目をくれたあなたへ


カナカナカナ

ヒグラシの鳴き声が、暗がりの中で聞こえてきた。
屋台で遊び疲れて、人の通りから少し外れた場所で、焼きそばを片手に朔夜と石造りに腰掛けていた。
草履で歩くのも疲れていたので、足袋の状態でぶらぶらと足を揺らす。

「結構遊んだね」
「うん。あとは花火だな」

朔夜が時計を確認している。

「まだ時間があるなあ。この辺で休憩してようか」
「場所は?」
「結構開けた場所だから、立って見る分には場所取りも必要ないと思う」
「そっか」

ずるずると焼きそばを口に運びながら、夏祭りが徐々に終わりへと近づいている実感が湧く。
ほんの少し、もの寂しい。

「たこ焼き、食べる?」
「ん、一つもらうね」

朔夜が差し出してきた容器に箸を伸ばして、たこ焼きを一つ焼きそばの容器に移した。
会話もそこそこに食事を進める。

「甘いもの、食べたくなるな。チョコバナナとか食べる?」
「重たいものはあんまり…綿あめとかの方が食べれそう」
「じゃあ、探してくるよ」

朔夜は空になった容器を持って、立ち上がる。
笑顔で手を振って、その背を見送った。

一気に静寂が訪れる。
聞こえるのは、遠くの喧騒と、ヒグラシの声だけ。
じんわりと包み込んでくる暑さと、背後の木からのひんやりとした空気が、ほんの少し不快感を与えてきていた。
何の気なしに、大きく息を吐き出す。
目を瞑ったその時、冷たい風が体を駆け巡った。

―――あそぼ

声が聞こえた気がした。
周囲を軽く見るも、人の気配はしない。
いつの間にか、暑さよりも、冷たい空気が身体に纏わりついていた。
心臓が小刻みに速く動く。
自然と息が上がっていく。
不気味に木々がさざめいた。

―――あーそーぼ

また聞こえた。
脳に直接流れてきているようだった。
もう一度、周囲を確認して、後方の木々の狭間で違和感を感じた。
目を凝らして、良く見てみる。

人が居るように見える。

小学生くらいの背丈で、なんとなく居るとしか判別できないほどの、希薄な揺らめき。
でも、見間違いではないようで、何度瞬きをしても、そこに確かに存在している。

「……これも、目のせいかな」

朔夜たちとは違うものが見えてしまう目。
今、起きている現象もその延長線だろうか。
ゆっくり深呼吸をして、一歩近づいてみた。

―――あそぼ、あそぼ

声は嬉しそうに弾んでいる。
輪郭が見えてきて、子供の姿をしていることは分かった。
顔はまだ判然としていないが、木の陰からこちらを覗いている。
手招きされた。

―――きて

無邪気な声に心が向く。
意識と体が離れたような不快感はあったが、自然と嫌だとは感じない。
だからか、足がそれに吸い寄せられるように、ゆっくりと動き出した。
喧騒が遠のいていく。
外界から隔たれたような感覚がする。
自分の呼吸音がやけに耳に響いた。

―――みんなで、あそぼ

その声を聞いた瞬間に、空間の揺らぎが複数あることに気が付いた。
実体は無いようだが、その輪郭がはっきり見えてくる。

「…ろく?」

6人の子供が立っている。
顔は口元しか見えず、体形、服装、背丈は全部一緒。
全員、口元は笑みを作っている。
ひとりが口を開いた。

―――何して、遊ぶ?

それを皮切りに、子供同士で会話を始めた。

―――鬼ごっこ?
―――だるまさん?
―――花いちもんめ?

声は徐々に大きくなっていく。
定まらない脳への声圧に、眉を寄せる。
もしかして、僕に聞いている?
試しに口を開いてみた。

「鬼ごっこは、浴衣だから嫌かも」

一瞬の静寂。
そして、閃いた時のような明るい声が、脳に流れてきた。

―――じゃあ、かごめは?

会話が成立した。
それに、驚きつつ、かごめのルールを思い出しながら、頷いた。

「いいよ」

―――やった!

はしゃぐ声が一斉に流れてくる。
子供たちが近づいてきた。

―――じゃあ、お兄ちゃん、鬼ね

指をさされた瞬間、冷たい風が背中を撫でる。
ぞわりと感覚が鋭敏に反応して、唾を飲んだ。

「分かった」

楽しそうな声が断続的に続く中、6人の子供が囲いだす。
その中央でしゃがんで、ふと、気が付いた。

顔が分からない。

声も姿も全員同じだから判別ができない。
これでは確実に自分が負けることは決定しているではないか。
名前も何も分からないので、答えることもできない。
それを子供たちに伝えようと顔を上げると、深い笑みが視界を呑み込んだ。

―――あははははははっ

6人分の声圧が圧し掛かる。
堪らず、両耳を塞いだ。
しかし、直接流されている声は、脳を揺さぶり続ける。
目を瞑った。
途端に笑い声が止み、空白が訪れる。

―――いくよ

目を開けても、視界は暗いままだった。

―――かーごめ かーごーめー
―――かーごのなーかの とーりーはー
―――いーついーつ でーやーるー
―――よーあーけーのーばーんに
―――つーるとかーめがすーべったー
―――うしろのしょうめん だあれー

頭の中の声がくるくると回っているように感じた。
歌い終わって、気配も止まる。
6人分の気配を周囲に感じるが、真後ろが誰かは、考えても分かるはずがなかった。
どうすればいいだろう。
考えて、声をかけてみた。

「…ごめん、僕の負けだ」

静寂。

後ろの気配が動いた気がした。

―――分からないの?

背中が粟立つ。
耳元にある気配に、皮膚が一気に逆立った。
心臓が激しく動くのを、呼吸を繰り返して抑え込む。

「……うん。分からない」

後ろの気配に向けて声を放つと、スッと遠ざかる。
ホッと胸を撫でおろした。

―――じゃあ、もう一回鬼だね

これは永遠に続いてしまうと感じて、真っ暗な視界の中でそこに居るであろう気配に一つ提案をしてみる。

「もう一度やる前に、休憩にしない?」

気配たちがたじろいだのを感じて、さらに詰める。

「何か、欲しいものがあれば、買ってくるよ」

沈黙が続いたが、急に空気が弛緩した。

―――りんごあめ

聞こえた声は一つで、5人の声は聞こえない。
気配も一つしか感じなくなってしまって、首を傾げる。
視界がまだ奪われたままなので、状況がどうなっているのか、しっかり判断ができなかった。

「…他の子も?」

聞いてみるも返事はなかった。

―――りんごあめ、たべたい

「分かった」

返事をすると、目の前の気配が笑ったような気がした。

パッと視界が明ける。
気付いたら、森の外にしゃがんでいた。
周囲を確認するも、子供たちの輪郭がはっきりと見えた時の位置に戻っている。
奥を見てみると、また子供が木の陰に隠れて、こっちを見ていた。
観察しているようだ。
立ち上がって、りんご飴の屋台を探しに行くために草履を履いた。

カランカランと鳴らしながら歩いて、ポツンと開いている『りんごあめ』と書かれているお店に近づく。
店主の顔は口元しか見えなかった。

「りんごあめ、6個ください」

手が差し出される。
そこに迷わずにお金を置いた。
100円を6枚。
ずらりと並んだりんご飴を6本抜いて踵を返した。
生温い風が背中を通り過ぎていく。

―――あ、いかなきゃ

声が響く。
それが合図だったように思う。
子供たちと遊んだ場所に戻ると、一つも気配は無くなっていた。
空気も寒いくらいだったのに、今は絡みつくような暑さしか感じなくなっていた。
ぽっかりと穴が空いたような気がして、ずっしりと重さだけが残ったりんご飴を見る。

置いておこうか。

割りばしに刺されたりんご飴を地面に突き刺すように立てていく。
自然と等間隔になった。
最後の6個目になった時、ふんわりと風が通り抜ける。
顔を上げると、誰かと目が合ったような気がした。

―――あげる

声が響いたような気がするが、姿は見えない。
6個目のりんご飴を持って立ち上がる。
りんご飴がキラリと反射した。

「…ありがとう」

微笑む。
どこかで子供も微笑んだ気がした。

「透ー!」

朔夜の声にハッとして振り返ると、石造りの向こう側で、綿あめを片手にキョロキョロとしていた。
踵を返して、朔夜の元にゆっくり歩いていく。
5個だけ、残して。