パンッ
何かが弾けるような音が鼓膜を揺らした。
その音は喧騒の中でもよく聞こえて、自然と音の出所を探す。
「…射的だ」
ゲームの屋台が立ち並ぶ一角で、銃が置いてある『射的』の文字を掲げた店があった。
自然と足を止めると、朔夜も一緒に足を止めた。
頭上から視線を感じて辿っていくと、朔夜と目が合う。
何かを探るような瞳に、眉を寄せた。
「何?」
「…いや、興味あるのかなーって思って」
奇妙な空白を感じたが、触れることなく頷いた。
「ある…けど、やったこと無いから、できるかな?」
朔夜の輪郭が揺らいだ。
「じゃあ、俺がやるの見ててよ」
にっこりと笑う朔夜に「分かった」と返事をして、朔夜について行く。
屋台の前まで行くと、店主がこちらを見た気がした。
「5発、300円ね」
「1回、お願いします」
「あいよ、好きな場所使いな」
朔夜は慣れたようにお金を店主に渡し、真ん中の銃を握った。
「透は何が欲しい?」
銃を持ちながら聞かれ、4段に分かれて並ぶ景品を見定める。
重たいものは難しいかもしれないと、比較的軽いものを探した。
「じゃあ、あのお菓子」
「おっけー」
朔夜はじっと景品を見ながら、銃を構えた。
流れるような所作が、通い慣れているのかなと感じる。
沈黙が数秒続き、パンッと乾いた音が響き渡る。
放たれた弾は見事に外れていた。
続けて2発、3発と続くが、どれも外れていってしまう。
流石に声をかけた。
「…もう少し簡単なものにする?」
朔夜は肩越しに振り返って、微笑んだ。
「大丈夫」
その表情からは悔しさを全く感じなくて、そのズレがどこか引っかかった。
どこかで見たような気がする。
「たぶん、どれも当たらないから」
目を瞬かせて、その言葉を噛み砕いている間に、残り2発は撃たれていた。
全て外して。
「……朔夜?」
「俺、割とこういうの苦手みたいなんだよ」
朔夜は楽しそうに笑っていた。
苦手だと分かってて参加する理由とか、悔しくないのかとか、いろいろ思い浮かんだけれど、肩を竦めるだけに留めた。
「一向に上達しないなー兄ちゃん」
「本当、コツとか教えてほしいですよ」
店主が朔夜に話しかけて、それに気安く返している。
朔夜は手を差し出した。
「毎度あり。また来年な」
「はい」
店主が朔夜の手に何かを乗せている。
それを大事そうに握りこんで、朔夜が振り返った。
「行くか。あ、透もやる?」
「僕はいいよ」
朔夜ができないのに、自分ができるような気はしなくて断る。
そんなことよりも気になることがある。
朔夜の握りこまれた手のひらが気になった。
「…何、もらったの?」
「ん?参加賞だよ」
「毎回もらえるの?」
「うん、1回遊ぶと1個もらえる」
朔夜が手のひらをゆっくりと開いた。
その上には、小さなビニール包装。
「今年は、飴だな」
「毎年違うんだ?」
「うん、去年は、クッキーだったかな?」
「ふーん」
目を細めて、懐かしむように微笑んでいる朔夜を見ると、置いて行かれたように感じて、気のない返事をする。
ついでに付け加えてみた。
「来年も、僕を連れてきてね」
朔夜はポカンと口を開けている。
その顔が少し間抜けっぽくて気分が良くなった。
「口が開いてるよ、朔夜」
「…か、揶揄うなよっ」
「本心だよ」
じっと覗き込むと、朔夜ははにかむ。
「分かったよ」
その時の声は、嬉しそうで、悲しそうで、不安そうだった。
ひとつ遊ぶと、他のゲームの屋台も気になってくる。
輪投げ、千本釣りと順に遊んで、次を探す。
「透、輪投げ上手いな」
「朔夜こそ、引きが強いね」
会話をしつつ屋台を見ていると、目に飛び込んできたものに思わず足を止めて固まった。
一瞬、呼吸を忘れた。
息が詰まる感覚が、視覚を縛る。
『金魚すくい』と書かれた屋台の中、店主と思しき異形が座っている。
その顔は出目金のように目が飛び出していたが、
―――片方の目がなかった。
無意識に自分の目に触れる。
そこに在ることにホッとして、冷や汗が流れていたことに気が付いた。
深呼吸をして、目を伏せると、朔夜が心配そうに覗きこんできた。
「透?大丈夫か?」
「あ…うん、平気」
「なんかあった?金魚苦手とか?」
的外れな問いに苦笑して、大丈夫ともう一度伝える。
そして、なんとなく、片目のない店主が経営している金魚すくいが気になった。
「金魚すくい、しに行っていい?」
「…いいよ」
眉を寄せながらも承諾してくれた朔夜にお礼を伝えて、金魚すくいの屋台へと近づく。
一人の少年がビニールプールを前にしゃがみ込んでいた。
ポイとお椀を持っているので、参加をしているようだが、もうポイはほとんどボロボロになっている。
それでも何とかポイの端で捕まえようと頑張っていた。
ちらりと店主を見ると、それに片方の目を向けるだけで、声をかける様子はない。
店主に近づくと、飛び出た目玉がぎょろりとこちらに向いた。
「ポイ、一つ、300円ね」
「はい」
手を差し出してきた店主にお金を渡して、ポイとお椀を受け取る。
少年から少し離れたところにしゃがみ込んだ。
朔夜が後ろから覗いてくる。
「どれ狙うんだ?」
「んー…」
じっと金魚を眺めて見定めていると、一匹だけ金魚ではないものが”泳いでいた”。
目玉。
反射的に店主の顔を見る。
出目金のように飛び出た片方の目玉と、目が合った。
そして、これが店主のモノだと、なぜだか分かってしまった。
拾ってあげたいけれど、流石に他の金魚が泳いでいる水の中に手を入れるのは、マナーが悪いだろう。
ポイで捕ってみようか。
スッとポイを構えて、泳ぐ目玉を捉える。
じっと観察して、目玉が方向転換をするタイミングで、ポイを斜めに入れた。
「あ…」
失敗した。
少し破けてしまって、落胆する。
簡単そうに見えたけれど、案外難しい。
隣の少年は親に止めるよう諭されて泣いていた。
「まだやる!」
「もう無理よ、諦めましょ?」
そのやり取りの間も、店主は一切その会話に干渉しなかった。
1匹くらいあげないのかなとか思っていると、後ろから体温に包み込まれて、どきりとした。
朔夜だ。
「…っ朔夜?」
「金魚すくいのコツはな、水平に滑らせるんだよ。それから表と裏が逆」
左手はお腹に回され、右手は重ねて一緒にポイを動かす。
ぴったりとくっついた体に、心臓が早鐘を打っている。
耳がこそばゆい。
「どれ、狙ってるの?」
「…あれ」
泳ぐ目玉を指さすと、朔夜は動かずにそれの動きを目で追う。
こちらに方向転換をしたタイミングでポイを水中に入れた。
「良いか?水平に動かせば、破けにくい。そんで、ポイの上を通過するタイミングで、優しく上げる」
「あ、捕れた」
あっさりとお椀に吸い込まれた目玉を見て、目を瞬かせる。
朔夜の体温が離れて、少し名残惜しく感じたが、自分でも挑戦してみたくなって、同じように普通の金魚を捕ろうとしてみた。
完全に破けてしまった。
紙の部分が一切ないポイを掲げてみれば、朔夜がクスクスと笑う。
「まあ、慣れだ」
「…一生できる気がしないよ」
ポイと、目玉が入ったお椀を持って立ち上がった。
片目の店主に近づくと、ぎょろりと目玉が動く。
「お、捕れたかい?袋に移そう」
差し出された両の手にお椀と破れたポイを渡す。
お椀の目玉を水と一緒にビニールに入れて口を絞るのをじっと見ていた。
手の少女と違って、自然にくっつかないのか。
どうしようかなと考えていると、その目玉の入った袋を差し出された。
「はい、おめでとさん」
心のこもってないその言葉に何と返したらいいのか分からなくて黙る。
店主は怪訝な顔をした。
「どうしたんだい?」
「…僕は要らないです」
「え?」
袋を受け取らず、首を振る。
だって、その目玉は僕のじゃない。
「……返していいってことかい?」
「お任せします」
今度こそ困った顔をした。
飛び出た目玉が、重たそうにわずかに垂れ下がる。
一礼だけして、踵を返そうとすると、後ろに気配を感じた。
捕れずに泣いていた少年だった。
涙は止まっていたが、少年はあからさまに肩を落として、ポイとお椀を店主に渡していた。
「…金魚ほしかった」
ぼそりと呟きながら立ち去ろうとしている。
悲しそうな背中を見ていると、店主の方からもぼそりと声が聞こえた。
「…そういうことかい」
その言葉の後に、ガタリと店主が立ち上がって少年を引き留めた。
「おい、坊主」
「……なに?」
「これ、持ってくか?」
「え……?」
店主が掲げたのは、泳ぐ目玉が入った袋だった。
思わずギョッとする。
え?
あげるの?
しかし、少年は徐々に顔が明るくなっていく。
「ほ、本当?くれるの?」
「おう、丁度要らないっていう客が居たんでな。持ってきな」
「ありがとう!」
少年が目玉の入った袋を受け取る瞬間を、店主は飛び出た目でじっと見つめていた。
受け取った少年と一瞬目が合ったような気がする。
少年は笑顔で母親と一緒に歩き去っていく。
大事そうに目玉を抱えて。
その光景を朔夜はどう思っているのか気になって見てみれば、満足そうに頬を上げていた。
あの目玉は朔夜たちには何に見えているんだろう?
「…よく見てんな、兄ちゃん」
片方の目玉を細めながら声をかけてくる店主に、適当にお礼だけを告げて、朔夜の元へと戻る。
「透は、優しいね」
朔夜の誉め言葉に返す言葉が見つからない。
「……」
そっと目に手を添えた。
