夏色のキャンバス

 文化祭当日。教室内に置かれたボードの裏側で試作品のクレープを作っていると、教室内が次第に騒がしくなってきた。

「何でなの?」

「だから、三人とも来れなくなったんだって」

 言い争う声に、何事かとメイド喫茶のセットの中へ入ると、そこには文化祭実行委員の関谷君が腕を組んで立っていた。

「どうしたの?」

「それが、メイドをやる予定だった女子達が、急に具合悪くなったって言って来てないんだ」

「来てないって、三人とも?」

 店内で配膳するメイド役と執事役は、もともと三人ずつ投票で決められていた。多すぎても少なすぎても、やりづらいだろうということで、この人数に決まったのだ。

 本人達も納得した上で衣装を作ったのに、急に来れないとは、一体どういうことだろうか……窓際をみれば、そこには執事服の格好をした海斗君が立っていた。

「白石先生の話では、それぞれ本人から体調不良の連絡があったって聞いたんだ。三人とも、熱があるんだって」

「どうして、そろいも揃ってこんな時に……」

「頼む! 染谷君がメイドをやってくれないか?」

 そう言った関谷君は、目の前で手を合わせると僕の前で頭を下げていた。

「何で僕?」

「三人とも身長が高かったから、メイド服着れる女子が二人しかいないんだよ」

「……」

 確かに、このクラスの女子生徒は身長が低い人が多い。でも、メイド服を着れると言うだけで男子生徒がメイド服を着るのは、いかがなものだろうか……。

「やってくれたら、午前中は高梨君と文化祭回ってもいいから」

「やります」

 そう答えたのは、僕ではなく海斗君だった。

「え、海斗君。僕まだやるって言ってな──」

「大丈夫。メイクは私たちに任せて」

 半ば強制的に鏡台の前へ連れて行かれた僕は、女子達に化粧を施された。髪にヘアアイロンをあてられると、後ろからは女子達のため息が聞こえた。

「うん、完璧。私って、何でも出来ちゃうのね」

 自画自賛した声を聞きながら鏡を見ると、そこには見知らぬ美女が座っていた。

「何これ……僕?」

「染谷君はベースがいいから、化粧したら美人になるのよ。そこら辺の女子より全然いけてるから、自信を持って」

 女子より美人と言われるのは、正直言って嬉しくなかったが、海斗君と文化祭を見て回れるのは素直に嬉しい。

 僕が元いた場所へ戻ると、僕の姿を見た海斗君が、口を開けたまま固まっていた。

(海斗君でも、驚くことがあるんだな……)

「かわいいね」

「それ、反応に困るから」

「……うん」

 そう言った海斗君は、顔を赤くして横を向いていた。照れているのかもしれない。

「午前中は文化祭を見て回るんでしょ? 早く行こう」

「染谷君、待って。宣伝になるから、メイド服も着ていってくれないか?」

「……」

 メイド服を着た僕と海斗君は、宣伝用のプラカードを持たされると、校内へ繰り出した。

「騙された」

「まあまあ。二人で見て回れるんだから、それだけでもいいじゃない」

「これじゃあ、仕事だよ。葵はどこか行きたいところある?」

「海斗君は?」

「俺は……特にないかな」

「僕は、たこ焼きが食べたいな」

「場所どこだっけ?」

「校門入ってすぐのところ」

「行こう」

「うん」

 プラカードを下駄箱に立て掛けて外へ出ると、僕達は校門の前にあるたこ焼き屋へ向かった。文化祭は始まったばかりなのに、たこ焼き屋の前にはお客さんが数名並んでいた。『揚げたこ焼き』と書かれた看板が掲げられている屋台からは、いい匂いが流れてきている。

「いい匂いだね」

「三年生の出し物だっけ?」

「大変そうだけど、楽しそうだね」

「うん。焼いてる人、すごく上手いね」

 そんな話をしていたら、順番はすぐに回って来た。

「一つ、ください」

「はい、まいどー。何年生?」

「一年です」

「美男美女カップルだね」

「……ありがとうございます」

「何組?」

「5組です。メイド喫茶やってるので、よかったら後で食べに来てください」

 海斗君は、ここぞとばかりに宣伝をしていた。さっきあんなことを言っていた割には、きちんと説明をしている。

「ありがとう。行けそうだったら、寄ってみるわ」

 おつりとたこ焼きを受け取ると、僕達は校舎へ戻った。

「葵、俺も行きたいところあるんだけど……」

「いいよ」

 そう言った海斗君は、階段を上って屋上へ向かった。