王宮の応接間に呼び出しを受けて参上すると、そこにはスパリオと聖女さんの姿がありましたわ。
二人は仲睦まじく腕を組んでいましたの。
やってきた私に、スパリオは微笑みながら言いましたわ。
「エリー、僕は真実の愛を見つけたんだ。この聖女さんと結婚するよ」
「えっ……スパリオ、急に何を言い出しますの?」
「僕たちは、所詮は親同士の決めた婚約だからね。はっきり言わないと分からないかい?」
狼狽える私を見つめるスパリオの眼差しが、氷のように冷たく変わりましたわ。
「エリザベス・スパイシュカ。今日をもって、僕は君との婚約を破棄する!」
◇ ◇ ◇
「いやあああああっ!!」
叫びながら飛び起きると、そこは自室のベッドの上でしたの。
どうやら夢を見ていたようですわ。とても恐ろしい夢。
目が覚めたはずなのに、夢の中のスパリオの冷たい瞳が忘れられませんの。
きっと、最近図書室で借りて読んだ小説の影響ですわね。
平民出身の娘が王子様と恋に落ちて、婚約者である意地悪な”悪役令嬢”の妨害にもめげずに真実の愛を勝ち取るお話。街でも流行しているんですって。
私とスパリオと聖女さんの関係をこの小説に見立てて、私を”悪役令嬢”みたいだと陰で噂する声があるのも知っていますわ。
勿論、見当違いなので気にしていませんけれど。
だって私は悪役令嬢ではなく、ハニートラップ令嬢なのですわ!
「ああ、いけない。今日はスパリオと会う日でしたわね」
婚約者同士である私とスパリオは、学園で顔を合わせる機会が少ない代わりに、週末には必ず
一緒に過ごす時間を作っていましたの。
――いつもは楽しみな時間なのに、夢のせいで今日は憂鬱に感じてしまいますわ。
「駄目よ、エリー。私はスパリオをメロメロにするんだから。聖女さん相手でも、負けてられないわ!」
弱気になりかける自分の気持ちを奮い立たせて、私は支度をはじめましたの。
◇ ◇ ◇
「お待たせ、エリー。遅れてしまってごめんね」
スパリオは待ち合わせに10分程遅れてやってきましたわ。場所は王宮の中庭。テーブルにはいつかのように、お茶会の準備が綺麗に整えられていましたの。
「おーっほっほっほ! 構いませんわよ。スパリオは毎日、お忙しく過ごしているようですもの」
ここ最近、端正な彼の顔に疲労の色が滲んでいるのは気になっていましたわ。何でも器用にこなしてしまう人だからって、仕事を抱え込み過ぎではないのかしら?
向かいの椅子に腰かけるスパリオへ、私は思い切って提案してみましたの。
「ねえ、スパリオ。貴方は王太子として学ぶべきことも仕事も多いのに、更に聖女さんのお世話までこなすのは大変ではなくって?」
「心配してくれるのかい? ふふっ、ありがとう。エリーは優しいね」
「ち、違いますわ! 心配なのはそうですけれど、それだけじゃなくて、学園でずっとすれ違いなのは、私が寂し――ああっ、もうっ!」
余計なことを言いそうになった私は、優雅にこほんと咳払いをして、言葉を紡ぎ直しますわ。
「つまり……、私も聖女さんのお世話係をするのはいかがかしら? そうすれば学園でも、私とスパリオと聖女さんの三人で――!」
「駄目だっ!!」
名案とばかりに得意げに話していた私の声を遮るように、スパリオが叫びましたの。
初めて聞くような、荒々しい拒絶の声でしたわ。
「えっ……」
私は頭が真っ白になりましたわ。
――どうして、そんなに嫌がりますの?
――私と一緒は嫌なのかしら。
――それとも……聖女さんと、二人きりでいたいの?
「ごめん、エリー、怒鳴ったりして。でも、これは――」
スパリオも自分自身の反応に動揺しているようで、慌てて謝罪してきましたわ。
でも、それこそが、今の発言が彼の本心であるという証明だと、私は感じましたの。
「よく分かりましたわ。差し出がましい発言をしてしまい、ごめんなさい」
自分でも驚くくらい、感情のこもっていない声が口から溢れましたわ。
私の気持ちは――ぐちゃぐちゃで、もうよく分からなくなってしまいましたの。
「違うんだ、エリー、本当に!」
「構いませんの。貴方は、しっかりと、貴方の仕事をなさって? スパリオ――王太子殿下」
「……っ!!」
スパリオの美しい青い瞳が、ショックで見開かれて震えるのが見えましたわ。
10歳の初めてのデートの日からずっと呼び捨てにしていた彼の名を、敬称を付けて呼びましたの。
その意味が、きっとスパリオにも伝わったのでしょう。
「お願いだ、話を――」
「今日はこれで、失礼しますわ」
私はマナーも全て無視して、椅子から立ち上がるとスパリオに背を向けましたわ。
これ以上、彼の話を聞くのが辛かったんですの。
あの悪夢が現実となる覚悟は――まだ、出来ていませんのよ。
「待って、エリー! 今日は大事な話があったんだ。僕は来月から1年間、聖女と一緒に隣国に留学することになって……」
「えっ」
スパリオから告げられた言葉に、心臓が凍りそうになりましたの。
彼が急に1年間も留学。それも、聖女さんと一緒に。
これはもう、国だってスパリオの相手を聖女さんにしたいと思っているという意向の表れではなくって?
「……ご自由になさって。それが、貴方の仕事なんですから」
私は振り返らずに何とかそれだけ言うと、必死で駆けてその場を後にしましたの。
スパリオが何か言っていたかもしれませんが、もう届いていませんでしたわ。
それから侍女に連れられて、馬車で自分の屋敷まで辿り着きましたが、その間のことはよく覚えていませんわ。
(どうして、どうして……)
私は自室のベッドに転がると、年季の入ったテディベアのランランちゃんを抱きしめましたの。
(何が、いけなかったんですの……?)
子供の頃と違って、ランランちゃんは返事をしてくれませんでしたわ。
(スパリオは、聖女さんを愛してしまったの?)
ひとりでに涙が零れてきましたの。悲しくて、悲しくて、どうしようもなくて。
(私は……、悪役令嬢なんですの?)
スパリオはあの日の話通り、翌月には聖女さんと共に、隣国へ留学に向かいましたの。
出発前までに、彼は何度も話をしようと試みてくれたようだけど、私は応じる勇気がありませんでしたわ。
――だって、婚約破棄の話を聞く前に彼が旅立ってしまえば、少なくともあと1年は婚約者でいられるもの。
私って……、最低ですわね……。
◆ ◆ ◆
エリーですわ。
ここまでお読みくださり、ありがとうございますわ。
でも、私、どうなってしまうのかしら……。
次回、婚約破棄編……って、どういうことですの!?
二人は仲睦まじく腕を組んでいましたの。
やってきた私に、スパリオは微笑みながら言いましたわ。
「エリー、僕は真実の愛を見つけたんだ。この聖女さんと結婚するよ」
「えっ……スパリオ、急に何を言い出しますの?」
「僕たちは、所詮は親同士の決めた婚約だからね。はっきり言わないと分からないかい?」
狼狽える私を見つめるスパリオの眼差しが、氷のように冷たく変わりましたわ。
「エリザベス・スパイシュカ。今日をもって、僕は君との婚約を破棄する!」
◇ ◇ ◇
「いやあああああっ!!」
叫びながら飛び起きると、そこは自室のベッドの上でしたの。
どうやら夢を見ていたようですわ。とても恐ろしい夢。
目が覚めたはずなのに、夢の中のスパリオの冷たい瞳が忘れられませんの。
きっと、最近図書室で借りて読んだ小説の影響ですわね。
平民出身の娘が王子様と恋に落ちて、婚約者である意地悪な”悪役令嬢”の妨害にもめげずに真実の愛を勝ち取るお話。街でも流行しているんですって。
私とスパリオと聖女さんの関係をこの小説に見立てて、私を”悪役令嬢”みたいだと陰で噂する声があるのも知っていますわ。
勿論、見当違いなので気にしていませんけれど。
だって私は悪役令嬢ではなく、ハニートラップ令嬢なのですわ!
「ああ、いけない。今日はスパリオと会う日でしたわね」
婚約者同士である私とスパリオは、学園で顔を合わせる機会が少ない代わりに、週末には必ず
一緒に過ごす時間を作っていましたの。
――いつもは楽しみな時間なのに、夢のせいで今日は憂鬱に感じてしまいますわ。
「駄目よ、エリー。私はスパリオをメロメロにするんだから。聖女さん相手でも、負けてられないわ!」
弱気になりかける自分の気持ちを奮い立たせて、私は支度をはじめましたの。
◇ ◇ ◇
「お待たせ、エリー。遅れてしまってごめんね」
スパリオは待ち合わせに10分程遅れてやってきましたわ。場所は王宮の中庭。テーブルにはいつかのように、お茶会の準備が綺麗に整えられていましたの。
「おーっほっほっほ! 構いませんわよ。スパリオは毎日、お忙しく過ごしているようですもの」
ここ最近、端正な彼の顔に疲労の色が滲んでいるのは気になっていましたわ。何でも器用にこなしてしまう人だからって、仕事を抱え込み過ぎではないのかしら?
向かいの椅子に腰かけるスパリオへ、私は思い切って提案してみましたの。
「ねえ、スパリオ。貴方は王太子として学ぶべきことも仕事も多いのに、更に聖女さんのお世話までこなすのは大変ではなくって?」
「心配してくれるのかい? ふふっ、ありがとう。エリーは優しいね」
「ち、違いますわ! 心配なのはそうですけれど、それだけじゃなくて、学園でずっとすれ違いなのは、私が寂し――ああっ、もうっ!」
余計なことを言いそうになった私は、優雅にこほんと咳払いをして、言葉を紡ぎ直しますわ。
「つまり……、私も聖女さんのお世話係をするのはいかがかしら? そうすれば学園でも、私とスパリオと聖女さんの三人で――!」
「駄目だっ!!」
名案とばかりに得意げに話していた私の声を遮るように、スパリオが叫びましたの。
初めて聞くような、荒々しい拒絶の声でしたわ。
「えっ……」
私は頭が真っ白になりましたわ。
――どうして、そんなに嫌がりますの?
――私と一緒は嫌なのかしら。
――それとも……聖女さんと、二人きりでいたいの?
「ごめん、エリー、怒鳴ったりして。でも、これは――」
スパリオも自分自身の反応に動揺しているようで、慌てて謝罪してきましたわ。
でも、それこそが、今の発言が彼の本心であるという証明だと、私は感じましたの。
「よく分かりましたわ。差し出がましい発言をしてしまい、ごめんなさい」
自分でも驚くくらい、感情のこもっていない声が口から溢れましたわ。
私の気持ちは――ぐちゃぐちゃで、もうよく分からなくなってしまいましたの。
「違うんだ、エリー、本当に!」
「構いませんの。貴方は、しっかりと、貴方の仕事をなさって? スパリオ――王太子殿下」
「……っ!!」
スパリオの美しい青い瞳が、ショックで見開かれて震えるのが見えましたわ。
10歳の初めてのデートの日からずっと呼び捨てにしていた彼の名を、敬称を付けて呼びましたの。
その意味が、きっとスパリオにも伝わったのでしょう。
「お願いだ、話を――」
「今日はこれで、失礼しますわ」
私はマナーも全て無視して、椅子から立ち上がるとスパリオに背を向けましたわ。
これ以上、彼の話を聞くのが辛かったんですの。
あの悪夢が現実となる覚悟は――まだ、出来ていませんのよ。
「待って、エリー! 今日は大事な話があったんだ。僕は来月から1年間、聖女と一緒に隣国に留学することになって……」
「えっ」
スパリオから告げられた言葉に、心臓が凍りそうになりましたの。
彼が急に1年間も留学。それも、聖女さんと一緒に。
これはもう、国だってスパリオの相手を聖女さんにしたいと思っているという意向の表れではなくって?
「……ご自由になさって。それが、貴方の仕事なんですから」
私は振り返らずに何とかそれだけ言うと、必死で駆けてその場を後にしましたの。
スパリオが何か言っていたかもしれませんが、もう届いていませんでしたわ。
それから侍女に連れられて、馬車で自分の屋敷まで辿り着きましたが、その間のことはよく覚えていませんわ。
(どうして、どうして……)
私は自室のベッドに転がると、年季の入ったテディベアのランランちゃんを抱きしめましたの。
(何が、いけなかったんですの……?)
子供の頃と違って、ランランちゃんは返事をしてくれませんでしたわ。
(スパリオは、聖女さんを愛してしまったの?)
ひとりでに涙が零れてきましたの。悲しくて、悲しくて、どうしようもなくて。
(私は……、悪役令嬢なんですの?)
スパリオはあの日の話通り、翌月には聖女さんと共に、隣国へ留学に向かいましたの。
出発前までに、彼は何度も話をしようと試みてくれたようだけど、私は応じる勇気がありませんでしたわ。
――だって、婚約破棄の話を聞く前に彼が旅立ってしまえば、少なくともあと1年は婚約者でいられるもの。
私って……、最低ですわね……。
◆ ◆ ◆
エリーですわ。
ここまでお読みくださり、ありがとうございますわ。
でも、私、どうなってしまうのかしら……。
次回、婚約破棄編……って、どういうことですの!?
