村に引き寄せられる。

「親しくなれば、いいんじゃない?」

体を折るようにしてかがみこみ、さらに壱村が顔を近づけてくる。

睫毛、長いな……。こんなときに俺は、まじまじと壱村の整った容姿に見惚れて、そんな吞気な感想を抱いた。

「まだ早かったかな」

独り言を言って壱村は、すっ、っと俺から離れ、適正な距離感を保ち半歩前を歩き始めた。

どこを曲がるか、どの方角を歩いているのかを、まるで知った道を歩いているかのような、確かな迷いのない壱村の足取り。

え、なに? 俺んち知ってる? え、なに壱村、怖……。


◇◇◇◇◇


迷うことなく俺の家に着き、これも迷いなく壱村は、小さな戸建て住宅の俺の家の玄関でチャイムを押す。モニター付きのインターフォン越しに俺の母親の声がして、壱村は爽やかな声で言う。

「多岐くんを送って来ました」

慌てたような足音がして、母親が玄関ドアを開ける。

「お久しぶりです、壱村当麻です」

お久しぶり? お久しぶりって言ったのか? 壱村が母親と面識あるのか?

「あら、当麻くん! 大きくなって!」

俺をそっちのけで、母親と壱村が、俺が倒れたときの話を始めてしまい、俺はその隙間を通って家に入る。

うしろから母親の声がした。

「多岐、送ってもらってお礼も言えないの? さ、当麻くんもあがって」

母親が壱村をリビングに通した。フローリングのリビングにテーブルがあり、四脚の椅子のひとつに母親が壱村を座らせる。壱村が俺の鞄を床に置いたので、なんとなく俺も壱村の向かいの椅子に座る。

キッチンで母親がコーヒーを淹れながら、壱村に尋ねる。

「当麻くん、いつ、こっちに戻って来たの?」

「高校入学からです」

「今年の春から? ご両親は?」

「まだ転勤先に住んでいます。オレひとりでこっちの高校にどうしても通いたくて。ね、多岐」

ね、って同意を求められても、まったく俺には関係ない話で、頷けない。

それなのに母親は、楽しそうに壱村に言った。

「それじゃあ、また多岐と仲良くしてね。多岐ったら高校生になったら急に暗くなっちゃって」

「それは心配ないです、オレが昔みたいに多岐くんの面倒を見ますから」

母親がいらないことを口にするのは、いつものことだが、これは看過できない。俺の平和な高校生活を守るためには、もう目立ちたくないんだ。壱村と仲良くしたりしたら、どんなことが起こるか。俺は頭の中でバタフライエフェクトを想像し、あらゆる可能性が広がり過ぎて、眩暈がした。仲良くなんてしないからな……!

それにしても、昔? いつのことだ?

俺に浮かんだ疑問を置いてけぼりにして、母親と壱村の会話が進む。

「本当に懐かしいわね。当麻くんにあんなにべったりだったのに、多岐。さっきから黙ってるだけじゃない」

コーヒーを淹れたマグをトレーに乗せて、母親がテーブルに持って来た。

「今日はいろいろあって、ね? まだ、頭痛い?」

壱村が俺を気づかわしげに見つめ、また陰りの表情をしてみせた。う……罪悪感が増す。

「のんびりコーヒー飲んでる場合じゃなかったね。オレ、もう帰るから。ちゃんと病院、行って」

母親が「一応、診てもらうけど、あんまり大袈裟にしなくていいわよー」と壱村に軽い口調で返す。

大雑把な母親らしい言いっぷりだ。俺のことにそんなに神経質にならないところが、周りの同年代より自由でいられる。

「帰っちゃうの? またいらっしゃいね」

壱村が立ち上がり、母親が言う。見送ろうとする母親に、壱村は「ここでいいです」と柔らかく微笑む。

俺に視線を向けてきた壱村が「おまえは来い」と言っているようで、渋々、見送りために背中を追う。

玄関で靴を履いたあと壱村が、俺の耳元に唇を寄せてくる。

「あの『鍵』オレが拾ったから」

鍵。ズボンのポケットに俺は慌てて手を突っ込んで、仕舞ったチャームを探す。ない……!

愕然とする俺を見て、壱村が満足げな暗い笑みになる。あのキラキラが噓のような顔つきに。

「大切にしてたの? すぐには返さないよ。じゃ、また明日、学校で」

玄関ドアが閉まる音を聞いて、俺は壁にもたれて、ずるずるとしゃがみこんだ。

悪夢のような中学3年の記憶がフラッシュバックする。

最悪だ……。


◇◇◇◇◇