コミュ障の最強アサシンは友達が欲しい~友人候補はなぜか全員最強スペックの美少女でした~



 ──エルレシア王国に帰還し一年後。

「出てこい! 出てこい魔石! 俺に金を!」

 汗を滴らせ懸命にツルハシを振り下ろす。本日の成果はほぼゼロ。このままでは無駄働きになってしまう。せめて魔石の一つくらいは持ち帰りたい。

 周囲には誰もおらず動くものは俺一人。坑内を照らすのはランタンだけだ。さらに壁面を掘ると、ころりと赤い固まりが転がり落ちた。火の魔石だ。

 ルーペを使って中を(のぞ)く。

 サイズは小さい上に質も悪い。思わずため息が漏れた。

「はぁぁ、微妙だ。質としては下の下ってところか」

 魔石をポケットに入れ帰り支度をする。昼食を抜いたから空腹で今にも倒れそうだ。汗と土でベタベタだし水浴びもしたい。

 ──足音? 何か近づいている?

 引きずるような重く緩慢な足音。おまけに鼻を突くような腐臭。

 坑内の奥より現れたのは動く死体──グールであった。

「やれやれ、今日はついてないな。最後の日にも魔物なんて。そもそも諜報任務が来た時点で運がなかったというべきかな」

「ぐわるぁあああ!!」

「相手するから怒らないで。短気なグールだな」

 そんな会話っぽいやりとりをしつつ、目の前の魔物を観察する。

 最近死んだのかな。損壊は少なく鮮度はかなり良い。

 独特なうめき声を響かせ、生者である俺を襲おうとじわじわと迫っていた。

「あんたも不運だったな。こんな暗く狭い場所で死ぬなんて。同情するよ。せめて安らかに眠ってくれ」

 腰にあるナイフを抜くと、すれ違いざまにグールを真っ二つにする。地面に倒れた二つの固まりは未だに動いており()いずっていた。じきにそれすらもなくなり完全に動きを止めるだろう。

 魔石抗に限らず採掘系の仕事は危険が多い。落石落盤はもちろんアンデッドに襲われる率も高いときている。その分稼ぎは良いのでなんとか成り立っている仕事だ。

「よっこらしょっと」

 ツルハシを担ぎランタンを拾い上げる。

 通い慣れた通路を辿(たど)り出口へと向かった。地上に近づくほどにすれ違う人の数が増し、土に汚れた汗臭い男達がツルハシで壁を掘っていた。俺はなるべく気配を薄め目線が合わないよううつむきながら歩く。

「そういやイツキって奴が辞めるそうだな。なんだったかなイツキ・コールマン?」

「ああ、あのいつも一人で掘ってる男だろ。あいつ絶対友達いねぇぜ。暗いし何考えてんのかわかんねぇ顔しててさ、掘る時にやたら叫ぶし」

「けどよ、あいつが来てからアンデッドの出現率が減ったと思わねぇか?」

「偶然だろ。そこそこ魔石は掘ってるみたいだが、陰気で会話も続かねぇし気持ち悪ぃよ。いなくなってくれてせいせいするってもんだ」

 などと会話をしている男達の隣を、俺は静かに通り過ぎる。

 暗いだの陰気だのボッチだの陰口は聞き飽きるほど聞いてきた。それでも耳にするとやはり心は傷つく。できるなら聞こえないように話してくれないだろうか。もっと言えば、俺は耳が良いので数百メートル先から察知して話題を変えて貰いたい。

 坑道から外に出ると、眼が痛くなるような陽光が俺を照らした。

 その足で現場監督のもとへ行き今日の成果を提出。ガチムチひげ面の現場監督は魔石の質と数に目を細めた。

「少ないな。いつものお前ならもう少しあった気もするが」

「で、出てこなくて」

「まぁいい、確か今日で最後だったな。今までご苦労だった。これで現場の雰囲気も明るくなるだろう。正直、アンデッドに襲われて死んでくれねぇかなと思っちゃいたが、意外にしぶといんだな」

「…………」

「冗談だよ。これが買い取り額だ」

 現場監督から銅貨を二枚渡される。

 受け取った俺は「あの」と手の中の銅貨を彼へ見せた。

「銅貨五枚分はあったはず」

「おいおい、俺の査定にいちゃもんつけようってか? たった一個に質も悪い。俺がそう決めたらそうなんだよ。それともここで殴られたいか?」

「なんでも……ないです」

 最後の最後まで安く買い(たた)かれてしまった。せめて最後こそは適正価格で買い取って貰おうと考えていたのだが。どうにもこういう威圧に弱い。純粋な力なら恐らく俺が上。ただ、気持ちで負けてしまうのだ。それに言葉のやりとりも、俺の方がテンポも遅く口数も少ないので、どうしても言い負かされてしまう。

 はぁぁ、こんなにも簡単に背後を取れるのにな。

 俺は一瞬で現場監督の背後に回り込む。そして、すぐに元の位置に戻った。

「何している。さっさと失せろ」

「……お世話になりました」



 ポケットに銅貨を入れて帰宅する。



     ◇



 故郷のエルレシア王国に戻っておよそ一年。気が付けば俺も二十三歳になっていた。



 深夜。宿の自室にて一心不乱に便せんにペンを走らせる。近々辺境の町に引っ越しすることを三人の文通相手に伝える為だ。そろそろバイト生活を辞めて、本格的に冒険者として活動しようと思っている。

 帰還してすぐに冒険者になるつもりだったのだが、こちらのお金をすっかり失っていた俺はいきなり資金難でつまずき、手持ちの装備の大半を売り払ってなんとか工面したものの、今度は装備がないことで冒険者になれず、バイトで食いつなぎながら装備を(そろ)えるという状況に陥ってしまった。

 まさか一年もかかるなんて。

 その代わりと言ってはなんだけど、おかげでそこそこいい装備が用意できた。それに当面の生活費もできてそれなりに余裕がある。これだけあればしばらくは苦労のない生活が送れるはず。



 三人は奇跡的に知り合えた俺にとって唯一と言っていい心のよりどころ。もちろん今は手紙だけで直接会ったことはない。会いたい気持ちはある。ただ、気持ちがはやり先走ったせいで関係が悪化し、結果二度と手紙を交わせなくなるかもしれないと思うと踏ん切りがつかなかった。

 文通を始めたのは一年前。まだ帰還したばかりの頃である。



 当時、不安と孤独に追い詰められていた俺は、誰でもいい、せめて文字だけでもやりとりできる相手が欲しいと、半ば衝動的に町の掲示板に『文通をしませんか?』と貼り出したのである。

 俺にしてはかなり思い切ったことをしたと思う。崖から飛び降りるような気持ちであった。それが功を奏したのか、なんと三通も返事があったのだ。以来、俺は三人と地道にやりとりをしている。

 ちなみに三人とはまだ友人関係ではない。ところで友達ってどのタイミングで確認するものなの? 突然訊いていいものなの? もし違うよって言われたら心臓が止まる自信あるんですけど?



 ペンを置くと内容を確認する。



『色々あってヒャハの町で冒険者になることを決めました。引っ越し先で改めて手紙を送るつもりです。ところでゴンザレスさんはお仕事の方は順調ですか? 以前に皆に期待され過ぎて大変だと手紙に書かれていましたね。凄腕聖術士のゴンザレスさんならきっと乗り越えられるはずです。困った時はいつでも俺を訪ねてください。できる限り力になります。クール系イケメンアサシン〝シャドウ達人〟より』



 シャドウ達人は俺の偽名だ。我ながらネーミングセンスが良いと誇らしくなる。

 ただ、クール系イケメンの部分で眉をひそめた。



 考えもなく勢いで盛った話というのは、のちのち己の首を絞めるものだ。嫌われたくなくてつい容姿の部分をいいように偽ってしまったのだ。以来ずっと俺はクール系イケメン設定を装い続けている。

 ちなみに三人の文通相手の本名も歳も性別すら、俺は把握していない。

 文通をするにあたって匿名を許したからだ。その代わりだが、職業なんかはかなり早い段階で明かしてくれた。

 聖術士──ゴンザレスさん。

 魔術師──ピーナッツさん。

 錬金術師──キングボックスさん。

 ゴンザレスさんは凄腕の聖術士だそうだ。

 聖術士というのは所謂(いわゆる)(はら)()であり、聖なる魔力を使用して解呪や瘴気(しょうき)やアンデッドの浄化を行う。さらに強力な結界を創ることができ、王都を守護する『極大結界』を維持管理しているのも三人の【聖女】と呼ばれる聖術士である。

 彼(?)は、王都にある大聖院に所属し日夜エリートとして活躍(・・・・・・・・・・・)しているそうだ。文字は綺麗(きれい)だし丁寧な文章は、いつも読むだけで心が洗われている。俺と同じく人見知りをすると書いてあったが、きっと俺なんかよりも何倍も大人で落ち着いていて素敵な人物なのだろう。

 ピーナッツさんは魔術師界の天才と呼ばれる人物だそうだ。

 膨大な魔力(・・・・・)と蓄積した広く深い知識は他を圧倒し、かの名門魔術学院を首席で卒業したとか。現在はさらなる魔術の深淵(しんえん)を探究すべく屋敷で研究を続けている。悠々自適な生活をしているらしく手紙にはいつも『散歩に出たついでに凶暴な魔物を倒してしまった』と書かれている。

 俺の中ではピーナッツさんは老紳士のイメージだ。晩年を悠々自適に過ごす賢者のような方だと予想している。文字も達筆でなんかこう風格を感じるのだ。いやはや俺のような小僧に付き合ってくれていると思うと申し訳なさを抱かずにはいられない。

 キングボックスさんはごく平凡な(・・・・・)錬金術師だそうだ。

 錬金術師は、魔道具や薬の作成を得意とする戦闘職だ。適性者は少なく大半は適性のない不適性者ばかりだ。それでも目指す価値のある職なのも事実ではあるが。

 キングボックスさんは若い女性な気がしている。

 文字が可愛らしくて手紙の内容も、今日考えた魔道具のデザインは可愛いとか格好いいとか感覚的に書かれていていつもほっこりさせられている。それに心なしか便せんからも良い匂いがするのだ。彼女は『非常に社交的で、誰に対してもすぐに打ち解け仲良くなる』らしい。羨ましい限りだ。俺なんか初対面の人間を前にすると緊張で動けなくなるのだから。

 三人への便せんを封筒に入れ、(ろう)で閉じる。

 未だ任務は一歩として進んでいない。だが、俺は三人を無自覚の協力者にするつもりはさらさらなかった。

 そもそも会ったこともない相手に期待するのは間違っているし、心情的にもできるなら避けたいと考えている。冒険者になれば今よりも格段に情報は手に入りやすくなるはずだ。何よりまだ焦って動くような段階ではない。

 不意に窓を硬い何かで叩かれる。

 視線を上げると一羽のカラスがこちらを覗いていた。

「餌を貰いに来たのか。ほら」

「かぁああ」

 窓を少し開けパン(くず)を置いてやる。

 時折餌を貰いにやってくるカラスだ。何故懐かれたのかは俺にも分からない。餌やりも今日で最後だな。引っ越すって言っても伝わらないだろうし。

「俺がいなくなっても上手く餌を貰えよ」

「?」

 カラスは首をかしげた。



     ◇



 辺境のヒャハの町に引っ越して三日目。

 いよいよ冒険者デビューである。



 確実に押さえるべきは八英傑だと悟られないこと。

 実力はできるだけ隠しつつランクを上げる。

 アズマに関する情報を集めるためだ。

 一般人のフリをしながら情報収集に徹することが求められる。

 俺個人としてもこの方針は合致している。これは友達作りの再スタートだ。アズマでは強くなりすぎた。故に孤立した。今度は逃げられないくらいのほどほどの強さで近づくのだ。幸いカンザキ流剣術は封じられている。

 堂々とどこにでもいるであろう一般人の顔ができるのだから、きっと今度こそ友達ができるはず。ほーら怖くないよ。普通の人だよ。俺と仲良くしよう。特技はいつでもどこでも敵の背後を取れること。友達にぴったりだろ? うん。いける。



 俺は大通りを抜け、ギルドへと向かう。

「うっ、人が沢山いる」

 ギルドに入るとまず目に付くのは人の多さだった。

 エントランスではパーティーらしき集団が話し合いを行っている。併設されている酒場では昼間から頬に傷のある連中が飲んだくれていた。エントランスから真っ直ぐ奥にある受付カウンターでは、ギルド職員がせわしなく対応を行っている。

 ううっ、相変わらずギルドは苦手だ。できるだけ気配を薄めて通路の端を通ろう。

 こんな時思うのはアサシンの有能さだ。気配を薄めてくれる職としての効果は重宝する。その上で、鍛えた場に溶け込む技術を使用すれば、大抵の人間には見つからない。

 ただ、使わなくとも見つからない可能性は高い。なぜならそのくらい俺は目立たない人間だからだ。うん。なんだか泣きたくなってきた。

 受付カウンターにやってくると職員に声をかける。

「あ、あの」

「え? あ、はい! 何かご用でしょうか?」

 女性職員はびくんと身体を跳ねさせると、すぐさま笑顔を作り対応してくれた。

 しまった。気配を薄めすぎて驚かせちゃったかな。そうだ、用件を伝えないと。冷やかしだと思われてしまう。

「登録を……」

「あ、ああ、冒険者の新規登録ですね。それではこちらにご記入を」

 女性職員から登録用の紙を受け取りさらさらと記入する。彼女は内容を確認後、俺にEと刻まれた冒険者カードを渡した。

 ちなみに冒険者にはランクがありE~S級まで存在する。さらにその上にはEX級が存在し、こちらは所謂殿堂入りとして扱われ、特別待遇を受けられるそうだ。

 EX級はもれなく化け物揃いと聞く。遠いアズマでもその名を耳にするくらいだし、幼い頃からの憧れもあるのでいつか会ってみたいな。きっと俺より何倍も強いはずだ。とりあえず王族に近づくことを考慮するならS級を目指すべきかな。本音を言えばなりたくないけど。

「改めまして。ようこそヒャハギルドへ。イツキ・コールマンさんのこれからのご活躍を期待しております」

「あ、ありがとうございます」

「また来てくださいね」

 笑顔が素敵な職員さんだ。しかも優しそう。トゥンク。

 ま、またこの人の受付に並ぼうかな。

「ごめんなさい。伝え忘れてました。もしご依頼をお探しならあちらの掲示板からお選びください。お勧めはここから西にある村のゴブリン退治ですね」

「ありがとう」

「私はナディアです。今後ご用があれば声をおかけください」

 ナディアさんっていうのか。覚えておこう。

 俺は一礼し、依頼書が貼り出された掲示板へと向かった。



     ◇



 ヒャハの町から西に向かったところに『アルムの村』がある。

 ここは小さいけれど穏やかで平和な印象を受けた。

 道ばたには淡い色の花々が咲き誇り、寒さを忘れた緩い風が花弁を揺らしていた。

 どれほど平和な光景でも、この村は現在ゴブリンに襲われている。あまり気を抜くのも良くないかもしれない。

 しかし、ゴブリン退治なんてずいぶん久しぶりだ。

 アズマでも小鬼として狩ったことはあるけどかなり初期だし、こちらにいた頃も剣の練習がてら倒してただけだから。そういえばナディアさんが、依頼を受けた人がもう三人いるとか言っていたな。

 思ったより数が多ければ、協力して討伐に当たるのもありかな。

 昨日今日登録した新人が全滅させると色々探られるかもしれない。S級を目指すとしてもゆっくりだ。東方の英雄だとバレては元も子もない。それに拷問からの死刑なんて怖すぎる。二年ぐらいかけてE級からB級に上がろう。それがいい。

「こいつ弱っちいぞ」

「なんとか言ってみろよ」

「あはは」

 村に入ると子供達が何かを囲み、木の棒でぱしぱし叩いているようだった。

 魔物の子供でもいじめてるのかな。感心はしないけどよくある光景だし。そんなことを考えつつ近づいてみると、叩かれているのは身を丸め泣いている人であった。

「うぇえええええん、叩かないでぇえええええ!」

「大人のくせに泣いてやんの」

 こ、子供にいじめられてる……大人が。

 はっ、とした俺は慌てて子供達に声をかけた。

「や、やめろ。可哀想じゃないか」

「なんだよおっさん。邪魔すんなよ」

 おっ、おっさん!? まだ二十三だけど!?

 いけない。ショックを受けている場合か。できるだけ荒事は避けたいし、物でなんとか追い払えないだろうか。

 それとなく腰のマジックストレージに腕を突っ込む。

 これは空間魔術によって内部を拡張した魔道具。冒険者にとって重宝する必須の収納袋だ。これだけは売り払わなかった唯一の装備である。かなりいいお値段をした代物でもある。

 マジックストレージからパンを三つ取り出す。

「これでその人を解放してやってくれ」

「ラッキー。そいつはやるよ、じゃあな」

 子供達は木の枝を放り出し去っていく。

 いじめられていた人物は、未だに身を縮め震えていた。

「怪我、はないか?」

「……あ」

 危機は去ったと気が付いた彼女は、恐る恐る立ち上がり、子供達がいないかしきりに視線を彷徨(さまよ)わせた。頭にある跳ねっ毛が弱々しくしなだれている。

「…………」

「……?」

 艶やかな銀の長髪。端正な顔立ち。何より意識を釘付(くぎづ)けにするのは、その透き通るように深い色合いの瞳。神秘的で神々(こうごう)しさすら感じた。そして、次に目を引くのは頭部にはぴょこんと伸びる跳ねっ毛だ。純白のマントを羽織った彼女は長杖(ながづえ)を握りしめていた。

 ──聖術士? 多分そうだよな。格好も長杖も聖術士のものだ。

 もしかしてこの人が俺より先に向かった依頼受注者?

 しかし、なぜか言葉を発しない。互いに沈黙が続く。

 まさか俺の言葉を待っているのか? くっ、こんな時なんて言葉をかければいいんだ。

「あ」

「え?」

「いや」

「そ、その」

「うん」

「助けていただき、ありがとうございましゅた!」

 あ、()んだ。

 かぁぁぁと彼女の顔が真っ赤になる。

 ぷふっ、と噴き出した俺は膝を叩いて笑った。たった二人しかいないこの場で緊張して言葉も出ないなんて、それが妙に可笑(おか)しかったのだ。

 そうか、彼女も俺と同じ人見知りなのか。今のやりとりで同じ匂いを感じたよ。

「その、怪我とかはなかった?」

「はい!」

 その瞬間、俺と彼女は打ち解けた気がした。

「どうして子供に? 深い事情があるのなら話さなくていいけど」

「わ、私にも、なぜこうなったのかさっぱり。ゴブリン退治の依頼をこなそうと村に来たら、何故か子供に囲まれてしまい、何故か木の棒で叩かれ始めて。目立たないようにしていたんですよ。フードをかぶって顔も隠して」

「ただの理不尽だったか」

 彼女は目に涙を()めてずーんと落ち込んでいた。

「その、俺はイツキ・コールマン。E級のアサシンだ」

「あ! すみません、自己紹介が遅れて。私はエミリア・ファインズ。同じくE級の聖術士です。も、もしかしてイツキさんもゴブリン退治の依頼を?」

「うん。職員さんに先に受けた人が三人いると聞いてたから、多分エミリアさん達のことじゃないかな。他の二人は?」

「私、ソロでして。他のお二人はパーティーじゃないかと……」

 あー、二組なのか。つまりゴブリン退治に来ているのは三組。

 なんとなく状況が見えてきた。

 ソロの聖術士か。聖術は使い方次第ではアンデッドだけでなく、普通の魔物とも戦うことも可能だから、ここにいるのは不思議じゃないんだけど、やはり守りを得意とする戦闘職だから、もう一人くらい攻撃を行えるアタッカーが欲しいんじゃないかな。

 やっぱり似たもの同士だからなのか全く緊張しない。人見知りしがちな俺がだ。普段と変わらずやりとりできるなんて珍しいことだ。この子の雰囲気がすごく柔らかいからかな? それに彼女を見ていると自分がしっかりしないとって思わされる。似ているからこそ助けたくなるというか。何かこの子、不思議と赤の他人とは思えないんだよな。

「提案なんだけど、もし良かったら俺と組まないか? 剣の腕にはそこそこ自信はある。ゴブリンくらいなら君を守りながら戦うこともできると思うんだ」

「協力ですか? それはかまいませんけど、私、イツキさんが考える以上に何もできませんよ?」

「……聖術士なんだよね?」

「はい。半人前の雑魚聖術士です!」

 どやぁと胸を張るエミリアに一抹の不安を覚えた。

 うーん、声をかける相手を間違えたかもしれない。いや、でもまだ実力を見ないうちに判断するのは早計かも。第一本格的な戦闘は久しぶりだ。いざって時に誰かいてくれた方が立て直しもしやすい。彼女をこのままソロで参加させていいものかって心配もあるし。死んでしまったら寝覚めも悪い。

「カバーは俺がする。さすがに防御結界は張れるだろ?」

「そのくらいなら」

「じゃあペアを組もう。攻撃は俺、守りは君。報酬は五:五でいいかな」

「よろしくお願いします!」

 俺とエミリアは握手を交わした。



     ◇



 村に到着したあと、村人に囲まれなぜか歓迎会。

 置物と化した俺とエミリアに村長が早口で説明を終え、気が付けば村に滞在することとなっていた。悪い人達ではないのだがとにかく圧がすごかった。



 肝心のゴブリンについてだが、どうやら総数は予想していたよりも多いらしく、とりあえず村人でも対処可能な数になるまで減らす方向で動くことに。ゴブリンが潜む森は広い。全てを刈り尽くすなんてたった二人には不可能だからだ。

 一方で先に出発したという二人の冒険者の姿は村にはなかった。森で野営し継続的に狩りを行っているようだ。

 どうやらこの二人も最近登録した新人らしい。だからなのかと()に落ちてしまった。新人は依頼を早くこなそうと無理をしがち。ある程度経験を積んだ者なら不必要な野営はしないものだ。

「そっちに行きました」

「任された」

 茂みから茂みへ駆けるゴブリン。その後を追って俺は加速する。

 すれ違うと同時に一匹を斬る。離れた場所でエミリアを狙う個体もナイフを投げて殺す。

 基本的に投げ道具はほとんど使わない。使ってナイフだ。

 アズマにはクナイや手裏剣なんてのもあったが、どうにも俺にはなじまなかった。それに俺は自分を剣士だと思っている。戦闘職適性に剣士がなかったからしかたなくアサシンを選んだだけだ。もちろんわざわざそんな説明を人にはしないけど。

 ただ、アサシンで良かったこともいくつかある。移動速度が上昇したことと、隠密性が上昇した点だ。あと状態異常も一部を除いて効き難くなった。他人と顔を合わせないほど速く動けるのでかなりありがたい。

「セイントシールド!」

 エミリアは結界を創り出し、ゴブリンの群れを逃げられないように囲む。

 範囲は非常に狭いが、殺すだけなら何ら問題はない。

 ドーム状の結界はみるみる範囲を狭め、最後にはゴブリン達を圧殺してしまった。グロい。まぁ提案をしたのは俺だけど。

 結界の強度は人によってまちまちだ。ガラスほどの強度もあれば、鋼鉄のような強度だってこともある。

 強度を決めるのは術者の精神力。聖の魔力は精神に強く影響を受ける力だ。故に聖術士は魔力の扱いだけでなく心も鍛える。聖術士に聖職者が多いのもそれが理由だ。

「やりましたよ! 倒しました!」

「こっちも片付いたよ。俺と協力しなくても、本当にソロでどうにかできていたかもしれないな」

「何を言っているんですか! 大聖院に所属しながら、これまでまともに魔物を退治できなかった私が、ゴブリンを倒しているのですよ!? 劣等生だった私が!」

「ちょ、落ち着いて。近い近い」

 感極まってぐいぐい迫ってくる彼女。

 触れそうなほど顔を近づけてくるので慌てて距離を取ろうと下がる。

 ふわりと鼻腔(びくう)をくすぐる甘い良い香り。女の子の匂いについドキッとさせられた。

 この数日で判明したのだが、彼女はこれまで大聖院で聖術士の勉強をしながら院内で活動を行っていたらしい。だからなのかほとんど外に出ず、冒険者らしいこともしてこなかったそうだ。辺境にやってきたのは自分を変える為だと語っていた。

 ちなみに大聖院とは、聖術士で構成される組織の総本山だ。所属する聖術士は山ほどいるけど、院内で活動することが出来るのは限られた者のみ。劣等生なんて言っていても紛れもなく彼女はエリートなのだ。

「今日のところは戻ろうか。エミリアさんは怪我はない?」

「はい。ところでその、そろそろさん付けは止めていただけると嬉しいかなって。仮にも仲間ですし、私のことはエミリアと呼んでください」


「じゃあ、エミリアで」

「えへへ」

 呼び捨てか。なんだか友達みたいで嬉しい。

 エミリアの跳ねっ毛が、犬の尻尾みたいにぶんぶん揺れていた。



 村に戻った俺達は、貸して貰っている一軒家で夜を過ごす。

 最初は一つ屋根の下に俺と彼女が!?などと興奮していたが、初依頼の緊張感からそういう気持ちは早々に収まってしまった。嘘だ。まだかなり興奮している。時々太ももをつねって顔が緩むのを我慢しているだけだ。

 食事は主にエミリアが作ってくれるので、俺はその他の準備を行う。

 湯気の昇るスープを口に含み、至福の息を吐いた。

「今日も美味しいよ」

「ありがとうございます。ところでこの依頼が終わったらイツキさんはどうされますか?」

「というのは?」

「その、イ、イツキさんはソロですし、私もソロで、何かこう息もぴったりですから、今後も手を組めないかなって……駄目でしょうか?」

 彼女の頭の跳ねっ毛が、恥ずかしそうにもじもじしていた。

 もしかしてパーティーのお誘い? しかも女の子から?

 まさか俺を異性として? いやいやいや、それはない。自分で言うのもあれだけど俺は魅力に欠ける人間だ。普通に考えて仲間としてのお誘いだろう。

 だがしかし、そうだとしてもめちゃくちゃ(うれ)しい。仲間に誘うってことはさ、この人と仕事をするのは苦じゃないよってことだろ。それって友達になれる可能性もあるってことじゃないか?

 お友達候補に入れたって考えていいのでは? 間違いない。きっとそうだ。

 彼女との時間は非常に楽しい。この申し出は最高に嬉しいな。

「何故涙を?」

「な、なんでもないっ」

 慌てて腕で目元を拭う。嬉しすぎて涙腺が緩んでしまった。

 それはそうと現実的に考えても彼女の申し出はありがたい。

 聖術士はパーティーには必須級の人材。結界、魔物除け、解呪、封印、浄化などなど、有能な戦闘職だ。彼女自身も高い料理スキルを身につけていて、個人的な感情を抜いたとしても、断る理由が見当たらない。

 後は任務だ。現在、求めているのは無自覚の協力者──情報源となる存在だ。そういう意味でもここで逃すのは惜しい。まぁ、聞き出せるかは別問題だけど。

 ちなみに師匠とは定期的に手紙でやりとりはしているが、挙げるべき報告はほぼないので王国でどう過ごしているのかとかばかりだ。師匠からは『また無いの? 一つくらいあるよね? そろそろ、ね?』などと催促する内容が積もるばかり。ないものはない。俺だっていい加減すんごい情報を入手して、びっちり報告を書き(つづ)りたいとは思っている。まぁ、彼女との繋がりがその第一歩になるかはまだまだ不明だ。

「むしろ俺の方からお願いするべきだった。もしよければ、俺とパーティーを組んでくれないか?」

「ぜひ! よろしくお願いします!」

 ぱぁぁぁ、と表情を明るくした彼女は、跳ねっ毛をぴょこぴょこ揺らす。

 ずっと気になっていたけどあの毛、生きているのだろうか。どうも感情表現が豊かなんだよな。それとも毛がエミリアの本体とか?

「あ、そろそろ手紙を書かなきゃ」

「手紙?」

 そう言って席を立ったエミリアに首をかしげる。

「実は一年ほど前から文通している人がいるんです。まだ会ったことはないんですけど、いつも励まされてて私も頑張らなきゃって思わされるんです」

「へぇ、奇遇だな。俺も文通をしている相手がいるんだ。じゃあ手紙を書いている間は邪魔をしないようにするよ」

「イツキさんもなんですね! 文通っていいですよね!」

 彼女が部屋に戻ると、俺は食器を片付け自室へと戻る。

 ごろり、とベッドに寝転がると天井を見上げた。

 聖術士か……まさかな。ゴンザレスさんは凄腕の聖術士だし。

 ゴブリンの出現率も減ったから、明日にはこの依頼は終わりかな。

 明かりを消して眠りに落ちる。



     ***



 強烈な蹴りが腹部にめり込み、ほんの一瞬呼吸ができなかった。

「げほげほっ」

「イツキ・コールマン。教えたはずだぞ。私を視界に入れたら即座に頭を下げろと。まさか貴族である私と対等だとでも思っているのか? 身の程をわきまえろ虫けらが」

「あがっ!?」

 背中を踏みつけられ地面に這いつくばる。

 見上げた視線の先には、にやにやと口元に笑みを作り、愉快そうな目を向けてくる同級生の姿があった。青を基調とした小綺麗な服。剣の名門【王立騎士学院】の制服だ。

 彼らの腰には、装飾が施されたおよそ平民には持つことができないであろう、高価な剣が下げられていた。一方の俺は同じ制服でも安っぽい剣。垢抜(あかぬ)けないいかにも田舎育ちだった。

 グループのリーダーである少年が、言葉通り虫でも見るかのように見下ろしていた。

 同級生であり伯爵家の子息──『アルフレッド・デオブランド』

 クラスカーストで最上位に位置し、常にちやほやされる人気者。

 かたや陰キャでボッチの田舎育ちの平民。

 何故この学院に入れたのか自分でも不思議なくらいだ。人より多少剣の腕がいいくらいってだけで。だからこそ彼らの怒りを買ったのであろうことは簡単に予想できた。

「お前に剣の才能なんてないんだよ。早く退学しろよ」

「…………」

「おっと、剣を握ろうなんて考えないように。この指を全て切り落としてもいいんだよ」

「いぎっ!?」

 タックスが罵声を浴びせ、トーマスが俺の手を革靴で踏みつける。

 二人はアルフレッドの取り巻きだ。

『タックス・レイバーン』

『トーマス・クリスワルツ』

 今日も今日とて人気のない建物の裏。誰か助けを呼ぶことはできず、たとえ駆けつけても三人を視界に入れると見なかったことにされる。アルフレッドは名のある貴族の子息だからだ。

「やり返してみろよ無能。ま、やり返せば即退学だろうけどな」

「おいタックス。挑発するな。本当に斬りかかってきたらどうするつもりだ」

「その時は遠慮なく切り捨てればいいだけだろ。実技も成績も僕達の方が上。こいつにできるのは息を殺してこそこそ学院生活を送ることだけだ。むしろ斬りかかってくれれば堂々と殺せるのにさ」

 俺はタックスの挑発に乗らずひたすら耐えていた。

 彼の言う通り実技も成績も下から数えた方が早い。おまけに相手は貴族で金持ち。復讐(ふくしゅう)しようとしたところで返り討ちに遭うだけだ。ただ、頭ではわかっていても悔しさは消えなかった。

「俺は、そんなこと……」

「こいつを見てると無性にイライラする。根暗でボッチでたいして喋りもしない。何考えてるのかも分からない。気持ち悪いよお前。誰にも愛されたことないんだろ?」

 タックスの言葉は胸に突き刺さった。

 暗い性格なのは自覚している。この学院に溶け込もうと努力だってしている。けれど近づくどころか誰もが離れていく。気が付けば孤立し一人きり。何がいけなかったのだろうか。何が足りなかったのだろうか。わからない。

「今日はこのくらいでいいだろう。タックス、トーマス、行くぞ」

「もういいのか?」

「何事もほどほどにしておかないとね。アルフレッドはその辺をわきまえているんだよ」

 タックスが舌打ちをして、先を行くアルフレッドとトーマスの背中を追った。

 残された俺は立ち上がることもできず、仰向けになるのが精一杯だった。

 こんな場所もう辞めてやる。そうすれば痛い思いもしなくて済む。



 ふと、脳裏にかすかに残る幼き日の記憶が(よぎ)る。

 女の子が陽光を背に幼き俺に語りかける。影ができていて髪の色も顔もよく見えなかった。

『会えなくなってもずっと友達だよ。いつか私から会いに行くから』

『うん。その時は驚かせるよ。超強くて格好良くてすごい人になってるから』

『約束だよ。私もイツキ君に負けないくらい頑張るから』

『指切りしよう』

 俺と彼女はいつか必ず会おうと約束を交わす。

 なぜ離れることになったのか、今では何も思い出せない。ただ、仲の良い友達がいたことだけが記憶に刻まれていた。唯一幸せで輝いていた時代。

 意識が現実に戻ると、俺は深く息を吐く。

 変な約束しちゃったな。もう顔も名前も忘れ、どこにいるのかすら知らないのにさ。

 そんなことを思いつつ立ち上がっていた。

 記憶の中のあの子に胸を張って誇れるような人になりたい。ただそれだけ。ここで逃げ出すと約束を破るような気がしたのだ。

「もう少し、もう少しだけ頑張るよ」

 痛みを我慢しながら歩き出した。



     ***



 ゴブリン退治を始めて六日目。

 これまで狩ったゴブリンの数は五十を超えていた。

 数だけで見ればずいぶん多いが、一体一体は弱いし数日に分けて片付けているので、それほど大変という印象はない。エミリアと一緒だからなのか、この数日は飽きることはなかった。

 ただ、気掛かりなのがゴブリンの行動だ。

 比較的森の中域に縄張りを構える奴らが、ずいぶん浅い場所でうろついている点には、妙な違和感を覚えていた。強い魔物に追い立てられその結果、森と村の境に出没するようになったというのもあり得ない話ではない。もしそうなら強い魔物とはどの程度なのか。技を使えない俺に勝てる相手なのかが気掛かりだ。

「うえぇ。この左耳を切り取る作業、苦手です」

 散らばる死体から左耳を切るエミリア。

 ギルドに報告するには、討伐証明なる魔物の部位が必要となる。ゴブリンの場合は左耳。他の魔物ならここに素材集めというちょっとした解体作業が追加されるが、ゴブリンは使える素材が少ないので作業は最低限のみとなる。

 俺も黙々と作業をこなしつつ今朝の夢を思い出していた。

 なんで今頃になって騎士学院時代の夢を見たんだろう。エミリアに文通相手がいるって知ったから? それとも王国に戻ってきたから?

 まぁどっちでもいいか。考えたところで答えが出るとも思えない。

 俺はバレないようにエミリアに視線を向ける。

 子供の頃に遊んでいた女の子と似ているような似ていないような?

 いや、考えすぎか。向こうも初めてみたいな反応だったし気のせいだろう。どうせあの女の子も俺みたいに忘れているに違いない。今頃は陽キャになってカッコイイ彼氏といちゃいちゃしているだろうさ。ちくしょうめ。

 気が付けば耳を入れた革袋はパンパンに膨らんでいた。

 ゴブリンは数に応じて報酬が出るので、これだけあればそこそこの金額にはなるだろう。

「はぁはぁ、やっとここまで戻ってこられた」

「本当に死ぬところだったわ」

 突如として、茂みから飛び出してきたのは二人の男女だった。

 男性は剣士なのかその手に鉄の剣を握り、女は魔術師らしく短杖を握りとんがり帽子をかぶっていた。どちらも血と汗と泥にまみれひどい有様だ。何より恐ろしいものを見たような見開かれた目は、うっすら狂気すら感じた。

 その緊迫感から、俺は反射的に彼らに声をかけた。

「何があった?」

「魔物だ。恐ろしく強い。ゴブリンを狩っていたところに現れて、一瞬でその場にいた二十匹が食いちぎられた。俺達は逃げる。お前達も早くここから──来た! もう行く、あんた達も早く!」

 二人は会話もほどほどに、森の外へと走っていく。

 残された俺達は顔を見合わせる。

「恐ろしく強い魔物ですか? 私達も逃げた方がいいのでしょうか?」

「いや、もう遅いみたいだぞ」

 のそりと巨体が姿を現す。

 それは炎を纏う(おおかみ)

 見上げるほど大きく、白い毛並みに四本の脚から炎が噴き出している。

 フレイムベアウルフ──B級の魔物だ。

 俺とエミリアを(にら)むように注視しており、殺気をにじませていた。

「ひぇ、フレイムベアウルフ!?」

 悲鳴をあげたエミリアは、俺の背後へと隠れてしまった。

 いつでも戦えるよう神経を研ぎ澄ませつつ俺は剣を抜いた。

 技を使えない俺でも勝てそうな相手だ。ありがたいな。これがAやSだったら厳しかった。それでも余裕とは言い(がた)い。頼りなのはエミリアか。

「結界でなんとか動きを封じてくれないか。奴の脚は厄介だ」

「それくらいならかまいませんけど、私に捕らえられるでしょうか」

「俺に案がある」

 相手が動き出す前に作戦を伝える。

 聖術士が生み出す結界は、物体の通過を任意で行うことができる。魔物を足止めし人を通過させるフィルターのような効果が備わっているのだ。それはつまり設定しなければなんでも通過させることが可能ということ。

「始めます。セイントシールド」

 炎狼を覆うべく聖なるドームが出現する。しかし、察知能力の高さから、覆う前にその場から逃げられてしまう。反撃とばかりに炎が吐かれる。エミリアは瞬時に、六角形の壁である防御結界を張りこれを防いだ。

「俺が追い込む。それまで耐えてくれ」

「はい! 任せてください!」

 瞬時に肉薄し一閃(いっせん)。だがしかし、相手の方が反応速度が速い。寸前で(かわ)され距離を取られる。それでも俺は追い続けた。

「ギャウ!?」

「浅いか」

 僅かに肉を斬る。炎狼の動揺がはっきり伝わった。

 反撃として大口の噛みつきが迫る。

 俺は一歩後ろに下がり、勝利の笑みを浮かべた。

「俺達の作戦勝ちだ」

「!?」

 ドーム状の結界が、奴の足下から(・・・・)浮き上がり捕らえる。ぎりぎり範囲外だった俺は、内壁にぶち当たった奴の牙を、間近で眺めることとなった。

「やりましたね! イツキさんの言った通りになりました!」

「俺は誘導しただけだ。エミリアの繊細な聖術がなければ難しかっただろうさ」

 作戦はこうだ。あらかじめ地中に結界を作り、所定の場所の真下に仕込んでおく。その間、俺は奴の注意を引き誘導。事前に話し合った場所に追い込み、用意した結界を地上に引き上げ固定する。

 これはエミリアの技量があってこその作戦。これまで見てきて分かったが、彼女の結界は範囲が狭く強度こそそこまで強くはないが、操作技術と展開速度はE級とは思えないほどずば抜けている。上手く使ってこなかっただけで素材はいいのだ。

 もちろん本当に強い聖術士は、こんな小細工なんか必要とすらしないだろうけど。

 囚われた炎狼は結界の中で激しく暴れていた。

 やはり強度が足りないのか、ドームにひびが出来ていた。

「すみません。もう限界です」

「充分だ。ありがとう」

 ──結界が割れる。

 解放された炎狼は、瞬時に視線を彷徨わせ俺を探す。

 しかし、もう遅い。すでに()にいる。

 着地すると同時に、俺はその首へ刃を奔らせた。宙を舞う頭部。切断面からは血が噴き出した。頭部が落ち、遅れて胴体も倒れる。

「なんとか倒せたな」

「すごい! すごいですよイツキさん! B級のフレイムベアウルフを倒すなんて!」

 駆け寄ってきたエミリアは目を輝かせていた。

 跳ねっ毛もぴょっこぴょっこしている。

「それよりも、ギルドにこれをなんて報告しようか」

「あ……」

 炎狼の死体を眺めながら俺と彼女は沈黙した。



     ◇



 ヒャハの町に帰還。俺達は一週間ぶりにギルドへと顔を出した。

 マジックストレージには、ゴブリンとフレイムベアウルフの討伐証明と素材を収納している。B級の魔物ならそこそこ高い金額で買い取って貰えるはずだ。さすがに報酬は依頼を受けていないので貰えないだろうけど。

 それよりも問題はB級を倒せた理由だ。登録したての新人が狩れるような相手ではない。いずれランクを上げるとしても、こんなところで早々に実力が露見するのは正直歓迎すべき事態ではなかった。はぁぁ、予定が。こんなはずじゃなかったのだけれど。

 ナディアさんのいる受付に入ると、覚えていてくれたのか笑顔で歓迎してくれた。

「お帰りなさいませ。初依頼はどうでしたか?」

「と、討伐証明と素材を確認して貰いたい」

「ではお預かりします」

 カウンターにとってきた討伐証明と素材を置いた。

 予想外にどかどか牙や毛皮を置くものだから、ナディアさんは「え? え?」と目を点にしていた。

「これは?」

「……道中で倒した魔物の素材」

「なるほど」

 困惑の表情を浮かべながら彼女は諸々を確認する。

 その間に、俺はエミリアとこれからの予定を話し合っていた。

「とりあえずパーティー申請を出して名前を決めないと」

「どういったのが良いのでしょうか。ちなみにイツキさんは目標とかありますか?」

「人並みだけどやっぱりS級になることかな。それからできるなら沢山の友達が欲しい。あとは人の為になるような活動がしたい。へ、変じゃないかな?」

「そんなことありません。素敵です。私だって有名になりたいですし、友達も欲しいですし。困っている誰かを救いたくて冒険者になりましたから。こんな暗くて人見知りで、ただでさえ足手まといな雑魚聖術士がって思われるかもしれませんけど」

「思わないよ。エミリアはきっと誰もがあっと驚く聖術士になる気がする。まぁ、何の確証もない勘だけど。あれだけできるなら卑下する必要はないんじゃないかな」

「そ、そうでしょうか? えへ、えへへ。いつか大勢の人達に頼りにされるような、そんな立派な聖術士になれたらいいな。恥ずかしいですけど、私の夢なんです」

 自信がなさそうにそう語る彼女が、俺にはひどく(まぶ)しく見えてドキリとさせられた。

 エミリアはすごいな。ちゃんと(かな)えたい未来像を持っているのか。

 夢か。今の俺にはないな。なんだか羨ましい。



 ギルド内に悲鳴が響き渡った。

「フレイムベアウルフですって!?」

 あ、まっずい。査定して貰ってたの忘れてた。

 彼女の声にギルド内がざわつく。

「これはどういうことでしょうか?」

「その、偶然遭遇して、運良く倒せた?」

 必死に言い訳を伝えると、ナディアさんはジト目をしていた。

 エミリアも首をかしげていた。

「目が泳いでいますけど。怪しいですね」

「謙遜しないでください。イツキさんは実力で勝ったんですよ」

 うっ、誤魔化そうとした結果さらに怪しまれてしまった。

 だらだら汗を掻いているとナディアさんが嘆息する。

「わかりました。今回はそういうことにしておきましょう」

 おお? 許された? 彼女はさらに言葉を続けた。

「ですが、当方としましてはB級相当の実力があると認知させていただきます。できれば事前に教えていただきたかったのですけどね。ちなみに他国で活動をされていた冒険者ということで構いませんよね?」

「え、あ、はい。アズマで数年ほど」

「承知しました」

 そうか。他国の冒険者って伝えていれば、経験者として認識されてスルーされていたのか。

 とはいえできるなら未経験者として扱われたかった。

 しかたがない。ここは大人しくB級相当であることを受け入れよう。

 大丈夫。Bならまだ怪しまれるラインじゃない。いずれはS級になるんだ。予定より少し早まったくらいに考えておこう。そう言いつつS級になれなかったら恥ずかしいな。

「やっぱりイツキさんはすごい方だったのですね。本当にこんな私が仲間で良かったのでしょうか? それともしばらくの繋ぎでしょうか? 私、捨てられるんですね」

 エミリアが笑顔のままみるみる目に涙を溜める。

 捨てないから。人でなしみたいに言うのはやめてほしい。

「なんてひどい……」

「そんなことしないから! 誤解だ!」

 一瞬だけナディアさんが冷ややかな眼を向けたが、エミリアの勘違いであると伝えると安堵したようであった。

「お二人にはできれば早々にDに上がってほしいところですが、最も早い昇格試験は数ヶ月後。しばらくはこのまま依頼をこなしていただくことになります」

 昇格試験か。そういえばそんなのあったな。すっかり忘れてた。

 これでも一応、アズマでも冒険者をしていたから、大まかな流れは把握していたはずなんだけどな。離れると色々忘れる。

 えーっと、ランクが上がれば難易度と報酬がアップだったよな。生活費も活動費も余裕はまだない。毎日パンにベーコンやバターを挟むこともできない。未だに金がないのは悲しい現実だな。せめて師匠から小判の一つでも貰っておくべきだった。全て現地調達なんておかしいよ。ちくしょう。



 ナディアさんが、カウンターに大量の金貨を置いた。

「素材の買い取りを含めた報酬となります。フレイムベアウルフは稀少な魔物になっておりまして価値も非常に高いです。金貨百五十枚お受け取りください」

「「百五十枚」」

 俺とエミリアは黄金の山にぎょっとした。

 目映いほどの輝き。眼が潰れそうだ。ちょこんと横に銀貨が十数枚あるけどそちらはゴブリンの報酬である。今日からでもパンにベーコンとバターを挟めそうじゃないか。さらにシチューも追加で。じゅるり。

 ひとまず金貨をマジックストレージに収納する。周囲の目を気にしながらの収納は、押し入った強盗のような気分であった。

 とんでもない大金に手が震える。ひぃいい。

「パ、パーティー申請って出来ますか?」

「でしたらこちらにご記入を。あと、パーティーネームは必ずご記入ください」

 エミリアが申請について発言をしてくれていた。ありがたい。

 彼女は俺に代わりさらさらと紙に記入してくれる。

(綺麗な字だな。あれ、この筆跡どこかで……)

 記憶を掘り返そうとするも思い出せない。

 うーん、どこだったかな。どっかで見た字なんだけど。

「名前はどうしますか?」

「エミリアと俺の名前をとってエミリッキ団というのは?」

「……わ、私は【闇を払う黒(ノワール)】が、いいかなって。黒はイツキさんの髪の色から。私が聖術士なので、アンデッドを払うって意味も込められています」

「いいじゃないか。すごく気に入ったよ。ところで俺の案をスルーしたよな?」

 彼女の提案したネームを記入した。

 受け取ったナディアさんは「良いパーティーネームですね」と褒めてくれる。彼女は一つ助言をしてくれた。

「これは私からの提案なのですが、ほとんどのパーティーは増員を見据えて少し大きめの拠点を購入されます。良い物件と出会えるかどうかは運次第ですが、この町でそれなりの期間活動されるおつもりなら、手に入れておくべきじゃないかと。宿暮らしはなにかと出費もかさみますし」

「拠点、ホーム。なるほど。今のうちに探してみるのもありかも」

「イツキさんにお任せしますので、好きな拠点を購入してください」

「いいのか?」

「最低限自室とお風呂があれば」

 金貨百五十枚でそんな物件手に入るだろうか。しかし、探さずして諦めるのは早すぎる。

 とりあえず業者を探して相談してみようかな。

 俺達はナディアさんに別れを告げ、足早にギルドを去った。



     ***



 依頼を終えて戻ってきた黒髪の青年に、ナディアは内心で警戒を強めていた。

 本来の彼女は地方ギルドの職員ではない。

 本部に所属する特別な任を受けた上級職員である。

 その実力も非常に高く。かつてはS級冒険者として名をはせていた過去があった。

 そんな彼女が秘密裏に派遣された理由。

 それはとある人物の捜索である。魔王を討ち滅ぼすとされる超者。【勇者】の捜索。

 今より三十年前。未来を視る魔術師が魔王の復活と勇者の誕生を予見した。その知らせは王国だけでなく周辺諸国を巻き込み大論争となった。いつどこで生まれるのか。その者はどのような人物なのか全てが不明であり、多くの人々が我が子こそが勇者であると王城へと駆け込んだ。

 しかし、いずれも『勇者の印』を持たないただの赤子であった。

 このままでは六百年前に起きた大厄災が再び現代に起きてしまう。そう考えたギルド本部は各地に派遣という名目で職員を送り込み、勇者の捜索を開始した。その一人がナディアであった。

 しかし、激務の日々に彼女の使命感は薄れ、いつしか残業を嫌う普通の地方職員と化していた。そんな彼女がここに来て初めて異様な人物の登場に緊張していた。

 ギルド職員になってからも力を維持し続けている彼女は、何者が周囲に潜もうとも察知し暴く自信があった。だが、その青年は初めてギルドに訪れた日、彼女に正面にいることすら気づかせなかった。

 ──まるで忽然(こつぜん)とその場に現れたかのように。

(本当に何者かしら? ただ者じゃないことはわかるけど)

 心の中で怪しむナディア。顔はクール系で割と好みなどと別の考えもよぎりながら、彼女は営業スマイルを浮かべた。

(特有の強者感は皆無。隙だらけで一見すると全く強そうに見えない。もしかして彼が探している勇者? いえ、さすがにそれはないわね。だって勇者っぽくないもの。前勇者は非常に明るい性格だったって言うし。すごくモテたって聞いたわ。外見は普通……よね?)

 強者特有の振る舞いも癖もなく、放出魔力も微量。装備も比較的安物。それとなく勇者の印を探して全身に眼を向けてはみたが、それらしいものもゼロ。

 そんなことを考えながら、彼女は出された素材に目を通す。

「フレイムベアウルフですって!?」

「その、偶然遭遇して、運良く倒せた?」

 B級の魔物であるフレイムベアウルフの素材。

 恐るべきはその切り口。並の剣士ではこうならない綺麗な断面であった。解体の際の処理も完璧。A級やS級が持ち込む素材とほぼ同等の質である。

(偶然? 運良く? 馬鹿言わないで。あり得ない。どこの世界にオール九十点台の良素材を持ち込む駆け出しがいるのよ。絶対に高ランク者。間違いない。どうしてこんな人がウチに。違うわね。そこはどうでもいいわ。実力者は大歓迎だもの。肝心なのは勇者かどうかよ。ああ、今すぐ服を剥いで裸にしたい。その身体に印があればこのギルドの手柄に。本部に恩が売れて私も鼻高々なのに)

 そんなことを考えながらナディアは『勇者は置いておいて。依頼を処理できる人材が来たのは幸運ね』などと内心でにんまりした。

 毎日毎日残業続き。溜まる一方の高ランク依頼。いよいよ癇癪(かんしゃく)を起こし、ギルドで暴れてやろうかと思い悩んでいたところに現れた救世主。彼女が歓喜するのも無理はなかった。

 しかし、大きな問題が一つあった。イツキはまだ最低のE級である。

 パーティーを組んだエミリアという少女も同じE級。これでは当面はE級の依頼しかこなせない。肝心の昇格試験はずいぶん先だ。ナディアは歓喜した直後に、不満で眉間に皺を寄せた。

(とりあえずギルドマスターに相談すべきね。どちらにしろ勇者かどうか実力を測る必要がある。もし違っても有望な新人は貴重よ。特にこんな田舎では。絶対に逃さないから。覚悟しなさい)

 去っていく二人を見送りながらナディアは固く決意した。



     ***



 ギルドを出た俺は一人宿に戻る。

 エミリアにはすでに利用している宿があるそうだ。ホームが決まるまでは、お互い別々の宿暮らしである。

 歳の変わらない女の子と一つ屋根の下。そう考えるとドキドキし始めた。

 いけないけない。邪な心は排除しないと。彼女は俺を信じて仲間になってくれたんだ。期待に応えなければ。

 まだ日は高いけど今日の仕事はこれで終了。早めに夕食にしようかな。たまにはどこかの店で取るのもいいかもしれない。出来るなら人が多い店は避けたいところ。人気がなくて静かでゆっくりできる店が良い。

 そんなことをぼんやり考えながら歩いていると、正面で振り返った青年が俺を見て驚いたような表情をした。

「イツキ・コールマン?」

「タックス?」

 心臓が飛び跳ねるような動悸(どうき)が走った。

 声をかけてきたのは茶短髪の爽やかな好青年だった。

 雰囲気は変わっているが、決して忘れることなどない顔。在学中に幾度となく俺を殴り蹴り飛ばし罵声を浴びせた存在。

 アルフレッドと常に行動を共にしていた『タックス・レイバーン』だ。

 かつての出来事を思い出し手足が震えた。粘度の高い恐怖が精神に絡みつく。今すぐ逃げ出したい気持ちに駆られるが、必死に押しとどめ平気なフリをした。

 この数年、様々な経験を積んで成長をした。もうあの頃の俺とは違う。強くなったのだ。だからこれは意地だ。もうお前なんか怖くないという全身全霊の意地。

 俺は必死で平静を装う。



「久しぶりだね。元気にしていたかい?」

「あ、ああ……タックス君も元気そうで安心したよ」

 まるで過去など忘れたように、柔和な微笑みで親しげに声をかけてくるタックス。

 彼も冒険者をしているのだろうか。それらしいやや派手な装備を身につけ、腰には剣を帯びている。彼の他にも仲間であろう男女が数人彼の背後にいた。

 目を合わせたのは一瞬だった。それとなく逸らしてしまう。

「お、タックスの友達か?」

「はい。騎士学院時代のクラスメイトです。いやぁ、僕って友達が少なかったからあまりあの頃の話はしたくないんですけどね」

「人当たりがいいお前がありえねぇ。どうせ若気の至りを隠したいだけだろ。てことは悪友か?」

「そんなところです」

 にこやかな笑みで、仲間に返事をする彼にひどく驚いた。

 学生時代は常に何かを憎むように怒り顔だった彼が、(とげ)がなくなったように明るくなっているのだ。これが時の流れというものか。さぞ順風満帆な人生を送っているのだろう。くっ、悔しくて泣きたくなってきた。

「イツキも冒険者になったのか」

「E級だけどね」

「じゃあ僕より下だな。僕のランクは──」

 タックスは誇らしげに懐から『B』と記されたカードを取り出した。

 つまり彼はB級の冒険者。

 正直、その程度かと思ってしまった。いや、俺のように実力を隠しているのかもしれない。学生時代は俺よりも成績が良かったのだ。まぁ隠す理由はわからないけど。

 背後に気配を感じた。その人物は俺に近づき後ろから肩へ腕を回す。

「よお、新人。さっきのギルドでのやりとり見てたぜ」

「ベックさん! 戻ったんですか!」

 喜ぶタックスに軽く応じるその人物は、左目に眼帯をした二十代後半らしき短髪ブロンドの男だった。傍らには扇情的な女性がいてその艶めかしさに一瞬目が奪われてしまった。

 こ、恋人かな? 羨ましい。俺なんか女性と手すら繋いだこともないのに。

「貴方は?」

「悪い悪い。自己紹介もしねぇでからんで。俺様は『ベック・ホークアイズ』。こいつら【墓石を蹴る者達(ノーデッド)】のリーダーだ。よろしく。闇を払う黒(ノワール)のイツキ」

 もう名前と所属を把握しているのか。ただ者じゃない。

 しかも耳にピアスまでつけて。いかにもな陽キャ。オーラがすごい。俺もこんな風になれれば友達が沢山できるのだろうか。

 だめだ、眩し過ぎて直視してられない。陰キャの俺には刺激が強すぎる。灰になりそうだ。

「これでも数少ないA級をやっているパーティーだ。ところでよ、フレイムベアウルフをたった二人で倒すなんて並じゃねぇな」

「フレイムベアウルフをたった二人で!? 確かB級でも上位の魔物のはず! 僕でも倒せたことがないあれを!? 一体どうやって!?」

「ふ、普通に倒しただけだけど?」

 どうやらナディアさんとのやりとりを聞かれていたみたいだ。

 気が付けば墓石を蹴る者達(ノーデッド)の面々に囲まれべた褒めされていた。どの人も初対面のはずの俺を笑顔で褒めてくれる。ぐんぐん承認欲求が満たされ気分が良くなっていた。こ、これが人気者。なんて気持ちいいんだ。

「そういや騎士学院卒だそうじゃねぇか。じゃあお前も俺様の後輩だな。どんどんランクを駆け上れ。強くなれ。俺様もA級のような平凡なランクで落ち着くつもりはねぇからよ」

「うわっ!?」

 どんっと背中を叩き、ベックは仲間達と共に去っていく。

 その別れ際の姿があまりにも様になっていた。

 はぁああああああ。緊張した。まだ手足が震えてる。まさかこんなところで再会するなんて。だがしかし、逃げることなく堂々と応じることはできた。

 恐怖に打ち勝ったのだ。一歩前進。我ながら情けなくはあるけど。

 それはそうとあのベックって人、色々とすごかったな。今までで一番の陽キャかもしれない。隣にエッチなお姉さんもいたし。友達も沢山いそうだった。騎士学院の先輩って言ってたけど、もしかしてどこかで会ってたり?

 いや、それはないか。会えば絶対忘れないだろうし。

 しかし、友達が欲しい俺としては見習うべき部分が山ほどあるんじゃないのか。よし、さっそくメモに彼から学んだことを書き込もう。

 いつか実践するのだ。えーと、エロい、お姉さんを、横に侍らせる、と。口調は軽薄に。勉強になるな。次からギルドに行ったらあの人を観察しよう。



 ふと顔を上げると、タックスだけがじっと冷たい目で俺を見つめていた。