ゆうちゃんのお世話係




 一晩経ってもモヤモヤが残ったままなので、おれはゆうちゃんを起こさないで登校した。もちろん弁当も作っていない。
 一人の登校はこんなに寂しいものだったのかと痛感した。
 おれがやっとの思いで教室に着くと隣の席の貴志が目を丸くしている。

 「今日早いじゃん。宮澤先輩休みなの?」

 おれはいつも本鈴ギリギリまで二年五組の廊下にいるから貴志が驚くのも無理はない。
 リュックを机に置き、おれはそこに頭を乗せて項垂れた。

 「……ゆうちゃんと喧嘩した」
 「飛鳥がドジしたんだろ。さっさと謝れ」
 「今回ばかりはおれは悪くないもん」

 ぶぅと両頬を膨らませると貴志が鳥のくちばしみたいに指で突いてくる。ちょっと痛いんですけど、貴志くん?
 でもおれは文句を言う気力もなく、貴志にされるがままだ。さすがにいつもと違うと思ったらしく、攻撃の手が止む。

 「まじでなんかあった?」

 気遣いが籠もる貴志の声音におれはゆっくりと昨日の話をした。
 聞き終わった貴志は腕を組んで首を傾げている。

 「ん〜確かにちょっと宮澤先輩は横暴だな」
 「でしょ? 弁当作るくらい別にいいのに」
 「でもさ、理由は訊いた? どうしてだめなのって」
 「……それは訊けてない」

 ゆうちゃんに頭ごなしに否定されて、頭にカッと血がのぼってしまったのだ。おれの料理を喜んでる人を否定するのかって。
 だからゆうちゃんの気持ちまで考える余裕はなかった。そこは反省しなくちゃだめだよね。
 おれがグダグダしているとポケットのスマホが震えた。画面をタップするとゆうちゃんからメッセだ。

 ーー「なんで来ないの?」

 顔文字もスタンプもないただの文字だけが宙に浮かぶ。もしかしてまだ昨日のこと怒ってるのかな。
 ってかそもそもゆうちゃんは絵文字なんてものは使わない。これが通常運転のはずなのに、ネガっているせいかマイナスの方へと気持ちが引っ張られてしまう。

 「宮澤先輩から?」
 「うん。なんで来ないのって。どうやって返事しよう」
 「話し合いしましょうでいいんじゃねぇの?」
 「わかってるんだけど~」

 でもおれの指は素直に動かない。フリーズしてしまったみたいに画面が固まってしまっている。
 これが兄ちゃんと喧嘩ならいつものことなので慣れっこだ。
 そもそもお互いあまり引きずらないタイプだし、次の日には何事もなかったようにケロっとしている。
 でもゆうちゃんと喧嘩をしたのは初めてで、どうすればいいのかわからない。どこかに攻略本でも落ちてないかな。
 ウダウダしている間に本鈴が鳴り、おれは返事もできないままスマホをポケットにしまった。





 業間休みになり、クラスメイトがぞくぞくと体操服に着替えているのを見て、おれは青ざめた。

 「ジャージ忘れた」
 「えっ、やばいじゃん。今日スポーツテストだよ」
 「どうしよう。制服じゃできないよね」
 「さすがに無理だろ」

 すでにジャージに着替えた貴志は首を振っている。
 ゆうちゃんのことで頭がいっぱいで、体操服をリュックに入れるのをすっかり忘れていた。
 スポーツテストは学年ごとに行われるから同級生に借りることはできないし。
 となると兄ちゃんに借りるしかないのかな。え~いま兄ちゃんの教室に絶対行きたくないんだけど。
 やばい、これ完全に詰んだわ。

 「欠席したら単位もらえないよね」
 「だと思うぞ? お兄さんに借りたら?」
 「でもそしたらゆうちゃんに会っちゃうかもしれないし」

 う~んとおれが頭を抱えていると「飛鳥くん!」と名前を呼ばれた。
 振り返ると泉先輩と喜多見先輩が扉の前で立っている。
 なんて運がいいんだろう!

 「泉先輩、喜多見先輩!」
 「うわっ、いきなり飛びかかってきてどうしたの?」
 「ジャージ貸してください! このあとスポーツテストなんです」
 「えっと……今日体育ないから持ってないよ~」
 「そうだな」

 泉先輩と喜多見先輩の白々しい態度におれは眉を寄せた。

 「今日体育の授業ありますよね?」
 「そういえばこの子、僕たちの時間割把握してたわ」
 「結に借りたらどうなんだ」
 「うっ」

 喜多見先輩の提案におれは息を飲んだ。
 おれの反応に気づいた泉先輩は困ったように眉をハの字にさせている。

 「やっぱまだ昨日のこと引きずってたの?」
 「……はい」
 「結も朝から機嫌悪くて教室が地獄絵図だよ。どうにかしてもらおうと思って飛鳥くんを呼んだんだけど」
 「おれにはなにもできないです」

 どうやって顔を合わせればいいのかわからない。
 しかもそれほどゆうちゃんが機嫌悪いなら、おれの顔を見たら余計イライラさせちゃうんじゃないかな。
 時間が経てば経つほどよくないってわかってる。だけどなにをどう言えばいいのかわからない。
 おれが項垂れていると泉先輩がおれの肩に手を置いた。

 「時間もないし、とりあえず僕の体操服を貸してあげる」
 「いいんですか?」
 「二年の教室に行こう」

 泉先輩に背中を押されたまま、おれは階段をのぼった。だから力強いって! そんなに早くのぼれません!!
 三階の二年生の廊下に着き、おれは階段の踊り場からそろりと顔を出した。
 二年五組の教室の前には兄ちゃんがいる。たくさんの女子に囲まれてデレデレと鼻の下を伸ばしている。
 幸いなことにゆうちゃんの姿はないみたいだ。

 「ここで待ってて。体操服、持ってくるから」

 泉先輩はパタパタと廊下を走って教室に戻って行った。
 その後ろ姿をおれは見送り、おれは喜多見先輩を見上げた。

 「あの~ゆうちゃんってそんなに機嫌悪いんですか」
 「担任も気を使ってたな」
 「そ、そんなに」
 「早く仲直りをした方がいい」
 「わかってるんですけど」
 「俺たちも揶揄い過ぎたって反省してる。だから手助けはしてやるよ」

 どういう意味?

 「宅急便でーす!」

 泉先輩がなぜかゆうちゃんを引っ張ってきた。おれがいるのに気づいたゆうちゃんが、目を丸くしている。

 「ふぇ? あっ……」

 おれは突然のことで言葉が出なかった。それはゆうちゃんも同じらしく、気まずそうに唇を尖らせている。
 だけどその手にはジャージが握られていた。
 泉先輩から事情を聞いて持って来てくれたのかもしれない。

 「体操服貸してやる」
 「……ありがとう」

 その続きが出てこず、おれは助けを求めるように泉先輩を見たけどなぜが親指を立ててウィンクしてる。いや、可愛いですけどね。 これはどういうことですか?
 
 ーーキーンコーンカーンコーン

 「やばい、遅刻する!」

 おれはゆうちゃんのジャージ引ったくった。

 「これ借りるね。あとで返しに行くから!」

 おれはゆうちゃんの返事も待たずに階段を駆け下りた。





 「ほぅ〜だから二年のジャージを着てるってわけね」
 「うっさい。ばか貴志」
 「なんだよ、それ」

 ヘラヘラと笑いながら貴志はおれの隣でソフトボール投げの順番を待っている。
 指定ジャージは全学年紺色だけど、袖の色が学年によって違う。ネクタイと一緒で一年生は深緑色で、二年生は臙脂色だ。
 そこまで目立たないと思ってたけど、集団に混じると結構気づかれる。
 案の定、体育の先生には冷ややかな視線を向けられてしまった。
 ま、スポーツテストを受けられただけマシかな。
 それよりもなによりも、ゆうちゃんの匂いに包まれてるのがやばい。
 特に今朝はゆうちゃんちに行ってないから三日ぶりに嗅ぐ。だから余計にそわそわと落ち着かない気持ちにさせられちゃう。
 袖に鼻を寄せてすんと嗅ぐとゆうちゃんのワックスの匂いがした。肺いっぱいに吸い込んで細胞の隅々まで行き渡らせる。
 う〜ゆうちゃんが恋しい。なんで喧嘩なんてしたんだろう。

 「おい、見てみろよ」
 「いま忙しいんだけど」
 「匂い嗅ぐのが忙しいって変態かよ」

 貴志の呆れ顔にさすがにおれは袖から鼻を離した。

 「あそこって宮澤先輩のクラスだろ?」

 貴志が指さした先は三階の教室だ。確かに二年五組かもしれない。
 てか、むむっ!
 窓からゆうちゃんがじっとこっちを見てる!
 おれはマサイ族並みに視力がいいから、ゆうちゃんの瞬きすらわかってしまう。
 あ、おれが見てるのに気づいてちょっとだけ口元歪めてる。もしかしておれにジャージ貸すの嫌だったのかな。
 それとも匂い嗅いでるのを見て「気持ち悪い」って思ってるのかな。
 自業自得なくせに落ち込んでしまい、スポーツテストは散々な結果だった。





 さっさとジャージを返してしまおうとおれは昼休みになると三階に向かった。
 貴志もついてきて欲しくて拝み倒したけど、部活のミーティングがあるからと断られてしまったのだ。面倒になるからって逃げただろ。
 いつもどうやって教室に入ってたっけ。
 ほんの数日前なのに自分の行動が思い出せない。
 階段の踊り場から首を伸ばして二年の廊下を覗く。昼休みっていうだけで人が多い。でもたぶん兄ちゃんの頭が見える。てかなんであの人、いつも廊下にいるんだよ。相変わらず女子と楽しそうに話してるな、もう。
 おれは首を元に戻し、壁に背中を預けた。
 また時間だけがどんどん過ぎちゃってる。傷口を放置したまま、膿が出てきて痛みが増していくようにゆうちゃんのことを考えるだけで竦みあがってしまう。
 「あれ……えっと、そう、飛鳥くんだよね?」
 「野中先輩?」
 「こんなところでどうしたの?」

 野中先輩はミルクティーの紙パックを持っていた。自販機に買いに行っていたようだ。
 でもゆうちゃんはいないみたい。
 そうだ! とおれの頭が閃く。

 「これゆうちゃ……宮澤先輩のジャージ、返してもらえませんか?」
 「それは構わないけど」

 野中先輩は困ったように眉を寄せている。

 「さっきこれ着てスポーツテスト受けてたでしょ?」
 「なんで知ってるんですか」
 「私、窓側の席なの。宮澤の前の席だから校庭がよく見えるんだよね」

 もしかしておれがゆうちゃんのジャージを着てることに気づいて、ちょっと嫌な気持ちにさせちゃったのかな。
 同性同士とはいえ、彼女さんからしたらあまりいい気はしないよね。

 「すいません」
 「どうして謝るの?」
 「野中先輩に嫌な思いをさせたから」

 語尾が小さくなってしまって項垂れると、野中先輩は「あぁ!」と声を張り上げた。

 「もしかしてこの前カフェで会ったとき? 私の方こそ邪魔してごめんね」
 「いや、おれの方が二人の邪魔して……変な感じで逃げました。いやそっちじゃなくてですね  」
 「あのあと宮澤にめちゃくちゃ怒られてさ。大変だったんだよ」
 「ゆうちゃんが怒る?」

 おれは未知の単語を聞き合すように声をあげると、野中先輩は目尻をきゅっとさせた。

 「そっか。飛鳥くんは宮澤が怒るところを見たことがないんだね」
 「それって」

 つまりおれには感情を素直にぶつけられるほど、心を許してるわけじゃないってことだよね。
 野中先輩には本音を言えるけど、おれとは表面上の付き合いしかしたくないってことなんだろうな。
 これが彼女さんの余裕ってやつか。
 おれはしおしおと肩を落とした。

 「ジャージはお願いします……」
 「宮澤に会って行かなくていいの?」
 「合わせる顔がないです」

 おれは負け犬の如く、トボトボと階段を駆け下りた。





 やっと放課後になった。
 と言ってもまったく授業に集中できていなかったから時間はあっという間だ。
 早く帰らなくちゃと思うのに、おれは机に突っ伏している。

 「飛鳥、帰らねぇの」
 「……ゆうちゃん不足で死にそう」
 「あっそ」

 そのままおれを捨て置こうとする貴志のブレザーをきつく掴んだ。今度こそ逃さない。

 「くそっ、こいつゾンビか!」
 「ならおれに噛まれて貴志もゾンビだ」

 おれが貴志のブレザーを噛む真似をすると「わかったから離せよ!」とチョップを食らった。酷い。
 貴志はリュックを机に置いて自分の席に座った。と言っても隣なんだけどね。
 おれたち以外はみんなとっくに帰ったみたいで教室は静かだ。廊下がちょっとだけガヤガヤしている。
 教室は違うけど貴志の席がゆうちゃんと同じなんだよな。もしおれとゆうちゃんが同い年で同じクラスだったら、放課後こうやってだべったりしてたかな。
 叶うはずもない夢に手を伸ばし、現実を突きつけられ重い息を吐いた。
 貴志はそんなおれを見て、若干引き気味だ。頬が痙攣してるし。
 それでも付き合ってくれるから貴志も大概やさしいよな。

 「まぁいままでが宮澤先輩とベタベタし過ぎだったんじゃねえの」
 「だってゆうちゃん見てると庇護欲掻き立てられるんだよ」
 「そうかぁ?」

 貴志は腕を組んで首を傾げた。

 「小学生までの宮澤先輩しか知らないけど、結構頼れる人だよ。ほら、図書委員で一緒だったときも委員長やってみんなをまとめてたし」
 「わかってるぅ」
 「わかってないだろ」

 貴志は無情にもおれの言葉を切り裂いた。

 「そうやって面倒みておまえが安心したいだけだろ。それで反抗されて拗ねるなんて……親みたいじゃん」
 「親ぁ!?」
 「だってそうだろ。いまの飛鳥、息子に反抗期がきて困ってる母親みたいだぞ」
 「そんな……」

 自分でも「ちょっと世話焼きすぎかな」と思う節はいくつもあったけれど、まさか親認定されるなんて心外だ。
 でも第三者の貴志が見てそう思うんだな。じゃあおれって構いすぎて嫌われた感じ? あれ、そもそもなんで喧嘩してたんだっけ?
 そうそう泉先輩たちにお弁当を作る話だ。なんでゆうちゃんがだめって言ったんだろ。
 うだうだ考えても沼にどんどんはまっていく。
 せっかくゆうちゃんがジャージを貸してくれたのにお礼を言えてないし、朝起こさなかったことも謝れてない。お弁当のことも聞けずじまいだ。

 「このまま一生ゆうちゃんと気まずかったらどうしよう」

 窓の外を見ていた貴志は誰かに手を振っている。友だちでもいたのかな。
 おれは起き上がる気力がなくてさらにずんと沈んだ。
 貴志はさっとリュックを肩に掛けた。

 「ま、大丈夫じゃねぇの」
 「おれを置いて帰るなんて酷い」
 「鬼が来る前に退散するのは常識だろ。今度飯おごれよ」
 「なにをーー」

 おれが顔を上げると教室の扉にゆうちゃんの姿があった。貴志がそれを見てにししと笑いながら出ていく。
 もしかして外にいるゆうちゃんを呼んだのかな。
 どうしよう。なんて言えばいいんだろ。
 おれは逃げ場を失ったネズミのように「きゅう」と鳴いた。
 でもゆうちゃんはズンズンと中に入ってくる。見下ろすようにおれの隣に立った。
 分けられた前髪から額が見える。薄っすらと汗をかいているみたい。呼吸も荒いし、もしかして走って来てくれたのかな。
 でもなんで?

 「飛鳥」

 ゆうちゃんの低い声にびくびくと肩が震えた。でもゆうちゃんと目が合うとふっと力が抜ける。

 「ふふっ、なに泣きそうな顔してんの」
 「だって……飛鳥が無視する」
 「ごめん」

 素直にこぼれた謝罪に自分でも驚いた。あぁおれはゆうちゃんと仲直りしたかったんだなって実感する。

 「俺もごめん。ワガママばっかで飛鳥が呆れるのもわかるよ」
 「呆れてなんてないよ」
 「じゃあなんで朝来なかったんだよ」
 「……ゆうちゃんに合わせる顔がなかったんだもん」

 目頭がつんと痛い。泣きそうだと思う暇もなく、涙が一筋ほろりと落ちた。
 ゆうちゃんはちょっと驚いたように目を瞠り、まるで壊れものに触るようにそっとおれの目元に指を這わせている。涙を拭ってくれる手つきがあまりにもやさしい。
 おれのゆうちゃんへの好きメーターがどんどん右へ振り切れていく。このまま我慢したら噴火してしまいそうなところまできて、弾けるように口が開いた。

 「ゆうちゃん、好き」
 「え?」

 おれは小さく息を吐いた。言葉にすると呆気ないのに頬がじわじわと熱くなる。

 「友だちの弟だから無視することができないってわかってる。それを逆手にとってゆうちゃんにくっついてた自覚あるよ。でももうそれだけじゃ嫌なんだよ」

 ゆうちゃんのことを一番に知りたい。
 どうしてカフェの店を知ってるのかとか、野暮用ってなにとか、弁当はなんで作っちゃだめなのとか、些細なことをなんでも訊いて答えてもらえる立場になりたい。
 ゆうちゃんの一番にして欲しいのだ。
 好きの形が涙なんじゃないかってくらい、ポロポロと頬を伝って床に落ちる。ゆうちゃんの指が追い付かなくなってきて、困っているのが体温を通してわかった。

 「飛鳥、よく聞いて」

 芯の通ったゆうちゃんの声におれは目線を上げた。ゆうちゃんが両頬をリンゴみたいに真っ赤にさせている。でもその唇はきつく結ばれてて機嫌が悪そうに見えた。
 おれが好きって言ったから困らせちゃったかな。
 でもここで逃げたら同じだ。なにも意味がない。向き合わなくちゃ。
 ゆうちゃんは朝日を浴びて花ひらく朝顔よりもゆっくりと口を開いた。

 「俺も飛鳥が好きだよ。恋愛的な意味で」
 「……嘘。だって彼女さんは?」
 「ん?」
 「野中先輩と付き合ってるんじゃないの?」
 「んん?」

 ゆうちゃんは首を捻り、「ちょっと待って」と頭を抱え出してしまった。

 「どうして野中が出てくるんだ?」
 「だって野中先輩にオススメされたからカフェに来たってことは、好きだから調査しようと思ったんじゃないの? それに最近野暮用が多いからデートなのかと」
 「あぁ」

 やっと合点がいったのかゆうちゃんは納得して、くすりと笑った。

 「野中がカフェ巡り好きって言うから店を教えてもらってただけ。で、野暮用はカフェの調査に行ってた」
 「それって……おれのため?」
 「当たり前じゃん。他にないだろ」
 「そっかぁ」

 おれは安心して目が溶けてしまうほど泣いてしまった。

 「じゃあなんで泉先輩たちに弁当作っちゃだめなの?」
 「飛鳥の手料理をあいつらに食べさせたくない」
 「独占欲?」
 「俺って結構独占欲強いよ。気づいていないの飛鳥だけ」
 「そ、そうなんだ」

 胸のつかえが取れると涙がまた溢れてくる。

 「おれのジャージ着てる飛鳥を見て、にやけるの抑えるのに必死だったし」
 「おれが着て嫌だったんじゃないの?」
 「まさか。嬉しいに決まってるじゃん。俺のって感じがするし」
 「変態じゃん」
 「飛鳥が可愛すぎるからいい虫よけになるだろ」
 「誰もこんなチー牛に興味ないよ」

 ゆうちゃんは何度もやさしく拭ってくれるけど、あまりにおれが泣くから困っている。

 「飛鳥は人見知りなくせに、人懐っこいんだよ。泉と喜多見に簡単に心許してさ」
 「だってゆうちゃんの友だちなら安心でしょ?」
 「……俺がどれだけ苦労したかわかってないな」
 「え?」

 ゆうちゃんの瞳に鋭さが混じる。

 「一人が好きで放っておくとフラフラする飛鳥を繋ぎとめるために、昔から必死だった」
 「ん?」
 「なんにもできないフリして飛鳥に面倒みてもらってさ。嬉しそうに世話焼いてくれる飛鳥が可愛くて仕方がなかったよ」
 「つまり、ゆうちゃんはおれのそばにいたかったってこと?」
 「そうだよ」

 ぶわりと涙が溢れてくる。
 ゆうちゃんもおれとの仲を必死に繋ぎ止めよとしてくれたんだ。
 できないふりまでしてくれて……愛じゃん。

 「いい加減泣きやめよ。俺が泣かせてるみたいじゃん」
 「ゆうちゃんのせいだもん」
 「……なら責任取らないとな」

 ゆうちゃんは顔を寄せておれの涙に唇を寄せた。頰をぷにっと柔らかく触れてくる。

 「い、いいいまキスした?」
 「やっと気づいたのか」
 「へ?」
 「いままでもクリーム取るふりしてキスしてる」
 「そうなの!? 全然気づかなかった」

 あ〜おれはなんて惜しいことをしてたんだ! そのときに戻ってもう一回やり直したい。

 「いいよ。これから何度もするし。こっちも」

 ゆうちゃんの指が意味深におれの唇をなぞった。ぶわっと顔に熱が集まってくる。

 「ゆうちゃん、そういうことおれとしたいの?」
 「当たり前じゃん」
 「そうなんだ」
 「飛鳥も?」
 「……おれもゆうちゃんとなら」

 語尾が小さくなってしまったけど、ゆうちゃんの耳にはちゃんと届いたらしい。
 ゆうちゃんも目元をちょっと赤くさせて、やさしい笑みを浮かべてくれた。