「そういえば、透は何であそこでしゃがんでたの?」
「……あ」
朔夜に問われて、自分が”手”を持っていることを思い出した。
咄嗟にそれを背中に隠して、後悔する。
彼には見えていない。
「……今、何か隠した?」
「な、何も……」
言い淀みながら、”手”を落とさないように、ゆっくり手を開いて見せると、朔夜は不思議そうな顔をしていたが納得してくれた。
ホッと息を吐き出して、適当に嘘をでっちあげる。
「さっきも、画鋲が落ちてたから、拾っただけ」
「そっか」
追及してこない様子に安堵しながら、自然と二人並んで階段を下りていく。
「透はなんで4階に居たの?」
「天文部に入部届を出しに行ってた」
「天文部に入るんだ?」
頷くと、朔夜は不思議そうな顔をする。
「変?」
「変…ではないけど、意外かな?」
意外という言葉の意味を考えようとしたその時、視界に映ったソレに階段途中で足を止めた。
「どうしたの?」
朔夜の声もどこか遠くに感じる。
3階の廊下は傷やシミが目立ち使い古されていることが一目で分かるほど薄汚れていて、
その廊下の先、俯いた女生徒が立っていた。
背中に冷や汗が流れる。
手に持っていた”手”が、ドクンと脈打ったような気がした。
「…透?」
数段下から顔を覗き込んでくる朔夜から視線を外して考え込む。
たぶん、"手”の持ち主だ。
声をかけるか、迷う。
いつもならすぐに渡すが、今回は朔夜が見ている。
漠然と嫌われたくないと思って、素通りすることにして足を進めると、朔夜が声を潜めてそっと耳打ちをしてきた。
「もしかして、あそこで携帯触ってる先輩が気になるの?」
体が固まった。
朔夜に視線を向けながら、聞いてみる。
「携帯…?」
「ん?うん。スマホでしょ?あれ」
あれと言われて、女生徒に目を向けた。
俯いて顔は見えない。
ゆらゆらと不安定に立っていて、左手はだらんとしている。
生気を感じられないその様子のどこにもスマホを触る姿はなかった。
そして、右手は、ない。
見えているものが違う。
ちらりと朔夜を覗き見ると、彼は不思議そうな顔をしている。
不意に彼が見ているモノがどんな姿なのか、気になった。
「…スマホ、触って、何してるの?」
「え…?スマホをずっと操作してるから、SNSとかじゃないかな?」
朔夜の言葉を頼りに、スマホの画面を俯きながら見て、必死に操作をしている女生徒を想像してみる。
すると、手に持った”手”が、モゾモゾと動き出して、うわっと小さく声を上げてしまった。
「……さっきからなんか変だけど、どうしたの?」
朔夜が心配そうに見てくるけれど、それに応える余裕もなくて、動き続ける”手”を見下ろした。
まるで、主人を見つけて、喜んでいるようだ。
その”手”の指が人差し指だけを残して折られていく。
主人はあっち。
そう伝えてくるように。
溜息を吐いた。
気持ち悪いって拒絶されるかもしれない。
それだけが心残りだった。
でも、人にとって”手”は大事なものだから。
「…ごめん、朔夜。少し待っててくれる?」
「え?どこに……」
朔夜の声を背に、女生徒へと足を進める。
彼女の傍に行くと、頻りに何かを呟いているのが聞こえた。
「て、は、ど、こ」
周りなど気にもせずに、ずっとゆらゆらと揺らめいている。
でも、足は動いていない。
探しているのに、探しに行かない。
不思議な異形だった。
「ここにあるよ」
”手”を差し出してみるも、やはり反応はない。
でも”手”はずっと主人を指さしている。
どうしたものかと考えて、持っている”手”を欠損している部位にあてがってみた。
スッと繋がっていく。
繋ぎ目が分からなくなっていく様子を、不思議だなと思いながら眺めていると、女生徒の姿が揺らぐ。
「え!?だれっ?」
「あ…」
女生徒が悲鳴のような声を上げて遠ざかった。
その姿がスマホを触っている女生徒に変わっていることに驚く。
これが朔夜の見ている姿なのか。
女生徒はこちらの気持ちなど露知らず、嫌悪を露わにして睨みつけてきた。
「何?あんた。セクハラ?」
「え…いや、違うけど」
「はあ?…キモっ」
侮蔑の表情を残して去っていく女生徒の姿を目で追いながら、胸に手を置いた。
ちょっと傷ついた。
「…手、返しただけなのに」
その呟きは誰にも聞こえず、廊下に反響する足音に消えていく。
とぼとぼと朔夜の元に戻ると、彼は目を瞬かせながら、口を開いた。
「……どういうこと?」
「帰りながら、話そう」
