夏色のキャンバス

「ケンカしたの?」

 次の日の放課後。僕が何も話さずに黙っていると、帰り道で優に聞かれた。今日は、海斗君と一言も話していない。さすがに、おかしいと思ったのだろう。

「ううん。なぜかは分からないけど、この前の土曜日に海斗君を怒らせちゃって」

「なんで?」

「分からない。もしかしたら、余計なことを言っちゃったのかもしれない」

「何て言ったの?」

「えーと、女子高校生に話し掛けられてたから、モテるねって。僕とは大違いだねって……そんな感じ?」

 優は僕の顔を見ると、ため息をついていた。

「それは……海斗も海斗だけど、葵も葵だよな。好きな子に、そんなこと言われたら傷つくかも」

「好きな子って、僕? まさか、そんな訳ないでしょ」

 僕が、ありえないと顔の横で手を振っていたら手を掴まれた。

「何その鈍感? あれで気づいてないとか言わないよね?」

「え?」

 うすうす感づいていたものの、優にはっきり言われて面食らってしまった。それと同時に、海斗君が僕を好きなんて何かの間違いなんじゃないかと思っていたことに気がつく。

 急に恥ずかしくなってきた僕は、両手で顔を覆うと道端でしゃがみこんだ。手が触れた頬が熱い。

「映画館で手を繋いでたでしょ? 葵が怖がってたからって」

「それは、怖かったから……友人として慰めてくれてるのかと」

「キスしたって聞いたけど?」

「あれは事故で……てか、何で知ってるの?」

 僕が優を軽くにらむと、優は『しまった』という顔をしていた。

「ごめん。葵を騙してた訳じゃないんだけど、海斗の気持ちは気づいてたからさ。遊びとかだったら追い払ってたけど、本気だったから……あとは葵の気持ち次第かなって思って」

「僕の気持ちって……それじゃ、もしかして神田君も知ってるの?」

「知ってると思うよ。だから、映画の後に二人きりになれるように俺達は帰ったんだよ。葵が……海斗のことを嫌いには見えなかったからさ。普通は好きでもない男と手を繋ぐとか、気持ち悪くて出来ないと思うよ。葵は海斗のこと嫌い?」

「嫌いじゃないけど、特に意識してなかったっていうか、海斗君が付き合うのは勝手に女の子をイメージしてた。何か、考えが及ばなかったっていうか……ごめん、上手く言えない」

「もし、嫌いじゃないんだったら付き合ってあげてよ。向こうは向こうで、思うところもあると思うし……お試し期間だと思って」

「でも、友達だって言ったし」

「もし、この先もずっと友達で傍にいなきゃならないんだとしたら、それはそれで残酷かもな」

「……お試し期間って、優が考えたの?」

「俺が考えても考えなくても、それが現状の最高の選択肢だと俺は思う」

 誇らしげに言う優を見ていたら、何だか馬鹿らしくなってきた。

「試しに付き合って、ダメだと思ったらすぐに別れるからね。それでもいいなら、付き合ってもいいけど……というより、ほんとに僕でいいわけ?」

「お前じゃないとダメなの。恋愛って、そういうもんでしょ。海斗とは俺が責任をもって話をつけるから」

(海斗君のことは好きなんだけど、付き合っても友達の域を出ないと思うんだよね。いい奴だとは思うんだけど)

「やっぱり――」

「やっぱりなしとかは、受け付けないからな」

「いじわる言うなよ」

 僕が唇を尖らせると、優は「大丈夫だ」と言って、僕の肩を叩いていた。