夏色のキャンバス

 屋上のドアを開けると、そこには何もなかった。海斗君は屋上の手摺に凭れかかるように立つと、こちらを振り返って言った。

「葵と記念撮影したい」

「なんだ、そんなこと」

 僕は海斗君の隣へ立つと、ポケットからスマホを取りだし、自撮りで写真撮影をした。

「こんな感じかな」

「俺も撮っていい?」

「うん」

 そう言った海斗君は手に持っていたたこ焼きを僕へ渡すと、スマホを取り出して何枚も写真を撮っていた。

「おんなじ写真、何枚も撮ったの?」

「同じじゃないよ。角度が少しづつ違うから」

「……そう。たこ焼き、冷めちゃうよ」

 海斗君が写真をたくさん撮っていたことに驚きつつも、たこ焼きを勧めると海斗君はこちらを見て口を開けていた。

「少し、熱いかも」

「大丈夫」

「あつっ……」

 僕が海斗君の口元にたこ焼きを運ぶと、予想通りの反応をしていた。

「だから言ったのに……」

 僕がそう言いながら笑うと、海斗君は拗ねていた。

「ごめん、ごめん。何だかコントみたいだなって思って」

 僕がそう言うと、海斗君は僕の唇へキスをしていた。

「ソースついてる」

「なっ、なん……」

 まだたこ焼きを食べていない僕の唇に、ソースがついているはずがなかった。僕が抗議しようと口を開けた瞬間、海斗君は再びキスをしてきた。

「んっ……」

 たこ焼きを手に持っていて身動きが取れなかった僕は、海斗君にされるがままになっていた。キスをした状態のまま海斗君は僕の顎を掴み、顔を上に向かせると口の中に唇をねじ込んできた。抵抗できなくてそのままにしていると、彼は僕の舌に舌を絡めていた。頭がぽうっとしてくる頃になって、海斗君は僕の顔から手を離した。

「まだ、たこ焼きは食べてないのに……」

「ごめん。冷めちゃったかな? はい、あーん」

 海斗君はたこ焼きを受け取ると、僕の口の前にたこ焼きを差し出した。

「えっ……」

「あーん」

 海斗君の差し出すたこ焼きに戸惑いながら口に含むと、ソースと鰹節の味が口の中に広がった。

「美味しい」

「でしょ?」

 海斗君が作ったわけでもないのに、何だか誇らしげだった。

「……葵との写真が欲しかったんだ」

「言ってくれれば、いつでも撮ったのに」

「何だか歯止めが利かなくなりそうで」

「え?」

「毎日撮りたくなっちゃうと思う」

「なんで?」

「だって毎日違うから。今日の葵は今日しか撮れないし、明日の葵も明日にしか撮れない。そう思ったら、毎日撮って一日一日の葵を写真の中に閉じ込めておきたいって衝動にかられてしまうと思う」

「毎日?」

「うん……おかしいでしょ? 引いた?」

 海斗君の言葉を嬉しく思いつつも、よく分からないと思っていた。今日と明日の僕は写真を撮っても同じに見えるだろう。今はメイド服を着ているから少し違うかもしれないが、海斗君の考え方は超人の域に入っているのではないかと思った。

「引かないけど、僕にはよく分からないかな」

 正直にそう言うと、海斗君は僕に抱きついてきた。

「うわっ。ソース! 汚れるから」

 海斗君は屋上にあるブロックの上に食べかけのたこ焼きを置くと、再び僕に抱きついてきた。

「引かないでいてくれて、ありがとう……好き」

「僕も好きだよ、海斗君」

「ねえ、その服って中はどうなってるの?」

 海斗君は僕の身体を引き離すと、メイド服をじっと見つめていた。

「見る?」

 僕がメイド服を脱ごうとすると、海斗君は慌てていた。

「ま、待って。大丈夫だから」

「大丈夫。中にTシャツ着てるし。スカートだって、ほら……中にハーフパンツはいてるでしょ」

 僕がスカートを捲ると、海斗君は更に慌てていた。

「待って。心の準備が出来てないから」

「え?」

 海斗君は赤面すると、僕から逃げていた。こんなに赤くなった海斗君を見たのは初めてかもしれない。