夏色のキャンバス

 次の週の土曜日。僕達四人は、久しぶりに集まって映画を観る約束をしていた。けれど、前日に神田君からグループメッセージに、「急用が出来て一緒に行けなくなった。ごめん」と書かれていた。

「何かあったんだろう。仕方ないさ」

「……」

 海斗君の言葉が届かなかったのか、僕の目から見ても分かりやすいくらい、優は落胆していた。

「せっかく手作りチョコ作ってきてたのにね」

 小声で優に話し掛けると、海斗君はこちらを見て膨れていた。どうしたんだろうと思い、聞いてみると、最近二人でコソコソ何かしていたのが気になっていたらしく、二人の様子が怪しすぎると眉間にシワを寄せていた。

「ごめん、海斗君。実は二人で作ったチョコを持ってきてるんだ。後で渡そうと思ってたんだけど……」

「チョコって……俺に?」

 僕がリュックから紙袋に入ったチョコを手渡すと、海斗君は僕を見たまま口を半分開けた状態で固まっていた。

「おーい、海斗君。起きてる?」

「ごめん。自分を見失うところだった」

「戻ってきてくれて、よかったよ」

 海斗君は紙袋見ると、嬉しそうにしていた。

「嬉しい。しばらく机の上に飾っておこうかな」

「腐るかもしれないから、なるべく早めに食べてね」

「うん」


※※※※※


 アクション映画を観た後、僕達はファミレスで夜ご飯を食べてから帰った。ファミレスの前で解散しようとしたところで、目の前を見知った顔が通り過ぎた。

「透?」

「え?」

 海斗君の呟きに気がついたのか、神田君はこちらを振り返ると目を瞠り、気まずそうにしていた。

「何してるの?」

「何って、別に……。この間、たまたま知り合いに会って、今度会おうねって話になったんだ。お互いに今日しか空いてなかったからさ。その──映画誘ってくれたのに、一緒に観に行けなくてごめん」

「僕は、いいけど……今日って、2月14日だよね?」

「そうだけど、それがどうかしたの?」

「なに、その子?」

 透と一緒にいた子は女子高校生らしく、ホットパンツに緑色のジャンパーを着ていた。野球帽で顔が隠れていたので分からなかかったが、学校では見たことがない人だった。

「ごめん、友達。また、あとで連絡する」

「もう、いいよ。俺といても楽しくないんだろ」

「え?」

「やり直せるかもって、期待した俺がバカだった」

「優?」

 そう言った優は、チョコが入った紙袋を投げると走って何処かへ行ってしまった。

「透? 追いかけないの?」

 海斗君の言葉に、神田君は首を横に振っていた。

「今はダメ。俺の傍にいたら、あいつまでダメになる。それに、こっちはこっちで命にかかわる話だし……」

「命?」

「こいつは神田理沙。母親の遠い親戚で同じ中学だったんだ。理沙の彼氏がストーカーで、大変ってのと赤ちゃん出来ちゃったから、どうしようかって話」

「どうするって……ストーカーから逃げながら赤ちゃん産むのって大変だよね?」

「だから、俺ができる限りついてるようにって、お袋から言われてるんだ。虫除けにもなるしね。今日は気晴らしに出て来たってわけ」

「透って、やっぱりお人好しだよな」

「は?」

 海斗君の言葉に、神田君は再び目を瞠っていた。

「やっぱり透は、人が幸せになるんだったら、自分の幸せなんてなくてもいいんだね」

 海斗君の嫌みに気がついたのか、神田君は慌てていた。

「それと、これとは話が……」

「じゃあ、生まれてくる赤ちゃんのパパになるの?」

「おいっ、いくら海斗でも言っていいことと悪いことが──」

 次の瞬間、海斗君は神田君の頬をグーで殴り飛ばしていた。

「この、ウソつき臆病者! 優の痛みは、こんなもんじゃないからな!」

「……」

「逃げてるだけだろ、お前」

 海斗君はそう言い捨てると、どこかへ走っていってしまったので、僕は頬に手を当てている神田君に「ごめんね」と一言だけ言うと、海斗君を追いかけた。

 海斗君を追いかけると、彼は公園の手前にいた。項垂れている様子から、殴ってしまったことを後悔しているのではないかと思った。

「海斗君……」

「後悔なんてしてないよ。優が可哀想だ」

 僕の心を読んだかのように彼はそう言った。

「僕も神田君の態度は、どうかと思うよ。殴るのはよくないと思うけど……」

 そう言った僕の髪を、海斗君はクシャクシャになるまで撫でていた。