目をくれたあなたへ


はーっ、と息を吐き出すと、白い小さな結晶が舞い上がる。
真っ白な空と、真っ白な地面。
まるで別の世界に迷いこんでしまったような景色を、呆然と眺めた。

今日はクリスマスイブ。
家からほど近いコンビニを待ち合わせ場所に、朔夜を待っていた。
手袋、マフラー、分厚いコート。
完全に防寒をしていても、寒さは防げずにぶるりと震える。
マフラーに顔を埋めたその時だった。

「あっつ……」

頬に急に熱を与えられて反射的に後ろを振り返れば、朔夜がそこに居た。

「おはよう、透」

にっこりと笑んでいる顔を見て、苦笑する。

「おはよう、朔夜」

冴え冴えとしていた心が一気に温まる。
朔夜は手に持っていたペットボトルを差し出してきた。

「寒そうだから買ってきたよ」

彼は後ろ手にあるコンビニを指し示して言う。

「気づかなかった……」
「ぼーっとしてたからね、体調悪い?」

心配そうに覗きこんでくる朔夜が愛おしい。
嬉しくて、微笑んだ。

「大丈夫だよ、ありがとう」

朔夜は驚いた顔をしたあと、徐々に嬉しそうに顔を綻ばせる。
それを横目にペットボトルの蓋を開けることに苦戦していると、朔夜がひょいっと取り上げてしまった。
カチッと蓋が開いた音が雪に解けていく。
自然と手のひらに戻されたそれが温かくて、ぎゅっと胸に押し当てた。

「…ありがとう」
「どういたしまして」

冷え切った喉を温かい温度で満たしていく。
体中が、朔夜でいっぱいになっていく感覚が、心地良い。

「今日はどこに行く?」
「イブだから、イルミネーションは見たいかも」
「俺も。そういえば、近くでクリスマスマーケットもあるみたいなんだ。行ってみない?」
「行きたい」

朔夜を見上げると、目が合って笑い合った。

「行こうか」

あ、行ってしまう。
そう思ったら、自然と歩き出そうとしている朔夜の手を掴んでいた。
これを、本当のデートにしたい。
僕たちが恋人として過ごす、最高の一日に。

「……朔夜」
「どうした?」

振り返る朔夜の目をじっと見つめる。
キラキラと光るその瞳が宝石のように輝いていて、手を伸ばしたくなる。
開いた口から、冷たい空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

「……今、返事、してもいい?」
「……」

自分の声は震えている。
朔夜の手も少し震えているような気がした。
長いこと待たせてしまったから、不安なのかもしれない。
ぎゅっと、手を強く握った。

「…好き」
「……っ」

朔夜は息を詰まらせて、目を大きく見開いている。
その瞳は、ゆらゆらと揺れていた。
一歩、近づいて、朔夜の顔を下から覗き込む。

「僕、朔夜のこと、好きだよ」
「……ほんと、?」
「うん…」

朔夜は空いている手で口を隠してしまう。

ドサッ

温かいペットボトルを落として、朔夜の手をそっと退ける。
目を細めながら、ぐっと顔を近づけた。

「……キス、して?」
「……とお、る」

お互いの息が混ざり合う。
離れていても、朔夜の体温を感じているように、顔が熱い。
朔夜がゆっくりと顔を近づけてくる。
目を瞑って迎え入れれば、ふんわりと唇が温かい感触に包まれた。

キス。

じっくりと、柔らかい感触を味わっていれば、ゆっくりと離れていく。
名残惜しく感じながら、目を開ければ、朔夜の瞳の中に僕が入っていた。

「…っはああ」
「うわっ」

朔夜は溜め込んでいたものを吐き出しながら、しゃがみ込む。
それに驚いたが、その間もお互いに手は離さなかった。

「……嫌われたかもって思ってた」
「ごめん」
「……ありがとう、透。俺を選んでくれて」

下から嬉しそうに笑んでいるその顔に釣られて、自然と頬が緩む。
こんなにも幸せなことがあるだろうか。
この時間を忘れないように、しゃがみ込む朔夜の向いに同じようにしゃがんで、朔夜の顔をじっと見つめた。
頬にリップキスを落とすと、朔夜は顔を真っ赤にして膝に埋めてしまう。

「…はずかし」
「朔夜、可愛い」

ペットボトルを落としたあたりの雪が溶けている。
それを拾い上げて触ると、少し冷たくなっていた。
でも、心も体も温かくて、心地が良い。
立ち上がって、どちらかともなく手を繋ぐ。
手袋越しなのに、カイロのように温かくて、くすぐったかった。

「そういえば、これ、覚えてる?」

行き先を決めて歩きだした途中のことだった。
朔夜が、ポケットから取り出して目の前に差し出してくる。
それに一瞬ドキリとした。

メッセージカード。

「文化祭の時、交換するって言ってたけど、なかなかタイミング合わなくて。…今更だけど、受け取ってくれる?」

朔夜のメッセージカードの文字を見て、心が躍る。
嬉しくて自然と声に出していた。

「…ありがとう」

受け取って、大事に胸へと押し当てる。
大事に、大事に、仕舞いこんだ。


クリスマスマーケットは、人でごった返ししていた。
家族、恋人、友達。
たくさんのグループが行きかう光景は、夏祭りを思い出す。
あの日は楽しかった。

「初めて来たけど、結構人気なんだな」
「僕も初めて来た。誰かに教えてもらったの?」
「クラスの女子に」

それを聞いて、少しムッとしてしまった。
僕の知らない朔夜を他人が見ていることが妬ましい。
それに気づいた朔夜が、意地の悪い顔をして覗き込んでくる。

「そういう顔の透も可愛いね」
「…いじわる」

嬉しそうに笑う朔夜の袖をくいっと引っ張った。

「あそこのお店、人形いっぱいあるよ」
「見に行こうか」

人がいっぱいで、自然と朔夜と密着するように歩く。
その温度が、冬の寒さを包み込んでくれた。

お店を物色し、少し早い昼食をとった後、一つの看板が目についた。
『ハーバリウム作り体験』と書かれている。
見本を見てみると、いろんな形の瓶に、色とりどりの花が散りばめられている。

「綺麗……」
「体験していかれますか?」

つい、足を止めて見ていると、店員に声をかけられて肩が跳ね上がった。
顔を上げると、空っぽの瓶を体に、手足の代わりに花が咲き誇っている人がそこに立っている。
その見た目の強烈さに固まっていると、朔夜が間に入ってくれた。

「いくらですか?」
「瓶の大きさにもよりますが、2000円から作ることができますよ」
「透、やってく?」
「…うん」

ありがとうございますという大きな返事を聞きつつ、朔夜の袖を引っ張った。

「ありがとう…」
「いいよ、びっくりする見た目だったの?」
「うん、瓶に手足みたいに花が咲いてる」
「すごいな、そりゃ」

くすくすと二人で笑いながら、瓶の形を選びにいく。
無難なボトルタイプにしてみた。
朔夜を見てみると、ハートの形の瓶を手に取りながら、悩んでいる。
その様子を微笑ましく見つめていると、朔夜と目が合って、手招きされた。

「これに、大きな花とか真ん中に置くと綺麗かな?」
「朔夜は器用だから、上手にできそう」
「じゃあ、これに決めた」

少しお高いのも気にせずに店員の方へ進んでいく。
朝から、ずっと奢られてばっかりで、申し訳なく思って、お会計を終えた朔夜に耳打ちをした。

「お金、大丈夫?」

少し屈んでくれていた朔夜が僕の顔を見て苦笑した。
ポンと頭に、手が乗せられる。

「大丈夫、貯金があるから」

朔夜の家庭環境は知っている。
だからこそ聞いたことだったが、嘘を吐いているようには見えなくて、ほんの少しの気がかりはそっと胸に仕舞いこんだ。

「では、ハーバリウムの作り方を簡単に説明していきますね」

たくさんの花が絡み合ってできている腕を身振り手振りしながら、丁寧に解説してくれる。
それを真剣に聞きながら、軽く花の種類を眺めた。
名前までは分からないが、色とりどりの花が小分けで置いてある。
生花ではない花たちに、季節のような統一感はない。
瓶の中の未来を想像しながら、空の瓶に手を添えた。

「それでは、好きなお花を選んで、ピンセットで瓶に詰めていきましょう。ポイントは下の方に少し空気を残すように積み上げていくとバランスよく仕上がります」

赤、青、黄色、緑。
多種多様な花たちに目移りしてしまう。
大きめのピンセットを片手に、うーんと悩む。
こういうのは向いていない気がする。
あまり出来上がりが想像できない。
適当に取っていこうかと考えつつ、最後に目を向けた白色の花がまとめられた箱の中の一つに、目を奪われた。

白い花びらに、小さくて細い紫色の花弁が密集した、大きな”目”のような見た目をした花だった。
茎の部分は細長く、ツルのようにしなやかに湾曲している。

吸い込まれるようにピンセットでそれをつまんでいた。
白い花を軸に、全体的に落ち着いた色になるように飾り付けをしていく。
これでいいかと店員さんにボトルを渡して、オイルを注いでもらっている間に朔夜の方を覗いてみると、慎重に小さな花を瓶に入れているところだった。
真ん中あたりには、大きな黄色の花が見える。

「ヒマワリ?」

聞いてみると、朔夜がにっこりと笑った。

「透に似合いそうだと思って」
「え?……僕?」
「うん。できたら、あげる」

胸がこそばゆく感じて、小さくお礼だけ伝えた。
隣で出来上がるのを見届けて、店員さんに渡しに行く。
オイルを詰め終えた瓶を閉めて、軽く装飾をしてくれた。

「ハッピークリスマス、良い一日を」

店員さんから素敵な言葉と、ハーバリウムを受け取ってその場を離れる。
喧騒から少し外れたところまで移動して、お互いのハーバリウムを見合った。

「こんな花あるんだな、綺麗だ」
「朔夜のハーバリウムは、見てると元気が出るよ」

自然と交換する流れになって、大事に手に持った。

「夕食は、レストランに行こうかと思って、予約しておいた」
「え、すごい。計画的」
「良い彼氏だからね」
「ふふっ、自分で言うんだ」

二人並んで歩く。
ツルが絡みつくまで、あと少し。