静まり返った宮殿の一室。そこで、私は静かに口を開いた。
「陛下。」
書類に向かっていた皇帝陛下は、顔も上げない。筆を走らせる音が、私の声をかき消し、部屋中に淡々と響いている。それが、この一年間のすべてだった。
正妃として迎えられながら、皇帝陛下は一度も私を選ばない。夜を共にしたことは、もちろんない。目を合わせた経験ですら、片手で数えられるだろう。後宮では、私のことをこう呼ぶ。
――お飾りの正妃
――顧みられぬ妃
側妃たちには笑われ、侍女たちには囁かれる。
「陛下に顧みられぬ女」
と。けれど、それも今日で終わりだ。私は袖の中から、一通の文を取り出した。それを机の上へ、静かに置く。皇帝陛下は視線を上げない。私が置いたものの確認もしない。だから、私ははっきりと告げた。
「もう結構です。」
その瞬間だった。筆が止まった。初めて陛下の手が動きを失う。
「…今、何と言った。」
低く落ちた声に、私は微笑んだ。
「離縁をお願い申し上げます。」
机の上の文を、陛下の方へそっと押し出す。
「私は正妃としての役目を果たせておりません。お飾りの妻、ましてそれが正妃など、もう必要ございませんでしょう。」
部屋中が沈黙で満ちた。ゆっくりと。本当にゆっくりと、陛下が顔を上げた。
その黒い瞳が、初めて私を真正面から捉えていた。その瞳は、どこか揺れているように見えた。
「陛下。」
書類に向かっていた皇帝陛下は、顔も上げない。筆を走らせる音が、私の声をかき消し、部屋中に淡々と響いている。それが、この一年間のすべてだった。
正妃として迎えられながら、皇帝陛下は一度も私を選ばない。夜を共にしたことは、もちろんない。目を合わせた経験ですら、片手で数えられるだろう。後宮では、私のことをこう呼ぶ。
――お飾りの正妃
――顧みられぬ妃
側妃たちには笑われ、侍女たちには囁かれる。
「陛下に顧みられぬ女」
と。けれど、それも今日で終わりだ。私は袖の中から、一通の文を取り出した。それを机の上へ、静かに置く。皇帝陛下は視線を上げない。私が置いたものの確認もしない。だから、私ははっきりと告げた。
「もう結構です。」
その瞬間だった。筆が止まった。初めて陛下の手が動きを失う。
「…今、何と言った。」
低く落ちた声に、私は微笑んだ。
「離縁をお願い申し上げます。」
机の上の文を、陛下の方へそっと押し出す。
「私は正妃としての役目を果たせておりません。お飾りの妻、ましてそれが正妃など、もう必要ございませんでしょう。」
部屋中が沈黙で満ちた。ゆっくりと。本当にゆっくりと、陛下が顔を上げた。
その黒い瞳が、初めて私を真正面から捉えていた。その瞳は、どこか揺れているように見えた。



