ゆうちゃんのお世話係




 「教科書とワーク持った! プリント入れた! 財布、スマホ諸々よし!」

 おれはリュックの中身を指差し確認してしっかりとチャックを閉めた。これで絶対忘れ物はない。
 おれがリュックを背負ってリビングに行くと兄ちゃんがのんびりと朝食を食べていた。
 おれに気づくとげんなりとした顔を向ける。

 「おまえ、下まで聞こえてるぞ」
 「確認は大事でしょ」
 「遠足前の小学生かよ」
 「一言余計!」

 おれはぷぅと頰を膨らませながら今朝作ったばかりの弁当をリュックに詰めた。ゆうちゃんの分は紺色のランチバックに入れ、しっかりと持つ。

 「俺様の弁当は?」
 「あるわけないでしょ」
 「つかなんで結には作って俺様はねぇんだよ。兄貴なのにおかしくない?」
 「ゆうちゃんはお金払ってくれてるもん」
 「うわっ……おまえ、金に釣られるような男だったんだな」
 「女に釣られる人よりマシでしょ」

 おれが言い返すと兄ちゃんはギロリと睨みつけてくる。
 相手にするのも面倒で、おれは荷物をまとめてゆうちゃんの家に向かった。

 「おはよう!」

 おれが勢いよくゆうちゃんちの玄関を開けると、上がり框に制服姿のゆうちゃんが立っていた。

 「ゆうちゃん……どうしたの?」
 「今日は早く起きられたから」

 そう言って欠伸を一つこぼしながらも、リビングに行き朝食を食べている。
 信じられない。ゆうちゃんが朝一人で起きて、制服に着替えているなんてお世話するようになって初めだ。
 おれが呆然としていると、二階から降りてきたスーツ姿のゆうちゃんママは笑った。

 「珍しいでしょ。結が一人で起きてきたのよ」
 「いきなりどうしたの?」
 「本人は早く目が覚めたって言ってたけど。もしかして彼女に起こしてもらったのかしら」

 ひゅうとおれの喉に空っ風が過ぎる。
 どうしてなって欲しくないと願っていることほど、現実となってしまうのだろうか。
 おれがショックで動けないでいると、ゆうちゃんママは「行って来るね!」と元気よく出勤していった。
 いってらっしゃいといつも見送っているのに、今朝はそれもできそうにない。
 うわ~だめだ。思ったよりダメージでかい。

 「飛鳥? どうした?」

 おれが玄関に突っ立ったままでいるとゆうちゃんが不思議そうな顔をして、戻って来てくれた。
 しかもヘアセットも終えている。前髪を分けて額を出し、毛先が外に向かって跳ねていた。
 ネクタイも一切の歪みがなく、きれいな逆三角形だ。
 おれがやるよりうんと決まっている。
 そっか、おれがお世話したいからって、へたくそだけど黙ってくれてたのかも。
 彼女さんの前でみっともない恰好はしたくないもんね。いままで学校でこっそり直していたのかも。
 でもだからといってゆうちゃんのお世話係をやめるつもりはない。
 おれとゆうちゃんを繋ぐ糸は、細く呆気ないほど簡単に切れてしまうものだけど、何度だって結び直せばいいんだ。
 おれはにっと笑顔を浮かべた。

 「ゆうちゃん、髪型決まってるね」
 「そうか」
 「前髪分けてて大人っぽくてカッコいいよ」
 「ん」

 ゆうちゃんは気恥ずかしそうに前髪をちょんと引っ張り、ちょっとだけ目元を赤くさせている。
 うっ、その照れた顔は反則級にだめだよ。胸がときめきすぎて痛い。
 おれが胸を押さえて蹲るとゆうちゃんは首を傾げた。

 「どうした?」
 「いまときめきを飲み込んでるところ。ちょっと待って」
 「よくわからんが、準備するわ」

 おれがさっきのゆうちゃんの顔を記憶の大事な部分に保存している間にゆうちゃんの準備が整い、外に出ると昨日と同じように兄ちゃんと鉢合わせて、三人で学校へと向かった。





 昇降口で上履きに履き替え、おれはすぐ二年五組の下駄箱に向かった。

 「今日も教室まで送る!」
 「でたよ、ストーカー」
 「兄ちゃんになに言われても平気だもん。ゆうちゃん、行こう」

 おれはゆうちゃんのブレザーを引っ張ると、ゆうちゃんは歩き出してくれる。
 これくらいならいいよね。だって教室だと彼女さんがいるかもしれないしさ。
 でも楽しい時間ほどあっという間に過ぎちゃう。
 階段をのぼり、廊下をちょっと歩いただけでゆうちゃんの教室に着いちゃった。
 あ~あ、これで明日まで会えないのかな。
 ゆうちゃんのブレザーを名残惜しく離した。

 「今日は財布持って来てる?」
 「もちろん! ばっちり確認したから忘れ物してないよ」
 「じゃあ昨日行ったカフェ行く?」
 「え~でも」

 ゆうちゃん、彼女とデートするんじゃないの? さすがに自分の立場くらい弁えてるよ。
 ゆうちゃんと一緒にいたいけど、彼女さんとの仲を邪魔したいわけじゃない。
 おれが返事に困っているとゆうちゃんは首を傾げた。

 「なにか用事?」
 「そういうわけじゃないんだけど」
 「ならなに?」

 一歩近づかれるとゆうちゃんの圧を感じた。背が大きいせいか、いまにでも頭からパクって食べられちゃいそう。

 「あ、飛鳥くんだ!」

 どんと背中が重くなり、おれは耐え切れなくなって前に立っているゆうちゃんに突っ込んでしまった。振り返ると泉先輩がおれの背中にくっついている。
 っていうかこの人、結構重いんだけど。

 「重いです……泉先輩」
 「軟弱だな。筋トレだよ」
 「む、無理です~~」

 おれの膝は早々に限界を迎えてしまい、倒れそうになるとゆうちゃんがぎゅっと腰に腕を回して支えてくれた。

 「飛鳥に触るな」
 「いった!」
 「泉先輩?」

 おれが振り返ると泉先輩は目尻に涙を浮かべて、額を押さえている。もしかして静電気でもきたのかな。 

 「飛鳥、大丈夫?」
 「平気だけど泉先輩どうしたのかな?」
 「知らね」

 おれが訊くとゆうちゃんはむっと下唇を出して、抱きしめてくれる。
 なんだか大切にされてるみたいで嬉しいな。
 泉先輩が離れてくれると背中に羽根が生えたように軽くなる。
 泉先輩はおれと同じくらいの背格好なのに、どうしてあんなに体重があるのかな。もしかして結構鍛えてたりすのかな。

 「あ、ごめん。ブレザー皺になっちゃったね」

 おれが強く握っていたせいで、ゆうちゃんのブレザーの裾に不自然な皺ができてしまった。
 ぐちゃっと握られた感じが嫌でも目立つ。

 「別にこんなのいいよ」
 「でも」
 「それより、さっきの話の続きだけどーー」

 ゆうちゃんの顔が近づき、嗅ぎなれた整髪料の匂いがする。レモンっぽい爽やかな香りはおれ好みだ。
 そういえばこのワックスを買うとき、ゆうちゃんにどの香りがいいか訊かれたんだっけ。
 関係ないことを考えていると腰回りがぎゅっと温かくなり、おれは視線を下げた。
 ゆうちゃんの両腕ががっちりとおれの腰をホールドしている。

 「ぎゃあああ!」

 おれが驚いて飛びのくと拘束が解けた。ゆうちゃんと泉先輩はぎょっと目を丸くしている。

 「どうした?」

 兄ちゃんまでも教室から顔を出し、おれとゆうちゃん、泉先輩を見て眉を寄せている。
 いまのはちょっとヤバかった。だってゆうちゃんに腰を抱かれて、身体が密着させられちゃってさ。
 こんなの彼女さんが見たら発狂しちゃうんじゃない?
 おれはキョロキョロと彼女さんっぽい人を探したけど、みんなおれを不審そうに見ているだけだ。
 もしかして彼女さんはまだ登校してきてないのかな。
 でもここは誠意を示さないとだめだ。

 「い、いまのはダメ! お触りはNGです!!」
 「は?」
 「おれとゆうちゃんらしい距離感でいようよってこと」

 おれが顔の前でバツ印をつくると、ゆうちゃんは眉間に皺を寄せている。理解できないと顔に書いてあった。
 おれ自身も「らしい距離」ってのはちょっとわからないけど、腰を抱かれたのは完全にアウトな気がする。
 そんなおれたちを見て、泉先輩がケタケタと笑った。

 「飛鳥くんって面白いんだね」
 「どういう意味ですか?」
 「それもあるけど……これはいいオモチャかもしれない」

 瞬間、泉先輩の顔がイタズラを企む子どもみたいな顔になった。なにこの人、怖いんですけど。
 てかおでこ随分真っ赤だけど、どこかにぶつけたのかな?
 おれがちょっとずつ距離を取ろうとしていると、泉先輩に腕を掴まれた。

 「飛鳥くんってどうして結がそんなに好きなの?」
 「やさしいし、かっこいいし、面白いじゃないですか」
 「それは凛のことじゃなくて?」
 「兄ちゃんがゆうちゃんに敵うわけありません」

 がつんと脳天に手刀が落ち、おれの視界に一瞬星が散った。

 「いって~~クソ兄貴!」
 「天誅」
 「暴力反対! パンツ裏っ返しでトイレで困れ!!」

 おれが兄ちゃんに向かってキャンキャン吠えていると、泉先輩の隣にいつのまにか喜多見先輩もいた。
 というか続々と二年生が集まってきてません?
 やばい、これは変な目立ち方をしてるかも!
 ただでさえ、兄ちゃんは結構目立つ。その弟ってだけでおれは先生たちにマークされているくらいだ。
 授業中でも休み時間でも先生たちの鋭い視線がおれに向けられている。あ、でも入学してすぐ教科書全部忘れたせいもあるのかな?
 とにかく目立つのはよくないよな、うん。
 だって成績に響くしさ。
 ということで逃げるのがいいだろう。

 「じゃあそういうことで」
 「待って」

 おれが立ち去ろうとすると泉先輩に腕を掴まれた。
 痛い痛い痛い! なにこの人、可愛い顔してゴリラ並みの握力あるんですけど!! 
 おれのか弱い骨がミシミシ悲鳴をあげてるよ!
 あまりの痛さに涙が浮かんでくる。

 「……なんでしょうか?」
 「結が学校でどう過ごしてるか知りたい?」
 「それはぜひ教えて欲しいです。お願いします」
 「即答ウケる。いいよ、じゃあ放課後遊びに行く?」
 「お邪魔させていただきます!」

 おれはその場で泉先輩となぜか喜多見先輩と連絡先を交換した。
 ゆうちゃんの学校の様子を聞けるのは嬉しい。兄ちゃんに訊いても大した情報はもらえないんだよね。
 おれがニコニコとスマホをポケットにしまった。

 「じゃあ放課後、お願いします!」

 おれはスキップしながら階段を下りた。なにか忘れてた気がするけど……まぁいっか!





 「え、なんで?」

 おれが泉先輩と喜多見先輩と待ち合わせをしていた校門へ向かうと、なぜか兄ちゃんとゆうちゃんも一緒にいる。
 おれは咄嗟に駐輪場の裏に隠れた。
 四人は立っているだけなのに生徒たちの視線を掻っ攫っている。
 日本男児らしい男前な喜多見先輩。
 目がくりっとして人形みたいに可愛い泉先輩。
 チャラさで生きてる兄ちゃん。
 説明がいらないくらいカッコいいゆうちゃん。
 え、いまからあの中に飛び込まなきゃいけないの? こんな平々凡々なおれが? なんかの罰ゲームとしか思えないんだけど。
 このまま知らないふりして帰ろうかな。

 「あ、四人揃ってる」
 「見てるだけで癒されるわ」

 あちこちで(特に女子)からのきゃぴきゃぴした声が届く。兄ちゃんは愛想よく手を振ってるけど、聞こえているだろうに他の三人は気にしてないみたい。
 簡単には靡かないところが女心を擽るんだろうな。
 だがなんとなく女子の視線はゆうちゃんに一番集まっている気がする。ただ立っているだけなのに、雑誌から抜け出したモデルさんみたいだもんね。
 かっこいい〜写真撮っちゃおうかな。
 そういえばゆうちゃんの制服姿ってまだ写真撮ってなかったかも。
 ゆうちゃんは写真嫌いだから、あまり撮らしてもらえないんだよね。
 おれがポケットからスマホを出し、望遠をめいいっぱい伸ばしてゆうちゃんをフレームにおさめた。
 画面をタッチしようとすると、画面越しでゆうちゃんと目が合う。口だけで「おいで」と言ってくれている。
 やばい。カッコ良すぎるんですけど。
 おれは写真を撮るのも忘れ、呼ばれるがままゆうちゃんたちの元に駆けていった。

 「お待たせしてすいません」
 「年下が遅れるとか論外」
 「てかなんで兄ちゃんまでいるんだよ」
 「泉と喜多見は俺様の友だちなんだから、いいだろ」

 おれが兄ちゃんと口喧嘩を始めると泉先輩が「まぁまぁ」と間に入ってくれる。てかこの人、おれたちを引き離す力が強すぎません?

 「じゃあ行こっか。どこにする? カラオケ?」
 「ラーメン食いたい」
 「え〜ファミレスでよくね?」

 泉先輩、喜多見先輩と兄ちゃんが口々に行きたいところを言う。てかこれまとめる人誰もいないの?
 おれがちらりとゆうちゃんを見上げた。ゆうちゃんはちょっとだけ目を見開いたあとにうんと頷いている。

 「カフェにするか。西口のとこ」
 「いいね。女の子たくさんいそうじゃん!」
 「ラーメンあるか」
 「さすがにないでしょ」

 ゆうちゃんの鶴の一声で兄ちゃんたちがぞろぞろと歩き出した。すごい。猛獣使いみたいだ。
 おれは三人の後ろについて行き、自然と隣がゆうちゃんになる。

 「そういえばなんでゆうちゃんもいるの?」
 「いちゃだめなのか?」
 「だってゆうちゃんの話を聞きたいのに」

 本人がいたら聞きたいことも聞けないじゃん。ほら彼女の話とかさ。
 でもゆうちゃんがいないのにコソコソ探るような真似もよくないよね。
 う〜ん、だからといってゆうちゃんに「彼女いるよ」と直接言われたら、心臓止まっちゃうかもしれないからワンクッション欲しいな。

 「てかそもそも今日飛鳥とカフェ行こうと思ってたのに」
 「あ~」

 そういえばゆうちゃんに誘われてた。彼女さんに悪いからと断ったけど、結局一緒に行ってるし。でも兄ちゃんたちもいるからセーフかな。
 ゆうちゃんは唇を尖らせた。

 「泉の誘いには乗るのに、俺は断るんだ」
 「だってそれは……」
 「それは?」

 ゆうちゃんの瞳がおれに向けられる。射竦められるほど強い眼光に、おれは肩を跳ねさせた。
 もしかして怒ってるのかな。
 でもゆうちゃんに彼女がいるのに、下心ありまくりなおれと出かけるのはよくないよね。
 おれがうだうだ悩みながら歩いていると、前から自転車に乗ったフードデリバリーのお兄さんが猛スピードでこっちに来る。
 前にいる兄ちゃんたちははじに避けれたけど、おれは一歩出遅れた。
 ぶつかる!
 目をぎゅっと瞑ると腕を引っ張られた。

 「っぶねぇ〜。飛鳥、平気?」
 「うん、ありがとう。ビックリしたね」

 ほっと胸を撫で下ろした。いまのはちょっとヤバかったな。
 落ち着いてくると自分の状況がよく見えた。
 え、なんでまたゆうちゃんに腰を抱かれてるの?

 「ゆうちゃん! こ、腰! 手!!」
 「あぁ」
 「じゃなくて離して!」
 「おれたちの適切な距離ってこれくらいでもいいだろ?」
 「お触りNGだってば」
 「別に減るもんじゃないだろ」
 「減るの!」

 おもにおれの理性が!!
 おれはぐいっと腕を突っぱねるけど、ゆうゃんの方が強い。わずかな隙間すら埋めるようにぎゅうとされてしまう。
 ブレザー越しでもゆうちゃんの体温が感じられる。やっぱりこの整髪力いい匂いだな。
 って違う! こんなことしてる場合じゃないってば。

 「もうゆうちゃんの莫迦!」

 おれがポカポカと胸を叩くとなぜかゆうちゃんは楽しそうに笑っている。なにが面白いのかさっぱりわからない。

 「……なにあれ?」

 泉先輩と喜多見先輩がおれたちを見て、ぽかんとしている。
 兄ちゃんは腕を組んで深く頷いた。

 「な?」

 なにが「な?」だよ!





 どうにかゆうちゃんを引き剥がし、おれたちは昨日下見したカフェに来た。隠れ家的な場所なのでお客さんは少ないけど、ほとんどが女の人ばかりだ。
 兄ちゃんはニコニコと嬉しそう。
 男五人で中央テーブルに座らせられ、店中の注目がおれたちに向けられている。
 そりゃイケメンがこんなに揃えば見たくもなるだろう。
 そんな中、どうしておれが混じってるんだ。明らかにおれをみてヒソヒソ話してる人もいるし。おれも不相応だとわかってるよ!
 肩を竦ませて縮こまっていると、隣のゆうちゃんがメニュー表を広げてくれた。

 「なににする?」

 よくこの状況で平然とメニューを選べるね? おれは座ってるだけでお腹いっぱいだよと思ったけど、メニュー表の写真を見て、気分が上がった。

 「ミルクパンケーキ美味しそう!」

 この店はハワイアンを意識していて、アサイーボウルやチーズケーキや、ロコモコやポキライスなど豊富にある。
 だけどここはやっぱり定番のミルクパンケーキだよね!
 兄ちゃんたちもメニューを決め、店員さんを呼んで注文をした。
 お冷を一口飲んだ泉先輩が指を組んだ。

 「さて、結のなにが聞きたい?」
 「じゃあ学校で過ごしてるゆうちゃん!」
 「いいよ〜」

 泉先輩はスマホをテーブルに置き、写真フォルダを見せてくれた。

 「これは去年の体育祭。結は応援団入ってたから長ラン着てるの」
 「……かっこいい」

 赤いハチマキが風に靡き、白い手袋をつけたゆうちゃんは壇上にあがり声を張り上げていた。
 あまり見慣れない姿におれの目は釘付けになる。

 「他にもありますか?」
 「もちろん。勝手にスライドして見ていいよ。そこは結たちだけのフォルダだから」
 「ありがとうございます!」

 おれは遠慮なく他の写真も見せてもらった。
 体育祭で活躍しているゆうちゃん。
 研修旅行で泉先輩たちとトランプをしているゆうちゃん。
 文化祭、合唱祭とどんどん続いていく。
 ゆうちゃんの隣には当たり前のように兄ちゃんと泉先輩、喜多見先輩がいる。よっぽど仲がいいんだろうな。
 あ、肩組んで撮ってるやつもある。おれもやってみたいけど、背の高さが合わないから変になっちゃうよね。
 写真一枚ずつ見ているとあることに気づく。
 ゆうちゃんのハチマキは誰が巻いたんだろう。それに文化祭ではリーゼントみたいな髪型してるし。誰がセットしたのかな。
 ゆうちゃんのことを知れて嬉しいはずなのに、ちくちくと小さな痛みが胸を刺す。
 一つ一つは大したことがない。けれど束になってこられると息が詰まる。
 泉先輩はお冷を一口飲んでテーブルに置いた。

 「結とはいつからの付き合いなの?」
 「おれが小三のときです」

 おれがゆうちゃんのお世話係になった経緯を説明すると、泉先輩と喜多見は揃って目を輝かせた。

 「「可愛い!」」

 二人の息が合った様子におれは目を丸くした。
 どこに可愛い要素があったんだろう。そういえば昨日も言われたよな。
 つまり年下がなんか勝手に絡んでるって思われてるんだよね。ほら、犬がじゃれつくみたいにさ。
 でもだからと言って落ち込んでばかりはいられない。

 「泉先輩、この応援団と写真と合唱祭の写真送ってもらえますか?」
 「いいよ」
 「てか結のこと知りたいなら二人で出かけてみたら?」
 「え、でも」

 休日は彼女さんとデートするんじゃないかな。
 おれがちらりとゆうちゃんを見ると、いつもの無表情なのにどこか頰が赤い、ような気がする。照明のせいかな?

 「今度の休日、映画でも行く?」
 「いいの?」
 「ん。観たいのあったし」
 「行く行く!」
 「よかったね」

 泉先輩のナイスアシストのお陰でゆうちゃんとお出かけができる。
 楽しみ!
 あ、でも映画なら彼女さんの方が適任じゃない? でもせっかく誘ってくれたんだから、今回は一緒に行くのを許してもらおう。
 彼女さん、ごめんなさい!
 会話が一段落するとちょうど料理が運ばれてきた。

 「うわ〜可愛い!」

 おれが頼んだミルクパンケーキと泉先輩が頼んだロコモコ、喜多見先輩はLサイズのマルゲリータピザ、兄ちゃんとゆうちゃんはカフェラテだ。

 「ごゆっくり」

 配膳してくれた女性店員さんは、最後にカフェラテをゆうちゃんの前に置いた。そこにはハートのラテアートをされている。兄ちゃんのはリーフなのに。
 まさか!
 女性店員さんは意味深にゆうちゃんをみつめて、頰を赤らめている。
 明らかなアプローチじゃん! ゆうちゃんすごい!
 じゃなくてこんなことされたら彼女さんが嫌な思いをするよね。

 「ゆうちゃんのに砂糖入れてあげる」

 おれはシュガースティックを切り、ザバザバと砂糖を入れて、スプーンでかき混ぜた。ハートのラテアートがみるみるうちに消えていく。
 店員さんはなにすんだよ、とおれを睨みつけている。
 すいません。この人彼女いるんです。アプローチはやめてください。
 内心で平謝りをしていると、ぽんと頭に手をおかれた。

 「飛鳥、ありがとう」
 「……どういたしまして」

 ゆうちゃんにお礼を言って貰えて嬉しいけど、もうこの店には来れないな。
 なら悔いが残らないようにしなくちゃ。
 おれはポケットからスマホを取り出した。

 「あの〜みんなの料理を写真に撮ってもいいですか?」
 「いいけど、なにするの?」

 泉先輩は小首を傾げた。
 おれはリュックからミニノートを取り出して、テーブルに広げる。

 「行ったカフェの写真を貼って、デコってるんです」
 「すご……っ!」

 泉先輩と喜多見先輩はおれのノートをパラパラとめくり、兄ちゃんはその様子をつまらなそうに眺めていた。
 おれの趣味はカフェ巡りだ。
 行ったお店の料理を撮り、シール印刷してミニノートに貼っている。可愛いシールやマスキングテープでデコったり、味の感想や店内の様子を細かく記しているのだ。
 もちろんインスタにもカフェ巡り専用のアカウントもあって、そこそこフォローされている。
 ノートから顔を上げた泉先輩はにっこりと笑った。

 「カフェ好きなんだね」
 「いつか自分の店を持ちたくて勉強してるんです」
 「「可愛い!」」

 おれが夢を語るとまた泉先輩と喜多見先輩は声を揃えた。ちょっと照れくさいな。

 「えへへ。まだ料理の腕も全然なんですけどね」
 「だから毎日結の弁当作ってあげてるんだ。いつも美味しそうだと思ってた」
 「食べようとすると怒るしな」
 「そうなんですか?」
 「そうだよねぇ、喜多見」
 「あれは手負いの肉食動物だな」

 そこまでおれの弁当には魅力がないと思うんだけどな。もしかして量が足りないのかもしれない。
 明日からちょっとご飯の量増やそうかな。

 「てかさっさと食えよ〜。いつまで待たせる気だ」

 背もたれに頭を乗せていた兄ちゃんはぶうと頰を膨らませている。そんな嫌なら来なきゃいいのに。
 もしかして自分だけラテアートがリーフだから拗ねてるのかも。生粋の女好きも大変だな。

 「じゃあいただきます!」 

 写真をすべて撮り終わり、おれはミルクパンケーキにナイフをいれた。柔らかくてしっとりとしている。バターと卵の匂いが食欲を誘い、口の中がよだれでいっぱいだ。
 まずはなにもつけずに一口。美味しい!
 パンケーキ自体は甘さ控えめで、ベーコンエッグに合わせてもいいかも。

 「これ甘くないからゆうちゃんも食べられるよ」
 「じゃあ一口くれ」
 「うん!」

 おれはパンケーキを一口大に切って、ゆうちゃんに食べさせた。

 「ん……確かにこれなら食えるな」
 「小麦本来の味とバターがいいアクセントになってるよね」

 おれはしみじみとパンケーキの感想をのべた。結構当たりの店だったかもしれない。
 まぁもう二度と来れないんだけどね。

 「僕も食べてみたい! こっちのハンバーグと交換しない?」
 「いいんですか。じゃああーん」
 「はい、あーん」

 泉先輩が切ってくれたハンバーグを食べようと口を大きく開くと横からトンビのように掻っ攫われた。

 「ゆうちゃん! 酷い! おれが食べようと思ってたのに」
 「食べさせてもらう必要ないだろ」
 「泉先輩すいません。パンケーキ大きめに切りますね」
 「……いや、気にしなくていいよ」

 泉先輩が若干引き気味だ。そりゃ横から盗られたら面白くないよね。

 「ならピザ食うか?」
 「いいんですか、喜多見先輩!」
 「あぁ」

 喜多見先輩は切り分けてくれたピザをおれに差し出してくれる。とろりとしたチーズと蜂蜜の甘い匂いが食欲をそそられた。
 だけど、おれが口を開けるとまたトンビのようなスピードでゆうちゃんがかぶりついてしまったのだ。
 さすがの喜多見先輩も目を丸くしている。

 「もう! ゆうちゃん邪魔しないでよ!!」
 「……別に腹減っただけだし」
 「そんなにお腹空いたなら注文すればいいじゃん」
 「もういい」

 ふんとゆうちゃんは鼻を鳴らしてカフェラテを口につけた。
 なんだがよくわからないな。

 「喜多見先輩、すいません」
 「段々面白くなってきたよ」

 手の甲を口に当てて笑う喜多見先輩におれは首を傾げた。ピザを盗られたらというのに怒らないで笑って許してあげる喜多見先輩はやさしいな。
 おれは気を取り直してミルクパンケーキを食べることにした。今度は生クリームをたっぷりつけよう。
 ナイフで丁寧にパンケーキに塗り、一口食べた。

 「ん〜〜美味しい!」

 生クリームはかなり甘い。でも全然くどくなくて、いくらでも食べられる。

 「飛鳥、頰にクリームついてる」
 「どこ?」

 ゆうちゃんに指摘されておれは右頬を指で擦った。

 「違う。ここだよ」

 ゆうちゃんの顔が近づいてきて、おれの左頰についたクリームをぺろりと舐めた。

 「甘いな」
 「ゆうちゃんでもギリギリ食べられる?」
 「まぁ添えてあるものによるかな」

 甘くないパンケーキとなら食べられるってこと?
 おれが再び前を向くと、正面に座っていた泉先輩と喜多見先輩は目を白黒させている。

 「「え?」」
 「どうしました?」

 泉先輩と喜多見先輩の二人は目を合わせた。

 「いま、僕たちはなにを見せたられたの?」
 「わからん」
 「俺様が苛つく原因わかるっしょ」
 「これが毎日だとさすがに」
 「無自覚なのか」

 なぜか泉先輩と喜多見先輩の会話に兄ちゃんも入り、三人はお化けでもみるようにおれとゆうちゃんを見た。

 「三人ともどうしたのかな?」

 おれがゆうちゃんに聞くと「知らね」とちょっと不貞腐れていた。