目をくれたあなたへ


ドーン ドーン

腹の底に沈むような、重たい太鼓の音が鳴り続けている。
星が点々と瞬く夜空の下、明るく色づく提灯たちと屋台の電球。
皮膚に纏わりつく暑さの中、熱気が絶え間なく空気を揺らした。
様々な匂いが混ざり合う通りを、人々は楽しそうに行き交っている。
口内で、フルーツ飴の甘みが広がった。
夏祭りの会場となっている、神社の道路脇。
待ち合わせをしている人たちが多く、自分も待ち合わせの相手を待っていた。
近場の石造りに腰掛けて、行き交う人々を眺めながら、時間を過ごす。
手持無沙汰に、草履を地面に滑らせて遊んでいる時だった。
慌てた様子の影が近づいてくる。

「お待たせ、透。早かったな」

私服を着た朔夜だった。
下から見上げながら、返事をする。

「うん。お母さんが送ってくれて。早く着いちゃった」

肩を竦めて立ち上がる。
自然と隣に並んだ。
歩くたびにカランカランとな鳴る草履が、少し楽しい。
足元を見て楽しんでいると、頭一つ分背丈のある顔が覗き込んできた。

「浴衣、似合ってるな」

逆光になって、顔色までは分からなかったが、細まった目と微かに上がっている頬が綺麗で、一瞬目が奪われた。
すぐに視線を逸らして、口を尖らせる。

「…朔夜も浴衣にしてくれたらよかったのに」
「俺の家には、そういうの無くてさ、ごめんな」

眉尻を下げて困った顔をしている。
事情は聞いていたので、本心で言ったわけではない。
でも、そんな顔をさせてしまったことに少しの罪悪感が過って、朔夜の肩に斜めに掛かっている鞄のベルトを握った。

「聞いたよ、それ。…朔夜の浴衣が見たかっただけだから」

頭上で息が詰まった音が聞こえる。
くぐもった声が返ってきた。

「……機会があればな」

ちらりと見上げてみると、ほんのり耳の端が赤くなっている。
それに釣られるように、自分の顔にも熱が集中してきて、浴衣の襟を仰いだ。
今日の気温は暑いなと、心の中で誤魔化しながら。

「とりあえず、どうする?」
「そう、だね。花火見ながら食べれるもの探す?」
「そうするか。ちょくちょく遊びながら、行こう」

朔夜とゆっくりと歩を進めながら、気になる屋台探しに勤しんだ。
唐揚げ、ポテト、焼きそば、串焼き。
最初に目につくのは、食べ物の屋台ばかりだった。
朔夜も同じように周囲に目を向けていたが、一点で視線が止まる。

「お、ベビーカステラだ。こういう時のカステラって美味しいよな」

定番のベビーカステラは、キャラクターの形も相まって、少し列ができていた。

「…食べたいなら買ってもいいよ」
「じゃあ、並ぶか」

列の最後尾に並んだ。
前の親子が楽しそうに順番待ちをしている。
異様に手の長い親と、目が真横に付いている子供。
その姿を見ながら、ベルトを掴む手の力を強めた。

「ん?どうした?」
「…いや、何でもない。何個入り買う?」
「俺、お腹空いてるけど、焼きそばも食べたいし、透は?」
「俺は少しもらえればいいや」

中間のサイズを購入することを決めて、前を見ると、そこに居たはずの子供がどこかに走り出そうとして、手の長い親に掴まれている瞬間を目に捉えてしまった。
思わず、笑みが零れる。

「なんか面白いことあったのか?」
「ううん。元気だなって思っただけ」

肩を震わせながら、前の親子が居なくなるまで、声が聞こえないように口に手を当てていた。

無事に購入して、カステラを食べながら歩く。
次に目についたのは、アクセサリーが売られた露店だった。
こじんまりとしていたが、人はたくさん入っている。
お店の横には『掘り出し物が見つかるかも!?』と書かれていた。
立ち止まらずにじっと観察していると、朔夜がそれに気が付く。

「気になるのか?」
「ん?んー…気になるっていうか」

顔だけそちらに向けていたから、行きたいと思わせてしまったようだ。
実際は違う。
露店の店主の体が面白くて、見てしまっただけだった。
その姿が滑稽で、顔が締まりきらないまま朔夜の方を向いてしまって、察した朔夜は納得した表情をする。

「どんな風に見えたの?」
「体中に『偽物』って貼り紙が貼ってあった」
「それは笑う」

一緒に笑い合う。
通り過ぎる寸前、店主と目が合いそうになって慌てて視線を逸らした。
そんなことにも笑いが零れるのだから、心が楽しんでいるんだと思う。
目が見えず、外にも出ず、内に籠った生活をしてきた日々を思い返してみると、空っぽな世界だった。
真っ暗で、自分が立っているのかも分からない場所は、いつも寂しかった。
だから、自分にこんな未来がくるなんて思いもしなかった。
今でも、夢みたいだと思う。
隣に居る彼にこっそり目を向けて、暫く眺めていると、彼にバレてしまう。
朔夜が苦笑している。

「どうしたの?」
「…何でもないよ」

電球に照らされて眩しくて目を細める。
幸せは突然壊れる。
記憶はなくても、感覚だけが残っている。
朔夜の手をぎゅっと握ると、彼の手が、びくりと揺れた。
例え、夢だとしても、この一瞬一瞬を大切にしたいと思う。
朔夜の手は、それに応えるようにゆっくりと握り返してくれた。

「次、どこに行く?」
「朔夜は、どこに行きたい?」

触れた手の温度が、ゆっくりと交じり合う。
喧騒の中でも、その熱だけは、はっきりと胸に溶けていった。