【コミカライズ配信中/4月書籍発売】アデル~顔も名前も捨てた。すべては、私を破滅させた妹聖女を追い詰め、幸せをつかむため~

(私……助かったんだ……)
 
 ぼんやり天井を見つめていると、シレーネ夫人が私を抱きしめた。

「……し、れーねさま?」

「良かった……貴方が目覚めてくれて……本当に良かった。……ありがとう」

「おれいを、いうのは、私のほう、です。ありがとうござい、ます」

 長い監禁生活と薬の副作用で、思うように喋れない。
 かすれた声を振りしぼって感謝を伝えると、シレーネ夫妻は感極まった様子で何度も頷いた。

 私は療養所から救出されたあと、三日間眠り続けていたらしい。

 運び込まれた場所は、シレーネ様が持つ隠れ屋敷の一つ。
 
 巨大商会の元締めであるシレーネ家は、さまざまな人脈と拠点を持っていると、以前アデルから聞いたことがある。
 
 この屋敷にいるのは、シレーネ様が信頼を置く使用人のみのため、私が生きているという情報が漏れる心配はないらしい。

 
 医師によると、私は栄養失調で衰弱していたものの、命に別状はないとのことだった。

 診察を終えたあと、シレーネ様が現状を説明してくれた。
 
「君は薬で仮死状態になったあと、私の部下によってここに運び込まれた。救出の途中、棺の中身をダミーにすり替え、郊外の墓地に埋葬済みだ。そのため君は表向き亡くなったことになっている」

「私の無罪を信じて、救い出して下さり、本当にありがとう、ございます」

「そんな、お礼なんて水くさいこと言わないで」
 
「妻の言うとおりだ。礼には及ばないよ。それに、このとんでもない計画を編み出したのは他でもない、アデルなんだ。我々は、愛娘の最後のワガママを叶えているだけさ」

「死を偽装するとは、我が娘ながら突飛な事を考えるものだ」とシレーネ様は肩をすくめた。

「君は世間では故人だ。この屋敷を出て、自由に生きることは叶わない。君の無実を証明してあげられなくて……こんな形でしか救えなくて。すまない」

 悲痛な面持ちで告げるシレーネ様に、私は慌てて「どうか謝らないで下さい。謝るべきなのは、私の方です」と声を上げた。

 両手を握りしめ、唇を噛みしめる。

 私は無力だ。シレーネ夫妻から頂いたご恩に報いるすべがない。それどころか、これから一生シレーネ家に迷惑をかけるかもと考えたら、申し訳なさでいっぱいになった。
 
 
「命を救われて、守られて……なのに、何もお返しできない。私は、厄介者の、疫病神です……」

「自分を責めてはいけない。アデルも、君のそんな悲しい顔は望まないさ」

 
 先程から感じる、この嫌な予感は何だろう。私は思い切って、ずっと気になっていたことを口にした。

 
「あの、アデルはどこですか? 王都の本邸にいるんでしょうか」

 問いかけた瞬間、二人の顔が悲しみに歪む。夫人は両手で顔を覆い、肩を震わせてうつむいた。


 妻の肩を抱き寄せたシレーネ様が、涙のにじんだ声で言った。

 
 
「アデルは……亡くなったよ」