目をくれたあなたへ


学校内のベンチへと腰掛けて一息吐く。

部活動も終わりを迎えた校庭は、静けさに満ちていた。
ぼんやりと境界があいまいになっていく空を眺めていると、頬に熱い温度が伝わって視線を向ける。

「紅茶でいい?」
「うん。ありがとう」

朔夜から温かい紅茶を受け取って、隣に腰掛ける朔夜を意識しながら、手の中のペットボトルを転がしてみる。
缶のコーヒーを呷っている朔夜を横目に見た。

「…自販機あったんだ」
「うん、結構あるよ、校内に」

静寂が漂う。
朔夜の飲み下す音だけが聞こえた。

「……気になる?」

ここまでの道中に思考の整理ができなくて、ずっと無言で歩いてきてしまった。
口に出すには、嫌われる勇気が必要だ。
聞いてみて、後悔する。
安易に聞くなと、聞こえてしまったかもしれない。
でも、朔夜は応えてくれた。

「気には、なるかな。…でも、透が言いたくなるまで待つよ」

覗き込みながら微笑む朔夜。
じんわりと手のひらから伝わる紅茶の温度が、彼の心のような気がした。

「……変な姿に見えるんだ」
「…?どういうこと?」

朔夜の顔は見れなかったが、声で訝しんでいる様子が想像できる。
目を瞑って、深く息を吐いた。

「さっきの先輩も、俺には、右手のない、俯いている姿に見えてた」
「……」

返事はない。
ペットボトルの中の紅茶が揺らめいている。
やっぱり、変に思われたかな。
ぎゅっとペットボトルを握る手を強めた。

「…俺は?」
「え?」

落ち着いた声に、咄嗟に顔を上げる。
朔夜は緊張した表情をしていた。

「俺は、どう見えてるの?」

どう答えたらいいのか、逡巡して、恐る恐る口を開く。

「……普通?」
「普通って何」
「えっと…人の姿?」
「手はある?足は?あ、眼球とか!」

手を上げ足を上げをしているその姿に、吹き出してしまった。

「笑い事じゃないぞ?体がないなんて、不便じゃないか」
「そこなんだ…」

悩んでいるのが馬鹿らしく思えて、心が軽くなる。

「ありがとう」
「何が?」
「ううん。気にしないで」

微笑めば、朔夜は歯を見せて笑い返してくれた。

「良かった。ちょっと落ち込んでるように見えたから」

なんだかむず痒く感じて、顔を背けた。

「朔夜は、どこも無くなってないよ」
「良かった」

嬉しそうな声が耳を打つ。
ぬるくなった紅茶のキャップを開けた。

「…怖い?」

静かな問いに、目を細める。

「……」

言葉は出なかった。
怖いけど、怖くない。

「…朔夜が隣に居てくれるなら、大丈夫」

朔夜の方に視線を向ければ、自然と目が合った。
瞳の中にキラリと光が差し込む。

「…透の目、綺麗だ」

暖かい風が、通り過ぎていった。