推し、振られる

【イル推しだけど角南先輩は推していません】

その言葉を何度も反芻する。
なるほど、アイドルの時の俺のみを推すという姿勢か?
でもさ、推しのプライベートも気になって仕方ないってのがファン心理ってもんだと思うんだけど。

確かに、彼の態度からすると、俺と接する時は野良猫みたいに塩対応だし。
あのイベントで泣いていた彼の面影は、一切見られない。

謎が解けたとは思うけど。
やっぱり腑に落ちない…というのが正直なところだった。



いつものように昼休み、中庭に一歩足を踏み入れたけど、何故か、一年生の女の子達で一杯だった…
「角南先輩まだかな〜?」
という女の子の声が遠くから聞こえ、俺がここ最近、この場所で昼ご飯を食べている事がバレてるっぽい発言を聞き、終わったな…と思った。
もう、ここでは食べられないな…

既に学校内の俺の存在を知ってる2年と3年の女子は、通りすがりには、めちゃくちゃ目線を送ってくるし、文化祭や体育祭では、声援を上げてくれるが、時間の経過で慣れてくれたのか、休み時間にまで群がって騒がれる事は、もう無かった。
新入生には、まだまだ俺の存在が珍しいのだろう…

一つ溜め息をついて、回れ右した。

弁当をブラブラさせながら、向かう場所を決める。
屋上?それも人が多いし…教室は、もう戻る気分でも無いし、空き教室は知らない。
それに何となく、外の空気が吸いたいのだ。

体育館裏の日陰か…よく告白される場所として指定されるから、逆に人が来ないと考えていいんじゃないか?
俺って天才…


予想通り、体育館裏は…女子は一人も居なかった。男子一人だけが目に入る。
一匹の野良猫みたいな…佇まいで。
なんと、あの彼が居た。

今日もパンを頬張っている。
真っ直ぐ正面を向いたまま。
いつも何を考えているのだろうと思ってしまう。

「よぉ」
俺は声を掛けてみた。
くるりとコチラを向いた顔が一瞬だけ綻んだように感じたのは、俺の錯覚かもしれない。
目の前の彼は無表情だ。

ぺこりとお辞儀をされる。
推し変したわけじゃないと言質を取ったし、嫌われてはいないはず…と、隣に腰掛ける。

「名前は?」
「あ、このパンの名前ですか?」
天然かよ(笑)
「違うよ、お前の名前」

「う〜、あ〜えっと…」
答えたく無さそうな感じに、少しショックを受ける。
「まぁ、いいや」
俺は彼の返事より先に答えた。

結局、沈黙のまま、ただ隣でご飯を食べて…二人して空を眺めてるだけ。

昼休みの終わりのチャイムが鳴る。

もう彼を気にするのは、流石に辞めようと思って立ち上がると

「とねり さら…です」
俺と同じく立ち上がった彼から、突然名前を告げられる。

「どんな漢字書くの?」
そのまま去りそうな空気だったので、引き止めるつもりで聞いた

彼は自分のサブバックから、教科書を取り出した。
{舎人 新}と流れるような綺麗な字で記入してある。

「新しいって書いて、サラって読むのか…」
「真っ新のサラだそうです」

「良い名前だな、新」

彼は困ったような、何とも言えない顔をして、ぺこりとお辞儀をすると走って行った。


ズルズルと…
何がそんなにも俺の足をそちらへと向けるのか、毎日のように。

中庭から場所を移し、体育館裏が、俺と新の昼ご飯タイムの場所となった。

どちらともなく隣に座り。
意味のない会話をポツリポツリとするだけ。

「新、友達居ないのか?いつもここで、飯食って…」
「それは、角南先輩も同じですよね」
返される言葉に閉口する。

新は、俺がパン好きだと思ってるみたいで、時々、余ったから…と、自分とこの店のパンをくれる。

「そう言えば,ばぁちゃんが喜ぶって言ってたけど、パン屋は、ばぁちゃんがやってるのか?」
「はい。放課後は僕も手伝ってますけど…人手不足なんで」
「繁盛してんだな」
「そういう訳じゃなくて…働き手が、ばぁちゃんしか居ないんで…」
「お前の両親は手伝わないのか?」
「僕に両親は居ませんから」
なんでもない事のように言われた言葉、両親が居ない?
これは、普通に突っ込んでいいものではない気がして、俺は
「そっか…」
とだけ答えた。

情報だけを整理すると、新は、おばぁちゃんと二人暮らしなのか?もしかしたら、祖父は居るかもしれないが、両親は不在だと。
事実を聞いてしまうと、飄々とした態度には、何か奥底にしまってる物があるように思えてくる。

身なりはキチンとしているし、貧困を抱えてるようには見えないし、ご飯の話をしている時も、朝ご飯と夕ご飯は、純和食と聞いたし、栄養面は悪く無さそうだ。
俺は、何を心配する、どこの立ち位置なのか…
まるで、本当に野良猫を拾ったかのように、せっせと心配している。

「困った事は無いか?」
「困った事…特に無いですけど、人手不足…ですかね。ばぁちゃん、決まった休みが無いんで」
苦笑いする彼は、本気で困ってるという感じでは無く、まぁ、仕方ないんですよね…とでも言いたげで。
彼は、またスッと前を向いてしまった。

俯く事をわざと避けてるのかな…と、彼の背景を知った今は思う
彼はいつも、真正面を向く。



休みの日曜の午前10時、俺はある場所へと向かっていた。
マップを見ながら、目指したのは、新とおばぁちゃんが営むパン屋。
彼に聞いたのではなく、クラスの女子が、話していたのを小耳に挟んだのだ。

学校の近くのパン屋が安くて美味しかったと。可愛いおばぁちゃんと、可愛い男の子が経営してる…ほっこりすんるだよ〜って。
店の名前を聞いて、すぐに検索したのは、言うまでもない。

店内の写真をスライドし、レジ横に彼がイベントに持ってきていた青い毛糸のぬいぐるみを見つけた。
これは、間違いないと思った。
にしても…ストーカーかよ…俺。
推しにストーカーされるファンか。
なんか、B級映画にでもなりそうだな…

ちょっと、自分でも気持ち悪いと思いながらも、彼が言っていた、人手不足って言葉が気になって…
本人からのSOSなんて出そうにないから。


あれか…
昔ながらのパン屋だ。
オシャレな要素は一切省かれ、昭和感満載なのが、逆に新しく感じるくらいだ。
看板には「にこにこパン」
ネーミングもレトロというか…

店内の扉を押すと、ドアに取り付けられている鈴が、チリンと鳴った。
鈴の音に反応するように
「いらっしゃいませ」
と、声が響いた。
香ばしいパンの香りが,広がる店内には、沢山の人が居て、手に持ったトレイにパンを乗せていってる。

俺は150円と書いてあるメロンパンを一つ取り、レジの列に並んだ。良心的だが、安すぎて心配になった。
自分の番になって、メロンパンを差し出すと、一瞬だけ驚いた顔の新。
すぐに真顔に戻る…表情管理の鬼か?

「手伝いに来た」
「へっ?」
キョトンとする新を尻目に、奥の工房に進むと
「こんにちは〜新君の友人なんですけど、お手伝いにきました」
奥では、パンを捏ねる初老の女性がコチラを見る。絵本から飛び出してきたみたいに、パン屋のおばぁちゃんって感じの風貌だ。

「あれあれ…これまた、偉いイケメンさんのお友達だね。お断りしたいけど、本当に人手不足なの…良いのかねぇ?」
もちろんですよ!と言うと俺は、早速、おばあさんに手伝いの指示を貰う。

ナイロンの袋にパンを入れるだけの作業だけど、パンの大きさに合ったナイロンを選び、出来立てで柔らかなパンを潰さないように入れていく作業は、慣れるのに少し時間がかかった。
手伝いなのに、邪魔になっては意味がないので…慎重にパンを入れていく。

「パンの種類によって、味が移らないように、ナイロン手袋を替えてください」
いつのまにか、横に新がいた。
それだけ言うと、また表に戻って行った。

心配で様子を見にきたって感じかな。

「ごめんなさいね、愛想のない子で」
「いや、いつも通りですから、気にして無いです」

マジで、最初は、あのイベントの時の泣いてた新は、絶対に双子の別人なんだ…
なんて思ったけど、時々、一瞬だけ変わる表情は、彼の本心が見える。
そして、やはり、同一人物だとも思える。

焼き終えたパンを冷ましつつ、おばあさんも俺と同じ作業に移り、全てのパンを入れ終えたところで、手を止めた。

「ありがとうね〜あとは、店に出して終わりだから」
「じゃ、レジ手伝ってきます」
俺は工房から出て、新の横を陣取った。
新はこちらを見たが、すぐにお客さんの方に向き直り、高速でレジを打つ。
慣れた手付きに感心した。

新がレジを打つ横で、俺はパンを店のナイロン袋に入れる手伝いをする。
レジに並んでる女性達が、マジマジと俺を見てくるが、声を掛けられることは無かった。
多分、なんかアイドルのあの人に似てるけど、まさかね…的な感じだろう。

たまに、おばさんが
「あなた、アイドルみたいにイケメンだねぇ〜」
と声かけてくるので
「良く言われるんですよ〜ハハハッ」
アイドルなんですよ…とは言えないので、適当に返しておいた。
横から、クスッと笑い声が聞こえたので新を見たが、笑顔を真顔に戻すところだった。
俺は、見逃してしまったらしい。

16時近くなり、客足が止まった。

「あの…なんで…来たんですか?」
「あ?あーー、人手不足って言ってたから?」
「アイドルは忙しいのに…」
「アイドルも、友達助けるのは、当たり前だろ?」
「友達…デスカ…」
「もしかして、友達じゃなかった?昼ご飯友達だと思ってたのに〜!え〜!マジ、ショック〜!!」
大袈裟に反応すると…
「ブハッ!わざとらしすぎますよ!!(笑)」
彼が、歯を出して笑ってるとこ、初めて見た。可愛いじゃねぇか。

「やっと、笑った」

「あっ。やっ…」
無理矢理に口を閉じて笑いを止めているが。
漏れてくるのは、クスクス笑いで。
 
「そんなに一線引かなくていいじゃん」
俺が言うと、彼はポツポツと話をしてくれた。

新は、元々アイドルオタクで。
女性アイドルを好きになるたび、めちゃくちゃハマったところで、推しのスキャンダルが出てしまい、心を痛め。
芸能活動卒業、結婚…と、推しても離れて行かざる終えない生身のアイドルを推す意味を毎回考える事に疲れてた…と。
しばらくは、二次元の推しを愛でていたが、なんだか物足りず。
男性アイドルなら…なんて、軽い気持ちで観た、俺のグループの動画にすっかり心を奪われてしまったらしい。

しかし、再びアイドルを推す事になり、その上で、自ら決めた事があるらしい
【推しの私生活には、一切の興味を持たない事。公式から出てくる事のみを摂取する事】

説明されても半分くらいしか理解はできなかったけど。
それだけ推し活は、楽しいばかりではないという事が分かって…
推される側としては、忍びない気持ちにもなった。