放置された輝夜の花嫁は七年後、鬼に愛される

 「いいか、みちる。お前は女学校を卒業次第、颯真家へ嫁ぐことが決まった」

 「わ、わたしがあの颯真家にですか?」

 両親から大切な話があると居間に呼び出されたかと思えば開口一番に驚きの報告を受ける。

 卒業をすれば政略結婚をする、というのは知っていた。

しかし『颯真』の名前に普段は物静かな星渡みちるもさすがに動揺を隠せない。

 目を丸くさせ、声がうわずる彼女に対して両親はいたって冷静で「そうだ」と一つ、返事をする。

 「昨夜、我が家に颯真家から花嫁に選ばれた証の妖蝶《ちょう》が止まった」

 「これよ」

 母が斜め後ろに置いていた木製の虫籠を手に取り、こちらに見せた。

 「嘘……」

 「わざわざ貴重な時間を割いてまで嘘など言わん。間違いなく颯真家の妖蝶だ」

 腕を組み、まだ状況をのみ込めないみちるを父は呆れたように見た。

 (とても幻想的で美しいと噂には聞いたことがあったけれど実際に見るのは初めて……。なんて綺麗なの)

 視線の先には虫籠の中で羽を休める紫色の蝶々が一匹いた。

 しかもその体からきらきらと光を放っていて金粉のようなものが舞っている。

 じっと魅入っていると父は「だが」と話を切り出した。

 「よくやったな。お前が鬼の花嫁に選ばれるなんて俺は鼻が高いぞ。我が星渡家にはあいつもいるしこれで将来も安泰だな」

 「随分、勉強も頑張っていたものね。努力が実ったのよ。これで安心して送り出せるわ」

 「まだ気を抜くのは先だがな。夫となる当主の願いを叶えるのがお前の役目。輝夜の一族として恥じぬ行動を心がけなさい」

 「は、はい。お父さま」

 普段は厳格な両親だがよほど嬉しいのか顔を綻ばせている。

 予想もしていなかった出来事にみちるは呆気にとられながらも頭の中で必死に状況を整理をしていた。

 (確かにあやかしの花嫁にふさわしい淑女になるために頑張ってきたけれど……。まさかその相手が鬼なんてすぐには信じられないわ。でもこの妖蝶に間違いはないと聞くし……)

 気づけば虫籠の中で止まっていた妖蝶はぱたぱたと羽ばたいていて入れられてもなお美しく舞っていた。

 父が『あいつ』と言っていたのはみちるの兄のことである。

 現在は外国に出張で赴いているがいずれ星渡家の当主になる予定だ。

 そしてみちるは兄と違ってあまり器用な方ではないので颯真家で上手くやっていけるか不安に襲われていた。

 ざわめく気持ちを静めるように胸をそっと手で抑えたのだった。

          ◆

 みちるが暮らすこの国は古来より輝夜の一族とあやかしの一族によって守られてきた。

 天帝の末裔である輝夜の一族はどんな願いでも叶えられる力をもっている。

 しかし力を行使するためには条件がある。

 それはあやかしと結婚をした場合だ。

 輝夜の娘があやかしの男の元に嫁いでから七年後に彼の願いを叶えられるのだ。

 神にも等しい力とあやかしの特異なる力が合わさったとき世界に祝福が与えられる──。

 それが安寧を維持する昔からの習わしである。

 そしてあやかしが自らの花嫁を選ぶ際に用いられるのがこの妖蝶である。

 みちるはこの冬を越え、春を迎えれば女学校を卒業する。

 輝夜の一族に生まれた以上、その方法で嫁がねばならないことは覚悟していたし特に不満はなかった。

 中には政略結婚が嫌で無理矢理にでも逃げ出す娘も少なからずいるようだが、その場合は問答無用で永久追放だ。

 危険性まで背負ってもなお惹かれた人といたいのだろう。

 しかし失敗をすれば願いを叶える力も剥奪されて普通の人間に戻る。

 好きな殿方と添い遂げられればいいけれど、上手くいかない可能性だって十分にある。

 そこまでして自由を選ぶか世界の理に従うか。

 人を好きになったことがないみちるにとって答えを出すのに時間はさほどかからなかった。

 (颯真家は鬼の中でも一番、権威があるらしいけれど、本当にわたしに妻の役目が務まるかしら)

 あやかし側も妖蝶を放てば、どんな花嫁に止まるのか分からない。

 完全に運命で引き合わせられた二人なのだ。

 あの名高い颯真家で暮らしていくとなると嬉しさよりも不安の方が大きいが泣き言は言ってられない。

 これは自分の意思など関係のない、定められた結婚なのだから。