推し、振られる

また、会えるのかな…いつか。
俺の推しであることを彼が辞めない限り…

アルバム発表イベントから数日経っても、幾度となく、最前列の彼を思い出していた。
こんなにも気になる理由が分からないが、多分、男のファンが珍しくて、印象に残ったんだよな…って自分を納得させた。

「なんか、この間のイベント、最前列に、男が居たよな?しかも、イルの団扇持ってさ~」
リーダーのraikiさんから言われた。
アイドル活動するにあたって、俺は、イルって名前を使っていた。
流生を、反対にしてカタカナにしただけの雑に付けた名前だが、割と自分では、気に入っている。
俺だけど俺じゃないイル。

全く違う名前で呼ばれてもピンと来ないし、かといって、まんまの本名で活動するのは恥ずかしくて。
分かりやすく、シンプルなのが、肩肘張ってなくて俺らしいと思う。

「あー、あのなんつーか、天使っぽい子?」
「そうそう!イル、その例え、上手いわ!」

リーダーも俺と同じ認識だったらしい。
妙に印象に残る子として、同意見だった。

体育会系のメンバーに、最初は敬語だったけど、同じグループ同士なのに敬語は気持ち悪い…上下関係は、もうお腹いっぱい…って口を揃えて言うもんだから。
今ではもう、軽口が叩けるようになった。

「なんか、妙に印象に残ってるんだよな…」

「そりゃ、お前のファンだったしな、男のファンが出来るのは嬉しいもんだよ」
団扇を持ってると、推しが分かりやすいし、アピールしてくれることが嬉しい。

「また、来ますかね?あの子」
「さぁな…俺たちも段々人気が出てきてるから、チケットは取りにくくなってるらしいからな。まぁテレビに出れば、相手は観てくるはずだから」
ファンとアイドルとは、そういうもんだ…って事だよな。
応援する側とされる側の線は明白で、それの均衡が取れてないと、破綻してしまう。
どこまで行っても、交わることの無い、それでも、片方が手を離さない限りは、繋がっていられる相互関係か。


ーーーーーーー

俺はその日、珍しく寝坊したという母から、弁当代わりに、昼ごはん代として小銭を渡された。
「学校の購買で買って。ごめんね」
と言われたが、たまには購買も悪くないから特に文句は無い。
購買に行くと、他の生徒が騒ぐから…何となく行きづらかっただけで。
しかし、昼ごはんゲットの為、致し方ない。

昼休みになると、どっかの業者がパンや弁当を売りにくる。
それを狙って、争奪戦となる…とは聞いていたが、こんなにもみんな昼ご飯に飢えてんのか?って勢いで。
誰も俺を見てない…むしろ、みんなの熱視線は、広げられてる食べ物へと一直線だ。
押されながら前へと進む。
好物のチキン南蛮弁当が1つ残ってて、やった!と思って手に取ると同時に誰かが反対側を持っている。
敵の顔を見て、俺は驚愕した。
こんなにも驚いた事はないほどに。

驚いた隙に、チキン南蛮弁当は、その彼の手の中に収まり、呆気にとられる俺は置き去りにされた。

どう見ても…あの彼だった。
俺の団扇を持っていた彼だ。

居たよ…リーダーーーーー!!
なんと、同じ学校に、天使、居たよ!
心の中で叫び、昼ご飯争奪戦で、もみくちゃにされながら、ライブ前の物販って、こんな感じなのかな…と薄ら考えながら、大量に在庫のあったのり弁をゲットした。

安くて美味い、ボリュームあり、家計に優しいのり弁よ…


教室で、争奪戦には敗れた俺が手に入れた定番のり弁を咀嚼しながら、リーダーにLINEを打つ。
[リーダー聞いてくれ、俺推しの天使、なんと!うちの学校に居た!]
[なんだって!?今日の練習で詳しく聞かせろ!]
速レスが返ってきた。

なんで、2人してこんなにも盛り上がってるのか分からないけど。
ニヤニヤしてしまって、隣の奴に
「アイドルも、そんな気持ちの悪い笑い方するんだな…」
って引かれた。




放課後が待ちきれなかったが、時間は簡単に過ぎ去ってはくれず、待ちに待って、練習室のドアを勢いよく開けると
「待ってたぞ〜」
リーダーが俺の方に歩いてきた。

「居たんだよ!天使!同時に持ってた弁当は、俺かびっくりした隙に彼が持ってったけど…あー、向こうは気付いてなかった。でも、おかしくねぇ?同じ高校に居るなら、俺がアイドルやってて、なんなら、自分の推しって…教室まで見に来たりしない?」
「来たことないのか?」
「無い無い。女子しか来ない」
「凄く控えめなファンなんじゃねぇの?顔は間違いなかったか?」
「同じ子だったよ…名札は、一年だったけど」
うちの学校は、名札で学年が分かるようになってる。
速攻で確認した俺の早業よ。

「高校名までは公式に公開はしてないし、一年だからお前の存在をまだ知らないだけじゃねぇの?」
確かに、今は6月…入学して2ヶ月か。
実はそんなに有名でも無いのか俺…
まだまだなんだな…と、少し落ち込んだ。

同じ学校って分かっただけで、良しとするか…なんて思ってから、ふと、よくよく考えたら、声をかける気は無いし。
存在確認したのみ。

どうしたいのかは、俺自身、分からない。
友達になりたい?それも違うな。
応援してくれてありがとうと伝えたい?
うーん、それもなんか、同じくらいの年齢の相手に、自分から言う言葉では無い気がする。
ファンと個人的に知り合うのは、やっぱりルール違反なのだろうか……同性だけど。

まぁ、二度と会えない…じゃなくて良かった。


それから、俺は、何度か購買に行ったけど、彼は居なくて。
何度目かの落胆の後、冷静な自分が、オマエは何してんの?って言ってる。

にも関わらず、また、俺の足は購買に向かった。
今日も居なくて…
母が作った弁当を持ったまま、天気が良かったから、中庭に出た。

あ!!
居た!!!
1人で、俯きがちに、パンを食べている彼。
チラッとこっちを見たきがしたが、再びパンを黙々と食べている。
太陽の光で栗色になった前髪で、顔を隠しているが、間違い無く、俺が探していた彼だ。

俺は少し離れた位置に座り、弁当を開けた。
彩りに拘る母の、お手本みたいな弁当だけど、俺の中の優先順位はそこには無くて。
ただ、次々と口にほおりこんだ。
目線が合うことも無く、お互いの距離感が分かる事もなく。時間のみが過ぎた。

チャイムの音に顔を上げると、もう、彼は居なかった。
段々と、実在の人物では無いのでは無いかと、思えてくるほどの、手応えの無さ。


なのに、次の日も次の日も、俺は中庭に行き、彼は同じ場所に居て、存在を確認しただけで、昼休みが終わる。

イベントで涙を流していた彼と同一人物だとは、思えない程の無反応に、過去を自分で捏造したんじゃないか?と思えてきた。

今日こそは、声だけでも掛けてみようと思ってから、既に1週間が過ぎた。
別に、ただ、声を掛けるだけなのに。
しかも、毎日同じ場所で昼ごはんを食べてるし、そろそろ、ご近所様認定くらいにはなってるはず。


昨日、まだ声掛けてないのか?って呆れ顔のリーダーから、チケットを1枚渡された。
来月のライブのチケットだ。
座席はランダムだが、メンバーの家族用に数枚事務所から支給される分をくれた。
「これあげて、さっさと声掛けて来い」
そう言って渡されたチケットは、今、ブレザーの内ポケットにある。


俺は弁当最後の卵焼きを口に入れ、お茶を飲み、スマホの時間を見た。
まだ、チャイムまでは、10分ある。

立ち上がり…
彼の方へ。

足元の俺の影に気付いて、俯いている彼が、顔を上げた。

「あのさ…オルタナティブのアルバム発売のイベント、来てなかった?」
行ってないとか言われるかとも思ったけど
「ああ、行きましたけど…」

それが何?みたいな顔の彼に戸惑う。
思い描いていた反応では無い。

「これ、良かったら…」
ポケットから取り出して、彼の目の前に差し出す。
怪訝な顔でチケットを受け取った彼から、発せられた言葉は…


「いえ、要りません」
「は?えっ?要らない…?」

彼は立ち上がり、俺にチケットを返却し、綺麗に90度のおじぎをすると、去っていった。
俺の手元に残されたチケットは、行き場を失い、風に吹かれて今にも飛んでいきそうだった。

俺、告白して振られたみたいになってんだけど…

もしかして、別人?
いや、イベントに行ったと言った。
彼の言質は取った。
もしかして、推し変?
それくらいしか考えられない。

捨てられるアイドルは、こんな気持ちになるのか……なんて、思いながら、ガックリと再び座り込んだ。