コミュ障の最強アサシンは友達が欲しい~友人候補はなぜか全員最強スペックの美少女でした~


 エルレシア王国より(はる)か東に在る極東の地。

 ここにはアズマの国と呼ばれる古より武を重んじる国があった。アズマには八人の武の頂点が存在し、彼らは【東方八英傑(とうほうはちえいけつ)】などと呼ばれ国内で尊敬されていた。

 二つの頭を有するワイバーンが、アズマの首都『江渡(エド)』の上空を飛翔(ひしょう)する。赤と青の頭部を有するこの個体は通常のワイバーンと比べ二回りほど大きく、上級の冒険者すら逃げ出すような変異体であった。

 咆哮(ほうこう)が江渡の都を震わせる。

 ワイバーンは炎と氷を吐き、容赦なく人々に攻撃を加えていた。

黒威(コクイ)だ! 黒威が来たぞ!」

 人々が一斉に天を仰ぐ。

 江渡の空を黒雲が覆い始め、渦を巻くその中心から一人の青年が高速落下した。

 黒装束を身に(まと)い、鼻の上まで黒い布で覆い隠した黒髪の青年。彼の腰には神々しい気配を放つ剣があった。

 青年の名は──『イツキ・コールマン』。この極東の地にやってきた異国の者。

 イツキはワイバーンの二つの首をすれ違うと同時に切り落とす。

 音もなく地上に降り立つ。彼を人々が遠巻きに見つめていた。その漆黒の姿と戦闘直後の研ぎ澄まされた刃のような視線は周囲を畏怖させる。彼が一歩近づくと人々も一歩下がった。

「け、怪我は無いな? じゃあ俺はもう行く」

 人々が「あ」っと言った瞬間、彼はその場で黒い煙となってかき消えた。

「またやっちまった。今日こそちゃんと礼を言いたかったんだがな」

「恐れ多い御方だからねぇ。気軽には声をかけられないよ」

「黒威さんはちやほやされてぇんじゃねぇんだよ。見りゃわかんだろ。あれこそ(オトコ)の中の漢。背中で語ってんだよ。くぅ、カッコイイねぇ」

「あの方が現れてから江渡は幾度と救われた。まさしく英雄じゃ」

 江渡の人々は彼を褒め称えていた。


 東方最強のアサシンであると。


     ◇


 江渡の一画にある神崎(カンザキ)邸に訪れたイツキ。

 八畳ほどの部屋に正座し、すぐ隣には愛用の剣が置かれていた。

 ──東方八英傑が一人。イツキ・コールマン。

 彼こそ帝より【黒威】の名を与えられたアズマの国における最強のアサシン。

 彼の正面には、着物を身に纏った白髪頭の険しい表情の老人が座っていた。

「本日の活躍耳にしておるぞ。さすがは我が弟子」

「大きな被害が出る前に倒せて、俺も内心胸をなで下ろしております」

「うむ。それで八英傑の任務は問題なくこなせておるのか?」

「それなりに」

 老人の眉がピクリと上がる。

 彼こそイツキに剣を教えた人物。カンザキ流剣術現当主『神崎元柳斎(カンザキゲンリュウサイ)』。

 彼から剣術を学ぶことでイツキは、八英傑にまで上り詰めた。そればかりか異国の者であったイツキを、この屋敷に住まわせ世話した人物でもあった。故に彼には大恩があった。

「何やら奥歯に物が挟まったような物言いだな。何かあるなら申せ」

「では。師匠はアズマに来たばかりの俺にこう言いましたね。カンザキ流剣術を習得し八英傑になれば、あっという間に人気者になって友達ができると。話が違うじゃないですか。未だにボッチなんですけど!」

「う、うん……言ったね」

「八英傑でボッチなの俺だけって知ってますか? 友人らしい友人もできず、町の人達は何故か俺を見たら逃げるし。陰気で無愛想でコミュ力低めなのは重々承知してますよ。努力はしているんです。もうこんな性格嫌だ。強くなくたっていいから普通に友達が欲しい」

「クレームの時だけすげぇ喋る人いるよね」

 八英傑全員が集まる会議があっても、イツキは部屋の隅で話を聞いているのみ。

 何度も会話に混ざろうとするも緊張して声が出ず、誰も話しかけてこないままつつがなく会議は終了する事態が頻発していた。

 もちろん、帝も八英傑もイツキを軽んじていないことは態度と言動で理解している。しかし、フレンドリーなやりとりを夢見ていた彼からすれば、現状は裏切られたも同然の心境であった。

「お主もよく分かっておると思うが、八英傑はこのアズマにおいて帝と民を守護する武の頂点である。何故町民達が逃げるのかは(わし)にも分からぬが、まぁ皆が心の中ではお主に深く感謝をしておるだろう。しかしそうだな……せめて八英傑の誰かと親しくなれぬものか」

「あの人達と親しく? 無理無理。だってめちゃくちゃ威圧感あるし強そうだし。それに近づくと何故か露骨に避けられるし」

「強そうって、お主も八英傑なんだが?」

 イツキは心の中でこれまでを振り返っていた。

 当時十七歳を迎えたばかりの俺は友達が欲しくて欲しくて本気で悩んでいた。まぁ今もだけど。それ以前もこの人見知りで陰キャな性格が問題なのではと考え、派手な格好をしたり、奇抜な語尾をつけてみたり、突然川に飛び込んでみたり、お誕生日パーティーに誘ってみたこともあった。

 もちろんそんな明後日の努力が実るはずもなく。今では若気の至りという名の黒歴史。

 そして、俺は思い至る。そう、必要なのは物理的な強さなのではと。

 強ければ自然と頼られそこにコミュニケーションが生まれる。そうなれば『素敵! お友達になって!』と俺の悩みは瞬時に解決である。

 弟子入り志願のきっかけは偶然拾ったチラシ。

 チラシには『カンザキ流剣術を学べば貴方も人気者に』と書かれていた。人気と強さを求めていた俺にとってそれは天啓であった。これだと思った俺は単身でアズマにいくことを決意。西方エルレシア王国より遠き地である東方アズマへとやってきて、門を叩いたのである。

 神崎元柳斎に弟子入りした俺は、めきめきと腕を伸ばした。しかし、友達はできなかった。

 それでも師匠のマジ人生変わるからの言葉を信じ修業に励んだ。師匠の言うとおりにすればきっといつか俺にも友達が。そう信じていた。

 だがしかし、「各地を荒らす鬼や魔物を退治していれば友達もできるんじゃない?」「国内トップの八英傑入りすればできるから本当本当」「秘奥義を習得できたらな~。秘奥義さえあれば人者になれるんだけどな~」などと誤魔化され続け、気が付けば早四年。未だボッチのままであった。

 こうなるとさすがに詐欺だったのではと疑いたくもなる。なんせ給金の半分以上をこの屋敷に収めている。騙されたのだ。嘘つき。詐欺師。などとイツキは振り返りつつ師を罵倒する。

 一方で師匠の教えは的確でもあった。

 結果的にめきめきと強くなり、アズマの頂点である八人の一人に成り上がったのだ。

 ただ、強くなってもコミュニケーションは生まれなかった。それどころか強くなればなるほど孤立し人に避けられるようになった気がした。性格じゃなく、強さでもない。一体何が必要なのかもはやイツキには分からなくなっていた。

「俺は友達が欲しいだけなんです。俺を理解してくれて、休日には遊びの誘いがあり、辛い時には親身になって励ましてくれて、戦いの場では安心して背中を任せられるようなそんな友人が」

「そういうところなんじゃないかな?」

 元柳斎は眉間に(しわ)を寄せ嘆息する。

「つまり現状に不満があり、剣に迷いが生じておるというわけだな?」

「はい。それにまだ秘奥義も教えていただいておりませんし」

「おほん。お主にはどうやら今一度経験を積ませる必要があるようだ。実はわざわざ呼び出したのは他でもない。内密の任務が来ているからだ」

「内密の? しかし、何故師匠に?」

 ごくりとイツキはツバを飲んだ。

 秘奥義の件をさらりと流された気もしなくもないが、イツキはこれから伝えられるであろう任務の内容を待った。

「お主は西方エルレシア王国の出身だったな?」

「ええまぁ」

「実は近年、エルレシア王国が怪しい動きをしておるのだ。遠い地のこととは言えアズマも全く影響がないわけではない。帝もいずれはエルレシアとの国交をと考えておられる。そこでイツキには、今一度祖国に戻りこれを調査してもらいたい」

 そこまで()いてイツキはおおよその内容を把握した。

 つまりは諜報(ちょうほう)任務。帰郷を装いエルレシアの内部を調べてこいとの命令であった。

 しかし、イツキは内容を聞いて僅かに気落ちした。

「諜報任務ですか。苦手なんだけどな」

「そこは理解しておる。他に適役がおらぬのだ。それとも祖国への裏切りに抵抗が?」

「いえ、全然。向こうにはあまり良い思い出はないですし」

「眼から光が消えたのだが。一体何が……?」

 あまりにも冷たいイツキの瞳に元柳斎は恐怖に震える。

 そこでイツキが気になった点を質問する。

「はまり役なのは理解しました。ですが、何故わざわざ師匠に?」

「国家間のいざこざになり得る重要かつ危険な任務だからだ。故に知る者はごく僅かとし身内にすら秘匿とされた。我が国に異国の諜報員が潜んでおらぬとも限らぬからな」

「八英傑であることは?」

「もちろん秘密だ。黒威に繋がりそうなものは全て置いて行ってもらう。帝より賜りし武具はもちろん。カンザキ流剣術も一切の使用を禁ずる」

 その言葉にイツキはぎょっとした。

 身に纏う黒装束は、アズマの絶対的支配者である帝より与えられた最上級の防具であり、彼が持つ剣も神剣の一振りであり神器と呼ぶに相違ない代物であった。加えてカンザキ流剣術の使用禁止。これでは手足を封じられているも同然であった。

 イツキは大きくため息を吐いて返事をする。

「分かりました。装備は全て置いて行きます」

「よろしい。任務の期間についてだが、最長三年とし、それまでお主にはアズマ帰りの一般人として情報収集をしてもらう。地位の高い人物と交友関係を築き、アズマに関わりそうな情報を聞き出すのだ」

「こ、交友関係!? ボッチの俺に!?」

「そこはほら、上手くやってくれれば」

「無理ですってば! できるのならもう友達作ってます!」

「だよね。うん。儂も思った」

 二人して遠い目をする。

 元柳斎は不憫(ふびん)な弟子を哀れむように見つめる。

「本当に一人も友達がいないのか? ただの一人も?」

「子供の頃に三人だけ仲が良かった子達がいましたけど、引っ越しとかで会えなくなってそれっきりですね。顔も名前ももう思い出せませんし。たった一度の絶頂期ですね」

「ずっと低迷期って嫌だなぁ」

 元柳斎は弟子の将来にひどく不安を抱いた。

「どちらにしろすでに命は下されている。それにこれはお主にとってもメリットのある話だ。これまでは任務に縛られ自由も制限されていた。良い機会ではないか。帰郷し、しばし羽を伸ばせば自然と友もできよう。というか作って貰わないと困る」

 帝からの命は絶対だ。断ることはできない。イツキは考える。確かに自由な時間があれば友人作りにも専念できるかもしれない。おまけにこれから向かうのは生まれ育った故郷。以前の自分ならいざ知らず、今は多くの経験を経ている。今なら、友人もできるかもしれない。

「それで、具体的に何をすれば?」

「うむ。お主にはひとまず王族に接触してもらいたい。しかし、正体を明かせぬとなれば容易には近くことは困難だろうな。そこでまずはどこにでもいる一般人冒険者となり、周囲を信用させながらランクを上げ、最終的にS級やあるいはその上のEX級となってもらう」

「冒険者なら貴族や王族に謁見する機会もあると。なるほど」

「標的は追って知らせる。当分は王族との接触を第一目標とせよ」

 イツキは内心で『王族かぁ。きっと()(まま)で陽キャなんだろうな』などとため息を吐いた。上手く対応できる自信などひとかけらもない。そこまでたどり着けるかすらも。しかし、引き受けた以上は達成するのが彼のポリシーだ。八英傑の誇りもあった。

 話が終わったと判断したイツキは立ち上がる。

「とりあえず頑張ってみます。水希(ミズキ)姉さんによろしくお伝えください」

「うむ。それから捕まったら良くて死刑。悪くて拷問からの死刑だからな。気をつけるのだぞ」

「ひぇ!? き、気をつけます」

 小さく震える彼は深く頭を下げ退室した。

 残された元柳斎は、庭を眺めながら「大丈夫かな……」などと不安になっていた。