「綺麗だったね」
「うん、僕、絶対に今日のこと忘れないよ」
空が真っ黒になって、地面の白がよく映える。
イルミネーションの残光がまだ、瞳の中で明滅していた。
もうすぐ、恋人になってからの初めてのデートが終わる。
そう考えると寂しくなって、朔夜の手を握る力を強めた。
朔夜は、それに応えて優しく握り返してくれる。
それが嬉しくて、目を細めた。
「……透が書いてたメッセージカードは、今家にあるの?」
唐突に紡がれた朔夜の言葉に足を止める。
唇が震える。
目の焦点が合わなくて、顔があげられない。
「……」
俯いて顔を上げない僕をどう思ったのか、振り返った朔夜は更に言葉を続ける。
手は繋がれたままだった。
「あ、いや、別に欲しいとかじゃなくて……ただ、その、この後、透の家に行っていいかな、とか……思ってみたり」
徐々に小さくなっていく朔夜の声が、上手く消化できなかった。
僕もまだ一緒に居たいとか、家に来てもいいよって言いたいのに。
息を吐き出すと、震えていた。
顔を上げる。
朔夜が心配そうに、眉を寄せていた。
ごめんね、朔夜。
僕は、もう、戻れないんだ。
「……今、言うよ」
「え…?」
困惑している朔夜の手を離す。
僕の肋骨が、ぐにゃりと、疼いた。
「……ずっと一緒に居たいって、書いたんだ」
目を見開いていた朔夜は、徐々に嬉しそうに目が細められていく。
「本当?じゃあ、一緒だね」
心の底からの笑顔を脳裏にこびりつける。
この笑顔を、絶対に忘れない。
朔夜。
ずっと、名前を呼び続けるよ。
ぐちゃり
肋骨が、動き出した。
「朔夜」
「ん?どうした?透」
「この公園……覚えてる?」
朔夜は質問の意図が分からなかったのか、眉を寄せている。
通り過ぎようとしていた公園に目を向けていた。
その顔をじっと見つめる。
「えっと……確か、少し、話したこ、と、あったよ、ね?」
視線を右往左往して、記憶を探っているのだろうか。
スマホの一件で失言をしたことを警戒しているのかもしれない。
もう、大丈夫なのに。
「うん、ここで、チョコ、くれたよね」
「そ、そうだっけ…?」
「そうだよ、覚えてない?」
「……ご、ごめん。思い出せなくて」
目を伏せて眉を下げている朔夜は、冷や汗を掻いている。
『朔夜』としての記憶の中には存在しなくて焦っているのかもしれない。
そんな姿も、可愛いと思える。
「僕は、覚えているよ。内緒で、二人で夏祭りに行って、射的をした。その時に、参加賞でもらったチョコ、僕にくれたよね」
僕が言葉を紡ぐたび、朔夜の目が大きく開かれていく。
ばっ、と朔夜が顔を上げた。
「……っ!」
驚愕。
言葉を失った朔夜は、パクパクと金魚のように口を動かすだけだった。
彼のつま先がキラリと光る。
僕は、朔夜のことを見続けながら、”見ずに”続けた。
「星の話も、パーティーの話も、ここで」
「あ……と、おる」
朔夜の瞳が揺れている。
彼は一歩、下がった。
だから、一歩、近づいた。
朔夜の膝から下が、キラキラと光っている。
「三科君にね、友達じゃないって言われちゃった。……朔夜と、一緒だね」
「お、れ……っ、ごめんっ」
朔夜は口に手を当てる。
彼の目は涙が出そうなほど、揺らいでいる。
嘘を吐いていたことへの罪悪感か。
一歩、近づいた。
朔夜の下半身が、ゆらりゆらりと光ながら揺らめいている。
「ありがとう、朔夜」
「……?」
「願いを叶えてくれて」
「……ヒッ」
引きつった声を上げた朔夜に、一歩、近づいた。
「ありがとう、朔夜」
「……ま、」
「ずっと見守ってくれて」
今、僕はどんな顔をしているんだろう。
「ありがとう、朔夜」
「…と、とおる」
「僕を支えてくれて」
朔夜は口を押さえて、じっと僕から視線を離さない。
笑えて、いますか?
「ありがとう、さくや」
「……本当に、ごめんっ、おれ、取り返しのつかないことを……」
「僕を愛してくれて」
もう、いいんだよ。
「ありがとう、さくや」
「とおるっ、とおる…っ!」
泣き崩れる朔夜に、一歩近づいた。
朔夜の姿は全身、液体鏡で覆われてしまった。
目も耳も鼻も口も、何も見えない。
こんな姿でも、僕は朔夜を離したくないと思えている。
僕はちゃんと朔夜のことが好きなんだ。
「朔夜、ずっと、ずっと、一緒に居てくれる?」
ゆっくりと顔を上げた朔夜の顔は、もう分からなくなってしまったが、代わりに、彼の足元の雪が少しずつ溶けていっている。
彼の涙を、見たかったなと、すこし残念に思う。
「…いい、の?……お、れ…っきらいじゃ……」
震える嗚咽交じりの声で、きっと唇は震えているんだろうなとか、この姿じゃキスはできないなとか、場違いなことばかり浮かんでくる。
愛おしくて、微笑んだ。
「……朔夜じゃないと、だめなんだよ」
目を細める。
ゆらゆら
彼の液体鏡の中で揺れ動くものを見た。
炎。
僕の願い。
視界の端で、肋骨の先端が見えた。
ポキッポキッ
骨の軋む音が響く。
一歩、近づいた。
「もう、ひとりにしない」
僕を、ひとりにしないで。
朔夜が笑ったような気がした。
朔夜の鏡の中に、僕が映る。
肋骨が花のように開き、
空洞の胸の中には、瞳孔が開き切った目がある。
その目に映るのは、オレンジの炎と、影。
ゆらゆら動く影は、キラキラと光っている。
「透、愛してる」
僕も、愛してるよ。
朔夜。
言葉の代わりに、呑み込んだ。
