目をくれたあなたへ

【朔夜視点】

家の扉を開けると、衣服が散乱していた。

「また散らかしたまま行ったな、母さん」

人ひとりが通るのがやっとの狭い玄関で靴を脱いで、あちこちに散らばっている派手な衣服を拾い上げていく。
その中には下着もあるが、慣れた光景に溜息しか出てこない。
集め終えたものを洗濯機に入れて運転する。
ゴウンゴウンと音が鳴り始めたのを確認してから、リビングへと向かった。

狭いアパートのリビングと寝室しかないこの部屋では、自分の荷物は全て、こじんまりとした勉強机の周囲にしか置くスペースはない。
ボディーバッグを勉強机の横にかけて、リビングの大部分を占めるテーブルへと目を向ける。
書き置きが置かれていた。

『今日のご飯代です。帰りは朝になります。暖かくして寝てね』

近くに置いてあった封筒には、1万円が入っていた。
いつもお金は余ってしまうが、母からお小遣いにしていいと許可をもらっているので、貯金に回している。
静かな部屋は慣れたが、こういう書き置きを見ると、たまに人恋しくなってしまう。
そんなときは決まって、写真を見るのが常だった。

「…透、可愛い」

幼い頃に撮った、透の恥ずかしそうに眉を寄せている写真を見て、頬が緩む。
明日はイブだ。
貯めておいたお金を使って、透と一緒にたくさん遊ぼう。
写真をひと撫でして、机の引き出しに戻す。

「あ、メッセージカード」

写真を入れた引き出しにそれを見つけて、取り出した。
文化祭の時のメッセージカードだ。
透はその場で書いていたようだが、自分はまだ書いていなかった。
真っ新なカードを眺める。
渡すタイミングを逃してしまったが、交換しようと約束をした物だから、渡したい。

「明日、渡そう」

メッセージカードを机に置いて、ペンを持ってくるくると回す。
何を書こうか。
しかし、思い出すのは、告白の後、泣き崩れた透の顔だった。

「……嫌われちゃったかな」

あの時は焦燥やらヤキモチやらで余裕がなかった。
だから、勢いで告白したり、実行委員から貰ったらしいチョコを捨てたり、とにかく醜い行動ばかりしてしまった。

やっとやり直すチャンスなんだ、失敗したくない。

ペンをぎゅっと握る。

目が見えるようになる前の、ベッドから降りず、無言でじっとしているだけだった透を思い出すと、今でも胸が締め付けられる。
話しかける勇気もなくて、気付かれないようにただ見ているしかなかった自分も、一緒に暗闇に居るような気がした。

「……記憶さえ戻らなければ、このまま…」

喉から込み上げるものをぐっと飲み込む。
間違いを犯してしまったのは自分だけれど、望まずには居られなかった。

「普通の恋人同士みたいに……」

自分の声は静かな部屋に溶け込んで、消えていく。
願わくば、未来の透の隣に、居られますように。

ペンを走らせた。

『ずっと隣にいる』

この言葉が本当になればいいと、願ってやまない。