目をくれたあなたへ


「結構強引だったんだ?」

朔夜がビニール包装から足したパンを齧って、頬に詰め込んでいた。

「うん、なんか、雰囲気も重たかった」

お昼休み。
昨日のホームルームの出来事を朔夜に話していたところだった。
朔夜は納得顔をして、一緒に持っていたパックジュースを口に含んでいる。
真剣な眼差しと目が合った。

「…透は?」

朔夜がごくりと飲み込みながら聞いてくる。
その質問の意図が分からず首を傾げれば、朔夜は目を離すことなく続けた。

「透は、それでいいの?」

純粋な問いに、朔夜からの心配が滲んでいて、はにかむ。

「僕はいいよ」
「……」

朔夜は不安なのか、心の奥まで見透かそうとするように、じっと見つめてくる。
その目に凪いだ心のまま応えた。

「本心だよ」
「…そっか」

文化祭は楽しみだ。
夏祭りに行って、より一層待ち遠しく感じている。
でも、それはクラスメイトと盛り上げたいわけじゃない

朔夜を見る。
頬張りながら、キョトンとした顔をしている彼に微笑んだ。

「一緒に回るの、楽しみにしてる」
「うん、俺も」

夏の終わりを蝉の鳴き声が告げている。
そよそよと撫でる風は、ほんの少し、冷たさを携えていた。

「そういえば、俺のクラスはお化け屋敷に決まりそうなんだ」

朔夜はふと思い出したのか、話題を変える。
その内容に、相槌を打ってから数秒後に、『お化け屋敷』という言葉が記憶を浮き上がらせた。

―――準備期間の確保が難しいからです。

クラス委員長の声は記憶の中でもよく通る。

「…もしかして、大変?」

朔夜はきまりが悪そうに頷いた。

「これから、どういう感じにするか決めていく段階で、結構余裕が無いんだ。やるからには本格的にって、みんな熱が入ってて。しばらく、朝とか放課後とか使って進めていくかも」

朔夜と放課後に寄り道をする毎日を思い出しながら、口を噤む。
クラスで決まったことなら、しょうがないだろう。

「……頑張ってね」

心を隠すように目を細めて笑った。
朔夜は眉を下げて、ほんの少し寂しそうにしている。

「うん、ありがとう」

中庭の喧騒が、僕らの間を通り抜けていった。


カップケーキ販売の詳細の決定は、毎日のホームルームの中で数日かけて行われた。
最初は盛り上がりに欠ける雰囲気だったが、アイディアを出し合ううちに、クラスメイト達のモチベーションは好調になっていく。

「はい!カップケーキは、プレーンとチョコの2種類にしませんか?バリエーションあった方が、上がるし、2種類なら大変じゃないでしょ」
「自分でトッピングできるとか、楽しそうじゃないか?いくつか材料置いとくだけで、勝手にやってくれるだろ?」
「カップケーキだけじゃ味気ないから、なんか付けたらいいかも。…メッセージカードとか?」

出し物決めの時のように、次々と意見が上がる中、今回もクラス委員長は淡々とアイディアを黒板に書いていく。
ただ、今回違うのは、天秤が動いていないことだった。
不思議に思いながらそれを眺める。
クラス委員長が時間を見計らって、制止をかけた。

「意見はここまでにします。たくさんありがとうございました。内容を取りまとめ実行委員に提出してきます。なるべく、皆さんの意見を取り入れますが、変更点がある場合は随時お伝えしていきます。最終決定後に、詳細のプリントをお渡しします」

今回はクラスメイトの意見に口出しすることなく、学校内でできる範囲であれば、殆ど受け入れていた。
クラス委員長が解散を促すと、一気にクラスの雰囲気が緩やかになる。
ノートに黒板の意見を書き写しているクラス委員長を横目に、帰り支度を始めた。

「他のクラスは結構もめてるみたいだから、俺たちのクラス委員長は優秀だな」

くるりと同じく帰り支度途中の三科が耳打ちしてくる。
それに素直に頷いた。

「俺には真似できないね」
「誰もできないよ」

三科の緩まっている口の糸が喋る度に揺れ動く。
三科は上機嫌で教室を出ていった。

「…帰ろう」

人が疎らになった教室でポツリと呟く。
今日は天文部の活動もお休みで、1人きりの下校になる。
廊下からは、違うクラスの大きな声が響いていた。
朔夜のクラスはどうなんだろうなと、無意識に考えて首を横に振る。
早々に帰宅しているクラスメイト達の後をゆっくり追うように、教室を後にした。