目をくれたあなたへ


蝉の鳴き声が、声高々と続いてる。
夏休みが明け、教室の雰囲気は未だに締まりが悪い。
気怠い雰囲気の生徒が多く、例に漏れず、三科も同じように机に突っ伏している時間が多かった。
体ごと後ろに向けて、こちらの机に寄りかかっている。

「何で夏休みが明けるとこんなに怠いんだろ…」
「休み中、夜更かしとかしてない?」
「…しないわけない」

キリっとした目で言われてしまえば、こちらは返す言葉もない。
三科は重たい溜息を吐く。

「…文化祭前のテストがだるい」

三科は少しだけ顔を上げていたが、また腕に埋めてしまった。

文化祭は準備期間が設けられて、約2か月後に行われる予定になっている。
その間に一回だけ、大きなテストが挟み込まれていた。
準備しつつ、勉強もしなくてはいけない生徒側からしたら大ブーイングだが、毎年の恒例なんだとか。

「でも、それを頑張ったら、文化祭だよ。頑張ろう」

この言葉にきっと三科は意気揚々と乗ってきてくれると思っていたが、実際は口がキュッと絞られてしまう。
彼の口から、血が流れ出した。

「確かに。楽しみだね、文化祭」

痛そうだ。
見ていられなくて、そっと目を背けた。

「今から、このホームルームを使って、文化祭の出し物を決めたいと思います」

黒板の方から声が響いて、喧騒がピタリと止んだ。
ここのクラス委員長の声は、静かでよく通る。
三科も体を起こして前を向いた。

「いくつか候補を募って、最終的に多数決で決めます。アイディアがある人は挙手してください」

ざわめきが起きる。
彼の天秤は均衡を保ったままだったが、それを崩したのは前の方の男子生徒だった。
手を上げて、声を張り上げる。

「お化け屋敷とかどうですか!」

天秤が若干傾いた。
僕の時とは逆だ。
それを皮切りに次々と手が上がる。

「カフェ!メイドカフェとか、コスプレカフェとか!」
「時間がかからないやつがいいわ。展示とか」
「やっぱり祭りといえば、屋台でしょ!たこ焼きとか楽しそう」

その意見が出る度に、天秤の傾きは大きくなっていった。
しかし、クラス委員長は肯定も否定もすることなく、淡々と候補を黒板に書いていく。
その淡々とした様子と天秤の傾きの大きさに、少しの不安が過ったが、見ないフリをして口を開くことはしなかった。

10個ほど候補が出揃った頃に、クラス委員長が声を上げる。

「ここまでにします。たくさん候補を上げて頂いて、ありがとうございます。この中で、僕の思う非現実的な候補は、除かせてもらいます」

そう言って、無遠慮にクラス委員長が候補に斜線を引き出した。
一本引く度に、天秤が逆に動いて平行に戻っていく。
しかし、斜線を引かれた考案者は不満の声を上げた。

「え!なんでカフェはダメなの!」

クラス委員長はチョークを持ったまま、淡々とした声で質問に応じる。

「予算の観点で厳しいからです。更に、メイドやコスプレはモラルに反します」

委員長の足元の血が広がった。

「お化け屋敷は?なんで?」
「準備時間の確保が厳しいからです」

また血が広がる。
その後もいくつかの質問に対して意見を伝える度に、彼の足元は血で染まっていく。
悲惨な光景に、胸が重たく感じた。

残った候補は、手間がかからない出し物が中心になっている。
しかし、周囲からの反対意見は全て跳ね除けられ、結果、言い返す生徒は一人も居なくなっていた。

「この中から、多数決で決めたいと思います」

クラス委員長の声は変わらない。
読み上げられる候補たちに、クラスメイトがそれぞれ挙手をする。
投票に参加したという事実のために、自分も適当に手を上げた。

ふと、三科は何に上げるのか気になったが、ピクリと指先が動くばかりで、最後まで彼が手を上げることはなかった。
しかし、彼の口からは未だに血が流れている。
机から床へどんどん広がっていった。

結果的に、このクラスの出し物は『カップケーキの販売』に決定した。

「では、カップケーキの販売に決定します。後日、詳細を決めていくので、それぞれで考えておいてください」

クラス委員長が、ビチャビチャと音を鳴らしながら教卓の前から移動すると、空気が一気に弛緩する。
三科がぐりんと後ろを向いて、顔を近づけてきた。

「なんか、あんまり盛り上がらなさそうなものになったな」

三科の声は少し寂しそうにしていた。
しかし、口の端から未だにドクドクと血が流れている。
委員長の足元の血と三科の血は、交わることなく教室を染め上げていった。