【コミカライズ配信中/4月書籍発売】アデル~顔も名前も捨てた。すべては、私を破滅させた妹聖女を追い詰め、幸せをつかむため~

(あれから一体、何日経ったのかしら……)
 
 えん罪で追放された私は、どこかも分からない病室に閉じ込められている。

 頑丈な鉄格子で覆われたはめ殺しの窓、金属がむき出しの分厚く重い扉。
 石造りの床は外気にさらされ、まるで氷のような冷たさで肌を刺す。
 
 固いベッドの上で、薄い毛布をまとって、私はうずくまった。

 毎日与えられる最低限の食事をとり、小さな窓から太陽が昇っては沈んでゆくのをじっと睨み付けて暮らす。

 最初のうちは日数を数えていたけれど、一ヶ月を過ぎた頃から、そんな無意味なことはやめた。
 
 ここには、私と同じように訳も分からず連れて来られた人間が大勢いるのだろう。

 
『出してくれぇぇえ。ここから、出してくれよぉ……』

『一体、ここはどこなのよぉ。お願い!誰か助けて!』

『私を誰だと思ってるんだ! 許さん……許さんぞ!』
 
 
 毎日、扉の向こうから聞こえてくるのは、半狂乱になった人々のわめき声と絶望に満ちた叫び。それに加えて、時折、なにか重たい物を引きずるような音が聞こえてくる日もある。

 それが何かずっと不思議に思っていたが、最近になってようやく見当がついた。

 あれは、亡骸を運ぶ音だ。
 ここで息絶えた者は棺に入れられ、外へ出されるのだろう。
 
 
(気が狂いそう)

 
 生を謳歌することも出来ず、さりとてひと思いに死ぬことも出来ない。
 
 暗い病室の中で、私は一生、死んだように生き……そして、朽ち果ててゆくのだろう。

「なんて酷い人生なのかしら」

 口を開くと、乾燥してひび割れた唇が痛んだ。声もかさついてほとんど音にならない。

 抱えた膝に顔を埋めてじっとしていると、ドアの向こうに人の気配を感じた。

 食事の時間だ。
 
 小さな配膳口の外鍵が開き、トレイにのった粗末な食事が差し出される。

 石のように固いパンと、具のないスープ。
 いつもと代わり映えしないメニュー……のなかに、一つだけ普段と違う物があった。

 小さな包み紙。中身には白い粉薬らしきものが入っている。
 
「これは……?」

 薬包を見下ろして首をかしげていると、扉の外からひそめた声が聞こえた。

「エスター様、聞こえますか。私はシレーネ家の使いの者です。あなたを助けに参りました」

「アデルの家の方? 私、ここから出られるの?」

「はい。ただ、確実ではございません。その包みは、一時的に仮死状態になる薬です。急いで作らせた試験薬なので命の保証はありません。そのまま心臓が止まるか、生き返るかは五分五分です。しかし、外に出るにはこの方法しかありません」
 

 扉の向こうにいる使者は静かな声で――「今すぐ、選んで下さい」と言った。
 

「ここで死を待つか。それとも、死ぬ覚悟で生きる可能性に賭けるか。すべては、あなたの選択次第です。エスター・ロザノワール様」

 諦めてここで朽ち果てるか、挑戦して息絶えるか。

 どちらにせよ、等しく死が待っているのなら――。

 
「私は、諦めない。泣き寝入りはごめんよ。生き抜いてやるわ――!」

 
 薬包を掴み、白い粉を全て口に含んで、スープで一気に流し込んだ。

 口内に苦みが広がる。

 刹那――、ドクンと胸に激痛が走った。

 血の気がどんどん引いていき、手足の先が痺れて冷たくなってゆく。

 体を支えていられず、固い床に倒れ込んだ。
 まぶたが重たくなる。もう、目を開けていられない。

 脱力する体。動かない四肢。急速に薄れていく意識。
 
 
 生と死の狭間で、私は自分の魂に刻み込まれた記録を思い出した。