騙されましたわね、王子様!「メロメロ」にして国を乗っ取ってやりますわ!

 私はエリザベス・スパイシュカ、15歳になりましたの。
 隣国にスパリオと聖女さんが留学してから、私の学園生活は皮肉にも平和なものとなりましたわ。

 悪役令嬢なんて噂をする人たちもいなくなって――ときどき、婚約者に逃げられた女だと憐れむような視線は感じますけれど、直接何かを言われることもありませんし。

「エリー、また王太子殿下から手紙が届いているよ」
「本当に見なくて良いの?」 

 王太子殿下からはここ半年間ほどで、100通近いお手紙を頂きましたの。
 心配そうに訊ねてくるお父様とお母様に、私は首を横に振りましたわ。

「ありがとうございます。でも、読みたくないんですの……」

 王家からの手紙を開封しないのは、本来ならば重罪ですわ。
 でも、私に届いているのはスパリオ個人からの手紙という扱いのようですの。だから読まなくても、少なくとも家が罪に問われることはありませんわ。

(誠実に手紙を送ってくださるスパリオに、申し訳なくはあるけれど)

 手紙の内容が怖くて、開封できなかったんですの。
 だって彼の美しい文字で”婚約破棄”だなんて綴られていたら、それこそ立ち直れませんわ。

(でも、こうして引き延ばせるのもあと半年ですわね)

 あと半年で、留学を終えたスパリオと聖女さんは国に戻ってきてしまいますわ。
 そうなれば流石に、私も逃げ続けることは出来ないでしょう。

 どこかで現実と――向き合う覚悟を決めなくてはいけませんわね。
 私が深い溜息を吐きながら学園までの道を歩いていると、背後から声がかけられましたわ。


「やあ、久しぶりだね。エリー」


 それは聞き間違えるはずもない、スパリオの声でしたわ。
 私が驚いて振り返ると、今は隣国にいるはずの彼が私に微笑みかけていましたの。

 留学で旅立つ前より、彼は少し元気そうで、背も伸びたようでしたわ。

「すっ、す、スパリオ……王太子殿下。どうして、ここに?」

 声を裏返しながら問う私に、彼は苦笑しましたの。

「やっぱり、手紙は読んで貰えていなかったんだね」

「あ……、そ、それはっ! ……ごめんなさい」

「良いよ。君に不信感を持たせてしまった、僕がいけなかったんだ」

 殊勝に謝る彼に、私は何も言い返せませんでしたわ。
 どこまでも優しい人ね。

 久しぶりに彼に会えて嬉しい。沢山、話がしたい。
 でも、それ以上に恐怖が私の心を揺らしますの。
 
 彼がわざわざ留学先から帰国してきた理由は、大事な話を――私との婚約話に、決着をつけるつもりなんじゃないかって。

「少し話がしたいんだ。一緒に来てくれるかい?」

「……っ!」

 まさしく考えていた通りの彼の言葉に、私の肩がびくりと震えました。
 それでも、スパリオは幼かったころのように、甘く微笑んで私に手を差し出してくれましたの。

(ああ……)

「分かりましたわ」

(これで、終わりなのね。それならば、せめて……)

 私は震える指で彼の手を取ると、ゆっくりと導かれるまま、歩き始めましたの。

「留学先では、色々な勉強をしていたんだよ。特に薬学を――」

 すぐに婚約破棄の話が出るのかと思いましたが、スパリオは会えなかった期間を埋めるように、隣国でのことを教えてくれましたわ。
 私はそれに相槌をうちつつも、気がそぞろでしたの。

 私をエスコートする彼の足取りは、ゆっくりと王立学園の大ホールへ向かっているようでしたわ。
 
「あの、スパリオ王太子殿下。どちらへ向かっているんですの?」

「ふふっ、秘密」

 問いかける私に、彼は悪戯っぽい笑みで返してきましたの。
 その表情にドキリとしながらも、同時に胸を刺す痛みが走りましたわ。

 ――思い出すのは、昔読んだ”悪役令嬢”の小説。
 学園のホールで、大勢の前で婚約破棄宣言をされる悪役令嬢。

(まさか衆人の前で婚約破棄宣言をするために、私を?)

 もはや、そうとしか思えなかった。
 
 それならば、心なしか元気そうで、嬉しそうなスパリオの様子にも説明が付く。
 やっと本当に愛する人と結ばれるんですもの。

「……っ」

 私はこれ以上、進みたくないと思いましたわ。逃げ出したいとも。
 でも、同時にスパリオの手を離したくも無かったんですの。

 だってエスコートも、これが最後になるかもしれないでしょう?

(いや……)

 スパリオは相変わらず、他愛もない話を穏やかに続けていますわ。
 これも考えてみれば、私を穏便に連れ出すためにしていることかもしれませんわね。

(いやっ、いや……)

 彼の話は、もう何も聞こえなくなっていましたわ。
 私の頭を占めるのは、ここから先に進みたくないという気持ちばかり。

 それでも、ついに大ホールの扉前に辿り着いてしまいましたの。
 扉を開ける前から、中に多くの人の気配があることが察せられましたわ。

 ――舞台の準備は万端ということかしら?

(いや、いやなの、いや……!!)

 私はついに耐え切れず、足を止めましたわ。
 ホールの扉を開けようとしたスパリオが、不思議そうに私を振り返りますの。

 そして、心配そうに、慈しむように、昔と何一つ変わらないような眼差しを私に向けてくれましたわ。

 それに絆されるように、私の視界はみるみる歪んでいきましたの。
 ついにはぼろぼろと大粒の涙を零しながら、気づけば私は叫んでいましたわ。

「いやっ、いや、いやぁ!」

 私の異変にスパリオがギョッとした顔を浮かべるのが見えましたが、もう気持ちを抑えることなんてできませんでしたの。

「うわああんっ、ひっく、うぇ、……婚約破棄なんて、嫌ですわー!!」

◆ ◆ ◆

エリーですわ。
ここまでお読みくださり、ありがとうございますわ。

我慢していたのに、泣いてしまいましたの……。

ここから、巻き返すことは出来るのかしら。
どうか皆さま、私を見守ってくださいまし?