テスト期間が始まった。
「範囲、広すぎない?」
「確かに…」
三科の呟きに深く頷いて返す。
正直、もう少し早く始めればよかったかなと、後悔している。
今回のテスト期間は、放課後にも集中できる環境で、勉強をした方が良さそうだ。
図書室空いてるかな、と教科書をペラペラと捲っていると、三科がスマホを操作しているのが視界に映った。
じっとそれを眺めていると、それに気づいた三科と目が合う。
「どうした?」
「…いや、スマホってどうやって使うんだろうって」
「え!?持ってないの!?」
あまりに衝撃的だったのか、立ち上がる三科はスマホを落としそうになって、慌ててキャッチしている。
その慌てように驚きつつ、何となく言いづらくて視線を逸らした。
がたりと席を座る音が聞こえる。
「どおりで、操作しているところも見たことないし、連絡先とかも聞いてこないわけだ」
「……あまり、気にしてなくて」
「この文明の利器を持っていないなんて、損してるよ」
自分のスマホをフリフリとアピールしているその画面に、見たことのない綺麗な景色が映る。
そういえば、部長はこれで写真も撮っていたなと思い出した。
「あれ?でも……ほら、結構よく一緒にいる友達とは?どうしてるの?」
『結構よく一緒にいる』で思い浮かぶのは1人しかいない。
「朔夜とは、ノートの切れ端とかで書き置きしてて、あとは家にはよく来るし……」
「…なんか、君らだけ過去に居るみたいだな」
三科の独特な言い回しに、指がぴくりと反応した。
『過去』という言葉は、脳裏に強い刺激を与えてくる。
まるで、思い出せと言っているみたいに。
「その、さくや君?も持ってるんじゃないか?1台くらいあってもいいと思うけど。…あ、でも親とか?」
「それは、大丈夫だと思う」
「そっか、じゃあおねだりしてみたら?」
ブブッとスマホが振動して、三科はまたスマホに集中し始めてしまった。
教科書を閉じて、窓から透き通った青色の空を眺める。
何となく、首が寂しい感じがして、そっと手を当てた。
夕方の図書室の机は、やはり人気があるようで、人がいっぱいだった。
丁度、真ん中の1人分の席が空いていたので、そこに座る。
あまり広いスペースは取れないが、1人で使う分には申し分ないだろう。
教科書とノートを取り出して、シャープペンを握る。
くるくると指で遊びながら、どこから始めるか悩んでいると、向かいの席からブルーライトの激しい光が見えた。
スマホだった。
たまにスクロールをしながら、にらめっこをしてノートに何かを書いている。
勉強をしているのだろう。
そういう使い方もできるのだなと感心しながら、今日、帰った時にお願いしてみようと決めた。
買ったら、朔夜に使い方を教えてもらおうかな。
集中して勉強に取り掛かると、時間の感覚が分からなくなる。
ふと、隣の席の気配が消えていて、かなり時間が経過していることに気が付いた。
周囲を見渡してみても、人が疎らになっている。
窓から見える景色は、境界が曖昧になっていて、夜が近づいてきているのを知らせていた。
暖房がついているはずだが、空気は心なしかひんやりしているような気がする。
少し、休憩をしようと伸びをした。
ぞくり
視線を感じた。
それも、流星群の天体観測の帰り道に感じたそれと酷似している。
何となく、誰なのか、分かる気がした。
ゆっくりと振り返って、誰もいないことを確認してから、声をかけた。
「……朔夜?」
声をかけても、しん、としていたが、代わりに気配がゆらりと揺らめく。
本棚の隙間から、茶色の髪がひょっこりと顔を出した。
「……バレた」
バツが悪そうにそっぽを向きながらこちらに歩いてくる朔夜に、胸が締め付けられる。
愛しさか、罪の意識か。
無意識に拳を握っていた。
「…視線、熱かったよ」
目を伏せて、顔を隠す。
笑える自信がない。
「ごめん。勉強の邪魔して」
近づいてくる気配に、体が強張る。
今も、お昼は一緒に食べるし、放課後も一緒に帰ることが多い。
でも、それは外側だけ。
不安でしょうがないのか、朔夜は基本ぎこちないし、僕もまだ気持ちの整理がつかなくて、告白の返事を保留にしている気まずさがある。
出会った最初の微妙な距離に戻ったようだ。
だから、気持ちが沈んで余計なことも言ってしまう。
朔夜が隣の空席に腰掛けた音を聞いて、口を出たのは、”許し”じゃなくて、”追及”だった。
「……もしかして、あの日の夜も、居た?」
敢えて、明確な日を言わなかったが、朔夜の方がビクリと揺れていたことで察する。
朔夜と視線が合わない。
溜息を吐いた。
「理由、聞いてもいい?」
朔夜は、体を固くして俯いてしまっている。
口が開いても言葉が出ることはなく、沈黙が続いてしまっていた。
「ねえ、朔夜」
「……」
「僕のこと、好き?」
バッと朔夜が顔を上げて、やっと視線が合う。
いつもの朔夜の顔にホッとした。
「僕は、後ろじゃなくて、隣がいいよ」
「……っ、ごめん」
朔夜が歯を食いしばって、また顔を伏せてしまう。
その顔を下から、覗いた。
朔夜の目が見開かれる。
瞳が、唇が、首が、こんなにも愛おしい。
なのに、過去が罪を植え付ける。
言ってしまいたいのに、僕のこの気持ちはあってはならないモノのように感じて、目を細めた。
「良いよ。その代わり、今日一緒に帰ろう」
「……うん。分かった」
素直に頷く朔夜が可愛くて、自然と笑っていた。
机の上を綺麗にしてから、席を立つ。
朔夜と一緒に図書室を出た。
テスト期間中は部活動はお休みになっているため、廊下に響くのは、2人の足音だけ。
手が触れそうで触れない距離。
朔夜の熱は、空気に馴染んで広がっていく。
大きく深呼吸をした。
「…朔夜は、スマホ持ってる?」
何となく聞いてみると、キョトンした顔が返された。
「どうしたの?急に」
「いや、実は、持ってると便利そうだから、買ってもらおうと思ってて」
朔夜の目が大きく開かれたまま、瞬きを数回繰り返される。
その動作がやけにゆっくりに感じられた。
「必要ないって、言ってた、の、に……」
徐々に声が小さくなっていく。
朔夜の言葉を脳内で反芻させた。
あれ?
言った?
朔夜の足が止まる。
数歩前から振り返れば、冷や汗を掻きながら口を手で覆っている。
朔夜の輪郭が歪んで見えていた。
感情が抜けていく。
朔夜はいつから、僕のことを知っているのだろう。
その問いかけを、目の中に閉じ込める。
「もし、買ったら、朔夜に教えてもらおうと思ってる」
目を開いて、少し大きめの声量で声をかけると、朔夜の顔がはっきり映った。
眉を下げている顔は、困っているようにも、悲しそうにも見える。
同じくらいの声量で、返事をくれた。
「いいよ」
この約束が、本当になればいいと、胸に手を当てた。
