休日のたびにゆうちゃんはカフェ巡りに付き合ってくれる。一日中ゆうちゃんを独占できて、大好きなカフェにもいられてこれが幸せなのかなって浮かれてしまう。
おれとゆうちゃんは駅から家までの帰り道にそっと手を繋いだ。人気がないことを確認済みである。
こうやってタイミングが合うとゆうちゃんは触れてくれるから嬉しい。
でもゆうちゃんは反対の手でお腹をさすった。
「さすがにコーヒー四杯飲んだのはキツいな」
「ごめんね、付き合わせちゃって」
「楽しそうな飛鳥見られるからいいよ」
そう言ってマシュマロみたいに甘くてやさしい笑顔を向けてくれる。ゆうちゃんの目にはおれへと好意を感じた。
もっと一緒にいたいけど、そろそろ帰らなきゃだよね。楽しい時間って本当にあっという間だ。
空はすっかり日が暮れて、オレンジ色に染まっている。どこかの家からカレーの匂いが風に乗ってきていた。
隣同士だから会いたければいつでも会えるけど、あまり頻繁に行き来してたらさすがに母さんたちが心配するよね。
自然と歩く速度が遅くなっていると、ゆうちゃんはピタリと足を止めた。
「もうちょっとだけいい?」
ゆうちゃんが指さした先は、昔よく遊んだ公園だ。ブランコと鉄棒しかないけど、その分広いので兄ちゃんたちとサッカーや鬼ごっこをよくしていた。
「もちろん。おれももうちょっと一緒にいたいって思ってた」
「……飛鳥」
「な、なに?」
「それ反則的に可愛すぎる」
「えぇ〜思ったことを言っただけだよ」
「その素直さに俺がどれだけ我慢をしてきたか」
「ん〜?」
よくわからなかったけど、ゆうちゃんもおれと一緒にいたいって思ってくれたんだよね。嬉しい!
夕方過ぎていたので子どもや家族連れの姿はなかった。ベンチに腰かけて、夏が近づく空気をめいいっぱい吸い込んだ。今度は麻婆豆腐の匂いがする。
「昔はよく兄ちゃんたちと遊んでたね」
「鬼ごっこをやると飛鳥は絶対俺を捕まえようとしたよな」
ゆうちゃんは背も高い分、足も長いせいか走るのが速い。それに一歳の差は大きく、おれはいつも誰も捕まえることができなくて半泣きになることも多かった。
でもそういうときは大抵ゆうちゃんがわざと捕まってくれるのだ。
そして兄ちゃんたちをあっという間に捕まえて、得意げに笑っていた。
その笑顔が大好きだったのだ。
「ふふっ」
「なに?」
「ゆうちゃん、いつもわざと捕まってくれてたなって」
「……気づいてたんだ」
「そりゃわかるもん。明らかに走るスピード遅くなるし」
「泣いてる飛鳥が可愛かったからな。誰にも見せたくなかったんだよ」
「えぇ、悪趣味」
泣いてるおれが可愛いって、ゆうちゃんって実はドS? え、おれってそういうプレイに今後付き合わなきゃいけない感じ?
おれが眉を寄せていると人差し指でつんと押された。
「なに変な顔してんだよ」
「ゆうちゃんの知らなかった面を知って動揺してる」
「全部知りたいって言ったのは飛鳥だろ。だから白状したのに」
ゆうちゃんはいじけるように唇を尖らせた。
おれがわがまま言ったから、ゆうちゃんなりに誠実な態度でいてくれようとしたんだ。
「ごめん、そうだよね。例えゆうちゃんがSMプレイしたいって言っても付き合うよ」
「なんの話?」
「あ、そういうご趣味はなかった?」
「……ちょっとだけあるけど」
「あるんかーい!」
おれがツッコむとゆうちゃんはふわりと笑った。こういう冗談にも付き合ってくれるから楽しい。
え、冗談だよね? ここはあまり深堀しないでおこう。
「そういえば今日のカフェは野中先輩のおすすめ?」
「うん、そう」
「いいところだったよね」
おれはスマホを出して、今日撮った写真を見返した。
野中先輩はカフェより純喫茶が好きらしい。
お店のステンドグラスから日差しが差し込み、長年使われているテーブルや椅子に赴きがあって楽しめたのだ。
もちろんメニューもさくらんぼの乗ったメロンソーダーやたまごをたっぷり使ったプリンなど、純喫茶らしい見た目で美味しかった。
どの角度でも写真を撮っても映える。
でもおれは自分が頼んだ料理だけでなく、画角のすみっこにゆうちゃんが頼んだコーヒーカップが映るように撮った写真もある。
いかにも誰かと来ましたよって感じの写真だ。いわゆる匂わせってやつ。
いままでこんな写真は撮ったことがない。
ま、おれのアカウントは女の人ばかりフォローされているし、おれも性別は明言してないから女と思われてるだろうな。
でもこういうことができるのが、恋人の特権なのかな。それともちょっとせこいかな。
おれはさっそくインスタにあげた。瞬く間にハートマークがつく。
ゆうちゃんのスマホがポンと通知が鳴った。
「写真投稿したんだ」
「うん!」
「じゃあ俺も」
ゆうちゃんが素早くタップするとおれのスマホにも通知がきた。
「こ、これって……」
ゆうちゃんが投稿した写真は、おれがメロンソーダーを飲んでいる手元が映っている。
骨ばった指がいかにも男って感じだ。
「なにこれ!?」
「匂わせ返し?」
「これは堂々としすぎだよ~」
さっそく兄ちゃんや泉先輩、喜多見先輩からコメントが来ている。
『はい、自演乙』
『今度僕も連れて行って!』
『大盛りにできるか?』
みんなの面白いコメントに笑ってしまった。てか自演じゃないんですけど。兄ちゃんだけ許せないな。
「飛鳥」
「なぁに?」
「今日楽しかった?」
ゆうちゃんはちょっと不安そうだ。今日一日のおれを見て、わからなかったのかな?
おれはゆうちゃんの腕に抱きついて、顔を上げた。
「すっごく、すごーく楽しかったよ! また一緒に行こうね」
「ん」
ゆうちゃんが頬を真っ赤にさせていたのは、たぶん夕陽のせいだけじゃないはずだ。
「おはようー!」
おれは今日も元気に宮澤家の敷居を跨ぐと、ゆうちゃんママがにっこりと出迎えてくれた。
「おはよう、飛鳥ちゃん。今日も元気ね」
「うん! ゆうちゃん、起こしてくる」
おれはパタパタと階段をのぼり、ゆうちゃんの部屋の前に立った。
ゆうちゃんはなんでもできると言ってたけど、朝起こすのと弁当は継続することになったのだ。
早鐘を打ち始める心臓を落ち着かせるように、ちょっとだけ深呼吸をする。
この瞬間はいつだってドキドキしてしまう。
「ゆうちゃん、朝だよ!」
おれがドアを開けると、相変わらず部屋は真っ暗だ。遮光カーテンの性能が凄すぎて夜だと勘違いしそうになる。
窓の前のベッドは大きな山ができている。
おれは布団を引っ張った。
「ゆうちゃん、起きーーわあ!」
言い終わらないうちに腕を引っ張られ、布団の中に引きずり込まれた。
「……ゆうちゃん?」
「おはよう」
「起きてたの?」
暗がりでもゆうちゃんの薄ぼんやりとした輪郭がわかる。それにこの匂いは間違いなくゆうちゃんだ。
でもおかしいな。
ゆうちゃんは朝が弱くてなかなか起きられない。だからおれが起こすようになったんじゃなかったっけ。
ゆうちゃんを起こすようになった経緯を思い出してきると、頭上からクスクスと笑い声が振ってきた。
「実は朝起きるの得意」
「ずっと騙してたの!? 酷い!」
おれがゆうちゃんの胸を押すけどビクともしない。てか段々距離が近づいてません?
ゆうちゃんの吐息が肌に触れて、おれの産毛がざわざわとし始めている。
なんだか甘い空気が布団の中で満たされているような気がするんですけど。
「これからはさ、これで起こして」
唇に柔らかいものが触れた。一瞬だったのに甘く痺れるような感覚を残している。
「これって、キ、キキキキキス!?」
「そう。眠っているお姫様は王子様のキスで目が覚めるでしょ」
「いやだよ。こんなデカいお姫様」
てかおれがそっち側なの? というツッコミは置いておく。
初めてのキスが布団の中って、なんだかすごい背徳感がある。下にはまだゆうちゃんママがいて、うちでは兄ちゃんも母さんもいるのだ。
そんな日常からかけ離れたキスにじわじわと頰の熱が集まる。
「ということで俺は寝るからもう一回キスして」
そう言うとゆうちゃんはごろりと仰向けになった。おれはゆうちゃんの上に乗らされる。トトロとめいみたいだ。
ゆうちゃんの鼻をそっと撫で、おれは自分から顔を寄せた。
「違う。そこはほっぺ」
「えっとじゃあ」
「惜しい。そこは顎」
「暗くてよく見えないんだよ〜」
「ここだよ」
ゆうちゃんに後頭部を抑えられ、唇同士が触れ合う。甘い感触におれはうっとりと目を細めた。
触れるだけだったのに角度を変えながらゆうちゃんは何度もキスをしてくる。
ちょっとこのお姫様、大胆過ぎません?
おれはジタバタともがいた。
「もう終わり……んっ、遅刻する……んぅん、からぁ」
「あと少し」
「だめ!」
布団から這い出ようとすると腕を引っ張られて中に取り込まれてしまう。もう完全に逃げ場は失った。
でもいっかな。おれももうちょっとキスしていたい。
「おーい、さっさと行くぞ……おまえらなにやってんだよ!!」
明けっ放しの扉から兄ちゃんの怒鳴り声がする。バタバタとゆうちゃんママが駆け昇ってくる気配もあった。
さて、布団の中に二人でいてどうやって言い訳しようか?
「どうしよう」
「俺のお世話係なんだから助けてよ」
「こんな状況無理〜」
おれが目を回しているとゆうちゃんはもう一度キスをしてきた。



