ラムネ瓶に願いをこめて

高校1年、7月7日、七夕。

 雲一つない晴天だった。夏が本格的に始まり、外の気温は30度を超えている。エアコンのない場所には出来る限り行きたくない。出来ればずっと教室で涼んでいたい。そう思いながら、目を閉じた。

蒼良(そら)、いつまで涼んでんだよ。はやく部活行かねえと練習始まっちゃうぞ。」

 寝ようとしていた俺、彦沢蒼良を起こしに来たのはクラスメイトで一番仲の良い守川俊だ。

「期末テストも終わったんだしちょっとぐらいゆっくりするのはいいだろ?」
「それは今じゃなくて、部活が終わってからにしろ。おまえ、勉強は出来るのにこう言うとこあるからな。」

 俊は脱力しきった俺を引っ張り教室を出た。ほんと扱いが酷い。

「部活行く前に自販機だけ寄っていいか?ラムネで目を覚ますからさ。」
「あぁ、そうだな。行くか。」

 教室のある四階から中央階段を降りる。
 俺たちが通う京都府立日陽高校は校舎が中庭を囲むように四角く建っている。北側には実験室や図書館があり、南側には学年ごとに階分けされた教室が並ぶ。
 一階まで降りると目の前に自販機が三台並んでいる。手前の2台はお茶やジュースが売っている一般的な的な一般的な自販機だ。そして奥の1台は高校としては珍しい事であろうラムネ瓶専用の自販機だ。
 俺と俊は自販機に100円を入れボタンを押す。ガコンと出てきたラムネを取り、二人して人してその場で飲む。テスト勉強で疲弊しきっていた脳がラムネの炭酸によって活力を取り戻すのがよく分かる。

「くぅぅ。生き返る。」
「おっさんかよ。」

 俺の感想にすかさず俊がツッコミを入れる。二人で笑いながら飲んでいるとふと、廊下の壁を見つめる女子生徒が目に入った。上履きの色が俺たち1年と同じ赤色であるから同級生らしい。彼女は何かに期待するような表情で、でも悲しく辛そうな目で、なんと表現したらいいのか分からない。ただ俺の目が釘付けにされて目が離せない。

「ふぅぅ、さて飲んだし行くか。って、お前まだかよ。」
「えっ、あぁすまん。」

 彼女に目を奪われている間にどうやら俊は飲みきっていたようだ。俺は急いで残りのラムネを飲み、瓶入れに空の瓶を入れる。俊と並んで歩き始めるとちょうど彼女も向きを変え、歩き始めた。
 歩き始めた彼女はさっきよりも少し明るく見えた。そんな彼女を遠目で見ながらさっきまで彼女がいたところを通ったとき、彼女が見つめていたものが分かった。
 壁には一枚のポスターが貼ってあった。ポスターには大きく「七夕祭!君の願いを一緒に叶えよう!」と書かれていた。

「そういや、今日七夕だったな。」

 俊がポスターを見てつぶやく。

「高校で七夕祭って何すんだ?」
「確か、願い事を空のラムネ瓶に書いて中庭に並べて、みんなで星を見ようって感じだったかな。」
「へぇ、なんでラムネ瓶なんだ?」
「昔は普通に短冊に書いて笹の葉につるしてたけど、短冊がなくなったとき、ラムネ瓶に書き出した生徒がいたとか何とかだよ。願い事書いていくか?部活あるから七夕祭自体は参加できねえし。」

 俺は「笑顔が絶えない生活」と書いた。俊は「彼女が出来ますように!!」と声に出しながら書いていた。書いたラムネ瓶を中庭に並べられているラムネ瓶の横に置いて中庭を後にする。
 笑顔が絶えない生活なんて俺らしくも無くイタいかもしれない。だが、叶うといいな。そんなことを考えながらさっきの女子生徒の顔を思い出す。七夕に向ける顔では無かったと思う。何か理由があるのだろうか。ただ、友だちでも何でも無い俺が気にするのも何か違う気もする。
 練習が終わると外はすっかり暗くなっていた。朝から晴天だったからか夜になっても雲一つ無い。星がきれいに見える。織姫と彦星は無事に出会えたのだろうか。駐輪場に向かう途中、中庭を通ると七夕祭は終わったようで生徒たちが片付けに取りかかっていた。

「来年は参加できるといいな。」

 隣にいた俊が足を止め、少し残念そうな表情でつぶやいた。「そうだな」と俺は返し、また歩き出す。来年はあの女子生徒も楽しく七夕を送ることが出来たらいいな。
 自転車にまたがり、星空の下こぎ出した。

 七夕が終わろうと何気ない日常は続く。勉強に部活に明け暮れていた俺にたいした変化は無い。あるとすれば、あれからあの女子生徒をよく目にすることぐらいだろうか。休み時間に放課後に。
 彼女はよく笑っている。あのときに見た表情なんて知らないと言うばかりに。何にせよ、彼女と関わることはこの先無いだろう。あの表情の理由は気になるが仕方ない。何だったら七夕の願い事にしたらよかったかな。

「あの子の悲しいことが知りたい」