ことの顛末を知った陛下は、静かな声で沙汰を下した――。
「シリウスの暗殺を計画し、民を攫って命を脅かしたミーティア・ロザノワールは終身刑。それに賛同したメイナード・イヴァン・アストレアは辺境へ追放の上、生涯幽閉とする」
無慈悲な断罪に、メイナードが顔面蒼白で立ち上がる。
「お、お待ち下さい、父上。僕はこの女に欺されていたんです! 僕は被害者なんです! お許しください……ッ」
王の足元に縋り付いて懇願するメイナードを、ミーティアがギロリと睨んだ。
「『僕は被害者』ですって? ハッ、最低の男ね」
完全に常軌を逸した声音で吐き捨てる。
「『さすがは僕の聖女。素晴しい』って言って、ノリノリで弟殺そうとしてた馬鹿王子が、ふざけんなよ」
「な、なにをいってるんだ! お前なんか、聖女じゃない、悪魔だ! いいや強欲な化物だッ!」
メイナードの罵倒を聞いた瞬間、ミーティアの顔つきが変わった。
先程まであらわにしていた苛立ち、憎しみ、怒りが、一気に顔から抜け落ちる。
能面のような青白い無表情。瞳孔の開ききった目。紫色に変色した唇。
手足からは力が抜けて、柳の下の亡霊みたいに、ゆらり、ゆらりと体が揺れている。
「化物……? ちがう」
ぽつりと、呟いた。
「あたしは、黒薔薇のヒロインなの」
その一言で、ミーティアが私と同じ転生者なのかもしれないと気付いた。
「あたしは……王子様と結婚して幸せになるんだ。だからこんなの、おかしい。シナリオと違う!」
虚空を見つめながら、カクッと首をかしげる。
「ああ、まずエスターがおかしかった。あたしを虐めるはずなのに、無駄に良い子で。あいつのせいで、あたしは痛い思いをして自作自演する羽目になった!」
きゃははははは!と、狂ったようにミーティアが笑う。
あまりの恐ろしさに、貴族らが逃げ場を求めて出口へ後ずさる。
近衛兵が陛下を守るように、さっと前へ出る。シリウスが背後にいる部下へ「あの女を捕らえろ」と命じた。
騎士が一斉に剣や盾を構え、ミーティア確保に向けて動き出した。
「来るなッ!」
ミーティアが叫んだ。
彼女の足元から突如として、黒い茨が生い茂る。
もの凄い勢いで増殖するツタが、走るように床を這い回る。
誰かが「ぎゃあっ」と叫んだ。
「い、異能が使えない! 盗まれた! 俺の力がっ!」
「きゃああっ、やめて! 盗らないで!」
茨に触れると異能を盗まれるらしい。あちこちで、雄叫びや悲鳴が上がる。
「シリウスッ!」
流れに逆らい、私は人波をかき分けて進む。玉座に近付くと、陛下を守り剣を振るうシリウスの姿が見えた。
「陛下、玉座の後ろの通路からお逃げ下さい。近衛兵、陛下をお守りしろ! 早く!」
斬ったそばから茨が再生する。
(私から盗んだ癒しの異能で再生させているんだ――)
「アハははっ! なぁんだ、最初からこうすれば良かったんだぁ。王妃なんてまどろっこしいことしないで、あたしが王になればいいんだわ!あはははは!」
ミーティアが高笑いしながら、右手を上げる。指をパチンと鳴らすと、今度は炎柱が騎士達に襲いかかった。
茨に守られ、あらゆる力を繰り出す彼女はまさに『魔女』。
最前線で騎士を率いるシリウスは、ひどい怪我を負っていた。頬や腕、足には裂傷を負い、至るところから血が滴っている。
ミーティアを倒そうと必死に剣を振るうが、再生する茨に阻まれる。
「アデル!」
こちらに気付いたシリウスが、私の元に駆け寄ってくる。
傷だらけの姿に、涙がにじむ。私の大切な人をこんな風に痛めつけるなんて――。
私はシリウスにとある策を提案して「お願い」と頼み込む。けれど険しい顔で「駄目だ」と否定されてしまった。
それでも必死に懇願すると、シリウスはしばし考え込んだあと渋々頷いた。
「ライアン、騎士を率いてここの守りを固めろ。ソニア、アデルを頼んだ」
任されたライアンとソニアが力強く頷く。シリウスは剣を手に走り出した。
私はミーティアへ向かって大声を張り上げた。
「あなた、なんて醜いの。まるで化物ね!」
あえて挑発的に言えば、ミーティアは恐ろしい形相でギロリとこちらを向いた。
「……今、何て言った?」
「醜いって言ったのよ。もはや聖女のカケラもないわね」
「は? うるさい……うるさい……うるさい! あたしは黒薔薇姫! この世界の主人公なんだよッ!」
すべての茨が、炎が、異能が、私に襲いかかる。
私への攻撃をライアンと騎士達、ソニアが必死に防ぎ、応援する。
みんなに守られながら、私はもう一度、声を張り上げた。
「あなたは、もう終わりよ。ご愁傷様――!」
憐れみを込めて、私は叫んだ。
「許さない! 死ねッ、アデル・シレーネ!」と強い殺意に満ちた声が響き渡る。その瞬間。
ズブリと――、剣の切っ先が背中から胸へ、ミーティアの体を貫通した。
「……ぁ」と呻き声を上げ、彼女が振り返る。視線の先には、両手で柄を握りしめ、深々と刃を突き立てるシリウスの姿が。
ミーティアは「ああ……そういうこと……」と呟いた。
「アデルは囮。寄ってたかって、みんなであたしを……殺そうとしたわけだ」
心臓を貫かれてもなお、ミーティアは余裕の表情を浮かべている。
「無駄なんだよ。だって、あたしはっ――」
主人公なんだから――!
ミーティアがひときわ大きく叫んだ瞬間、茨は一瞬にして消え去った。
目は落ちくぼみ、頬はこけ、皮膚が垂れ下がる。ぴんと伸びていた背骨は、自重を支えきれず丸まった。
彼女は、急速に老いていた。
……というより、肉体が崩壊した、といった方が正しいのかもしれない。
もろい砂の器に大量の水が注がれ、どろりと崩れるように。
ミーティアはもとの姿が分からないほど変質していた。
「……ぁ。あれ……?」
大理石の床に映った自分の姿を見て、ミーティアが首をかしげる。
「これ、だぁれ?」
顔をペタペタと触り、それが自分だと分かった瞬間。
「――――――ッ」
しゃがれた叫びを上げて崩れ落ちた。
「一つでさえ身に余る力を、欲望のまま貪った代償だ」
もはや立ち上がることすら出来なくなった憐れな元聖女を見下ろして、シリウスは冷たく言い放った。
「――連れて行け」
全てを失ったミーティアは、茫然自失のまま騎士に引きずられていく。同時に、広間の隅で丸くなっていたメイナードも連行される。
その際、ミーティアがしゃがれた声で、呪詛の言葉を吐いた。
「殿下ぁ、あたしを裏切ったわね……酷い男……許さないんだからぁ」
二人の背中を見送って、シリウスが「終わったな」と呟いた。
戦闘の爪痕が残る広間を見回して、私は苦笑する。
「玉座の間もあなたもボロボロ。これじゃあ、しばらく王位継承の式典はお預けね」
シリウスが私の肩を引き寄せ、ほほ笑む。
「療養中は看病してくれるんだろう?」
「もちろんよ」と答えると、彼が嬉しそうに目を細めた。
こうして聖女ミーティアの幸福は、跡形もなく消え去った――。
「シリウスの暗殺を計画し、民を攫って命を脅かしたミーティア・ロザノワールは終身刑。それに賛同したメイナード・イヴァン・アストレアは辺境へ追放の上、生涯幽閉とする」
無慈悲な断罪に、メイナードが顔面蒼白で立ち上がる。
「お、お待ち下さい、父上。僕はこの女に欺されていたんです! 僕は被害者なんです! お許しください……ッ」
王の足元に縋り付いて懇願するメイナードを、ミーティアがギロリと睨んだ。
「『僕は被害者』ですって? ハッ、最低の男ね」
完全に常軌を逸した声音で吐き捨てる。
「『さすがは僕の聖女。素晴しい』って言って、ノリノリで弟殺そうとしてた馬鹿王子が、ふざけんなよ」
「な、なにをいってるんだ! お前なんか、聖女じゃない、悪魔だ! いいや強欲な化物だッ!」
メイナードの罵倒を聞いた瞬間、ミーティアの顔つきが変わった。
先程まであらわにしていた苛立ち、憎しみ、怒りが、一気に顔から抜け落ちる。
能面のような青白い無表情。瞳孔の開ききった目。紫色に変色した唇。
手足からは力が抜けて、柳の下の亡霊みたいに、ゆらり、ゆらりと体が揺れている。
「化物……? ちがう」
ぽつりと、呟いた。
「あたしは、黒薔薇のヒロインなの」
その一言で、ミーティアが私と同じ転生者なのかもしれないと気付いた。
「あたしは……王子様と結婚して幸せになるんだ。だからこんなの、おかしい。シナリオと違う!」
虚空を見つめながら、カクッと首をかしげる。
「ああ、まずエスターがおかしかった。あたしを虐めるはずなのに、無駄に良い子で。あいつのせいで、あたしは痛い思いをして自作自演する羽目になった!」
きゃははははは!と、狂ったようにミーティアが笑う。
あまりの恐ろしさに、貴族らが逃げ場を求めて出口へ後ずさる。
近衛兵が陛下を守るように、さっと前へ出る。シリウスが背後にいる部下へ「あの女を捕らえろ」と命じた。
騎士が一斉に剣や盾を構え、ミーティア確保に向けて動き出した。
「来るなッ!」
ミーティアが叫んだ。
彼女の足元から突如として、黒い茨が生い茂る。
もの凄い勢いで増殖するツタが、走るように床を這い回る。
誰かが「ぎゃあっ」と叫んだ。
「い、異能が使えない! 盗まれた! 俺の力がっ!」
「きゃああっ、やめて! 盗らないで!」
茨に触れると異能を盗まれるらしい。あちこちで、雄叫びや悲鳴が上がる。
「シリウスッ!」
流れに逆らい、私は人波をかき分けて進む。玉座に近付くと、陛下を守り剣を振るうシリウスの姿が見えた。
「陛下、玉座の後ろの通路からお逃げ下さい。近衛兵、陛下をお守りしろ! 早く!」
斬ったそばから茨が再生する。
(私から盗んだ癒しの異能で再生させているんだ――)
「アハははっ! なぁんだ、最初からこうすれば良かったんだぁ。王妃なんてまどろっこしいことしないで、あたしが王になればいいんだわ!あはははは!」
ミーティアが高笑いしながら、右手を上げる。指をパチンと鳴らすと、今度は炎柱が騎士達に襲いかかった。
茨に守られ、あらゆる力を繰り出す彼女はまさに『魔女』。
最前線で騎士を率いるシリウスは、ひどい怪我を負っていた。頬や腕、足には裂傷を負い、至るところから血が滴っている。
ミーティアを倒そうと必死に剣を振るうが、再生する茨に阻まれる。
「アデル!」
こちらに気付いたシリウスが、私の元に駆け寄ってくる。
傷だらけの姿に、涙がにじむ。私の大切な人をこんな風に痛めつけるなんて――。
私はシリウスにとある策を提案して「お願い」と頼み込む。けれど険しい顔で「駄目だ」と否定されてしまった。
それでも必死に懇願すると、シリウスはしばし考え込んだあと渋々頷いた。
「ライアン、騎士を率いてここの守りを固めろ。ソニア、アデルを頼んだ」
任されたライアンとソニアが力強く頷く。シリウスは剣を手に走り出した。
私はミーティアへ向かって大声を張り上げた。
「あなた、なんて醜いの。まるで化物ね!」
あえて挑発的に言えば、ミーティアは恐ろしい形相でギロリとこちらを向いた。
「……今、何て言った?」
「醜いって言ったのよ。もはや聖女のカケラもないわね」
「は? うるさい……うるさい……うるさい! あたしは黒薔薇姫! この世界の主人公なんだよッ!」
すべての茨が、炎が、異能が、私に襲いかかる。
私への攻撃をライアンと騎士達、ソニアが必死に防ぎ、応援する。
みんなに守られながら、私はもう一度、声を張り上げた。
「あなたは、もう終わりよ。ご愁傷様――!」
憐れみを込めて、私は叫んだ。
「許さない! 死ねッ、アデル・シレーネ!」と強い殺意に満ちた声が響き渡る。その瞬間。
ズブリと――、剣の切っ先が背中から胸へ、ミーティアの体を貫通した。
「……ぁ」と呻き声を上げ、彼女が振り返る。視線の先には、両手で柄を握りしめ、深々と刃を突き立てるシリウスの姿が。
ミーティアは「ああ……そういうこと……」と呟いた。
「アデルは囮。寄ってたかって、みんなであたしを……殺そうとしたわけだ」
心臓を貫かれてもなお、ミーティアは余裕の表情を浮かべている。
「無駄なんだよ。だって、あたしはっ――」
主人公なんだから――!
ミーティアがひときわ大きく叫んだ瞬間、茨は一瞬にして消え去った。
目は落ちくぼみ、頬はこけ、皮膚が垂れ下がる。ぴんと伸びていた背骨は、自重を支えきれず丸まった。
彼女は、急速に老いていた。
……というより、肉体が崩壊した、といった方が正しいのかもしれない。
もろい砂の器に大量の水が注がれ、どろりと崩れるように。
ミーティアはもとの姿が分からないほど変質していた。
「……ぁ。あれ……?」
大理石の床に映った自分の姿を見て、ミーティアが首をかしげる。
「これ、だぁれ?」
顔をペタペタと触り、それが自分だと分かった瞬間。
「――――――ッ」
しゃがれた叫びを上げて崩れ落ちた。
「一つでさえ身に余る力を、欲望のまま貪った代償だ」
もはや立ち上がることすら出来なくなった憐れな元聖女を見下ろして、シリウスは冷たく言い放った。
「――連れて行け」
全てを失ったミーティアは、茫然自失のまま騎士に引きずられていく。同時に、広間の隅で丸くなっていたメイナードも連行される。
その際、ミーティアがしゃがれた声で、呪詛の言葉を吐いた。
「殿下ぁ、あたしを裏切ったわね……酷い男……許さないんだからぁ」
二人の背中を見送って、シリウスが「終わったな」と呟いた。
戦闘の爪痕が残る広間を見回して、私は苦笑する。
「玉座の間もあなたもボロボロ。これじゃあ、しばらく王位継承の式典はお預けね」
シリウスが私の肩を引き寄せ、ほほ笑む。
「療養中は看病してくれるんだろう?」
「もちろんよ」と答えると、彼が嬉しそうに目を細めた。
こうして聖女ミーティアの幸福は、跡形もなく消え去った――。


