夏色のキャンバス

 その週の土曜日に僕の家にやって来た優は、母に手土産のお菓子を渡すと、キッチンで一緒にお菓子作りを始めた。

「悪いな、葵の家でやることになって」

 優の家には妹の楓ちゃんがいて、子供の頃は何をするにも「お兄ちゃん、お兄ちゃん」と言って、いつも僕達の後ろをついてきていたが、中学生になると態度が180度変わり、何かにつけて優に文句を言うようになっていた。

 優の家で一緒にチョコを作っているのが楓ちゃんにバレたら、きっと揶揄われるだけでは済まないだろう。

「楓ちゃんがいるからね。仕方ないよ」

「あいつに透と付き合ってるのがバレたら、透に何か言いそうだよな……それだけは避けたい」

「倦怠期なら、逆に刺激になっていいんじゃない?」

「そんなっ、倦怠期なんかじゃ……」

「湯せんしてって、書いてあるね」

 僕はスマホのレシピ画面をスクロールしながら言った。

「湯せんって何?」

「何だろう? 画面のチョコは包丁で砕いてるけど、割れチョコを買って来たからね。そのままボウルに入れて、お湯の上にのせればいいと思うんだけど……」

「大丈夫なのか? なんか全然溶けないぞ?」

 優が鍋の中にあるチョコを見て、固まっていた。

「あれ? おかしいなぁ。やっぱり、お湯を入れるのかな?」

「試しに入れてみるか」

「あ、ちょと……」

 優は給湯器のお湯を出すと、コップにお湯を入れて、チョコの入ったボウルに足していた。

「なんか、違ったかな?」

 チョコが溶け始め、お湯と一緒になると微妙な混ざり具合になっていた。

「あんたたち、何してるの?」

「実は……」

 僕が母さんに、湯せんの意味が分からなくてボウルにお湯を入れた話をすると、母さんは笑って言った。

「チョコにお湯を混ぜたら、美味しくなくなっちゃうよ。チョコはまだあるの?」

「えっ、うん」

「じゃあ、もう一度やり直した方がいいよ。誰かにあげるんでしょ?」

「まぁ……」

「湯せんってのは、沸騰したお湯の上にボウルをのせて、中のチョコを溶かすことを言うんだよ。熱が伝わるのに時間がかかるから、しばらく待った方がいいね」

「あ、ありがと」

「いいえ~。チョコづくり頑張ってねぇ」

 母さんの意味ありげな言葉に何と言っていいか分からなかったが、母さんの言葉を真剣に聞いていた優は感心していた。

「さすがだな、おばちゃんは」

「お菓子作りは、母さんの十八番(おはこ)だからね」

 僕達はチョコを溶かしなおすと、100円ショップで買って来たアルミカップに溶かしたチョコを入れて、ナッツやドライフルーツを上にのせた。

「これ、作った内に入る?」

「大丈夫。気持ちだから」

「ほんとに?」

 そう言われた優は戸惑っていたが、僕は好きな人にチョコを手渡されて、嬉しくない人はいないと思っていた。